アレクの事件簿3
アレクは頭上から鋭い物が空を切る音を
【音波探知】で捉え咄嗟に潜んでいた路地から
転がり出す。
腰に掛けていた鞘からブロードソードを
抜き今まで自分のいた場所に向けて構える。
そこには漆黒のローブを着た者が
禍々しい短剣を持ち佇んでいた。
情報通りにフード付きのローブの為
顔を確認することができない。
アレクは、冷静に敵を視界に捉えつつ
周りの状況を確認していく。
(師匠とリタさんの姿がない……
というか何だこれは……世界が灰色に見える。
何かの空間に閉じ込められた?)
アレクには、世界が色を失い灰色に染まった
ように見えていた。
色があるのは、目の前の敵と自分だけ……
周りの景色は、以前としてアルテスの街並み
の中にいることから転移したようでもない。
(とりあえず、時間稼ぎをしながら
相手のことを確認するとしますか……
だけど、コイツは俺よりも格上だろうな。
さっきの奇襲は【気配・魔力探知】も
すり抜けて仕掛けてきてたし只の殺人鬼
じゃなさそうだ)
敵は“ジッ”とこちらを見るだけで攻撃を
仕掛けてこようとしない。
アレクは背中に背負っていた盾を取り
構えながらスキルを発動させ戦闘の準備を
完了させて相手に話し掛ける。
「奇襲しておいて、追撃は仕掛けてこない
とは最近の殺人鬼は随分とお行儀が良いんだな?お前が噂の“静寂の影”ってやつか?」
「………………」
「答える気はなしか、なら話しやすいように
マリリス、とでも呼んだ方がいいか?」
アレクは、敵から情報を引き出そうとカマを
掛けると同時に会話を続け時間稼ぎを計る。
アレクの問いに答えるように漆黒のローブの
フードを下ろし顔をこちらに向ける。
その瞬間、アレクは全身が得体の知れない
寒気を感じていることに気がつく。
薬屋で見た時とは違い黒い髪を後ろで纏め
白い肌があらわになっているが……
異様さを放っているのは彼女の瞳であった。
恨み・憎悪・嫉妬・怒り・無念・絶望など
あらゆる負の感情が入り混じった濁った瞳。
何を経験すれば、そんな瞳の色になるのか
考えただけで吐き気のするような邪悪な黒が
アレクのことを“ジッ”と見つめていた。
(なんなんだ……こいつ……!?
本当に人なのか?……ヤバすぎるだろ……)
アレクの理性ではなく人間としての本能が、
最大限のボリュームで警鐘を鳴らしている。
今すぐ、ここから逃げ出せと……関わっては
いけない存在が目の前にいると。
「まさか……君と、ここで再会することに
なることになるとは思わなかったわ。
でも、私の正体まで知っているということは王国と冒険者ギルドも案外優秀なのね?
それとも、君が優秀なのかしら?」
禍々しい形の短剣を弄りながら彼女の目線が
舐めるようにアレクを観察する。
まるで目の前に肉の塊をぶら下げられた
肉食獣のような眼光にアレクは身を固くする。
その様子が、おかしかったのかマリリスは
上機嫌に話を続ける。
「あら?そんなに怖がられると……
すぐに壊したく……なっちゃうじゃないぃ。
それに、その目いいわぁ真っ直ぐて勇敢で
そんな君の苦しむ顔が見たくてぇ見たくてぇ
堪らないのおぉぉ」
冷酷な表情から徐々に頬が紅潮していき
息が荒くなっていくにつれ恍惚の表情へと変化していく。
短剣を弄っていた手を口元に運び何かを
我慢するように押さえてる様子は自分を
殺そうとしている相手でなければ妖艶な色香
と感じたかもしれないが……今は只々
恐ろしい生き物にしか見えなかった。
「それがお前の連続殺人を行った動機か?
そんなことの為に罪もない子供達の命を
奪ったのか?だったら、お前は人間じゃない
人間の形をした化け物だ……」
マリリスの醜悪な欲望と興奮を軽蔑する
ようにアレクは言葉を吐き捨てる。
ブロードソードを強く握り直し、盾の感触を
確かめると【瞬斬術】で一気に距離を詰め
マリリスに鋭い剣撃を放った。
アレクの予想以上の動きと攻撃に一瞬だけ
怯んで初動が遅れたマリリスは左肩に
アレクの一撃を受けてしまう。
(ちっ!不意を突いたのに浅い一撃しか
当てられなかった!やはり強い……)
素早く距離をとりダメージを受けた箇所と
アレクを交互に見てニヤリと笑いを浮かべる
マリリス。
「あら?驚いたわ……そんな牙を隠して
いるなんて……いけない子には躾が必要ね。
大丈夫……しっかり傷を刻み込んで恐怖を
教えてあ・げ・る」
ローブを外し露わになった格好は、まるで
暗殺者のような出で立ちであったが……
下半身の部分はスリットが入っており
レッグホルスターからは暗器のようなものが
見え隠れしている。
短剣を構えながら舌舐めずりしアレクの
顔を見つめてくるマリリスは、ゆっくりと
歩きながら互いの距離を縮めていく。
次の瞬間、どこから取り出したのか2本の
ナイフがアレクに向かって投擲される。
盾をズラして防御したアレクは、すぐに
目線をマリリスへ戻すが先程まで彼女が
立っていた場所には影も形もない。
アレクは考えた訳ではなく体が反応する
ままに構えていた盾を後方に向けて
振り回し目標を捉えないまま盾強打を放つ。
「っ!!」
“ドカッ”と何かが盾にぶつかる感触と音を
聞きながら音がした場所に向かってアレクは剣撃を放っていく。
しかし、その剣撃は空を切りマリリスに
当たることはなかった。
アレクが後方に向かって構え直している
視線の先には短剣を持った手で盾強打を
受けた左肩を押さえているマリリスの姿が
あった。
「っち!やってくれるわね……まさか
反応してくるだけでなく、反撃までして
くるなんて……本当に君、子供なの?」
先程までの興奮した表情ではなく
格下の相手に手傷を負わされたことに対する
煩わしさが見てとれる表情でアレクの顔を
見つめるマリリス。
「そいつは良かった。ろくでもない考えの
あんたに1発入れてやろうと思ってたからな!
それに、そんなにゆっくりしてていいのか?
時間を掛ければ掛けるほど僕の仲間が
助けに来る確率が高くなるぞ?」
(今のはヤバかった……!まったく見え
なかったけど、カインとの模擬戦とのお陰で
背後から攻撃してくるのは分かったから
自然と体が反応してくれた。
帰ったら、お礼しないとなカイン!)
アレクの挑発を聞いたマリリスは、何かに
気付きニヤニヤと気味の悪い笑いを浮かべて
空いている片方の手を腰に回すと禍々しい
短剣の2本目を取り出す。
「この短剣はね……クリスという種類の
短剣なの。
独特の非対称の短剣でね……この刃の部分
波打つ刃で切られると縫合ができなくなって
長く苦しむことになるのよね。
これで貴方の苦しむ姿が見たくなっちゃった
のだけど……その前に“他の人”が切られてる
ところも見たくないかしら?」
その言葉にアレクは、表情は変えなかったが
全身から冷や汗が噴き出すのを感じていた。
本来、アレクが時間稼ぎをしているだけなら
マリリスに仕掛けることなくできるだけ
会話を長引かせ安全を優先すればいい。
しかし、アレクは積極的に攻撃を仕掛けて
少しずつだが場所を移動していた。
「“他の人”ねぇ……目の前の獲物すら
まともに仕留められないのに欲をかいて
失敗しないといいけどな!」
(っち!こっちの狙いが、もうバレたか……
頭に血が上ってたから乗ってくるかと思った
けど逆に気付かれるとか失敗したな)
「子供だと思って侮っていたけど……
頭が回るのね?それに今さっきから上手く
移動して距離を稼いでいるようだし
本当に大したものだわ、君は……」
そう、アレクのやろうとしていたことは
時間稼ぎではなく囮としての役割だった。
最初にアレクが違和感覚えたのはマリリスが
話をした内容で「まさか……君と、ここで再会することになることになるとは思わなかったわ」という会話だった。
君と再会すると思わなかった……なら誰に
会いにきたのか?この空間にいるのは
実は、アレクの他にもう1人いたのだ。
アレクの推論が合っているならば、この空間には特定の条件がないと入れない。
あの時にアレクが持っていてルシアやリタが
持っていなかったもの。
それでいて連続殺人犯に関係するは、あの
お守りと呼ばれる紙だった。
そして、アレクの他にもマリリスに襲われた
現場の近くで紙を持っている者……本当に
マリリスから狙われていた者はシャロだったのだ。
それに気付いたアレクは、自らを囮として
シャロの家からできるだけ離れようとして
いた。
希望的観測としてマリリスの能力にも
有効距離があると考えシャロを効果範囲外に
出せればと思い。
また、この空間に混乱して外に飛び出して
きたとしても戦闘に巻き込まないように
することがアレクの本当の狙いだった。
「こんな時に、褒められても全然嬉しく
ないね!それにこれからがお互い面白い
ところだろ?掛かってこいよ!“静寂の影”!」
「ああ!!いい!素敵よぉぉぉ!もっとぉぉ
殺し合いぃましょう!?貴方の血がぁぁ流れる美しいぃぃ光景があぁ見たぃのぉぉ!!」
狙いを看破されたことで完全に戦闘モード
に入ったアレクは温存していた【瞬斬術】と
【無の歩み】を発動させて感知が困難な
高速の連撃をマリリスに向けて放っていく。
それはBランクのフベルドやハンスなとでも
防御することが難しい連撃だったが……
マリリスは、まるで曲芸師のように軽やかに
ヘビのようにしなやかに全ての連撃を躱し
アレクが回避不可の角度で仕掛けた剣撃をも
避けられないと一瞬で判断すると短剣を
滑らせ受け流してみせる。
アレクの攻撃が、一瞬の隙を見せると
マリリスは双剣を盾の死角へと滑らせ
その命を摘み取ろうと仕掛けてくる。
双剣の攻撃が盾で防がれると流れるような
動作で身を地を這うように沈めて足払いを
放ってくる。
アレクが【歩行術】の足捌きで回避すると
次の瞬間には顔面を狙って暗器が飛んでくる。
思わず回避の為に横に距離を取ろうとする
がアレクは嫌な予感がして直感的に頭を低く下げると強烈な後ろ蹴りが頭上を掠め風圧で
髪が激しく揺れ動く。
息をつく間もなく繰り返される攻防に
アレクもマリリスも次第に消耗し膠着状態に
なりそうになった時に最悪の事態は起こって
しまう。
最初にアレク達がいた路地からシャロが
泣きそうになりながら飛び出して来たのだ。
シャロは、アレクとマリリスの顔を見ると
途端に安心した表情になり2人の方へ
駆け寄ってこようとしていた。
先にシャロの存在に気が付いたアレクは
大声で警告を発する。
「シャロ!!こっちにきちゃダメだぁ!!
マリリスは僕達が探していた殺人鬼だ!
家に戻って!」
“ビクッ”とアレクの大声に動きを止めて
驚いた表情でマリリスを見つめるシャロ……
信じられないものを見るようにマリリスの
薬屋らしからぬ格好を確かめると現在の
状況と殺人鬼という言葉に恐怖してしまい
その場でへたり込んでしまう。
こちらに来るのを阻止できたことで一瞬だけ
戦闘中に気を緩めてしまったアレクは腹に
マリリスの蹴りを受けてしまう。
衝撃と痛みで地面に膝をつくという
致命的なミスを犯したアレクは死を
覚悟するが今までなら隙を見せれば
確実に仕掛けられていたマリリスの攻撃が
止んでいた。
痛みに耐えながら顔を上げるとマリリスの
視線はアレクではなくシャロに向けられていた。
その視線は、血が滾るような戦闘を邪魔
されたことに対する怒りに支配され
先程までの快感に満ちた顔は何処にもなかった。
アレクがシャロに警告を発するよりも早く
マリリスはシャロに向かって歩き出す。
警告が間に合わないことを一瞬で悟った
アレクは痛みを忘れて後を追って駆け出す。
しかし、腹に受けたダメージからまだ
上手く走れずによろめきそうになりながらも
懸命に後を追う。
信じられない速度で近づき眼前に迫る肉食獣
から逃げ出すこともできずに憐れな羊の命が
今まさに消えようとしていた。
シャロの目の前に無慈悲に無機質に無関心に
ゴミを見るような目で禍々しい短剣を振り上げ
マリリスが立ち尽くす。
これから起こる悲劇を当然の結末のように……
絶望の表情をしたシャロを瞳にうつして
鈍い輝きの短剣が彼女を切り裂く。
「やめろおおぉぉぉぉ……」
少年の声は、聞き届けられることはない。




