メイドと手紙
カインが館を去ってから1週間後、アレク・
エレナ・プラムの3人は地下の錬金実験室で霊薬作りに勤しんでいた。
地下の実験室は魔法のランタンの明かりで照らされ、暖色の明かりが錬金素材を照らし出している。
甘い香りに苦々しい香りや鼻をつく刺激臭が混じり合い、まともに嗅げば噎せそうになる激臭が部屋を満たしている。
そんな中でも錬金エプロンを身に付けたアレクは、数多くある錬金素材を手際良く処理にしていく。
口と鼻を保護するために数種類の布を重ね合わせたマスクと、目を保護する革とガラスを組み合わせた簡単なゴーグルを装備していることで、アレクの格好は怪しさを増している。
エレナもアレクと同様の格好で、実験に臨んでいたが……エレナの背後からは複数の触手が伸び、器用に器具を扱っていた。
むしろ触手の動きは、人が手で実験を行うよりも正確に動作を行っている。
そんな2人の後ろではプラムが離れた場所にある器具を運んだり、棚に収納された錬金素材を複数取り出して来たりと、忙しく動き回っていた。
その姿は、いつもの綺麗な着物ではなく……白装束を、たすき掛けした姿であった。
全身白い巫女装束を想像すれば分かりやすく、錬金の実験を行う上でアレクがイメージをプラムに伝え、投影した衣服である。
薬品の付着や衣服が清潔に保たれているかを確認するため、アレクがプラムに着用を求めた結果であった。
ちなみにアレクもエレナも、寝食を惜しんで実験に明け暮れていたため、強烈な匂いが衣服と体に染み込んでいた。
数日ぶりに地下から上がり、風呂に入ろうと館を歩いていた際……明らかに不快そうな声にアレクは呼び止められる。
それは涙目になり、鼻と口を腕で庇いながら離れた場所にいたキアだった。
「アレク……臭すぎますわ……鼻が捥げるかと思いましたわ」
「臭すぎるって……そんなに臭うか?俺は地下の実験室で鼻が麻痺してるからか、良く分からないだが……」
自分の腕や衣服を嗅ぎながら、アレクは首を傾げる。
そんなアレクの様子にキアは、激しく頭を横に振る。
「ここまで距離を置いても頭が痛くなってきますし、これ以上近付けば吐き気がしてきますわ。お願いですから、早く風呂に入ってくれません?」
「うっ……!そこまでか!?流石に、そこまで言われると傷つくぞ?まぁ、早いとこ風呂に入ってくるけどさぁ〜」
「私が辛いということは、ルプルも同様に辛いと思います。ルプルに会う際も気を付けてあげて下さいですわ」
キアとのやり取りで傷心なアレクだったが……風呂済ませた後には、嬉しい報告を受ける。
教会に出向いていたアマリアとミカエラが、大事そうに“ある物”を持って帰ってきたのだ。
風呂上がりのアレクが、リビングを訪れると……それは割れ物なのか、何重にも布で包まれてテーブルの上に置かれていた。
ソファに座っていたアマリアがアレクの顔を見ると、アレクがテーブルの上の物について問い掛ける前に説明を始める。
「アレク!教会の医療部門から新薬の研究に役立ててほしい!って、これを預かったんだけど」
「これって……なんだ?開けてもいいか?」
「どうぞ」
幾重にも重ねられていた布を優しく取り払うと……中から現れたのは、しっかりとした顕微鏡だった。
「顕微鏡じゃないか!?完成したのか!!」
アレクは思わず、驚きと喜びが入り混じった声を上げる。
「ケンビキョウって、以前アレクが教会に持ち込んだやつだよね?あれとは形が大分、違うみたいだけど?」
「ああ、以前のは簡易顕微鏡だったからな。あれは、あくまで見えることを証明するためのものであって、実用的なものじゃなかったんだよ。仕組みや改善点を含めて、教会に新しい物を作るようにお願いしてたんだが……まさか、このタイミングで届くとは」
まだアレクがドォールムに来て間もない頃、伝染病に対して抵抗力がないドォールムを変えようと、当時のアレクとアマリアは立ち回っていた。
その一環で作成したしたのが、簡易顕微鏡である。
前世の記憶で、ペットボトルを使った顕微鏡の作り方があった。
それ元に武具店のグラウェさんから職人さんを紹介してもらい、試行錯誤の末にペットボトル型の顕微鏡を作り上げたのだ。
そして最終的に細い調整に1カ月を要したものの、なんとか使えるものを完成させたのだ。
それにより病気の原因となる細菌などの存在を、皆に理解してもらうことができたのだが……病気研究のためには、より正確な観察ができる顕微鏡が必要になると、アレクは考えていた。
そのために教会の医療部門にアイデアを提供して、新しい顕微鏡作成を頼んでいたのだった。
「これでより正確な観察ができるようになる……!教会の人達には改めて、お礼を言いに行かないとな」
アマリアがカインの話を聞いて、館を飛び出し教会に向かった日……教会は、アマリアとミカエラにカインの弟の病気について教えてくれた。
教会の医療部門でも病気の研究は進めていたらしいが……未だに状況が好転するようなことは分かっていないとのことだった。
それに加えカインは、レッドフォード家の者であることが判明した。
教会の人の話によると、レッドフォード家は槍術の名家でカインの説明通り、王族や上級士官に槍術の指南役を務めている。
何代も続く槍術の家系で、過去には100年前に英雄から手ほどきを受けた者がいるとも言われている。
その後継者が病に伏せっていることは、教会でも限られた者にしか明かされていない。
貴族ということもあるが……現当主であるカインの父は、とても顔が広く口外しないでほしいという強い願いが、あったためだそうだ。
それが家を守るための行動なのか、それとも我が子を想ってのことなのか……アレクには判断しきれなかった。
届けられた顕微鏡を眺めがら、アレクがレッドフォード家について考えていると、部屋の隅に控えていたプラムが、アレクの傍に寄ってくる。
「どうしたプラム?」
何か言いたいことでもあるのかと思ったアレクだったが……プラムは簡潔に用件を口にする。
「主様、玄関前にお客様がお越しです。身だしなみを整えられた方が、よろしいかと」
「むっ?お客様か?じゃあ着替えて来なきゃだな。っていうか良く部屋の中いて外の状況が分かるな?」
「お忘れですか?私はシルキー……妖精です。これくらいのことは朝飯前なのです」
珍しく自慢気なプラムが可愛いく見え、アレクは無意識にプラムの頭を撫でていた。
黒髪が艶々としており、髪の柔らかさが触り心地の良い触感を演出する。
「あ、主様!?そういうことは時間のある時に、お願いします!」
顔を赤らめながら頬を膨らませ、不満気に訴えてくるプラム。
そんな様子を楽しみたい衝動に駆られながらも、アレクは身だしなみを整えに自室へと歩き出す。
「普通お客様なら応接室に案内してくれ。あと軽く用件を聞いといてくれると助かる」
「かしこまりました」
仕事を承ったプラムは、部屋を離れるアレクを見送ると、フッと煙のように姿を消す。
そして玄関へと姿を現し、昼間に訪れたお客様を迎えるのであった。
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アレクが自室で身だしなみを整え終わる頃、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
アレクが入室の許可を出すと、プラムが丁寧に扉を開けながら中に入ってくる。
「失礼致します。主様、お客様を応接室にご案内しました。用件ですが……どうやらレッドフォード家の関係者の方のようです」
「レッドフォードの……カインじゃないところに不安を覚えるな。相手は、どんな人だった?」
「相手の方は、使用人の女性の方です」
「はぁ?使用人の女性?なんで?」
訪問者が予想外の人物で混乱するアレクだったが……プラムに聞いても答えが出ないことは明白なので、考えることを諦め早々に応接室に向かう。
部屋の前に到着するとプラムが扉を開けてくれるので、アレクは館の主らしく堂々と部屋に入る。
そこには緊張した面持ちのメイドが1人、部屋のソファに座らずに待機していた。
よく分からない状況にアレクは、助けを求めてプラムの顔を見る。
すると、プラムはメイドの女性に優しく声を掛ける。
「お客様……我が主様は多少、礼儀作法に慣れていなくとも機嫌を損ねるような方ではございません。どうか気を楽にソファにお掛け下さい」
「も、申し訳ございません!私、こういう場に慣れていなくて!!」
プラムとメイドの女性の会話から、何となく事情を察したアレクは、砕けた感じで女性に話しかける。
「初めまして、冒険者チーム《漆黒の魔弓》のリーダーをしております。アレクサンダーと申します。長い名前ですので、アレクと呼んで下さい」
「は、はい!アレク様でよろしいでしょうか!?わ、私はレッドフォード家で使用人をしております!ミツナと申します!」
まだまだ慌てた様子のミツナにアレクは諭すように、ゆっくりと話しかける。
「そんなに畏まる必要は、ありませんよ?俺は冒険者ですから、細かい礼儀作法なんかは気にしません。それに、ここは俺の館です。俺が良いと言えば、怒る者も叱る者もいませんので」
「は、はぁ……そうでしょうか?」
「ええ、そうです」
先程まで緊張でガチガチに固まっていたミツナは、次第に落ち着きを取り戻していく。
アレクがソファに座ることを勧めると、遠慮がちにソファに座ってくれる。
プラムも2人が話しやすいように紅茶を用意した後は、部屋の隅へと控えていた。
温かい紅茶で喉を潤しながらアレクは、ミツナを失礼にならない程度に観察する。
年は15歳程に見え、少女のあどけなさが残る顔立ちをしている。
決して美女ではないが、その素朴な顔立ちは磨けば光る原石のように感じられる。
ライトブラウンのミディアムロングな髪、ヴィクトリアンメイドを思わせるシンプルなロングドレス。
臙脂色に白いエプロンが映えて見え、頭のホワイトブリムも可愛らしく装備されている。
見事なメイド姿に密かに感動していると、部屋の隅からチッ!とアレクにだけ聞こえる大きさの舌打ちが、聞こえた気がしてくる。
アレクは、突き刺さる背中に視線を感じながら気持ちを切り替えて、女性に問い掛ける。
「本日は、どのようなご用件で?」
できるだけミツナにプレッシャーを与えないように、アレクは笑顔を向けて話し出す。
そんなアレクの様子に少しだけ安心したのか、ミツナは軽く息を吐くと真剣な顔つきで問いに答える。
「本日は、ご主人様より手紙を預かっております。これをアレク様に渡してほしいと……」
そして真新しい便箋をミツナから手渡されたアレクは、ゆっくりと手紙の内容に目を通す。




