模擬戦 アレクvsキア
エルフの里 テーネルでトレントを討伐できる実力があるか、試されることになったアレク。
模擬戦の噂は瞬く間に里に広がり、守護を務めるエルフ達の訓練場である、地上の広場には街のエルフ達が数多く集まっていた。
エルフの里では娯楽といえるものが殆どないために、その盛り上がりは一段と凄いものになっていた。
「おい、聞いたか?守護の副長を務めるキアが、人族と模擬戦をするらしいぞ!なんでも、トレント討伐に名乗りを上げた者の実力を確かめるための模擬戦だとよ!」
「でも、勝負になるのか?キアは若いとはいえ、エルフの中でも中・近接戦闘の両方を得意とする戦士だぞ?人族じゃ相手できないだろ……」
「そうだな……剣の腕もエルフの中でも1,2位を争う実力者に、どれだけ人族が対抗できるかが勝負になるだろうな」
地上の広場にはギャラリーが集まり、キアの戦闘力の高さを口々に噂していた。
そんな様子を遠くから眺めながら、カインとベラは仲良さそうに話していた。
「へぇ〜。キアさん凄く強いんだな〜あれだけ、綺麗で戦闘も強いとか反則だろ?」
「う〜ん、姉さん……凄く強いのはいいんだけど、その所為で戦闘中心の考えになっちゃうんだよね〜。すぐに相手を強さで判断しようとしたりとか……だから結構、エルフの中でも衝突することが多くて、私は心配なんだ」
軽い口調だったが……心から姉を心配しているベラの様子に、普段からのお調子者のような態度は演技だったのかな?と少しだけカインが考えていると、ベラがカインに質問してくる。
「それはそうと、アレクさんは本当の所……実力的に姉さんに勝てるの?私としては、姉の暴走を止めるためにも、アレクさんに勝ってもらった方が嬉しいんだけど……」
「それなら、心配いらないよ。アレクは、12歳から本格的に剣術や体術を始めたんだけど……幼い頃から武術を学んでいた俺を、あっという間に追い抜いていった程だから」
今度はカインが自らの正直な気持ちを、ベラに伝える。
お互いに笑い合うと、2人の戦闘スタイルについて説明しあう。
「姉さんは、風魔法を主体とした高速移動と防御が得意で剣術なら相手を徐々に削っていくことが多いわ」
「アレクは……割と魔法に頼らない近接戦闘が得意かな?武器を戦闘場面に応じて、交換することで遠距離・中距離・近距離と隙なく戦うことができる人だから」
「じゃあ、どちらかというと姉さんが有利なの?」
「いや……たぶん、勝負にならない」
「えっ?それって――」
「まぁ、模擬戦が始まれば分かるよ」
2人の話が終わると同時に1つ影が広場に入ってくる。
それは見目麗しい小柄な女性であった。
里を守護する副長であるキア・テーネル……腰まで伸びた金髪にエメラルド色をした瞳を持つエルフである。
長く尖った耳をしており、軽装で鎧などの重いものは一切、身につけていないのは初めて出会った時と同じであった。
その後に続くように現れたのは、黒いマントを羽織り、赤いラインが入った黒い全身レザーアーマーを装備した青年だった。
表情は明らかに不機嫌であり、カインの方をジッーと睨みつけている。
そんなアレクにキアが近付いてくると、調子を聞いてくる。
「なにやら、大事になってしまいましたが……調子は、いかがですか?もし悪いようでしたら後日にでも日を改めてますが?」
「いいえ、別に問題ないですよ。それで模擬戦のルールは、どうするんですか?」
「それは良かった!模擬戦は刃を潰した片手剣で行います。ポーションで治らないようなケガをされることや痛めつけることも禁止です。勝敗は相手に降参させるか、審判であるベラとカインが勝敗がついたと判断して決めます。以上ですが……何か質問は?」
「スキル・魔法についての使用制限は?」
「相手を死に至らしめるものでなく、先程のルールに抵触しなければ使用制限はありません」
「分かりました」
ルール確認も終わり、2人が3mほど距離を取って向かい合う。
キアは片手剣だけを持ち、構えを取っている。
一方、アレクは右手に片手剣を、左手にターゲットシールドを装備して構えている。
2人から離れた場所から、ベラが片手を上げ両者の様子を確認すると模擬戦の開始を告げる。
「始めっ!!」
アレクとキア、2人とも同時に【身体強化】を発動すると、お互いに相手と距離を取り様子を窺っていた。
しかし、最初に動き出したのはキアだった。
「【風の障壁】」
防御系スキルを発動させると、まるで風のように駆け出し突風が発生する。
金色の美しい髪が、まるで閃光のように地面を走りアレクに迫り来る。
一気に距離を詰めてアレクの正面に肉薄したキアから素早い剣撃が放たれる。
アレクの右脇腹から左肩に抜けるように袈裟斬りが迫るが……アレクは、半歩だけ下がると、それを剣身の腹の部分を上手く逸らしながら受け流し、盾強打で反撃を仕掛ける。
しかし、アレクの盾強打がキアの顔面に、ぶつかりそうになる寸前で見えない壁に阻まれる。
“カンッ!”と盾が弾かれるとニヤッとキアが笑みを浮かべ、がら空きになったアレクの懐に飛び込み、上段切りを放つ。
(取った!!)
キアが勝利を確信した瞬間……キアの足元から震えが込み上げてくる。
それは……形容しがたい恐怖。
キアの生存本能が、全力で逃げろ!と警告しているのを感じて、キアは攻撃を中断し後方に飛びのき距離を取る。
そして、今まで自分がいた場所に視線を向けると……そこには剣を振り下ろしたのか、剣を構え直すアレクの姿があった。
(嘘……あの崩された体勢から、反撃を仕掛けてきたというの?しかも、全く攻撃動作が見えなかった……あのまま攻めていたら、私は――)
対峙しているアレクの瞳が、“ジッ”とキアを観察している様子に、得体の知れない恐怖を感じながらも、気迫で恐怖を打ち払い剣を握り直す。
そこで初めてキアは、自分の剣を握る手が汗でじっとりと濡れ、自身の緊張が高まっていくのに気がつく。
それを振り払うように全力で動き出し、キアは自らの奥の手を迷うことなく使用することを決意する。
キアの剣の腕が、エルフの中でも1,2位を争う実力者と言われているのには訳がある。
それは、変幻自在の高速移動にある……エルフとしての非常に軽い身のこなしと【身体強化】+【風の障壁】、そして【風の束縛】というスキルにより発揮される。
キアが、地面を駆け出したと思うと……驚くべきこと空中を跳ね回り、そこに足場が存在するように飛び移っていく。
目にも止まらない速度で移動を繰り返し、立体的な動きを見せ、相手の死角から高速の攻撃を仕掛ける。
これがキアの奥の手【風の束縛】による変幻自在の攻撃である。
(この広い空間で、自由自在に動ける私の動きを捉えることは不可能!いくらアレクさんが強くとも、これで仕留められる!)
キアが空中での高速移動をしながら、攻撃の隙を窺っていると、人族では反応できない速度で移動しているはずのキアとアレクの目が合う。
目が合うということは、キアの姿を捉えられているということ。
そのことを理解した瞬間に恐怖にかられたキアは、アレクの頭上から急降下すると、剣を思い切り振り下ろす。
アレクはキアの攻撃を捉えることができずに、回避する動作すら見せていない。
無防備な頭部に模擬戦であることも、忘れて恐怖の対象であるアレクに剣撃を放つ。
キアの剣がアレクの頭部に触れると思われた一瞬……アレクの姿が消えた。
気が付くとキアは地面に凄まじい勢いで、叩きつけられ背中に強い衝撃を受けて、気を失った。
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「―――さん!」
(うっ……この声は、ベラ?)
「――えさん!」
(ベラが呼んでる……起きないと……)
「姉さん!」
「ベ……ラ?わた……し、どう……して?」
次第に意識が、はっきりしてくると背中に強い痛みを感じて自分が仰向けに倒れていることを理解する。
「ゴホッ!ゴホッ!はぁ……はぁ……」
うまく呼吸できずに、むせていると1つ影が近づいてくる。
それは黒いレザーアーマーを纏った銀色の髪をした青年……アレクだった。
アレクの姿を見て、やっと自分が今まで何をしていか思い出し、現状を把握する。
「大丈夫か?キアの攻撃に勢いがあり過ぎて、あまり加減して投げることができなくてな……すまない」
心から申し訳なさそうに謝るアレクに、徐々に呼吸が整ってきたキアが答える。
「いえ、こちらこそ手加減せずに、全力で攻撃を仕掛けてしまいました。あのまま、攻撃が当たっていたらアレクさんに、ケガをさせてしまっていたかもしれません。謝るべきなのは、私の方ですわ」
「なら、お互い様ってことで頼む」
「ええ、そうしましょう」
互いの健闘を称え合い、アレクから手を差し伸べられたキアは、迷うことなくアレクの手を掴んだ。
力強い手に引き上げられ、起き上がると周囲では2人の様子を見たエルフ達から歓声が上がっていた。
立ち上がり向かい合った2人が、固く握手をすると更に歓声は大きくなった。
「戦いの途中から、アレクさんが強いことは感じていたけど……ここまで、手も足もでないとは思わなかったわ。私の完敗ね……さすが、火精霊の使徒に選ばれるだけはあるわね!」
「いやいや、キアさんの風魔法を使った移動法には驚かされたよ。あれは空気を圧縮して固体化させ足場にしていたんだろ?普通は、あんな使い方は思い付かないよ」
「何が驚かされたよ……しっかり分析してるじゃない!それに“さん”はいらない……私のことはキアと呼んでほしいわ」
「はははっ!面白い使い方だったから、つい観察しちゃってね!そういうことなら、俺のこともアレクと呼んでくれよ?キア?」
「ええ、分かったわアレク!」
その後、騒ぎを聞きつけた真っ赤な顔をしたケレスが広場に現れる。
アレクとキアは、その場で激しく怒られ……ギャラリーは蜘蛛の子を散らすように解散していった。
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ケレスからの長時間の説教を受けた、アレクとキアはゲッソリしながら家に帰ってきた。
家ではカイン・アマリア・ミカエラ・ベラが夕飯を用意して待っていてくれた。
空腹だった2人は、夕飯をがっついて食べると、あっという間に料理を食べ終わり、話は昼間の模擬戦に移っていく。
「で、実際のところ私はアレクに何をされて気絶させられたの?私の剣がアレクの頭部に当たりそうになったところまでは、記憶があるんだけど……その先を覚えてないのよね〜」
「ああ、あの時か……キアの攻撃が頭上から迫ってきてるのは分かってたから、攻撃に合わせて後ろに一歩下がって剣と盾を捨てて、キアの腕と腰の衣服を掴んで投げたんだよ」
「分かってたって……やっぱり、あの時に目が合ったのは気のせいじゃなかったのね!それに簡単に言うけど、あの速度を捉えて投げるなんて、どんな反応速度してるのよ……アレクは本当に人族なの?」
信じられないものを見る目でキアが、アレクを見つめてるとカインが模擬戦のことについて質問してくる。
「アレク、キアを投げる時に腕を引っ張っているように見えたけど……あれは、どういう意味があるんだ?」
「あれは投げる人の腕を自分側に引っ張ることで、威力を殺してケガをしないようにする技術だよ。実戦なら必要ないけど……模擬戦なら役に立つ技術かな」
「相手にケガをさせない技術かぁ、確かに模擬戦なら役に立つ技術だな!特訓の時にでも俺に教えてくれるか?」
「あぁ、構わないぞ。他にも色々な型があるから一緒に教えるよ」
そんな、やりとりを見ていたキアが……頬をプクーと膨らませると大きな声を出す。
「ズルいですわ!そんな技術があるなら、私にも教えて下さい!!」
普段の落ち着いた雰囲気ではなく、子供のような態度にアレク達が驚いていると、周りの反応で自分が何を言ったかを、客観的に理解したキアは耳まで真っ赤になり、両手で顔を隠しながら座り込む。
そんなキアに代わり、ベラが今のキアの行動について冷静に解説を始める。
「今のは戦闘で自分よりも強いアレクさんに、憧れに似た気持ちも抱き始めた姉さんが、思わず正直な気持ちを漏らしてしまった結果ですね」
「いやぁぁぁ、やめてぇぇぇベラァァ!!」
先程よりも更に顔を真っ赤にしたキアが、皆の視線に耐えられなくなったのか、外に出て行ってしまった。
そんなキアの様子に笑いが我慢できずに、皆で吹き出してしまう。
人族とエルフ族……少しずつ文化も価値観も違う種族が分かり合い、心の距離を縮め始めていた。




