追跡者
教会でセロネスさんと話してから
2週間が経ち気付けば王都にきてから
半年程も時間が過ぎ去っていた。
アレクは、相変わらずの修行の日々。
週5日は魔法と武術とギルドで調べ物。
残り2日で、簡単な依頼をしながら
錬金の素材集めと錬金で薬作り。
金策として1カ月を目処に
ドロシーさんの薬屋に買い取りをして
もらいに行けるように準備をする。
例の薬、保湿クリーム、純毒耐性薬に
各種薬の販売で生活費、材料費を引いても
月に金貨130枚を稼ぎ。
貯金し将来の冒険の備えにしてある。
今日も、ギルドでの調べ物を終え受付の
セシリアさんへ声を掛ける。
「セシリアさん、お疲れ様です。今日は
これで帰りますので後をよろしくお願いします」
「はーい、アレク君お疲れ様!いつも通りに
しとくから気にせず帰ってね」
ここ最近の決まった、やり取りを済ませ
冒険者ギルドの外へ出る。
外は、すっかり暗くなり普段より帰りの
時間が遅くなっていることが分かる。
「今日は、近道するか……」
いつもは、大通りから拠点に1番近い路地を
通って帰るのだが帰りが遅くなっている
こともあり普段は使わない人通りが少ない
路地を通って帰ることにする。
暫く、薄暗い路地を歩いていると
道幅が狭い路地に前から男が2人、アレクの
進路を塞ぐように歩いてくる。
アレクは、絡まれないように路地を
引き返そうとするが後ろからも男が2人
アレクの退路を塞ぐように歩いてくる。
アレクは、懐に手を突っ込むフリを
しながらアイテムボックスから武器を
いつでも、取り出せるように臨戦態勢に
入る。
やがて狭い路地に挟まれる形でアレクは
男達に囲まれてしまう。
「何か、僕にご用ですか?」
無意味な質問だと分かっているが……
試しに質問してみる。
すると男達の内の1人が口を開く。
「坊主、悪く思うなよ……俺達も仕事
なんでな」
その言葉が合図になったのか男達が一斉に
武器を抜く。
「大の大人が4人掛かりでないと子供1人の
相手もできないんですか?」
アレクは、軽蔑するように男達を見渡し
睨みつける。
「坊主は、Dランクの冒険者を撃破できる
戦闘力があることは分かっている」
「だからと、言ってFランクを袋叩きに
していい理由にはなりませんよ?」
「今更、正論を言っても坊主は死ぬ。
恨むなら冒険者ギルドを恨むんだな!」
一斉に男達がアレクに襲い掛かる。
しかし、アレクは抵抗するべく懐から
武器ではなく液体の入った試験管を取り出す。
すでに蓋がない試験管を両手の指の間に
挟み込み勢い良く男達に向かって振りかける。
「チッ!抵抗すんなぁ!このガキがぁ!!」
アレクから液体を取り上げようとするが
間に合わずにリーダーと思われる男に
液体が直撃する。
(【隠密】【歩行術】)
その他の液体も、見事に男達全員にかかり
劇薬を想像した男達の表情が凍りつき
自分の体に異常がないか慌てて確認する。
しかし、想像に反して体に異常はない。
「なんだ……こけ脅しか!!
あのクソガキがぁ!ぶっ殺してやる!」
男達がアレクの方を見ると、すでに
アレクは姿を消していた。
「おい!お前ら、あのガキはまだ遠くまで
行っていないはずだ!バラけてガキを……」
指示を出そうとしたリーダーの男が
仲間を見て異変を察知する。
「お前ら、その汚れは何だ?」
男達は先程まで異常がなかった自身の体を
再度見ると液体をかけられた箇所が
派手なオレンジ色になり始める。
「なんだっ!?これぁ!おま……おぇっ!」
喋ろうした瞬間、凄まじい異臭が男達の鼻
を襲う。一息でも臭いを吸い込めば
嘔吐を催す程の激臭が液体をかけられた箇所から発生していたのだ。
「っく、くせぇぇ!!こいつを何とか
しないと追跡なんて無理だぞっ!」
男の1人が吐きそうになりながら鼻を押さえ
撤退を懇願する。
「っち!仕方ねぇ!一旦アジトに帰るぞ!
あのガキは見つけ次第、ぶっ殺す!!」
リーダーの男も異臭に顔を歪ませながら
鼻を押さえ撤退を指示する。
そんな男達が路地を離れていくのを、
複数の影が静かに捉え追跡を開始していた。
その頃、アレクは拠点に到着していた。
拠点では師匠がアレクの帰りを心配そうに
待っていた。
「只今、戻りました。彼らも無事に
罠にかかり今頃は巣でお縄についているでしょうね」
予定通りという様子で話すアレクをルシアが
呆れた顔で叱る。
「いくら予定通りでも、ぼーやの命が
狙われたことに変わりはない。師匠の
心配を少しは察しろ!」
「あっ、すみませんでした……もっと自分を大切にするように気をつけます」
(そりゃ、師匠が同じようなことしたら
俺も心配するよな……)
それから、2時間ほど拠点で待っていると
セシリアさんとバルド教官が訪ねてきた。
2人とも深刻そうな表情で話しを始める。
「アレク君にケガがなくて良かった。
それに囮なんて無茶もして、本当に心配
したんだからね?」
セシリアさんが俺を優しく抱きしめてくる。
「すみません、でも僕を狙う人達を
まとめて捕まえる為にも必要なことだったんです」
申し訳なさそうにアレクが頭を下げる。
「それについては、俺からも謝罪させて
もらおう。坊主の提案を受け入れたのは
俺の判断だからな……」
バルド教官も、頭を下げる。
そもそもの発端は1週間前まで遡る。
ギルドでの修行も終わり
【気配探知】と【魔力探知】を使用ながら
拠点にかえっているとアレクの後をつける
者達がいたのだ。2日ほど様子を見たが
確実にアレクを狙ってきていた。
アレクは次の日には冒険者ギルドで
ルシアとセシリアに相談をしていた。
「どうも、最近何者か狙われている
みたいなんです。拠点への帰り道で
ここ2日ほど後をつけられてました」
「本当か?ぼーや。その根拠は?」
師匠が冷静に問いかける。
「根拠というか、帰り道で
【気配探知】と【魔力探知】を修行して
いるのですが……狙ってくる人達は
気配を消していますが魔力反応は消してません。街中で気配がなく魔力反応だけが後を
ついて来れば誰でも疑うでしょ?」
「それは……逆に目立つわね!けどそれに
気付くのはアレク君くらいだと思うわよ?」
話に納得したようなセシリアさんが
俺に突っ込みを入れてくる。
「確かに、街中で気配と魔力の両方を
探知してる者なんてぼーやくらいだからな」
「僕のことは、いいじゃないですか!
尾行してくる人数は、2人ですが日替わりで
人は変わるみたいですね。魔力反応が
バラバラでしたから」
「それだと、中途半端に捕らえても
仲間のやつらには逃げられる可能性が
高いな……叩くなら徹底的に叩かないと
後が面倒になるからな」
師匠が唸りながら解決策を考えている。
「あの〜とりあえず冒険者ギルドで
護衛の冒険者を雇おうと思います。
詳しい依頼内容は、バルド教官と相談して
決めようかと……」
この提案に、2人とも賛成してくれる。
すぐにバルド教官に依頼のお願いをしに行く。
訓練所にいたバルド教官と2人で話し始める。
話を聞いたバルド教官は、最初は
かなり怖い顔をしていたが冒険者を雇おうと
考えていることを伝えると安心した顔になる。
「それで、具体的な内容なのですが
追跡者の監視と追跡者の全員の確保を
お願いしたいんです」
「うん?アレクの護衛じゃないのか?」
不思議そうなバルド教官に考えた作戦を
説明する。
「はい、もし僕が殺されそうなら助けて
頂きたいですが……その前に追跡者の方達
には一旦、撤退してもらいます」
そう言いながらアレクは1本の試験管を
取り出す。
「それは?何かの薬か?」
「はい、僕が開発した防犯ポーションと
いうものです。これをかけられた者は
色の落ちない染料と凄まじい異臭を放つ
効果に陥ります。効果を解除するには
僕の持っている対抗薬を使うか1日経過
するのを待つかですね」
「色々な意味で、怖い薬だな……けど
それをまいたら、その一帯が大惨事に
ならないか?」
バルド教官が、鋭い所を突いてくる。
「心配いりません。この防犯ポーションは
温度に反応して効果が発生します。
簡単に言うと人肌の温度じゃないと
反応しないので街でまいても無害です」
元々は、前世のペイントボールを想像して
作ったのだが欠点は暑い所で使えない。
という点のみなので今回は問題ない。
あと、間違えて飲んだら死ぬかも……
「なるほど、見えてきたな……
アレクを囮にして追跡者を誘き出す。
そこでこの薬を使って撤退させる。
追跡者達が撤退しアジトに戻ったところを
冒険者が捕らえる。という作戦か」
「正解です。それに、この作戦の成功率は意外と
高いと思います。防犯ポーションを使用
された者の行動は大体、決まっていて
すぐに体の臭いを落とそうと水場に
向かいます。けれど街の中で水場のある
場所は追跡者達は目立つので使えない」
「そうなったやつらは、拠点に戻らざる
おえない」バルド教官が頷く。
「はい、そういうことです。あとついでに
これを渡しておきますね」
いくつかの蓋をされた試験管をバルド教官に
手渡す。
「これは?」
「それが防犯ポーションの対抗薬です。
追跡者を捕らえてた時の交渉材料に
使って下さい。もし、追跡者達が依頼されて
僕を狙っていた場合。尋問に使えるでしょ?」
「アレク、お前はよく先のことを考えて
いるな。今回のような時は大抵、依頼で
あることが多い。対抗薬は交渉材料として
預かっておこう」
「あと、僕が囮なのは師匠とバルド教官と
雇う冒険者だけですから内密にお願いします。どこから情報が漏れるか分かりません
から」
バルド教官が、渋い顔をする。
「セシリアにも、内緒か?あとで怒られる
と思うぞ?」
「ですよねー、けどセシリアさんに話したら
反対されそうで言えませんでした」
セシリアさんは、いざという時は
意志が強い女性だ。俺の命がかかっていると
知れば絶対に反対するだろう。
「まあ、アレクの言う通り機密性が大事な
作戦だからな!フォローはしてやるから
絶対に無茶はするなよ?」
仕方ないな!と肩を叩いてくるバルド教官。
「ありがとうございます!それでは
作戦通りに、よろしくお願いします」
そして事件は予想通りに起き、追跡者達は
拠点に戻ったところを冒険者達に捕らえられた。
「それで、追跡者達の正体などは分かった
のですか?」
バルド教官が尋問の結果を話してくれる。
「アレクの防犯ポーションの臭いが
凄まじくてな。犯人達は手を縛られて
鼻をつまむことも出来ずに死にそう
だったが全て話す条件で対抗薬の話をすると
喜んで話したぞ!」
バルド教官の話によると、やはり追跡者達は
依頼されて俺を襲ったようだ。
そして気になる依頼主は、
初めて冒険者ギルドに行った際に
絡んできた元冒険者のリーダーの男だった。
「あ〜あの師匠に指一本も使われずに
気絶させられた山賊長の人ですか」
「ぼーや、そんなやついたか?私は
ゴミのことなど一々覚えていないから
分からんぞ?」
師匠は、皮肉なのか本音なのか
どちらにしても辛辣なことを
言っていた。
「少し前に元冒険者の男の居場所を特定し
冒険者達から確保したと報告があったので
2人のところに報告にきたということです」
明らかに怒っているセシリアさんが
報告をしてくれる。
それを察したように師匠がバルド教官に
声を掛ける。
「ひとまずは安心して大丈夫だろう。
今夜は、ぼーやも大変だったろ?早く
休むといい。この件は、例の男から
尋問を行い事実が分かったら我々に
報告してくれればいい」
セシリアとバルド教官を帰した後に
師匠が話し出す。
「セシリアかなり怒ってたな……
あれはバルドは暫く大変だな」
「なんで、セシリアさんはバルド教官に
怒ってたんですか?」
事情が分からずに師匠に質問する。
「以前、あの元冒険者達にはギルドから
重い処分が下されたが……その判断を
したのはギルドマスターと副ギルドマスター
のバルドであろう。前回の件と今回の件、
立て続けに私達に迷惑を掛けた責任が
彼らにはある」
「けど、2つとも大きな被害はなかった
じゃないですか?それじゃダメなんですか?」
「ぼーや、もし私が殺されても同じ事が
言えるか?今回のは特に、そうなっても
おかしくかった。偶然、ぼーやが気付き
対応できる準備を取れたから被害を
抑えることができたに過ぎない」
師匠は、深くため息をつく。
「簡単に言えば、最初に対応を徹底して
いなかったからぼーやは殺されかけた。
そしてセシリアは前回の時に注意を
念押していたのだろう。だからこそ
あそこまで怒っていたんだと思うぞ?」
「僕達のことを想って怒ってくれた……
ということですね。すみません、
セシリアさんの気持ちを考えずに
軽率な発言でした」
「セシリア本人でなく、私で良かったな。
下手したらぼーやが怒られる対象になって
いたかもしれん」
後日、冒険者ギルドから今回の件について
報告があると呼ばれたルシアとアレクは
2人で冒険者ギルドに向かった。