【身体強化】極意
Aランク冒険者チーム死拳と訓練できることに
なったアレク達《漆黒の魔弓》は、朝から
アルテスの冒険者ギルド地下にある訓練所へ
集まっていた。
先に着いたアレクが、柔軟体操をして体を
ほぐしていると後ろから女性に声を掛けられる。
それは、昨日少しだけ話した死拳のメンバー
アンジーであった。
「おはよう!確かにアレク君だったよね?
昨日はきちんと挨拶もせずにゴメンね!
私は死拳で戦士を
しているアンジー、副リーダーみたいな
ことをしているの!」
「あ、はい!こちらこそ挨拶もせずに
申し訳ありまさんでした……《漆黒の魔弓》
のリーダーアレクです。一応、狩人をしてい
ます。よろしくお願いしますアンジーさん」
亜麻色のショートの髪を触りながら話す
彼女は20代後半のように見え落ち着いた
印象をアレクに与える。
アンジーは、昨日のように鎧など身につけて
おらず私服で訓練所を訪れていた。
「ウチのリーダーは、すぐに来るけど……
その前にアレク君に伝えることがあって
アタシが先に来たんだよ!昨日も少しだけ
聞いたと思うんだけど……ウチのリーダーは
天才肌で人に教えるのが苦手なんだ。
それに加えて口下手ときてるからアレク君
だけで対応するのが難しいと思ってアタシが
援護にきたってわけさ」
「なるほど……訓練に付き合って頂ける
だけではなく援護までしてもらえるなんて
本当にありがとうございます!具体的には
どんな訓練をするか決まってるんですか?」
「昨日のうちにリーダーに確認したら
アレク君に伝えるほしいことがあるって
話してて……えっと、アレク君は驚異的な
筋力と反応速度を有しているがスキルに
頼りすぎているのが課題だと話してたわ」
(驚異的な筋力は……【身体強化】本気
モードを扱える耐久力を言ってるのか?
反応速度は……探知系と【思考加速】の
ことだよな?昨日、ちょっと訓練しただけで
それだけのことが分かったってことか……)
「スキルに頼り過ぎているですか……?
【身体強化】とかを使ってしまうのが
いけないという意味でしょうか?」
「たぶん、リーダーのことだから
【身体強化】とかのことを言ってるんじゃ
なく移動方法や攻撃方法について言ってる
んじゃないかと思うな。例えば……昨日
アレク君が訓練開始にガードして吹っ飛ば
された攻撃があったでしょう?あれは、
スキルではなく即拳という純粋な技術による
技になるの……リーダーによれば訓練次第
では習得できるものらしいわ」
「あの攻撃が純粋な技術で習得できるものだとは、ちょっと信じられません。
ですが……クラウさんができると言うなら
やれるんでしょう!」
「確かに理解できないからアタシも疑ってるわ。
それで訓練内容だけど、ひたすらに体術を
訓練するそうよ!あと使っていいスキルは、
【身体強化】と【体術】のみで他は禁止で
行うとのことよ」
アンジーと訓練内容について確認をしている
うちにクラウが訓練所に現れてすぐに訓練は
開始されることになった。
最初にクラウから教えてもらったのは
【身体強化】の効率的な運用法だった。
魔力を高速で体内循環することで冒険者は
身体強化を行っているが……これは入口に
過ぎず、この先に身体強化の極意があると
クラウさんからアンジーさんに通訳して
もらいながら話を理解していく。
今、アレクが使っている【身体強化】本気
モードもその一部に過ぎないとのことで
極意を覚えれば更に強くなれると説明を
受けた。
しかし、その極意を使えるのは体の基礎が
強靭に鍛えられた者だけらしい……
人並み外れた筋肉の耐久力を持つ者だから
こそ使いこなすことができる極意だと
教えてもらい同時にクラウがアレクに
訓練をしようと誘ったのも、それが可能だと
判断したからだそうだ。
「大切なのは……力の流れを理解して
全身から集めた力を1点集中すること……」
その会話を最後にクラウとアレクの訓練が
スタートした。
1日目
【身体強化】と【体術】以外を禁止され
探知系と思考加速を使えないアレクは、
なす術なくクラウの拳の前に沈む。
知らない者から見たら、それは
はっきり言って訓練というよりも一方的な
暴力に見えるほどに酷い有り様だった。
拳を1度も当てられずクラウの早すぎて
見れない攻撃を受けては倒れ暫くすると
少しだけ回復したアレクが立ち上がり
クラウに向かっていく。
その異様な光景をアンジーと《漆黒の魔弓》
が心配そうに遠目から見守っていた。
2日目
アルテスの冒険者ギルド内でもAランク
冒険者チーム死拳のクラウが直々に訓練を
している者がいると噂になり訓練所に
見物に訪れる者が増えていたが……
実際の訓練の様子を見ると皆が渋い顔をする。
訓練と聞いて様子を見にきた者達の目の前
では一方的に死拳によって叩きのめされて
いる青年がいるだけで学べることがない
状況だったからだ。
確かに青年は、Aランク冒険者相手によく
耐えているように見えた。
何度も何度も殴られては床に崩れ
無様に倒れながらも諦めることなく
クラウに向かって戦いを挑んでいた。
3日目
連日、地下訓練所に見学にきていた野次馬も
かなり数を減らし数えるほどしか残って
いなかったが……それでも訓練を眺めている
者は物好きな冒険者くらいである。
そんな中、雑談しながらクラウとアレクの
訓練を眺めていた冒険者の1人が妙なことを
仲間に呟いた。
「なぁ……あの青年……立ち直る時間が
昨日より……早くなってないか?」
「はあ?立ち直る時間なんて数えてないから
分かりゃしねぇーよ!それよりも、あいつは
あんだけ殴られてなんで訓練をやめないの
かねぇ?っていうかあんなの訓練じゃないだろ?」
「そりゃお前の言う通りなんだか……
なんだか、あの青年を見てると諦めの色が
まったく見えないんだよな〜むしろ楽しそう
にすら見える気がするんだよ」
「楽しそうって、あれが楽しいなら
本物の変態だろ?俺ならあんなに何度も
殴られるのは御免だね」
冒険者達の何気ない会話が訓練所の隅で
続いている中、“ドサッ”とアレクが床に
倒れ込む音が響くのであった。
4日目
昨日までのクラウとアレクの訓練とは
違う光景に地下訓練所は大きな衝撃を
受けることになる。
昨日まで殴られては倒れて、立ち上がるを
繰り返していたアレクが倒れずに攻撃に
耐え切って全く倒れることがなくなって
いたのだ。
しかも、周りには見えていなかったが……
ガードや攻撃を逸らすことが可能になり
クラウの動きに徐々についていけるように
なり始めていた。
連日見学にきていた冒険者達の中に動揺と
驚きが走ると昨日もきていた冒険者が
話し出す。
「なぁ、やっぱり昨日よりもクラウの動きに
ついていけるようになってるよな……
あの青年は、どんな魔法を使ったんだ?
それに、そもそもおかしいだろ……
ここまで連日、訓練漬けなのに彼は何故
まだ動けてるんだ?」
「ああ、お前の言う通りだ……昨日は
気にしていなかったが……あれだけの
訓練量で普通は動きが悪くなることは
あってもここまで良くなるなんて本来
ありえない……俺達には、理解できんが
あの2人しか分からないレベルでのやりとり
が行われているのかもな……」
5日目
アルテスの冒険者ギルド地下訓練所では、
かつてないほどの人々が押し寄せ
クラウとアレクの訓練を見学していた。
ギルド職員が必死に混乱を抑えようと
何人も大声を張り上げて地下訓練所から
人を出そうとするが管理できないほどの
冒険者が訪れていた。
そして訪れた冒険者達の多くが
2人の体術に多くの者が目を奪われる……
それはまるで演舞の如く美しく
決まった型をお互いに繰り出しているだけ
なのに、その速度が恐ろしく早く
型の繋ぎになる部分で一瞬止まる時にしか
目で捉えなれないのだ。
それになりより、訓練しているはずの
2人の表情は真剣そのものなのに戦うことが
楽しくて仕方ない雰囲気が周りで見学して
いる者にまで伝わってくる。
もっともっと強くなりたい!強くなれる!
そんな2人の戦いを見て胸を熱くする
冒険者が数多く生まれたことも必然で
あった。
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1日目 アレク視点
アレクは、クラウとの訓練が始まってから
クラウが伝えてきたスキルに頼り過ぎている
という言葉の意味を体で実感していた。
【身体強化】【体術】のみという自分と
同じ条件で戦っているのにも関わらず
クラウの動きを、まったく捉えることすら
できずに一方的に殴られていたのだ。
朝から日が沈むまで殴られて続け疲労と
攻撃を受けた全身の痛みから頭が全く
働かずに心が悲鳴を上げていた。
また殴られて意識を失うと倒れ込み
少しだけ回復すると朦朧とした意識の中で
1人の自分が喋っているのを感じる。
(何やってるんだ……俺は……何度も何度も
殴られて……意味あるのか?この訓練……)
自分の心の弱さが、生み出した声を必死に
掻き消すとアレクは意識を引っ張り戻し
痛みを残す体を懸命に動かして立ち上がる。
2日目
朝起きてから訓練所に到着するまで
今日も、また殴られると考えると非常に
気が重たくなり次第に足まで重くなってくる。
いつも通りに柔軟体操をしていると昨日
あれだけ動いたのに筋肉痛になっていない
自分の体に気付き少しだけ呆れた。
2日目も容赦ない速度の攻撃で何度も
意識を失いながらも昨日の何もできなかった
反省を活かし何か一つだけでも目標を持って
取り組もうと頭を働かせる。
アレクが掲げた目標は、見ることだった……
【身体強化】を目に集中してせめてクラウの
攻撃を捉えることができれば防御することが
可能だと考えたからだ。
しかし、アレクは自分の考えが浅はかだった
ことをすぐに体感する。
いくら集中して【身体強化】で目を使っても
やはり、攻撃を捉えることができずに
攻撃を放つ直前までしか追えなかったのだ。
何度も何度も試したが、どうしてもクラウの
攻撃を捉えることはできなかった。
(クラウさん……俺は何をすれば正解
なんですか?というか具体的に教えて
もらったことなんてあったけ?)
何度目から気絶から立ち直る時に、ふと
考えたことを目の前の攻撃を放とうとして
いるクラウを必死に観察しながら
思い出そうとする。
“大切なのは……力の流れを理解して
全身から集めた力を1点集中すること”
それを思い出した瞬間、意識を刈り取られ
アレクは気絶した。
3日目
“大切なのは……力の流れを理解して
全身から集めた力を1点集中すること”
クラウからもらった言葉の意味を考えながら
昨日と同じように【身体強化】を目に集中
してクラウの姿を観察するアレク。
何度かの攻撃体勢を観察していて思ったが
攻撃に入るクラウの動きがあまりに美しく
戦いの最中ながらに感動を覚えた。
右の拳を放とうしているが……クラウの
体全体を見ると足の先からしなるように
膝・腰へと動きがまるでスパイラルのように
下から上へ運動エネルギーが移動して
最後には螺旋状に突き抜けて拳へ……
そこまでで意識は途切れ気付いた時には
仰向けに倒れていた……しかし、アレクの
意識は、霧が晴れたようにはっきりとして
おり一つの回答に辿り着く。
4日目
全身の痛みも疲労も忘れて訓練前に
体を動かすイメージを組み立てていく。
“大切なのは……力の流れを理解して
全身から集めた力を1点集中すること”
昨日、アレクが見た光景がアレクの心を
子供のようにワクワクさせる。
試したい好奇心を必死に抑えながら
他にもクラウが教えてくれていたことが
ないかと頭をフル回転させて記憶を
手繰り寄せ思い出そうとする。
そして【身体強化】の極意の話の際に
【身体強化】の極意の一部を既に
本気モードの時に実践していると言われた
ことを思い出す。
頭の中でバラバラだったパズルのピースが
組み上がっていく感覚に震えながら
今日もクラウとの訓練に向かっていく。
最初に試したのは、【身体強化】の部分
強化について、今までは目など大まかな
イメージで行っていたものを視神経から
脳へと続くイメージで魔力を少しずつ
通していく。
そして脳を経由した信号は全身を巡る
神経へと伝達されていく……そこまでの
イメージで体の負担にならない程度の魔力で
強化していく。
そしてクラウとの訓練本番、自らの答えを
目の前の人にぶつけるように【身体強化】を
行い全神経を投入して戦いに望む。
いつも通りの美しい動きからしなやかに
全身からエネルギーが螺旋状に拳に集まり
そして、放たれる。
今まで反応すらできなかった拳が、凄まじい
速度でアレクの顎めがけて伸びてくるのを
感知すると自分の体ではないように勝手に
腕がガードするために動きクラウの攻撃を
受ける。
攻撃を受けられたクラウの表情が、一瞬
驚きを表すがすぐに真剣な顔に戻り
次の攻撃を仕掛けてくる。
最初は、反射的にガードすることしか
できなかった攻撃に徐々にだが体が慣れて
いくと意識的にガードすることもできるよう
になっていき訓練終盤には放たれた拳を
受け流したり蹴りを逸らしたりできるまでに
なっていた。
5日目
昨日まででクラウの動きについていける
ところまで成長したアレクは、今日こそ
クラウに攻撃を仕掛けると決めていた。
この4日間、クラウの動きを観察し続けた
ことで基本的な攻撃型も習得できた。
だからこそ、今日はいつもより早く
訓練所を訪れて【身体強化】を足先の筋肉
・ふくらはぎ・腿・腹筋・背筋と
緻密に魔力を巡らせて全身のエネルギーを
螺旋状に集めて拳に集めて放つ一撃を
練習していたのだ。
そして5日目の訓練本番で今までに得た
経験と知識を込めた一撃をクラウに向かって
放つ。
全てが噛み合ったアレクの一撃が“ドスッ!”
とクラウの肩を鋭く撃ち抜くと肉体を叩く
強い衝撃を受けてクラウの表情が歪む。
同時に、アレクの顔を見て嬉しそうに
“ニカッ”と笑うと先程とは比べものに
ならない闘気を纏いながら攻撃を放って
くる。
アレクも“ニカッ”と笑い返して必死に
クラウの攻撃の型を戦いの中で盗み
反撃を開始する。




