訓練の果て
6日目
クラウとの訓練が、開始されてから早くも
6日が経過しようとしていたが……
アルテスの冒険者ギルド地下訓練所では
前日の混乱もあり関係者以外の使用は
禁止され死拳のメンバーのアンジーと
《漆黒の魔弓》のメンバー以外に見学して
いる者はいなかった。
そんな一同の視線の先では常人には理解
できない訓練が行われている。
脱力して自然体で構えないクラウと
構えをとり攻撃を仕掛けるアレクの姿が
一瞬、動いたと思うと“パッーン”と空気が
破裂する音が訓練所に響き渡る。
目を離していないのに2人の姿が消えたり
現れたりを繰り返し、その度に破裂音が
訓練所の空気を振動させる。
「ねぇ?カインには2人が何してるか
見える?というか人間から出る音じゃない
気がするんだけど……あれ……」
「アマリア……そんなこと俺に聞くなよ……
辛うじてお互いの型が止まった時だけ
見えるくらいだよ。いくら【身体強化】
してるからって、空気は破裂しないだろ
普通……」
そこに疲れたようにアンジーも会話に
参加してくる。
「あの2人は。やっぱり異常だわ……
もう、アタシの通訳なしでも体術で考えが
伝わるから……休んでてくれって言われたよ。
そんなことって実際に可能なんかねぇ?」
「会話なしで体術だけで考えが伝わるとか
それって達人とか呼ばれる部類の人達の
レベルじゃないですか……?アレクのやつ
この6日間で何を掴んだんだよ……それに
体とか大丈夫なのか?さすがに連日
この訓練じゃ体のどこか痛めるんじゃない
かな?」
そこで何かを思い出したアマリアが、
呆然としているカインとアンジーに更に
衝撃的なことを伝える。
「そういえば、アレクが3日目終わった辺り
から体の調子が良くなってきたって呟いてた。
それに体に受けたダメージも次の日には、
全然痛くなくなるし、むしろ前日よりも
良い動きができるような気がするって
話してたし……もしかしてアレク……
人間やめた?」
アマリアの話を聞いたカインとアンジーは、
黙って目の前で繰り広げられている光景を
見つめると……アマリアの問いを否定
できずに乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
しかし、訓練所で唯一平常運転の者が
アレクを一所懸命に応援していた。
「あ、アレクさん!かっこいい!
が、がんばれー!!いっけぇー!」
アマリアは、我が弟ながら改めて凄い
精神力だとミカエラに尊敬の眼差しを送る
のであった。
7日目
昨日までの激しい打ち合いとは様子が変わり
訓練所では5mほど距離を置いて向かい合う
クラウとアレクの姿があった。
最初は、クラウが立っている場所から消え
突然にアレクの前に現れたり元の場所に
突然に戻ったりしている不思議な光景が
続き。
今度は、アレクが立っている場所から
消えたと思うとクラウが立っていた場所より
先で凄まじい勢いで吹き飛んでいく。
何度も吹き飛んでいくアレクを口を開け
ながら副ギルドマスターのレナードが
見つめているとアンジーが話し掛けてくる。
「レナードさん、口……開いてますよ?
まぁ、驚くも仕方ない非常識な光景だとは
思いますけど……」
「……あっ、え?アンジー?えっと……
クラウとアレク君は、一体何をしてるのかな?
人が消えたり吹き飛んでたりするように
見えるのだが……?」
「クラウが言うには、間合いを一瞬で
詰める技法を伝授しているらしいです……
あっ、どうやってとか聞かないで下さいよ?
アタシだってなんであんなことが出来るのか
理解できてないんですか……」
「そ……そうか……凄いな彼等は……。
クラウは兎も角、アレク君があそこまでの
成長を見せるとは思いもしなかったが……
まだ、あれで15歳でCランクとは末恐ろしい
冒険者だよ……彼は……」
レナードの驚愕と畏怖が含まれる発言に
ここ数日、アレクの成長を近くで見つめていた
アンジーも黙ってそれに同意した。
8日目
昨日よりも訓練所の様子は、混迷を極め
訓練所の中心で大樽が4つ、正方形に並べられ
その周りをクラウとアレクが消えたり
現れたりを繰り返しながら追いかけっこを
していた。
一定時間が過ぎると回る方向を逆にして
追いかけっこの役割も逆にして同じことを
繰り返し行っていた。
そんな訓練を一緒に訓練をしていたカインと
ミカエラが達観した表情で眺めていた。
「あれは……追いかけ合ってるのか?
遠くから見たら面白い光景だけど近くで
見ると異常な光景で笑えないな……」
「カインさん、2人は真剣に訓練してるん
ですから茶化しちゃダメですよ!
それに先程から見える間隔が段々と
短くなってますから動きが鋭くなって
いるんだと思います。そのうちに全く
見えなくなったりして」
「その冗談も本当になりそうだから
笑えないな……やばいな……アレクと俺の
差がどんどん離れていってる気がする。
もう、模擬戦しても勝てないぞ……あんなの」
「でも、僕達もアレクさんに置いて
いかれないように訓練を頑張らないと
ですね……足は引っ張りたくありません」
「ああ……それに関しては同感だ!
それじゃあ、俺達も訓練を再開するか」
9日目
クラウとアレクは、片方が刃が潰れた
練習用の片手剣を持ち素手の方に切り掛かると
柔道のように相手の襟や二の腕の
裏などの衣服を掴んで力を入れずに投げる
訓練を行っていた。
そして投げられた方も器用に衝撃を殺して
受け身を取っている。
まるで遊んでいるかのような訓練を2人は
真剣な表情で取り組んでいると、たまに
受け身を失敗したアレクが凄い音をたて
床に叩きつけられる。
“ドオォォォン”とおおよそ人間から発生
しない強い衝撃を帯びた音が訓練所に響く。
その度に、言葉少なくクラウから注意され
訓練を再開していた。
10日目
10日間の訓練を通してクラウからアレクが
学んだことを素手同士の模擬戦で結果を
見せることなりレナード・アンジー・
《漆黒の魔弓》一同の前で2人の戦いが
始まろうとしていた。
===============================
6日目 アレク視点
目の前のクラウは、構えをとらずに
アレクの攻撃を静かに待っている……
身体強化の極意を使い体を動かし常人では
捉えきれない速度の拳撃をアレクは放つ。
それを簡単に見切ったクラウは、身をずらし
アレクの右の拳を躱すとカウンターを
仕掛けてくる。
アレクも、カウンターをヒットさせることなく
足捌きで体勢を入れ替えて左腕でガードする。
痛みで腕が千切れるかと思うが……
目の前の化物には一瞬の油断も許されず
痛みを無視して蹴りを放つ。
今までの訓練では、身体強化の極意を
使っている者しか分からないレベルで
アレクには一瞬の溜めが存在していた。
対してクラウは、まったく構えない状態から
溜めなしで攻撃を放ってくる。
そんな隙を見逃さずクラウがアレクの
溜めが必要な時を狙ってカウンターを
仕掛けてきていた。
(やっぱり、この人凄いな……必死に
カウンターを返そうと動く度に自分の溜めが
短くなっていくのが分かる。クラウさんに
よって動きを戦いの中で誘導され技量が
高まっていくのがはっきりと感じられる)
実のところ、クラウは訓練を深く考えて
行っている訳ではなかった……ただ
アレクの動きを観察して弱点があると
それを狙って攻撃を仕掛けていたに過ぎない。
結果的にそれが強制的にアレクを鍛えていたのだ。
そして何故か追い込まれれば追い込まれる
ほどに力を高めていける自分に喜びながら
自身の体の変化を、この頃から感じ始める
アレクなのであった。
7日目
なんとか溜めなしで身体強化の極意を
使えるようになったアレクは、クラウから
相手との間合いを一気に詰める技法
【縮地】を教えてもらっていた。
「今までは、全身から一点に力を集めた……
今度は体から集めた力を足から放つ訓練」
そう話すと5mほどアレクから距離をとり
アレクの目を見て合図を出すと遠くに立って
いたクラウが一瞬でアレクの目の前に現れる。
アレクが驚いていると続けてクラウが
話を続けてくる。
「体から集めた力を足から放ったら
止まる時は足に残った力を体で分散する。
分散できないと吹っ飛ぶ」
話し終わったクラウが再び距離をとると
言葉が少ないクラウが話した言葉をアレクは
頭の中で考えながら実際に上半身から
下半身へ、下半身から足先へと螺旋状に
エネルギーを集中させ放つと同時に
駆け出す。
すると、一瞬でクラウまでの距離が縮まり
咄嗟にいつも通りに止まろうとすると
慣性力に引っ張られ体が止まろうした先へ
吹き飛んでいく。
クラウの言葉通りに“止まる時は足に残った力を体で分散する”を意識して訓練し
全身の至る所を床に打ち付けボロボロになり
何度も失敗しながら止まるコツを考えた
結果……拳を放つ時と同じに足から逆に
エネルギーを集める動きをすればいいことに
気付きなんとか止まることができるように
なった。
簡単に言えば進む時は、足をドリルに見立てドリルの先を地面に突き刺すイメージで
止まる時は逆にドリルの先を体の中心向けている感じだ。
コツを掴んでからは、単発だけでなく
連発できるように訓練を続けた。
8日目
昨日の移動の技法をより連発できるように
訓練すると言ったクラウが用意したのは
大樽4つだった。
それを一辺5mほど離して正方形に置くと
15分交代で休憩を挟みながら互いを
追いかけっこする訓練だという。
正直、休憩時間があることで油断していたが
後になって思うと追いかけっこの訓練が
クラウの訓練の中で一番辛いものだった。
15分間、体術の化物であるクラウから
追いかけられ全力で逃げなければならず
15分間、全力疾走と変わらないエネルギーを
使い続けなければならなかった。
何度か足の筋肉が“ブチブチ”と切れた音が
聞こえた気がしたが……休憩時間の度に
痛みが消えて次の訓練には問題なく動けた
ので何かの勘違いだったのだろう。
こうして地獄の追いかけっこが一日中続けられた。
ちなみに役割を交代してもいつ間にか
追いつかれ逆にアレクが追われる方に
なっていたことに少しだけ心が傷ついた。
9日目
身体強化の極意の基礎を覚えたアレクは、
クラウから応用技を教わることとなり
刃の潰れた練習用の片手剣を渡される。
足から螺旋状にエネルギーを集め拳ではなく
剣の一撃を放つ訓練・相手の放たれた
エネルギーを利用して投げる訓練・
投げられた方がエネルギーを外に逃がして
勢いを殺す訓練を一連の流れとして
行うことになった。
(今更だけど、この訓練は柔道っぽい
訓練で前世を思い出すから少し懐かしいな)
クラウからの注意点は、少しだけあり。
「剣を振る時は、剣に振り回されないように
速度を加減すること。相手を投げる時は、
力を入れずに力を利用すること。受け身を
とる時は、早めにエネルギーを外に逃がすこと」
という簡単な言葉を頂いた。
片方だけが片手剣を持ち、攻撃役を交代で
行って訓練をしていたが……剣を振ることは
慣れていることもあり問題なくできたし
力を利用して投げることも前世の学校で
学んだ柔道のイメージもあり簡単に会得する
ことができた。
難しかったのは、受け身の際に早めに
エネルギーを外に逃がすタイミングだった。
エネルギーを外に逃がすタイミングが、
早すぎれば投げれている途中で勢いが
殺されるために変なところから落ちるし
遅すぎれば、エネルギーが殺せずに
背中で強烈な衝撃を受けることなる。
何度か背中を強打し呼吸ができずに
悶絶した時は本気で涙目になった。
何度も痛みに耐えながらやっと訓練終盤で
受け身を問題なくこなせるようになった。
10日目
約束していた期限になりクラウとの訓練も
最終日になっていた……10日間の訓練を通して
クラウからアレクが学んだことを素手同士の模擬戦で結果を見せることなりレナード・
アンジー・《漆黒の魔弓》一同の前で
2人の戦いが始まろうとしていた。
張り詰めた空気中で3mほど離れてお互いを
見つめているクラウとアレクが少しだけ
笑い合い模擬戦がスタートする。
先制は、アレクの【縮地】からの鋭い拳撃!
【縮地】により止まる時に発生する
エネルギーを攻撃に転用した無駄がない
攻撃だった。
真正面からの勢いの乗った強烈な拳撃
しかし、それを見切ったクラウは
アレクの拳を躱すと手首と脇の下に
素早く手を伸ばしエネルギーを利用して
投げ飛ばしてくる。
何度も繰り返した慣れた動きでエネルギーを
外に逃がして受け身をとり素早く立ち上がろう
と床に手をつき跪くアレクの頭の横に
クラウの空気を裂く蹴撃が迫る。
咄嗟に左腕でガードすると、常人では
ありえない勢いでアレクが吹き飛んでいく。
その隙を見逃さずにクラウが追撃を仕掛けに
吹き飛んだアレクを追うが……いつの間にか
勢いを殺してアレクが立ち上がっていた。
そしてまたしても【縮地】で姿を消すと
今度はクラウの後ろに現れる。
しかし、虚をついたと思われたアレクの
【縮地】はクラウによって読まれ
クラウの裏拳がアレクに向かって放たれる。
裏拳がアレクの顎にヒットする……
いや、ヒットしたように見えたが裏拳は
手応えを感じることなく空を切る。
今度は完全に虚をつかれアレクを見失った
クラウの脇腹にアレクの全力の拳撃が
突き刺さると“グギィ”と鈍い音を立て
クラウは訓練所の壁へと吹き飛んでいった。
確かな手応えを感じたアレクだったが……
すぐに自分がやり過ぎたことを気付き
ポーションを用意しながらクラウの元へと
駆け寄っていく。
すると、吹き飛んだクラウが何事も
なかったように立ち上がってアレクに
向かって歩いてくる。
(嘘だろ……今の一撃を受けて平気で
立ち上がってくるのか!?本当に、この人
人間か?)
「だ、大丈夫ですか!?クラウさん!!
っていうか今の攻撃を受けて平然としてる
とか自信を失いそうですよ俺は」
「そんなことない……いい攻撃だった……
あとポーションもらいたい……がはっ!!」
清々しい笑顔でアレクの攻撃を褒めながら
口から鮮血を吐いたクラウと慌てて
持っていたポーションを振りかけるアレク
それに焦って駆け寄ってくる外野達と
最後の模擬戦は慌しく終わりを告げた。




