アマリアの胸騒ぎ
馬車でウィリデ王国 王都ドォールムに無事に帰ってきたアレク達を、冒険者ギルドで待ち受けていたのは……熱烈な歓迎だった。
アレクは冒険者ギルドに入ると同時に例の如く、恐るべき嗅覚と速度を誇るセシリアに襲われることになった。
黙って立っていれば、栗色の髪にゆるふわボブの綺麗な、お姉さんだが……惚けた顔をしながら【身体強化】を発動し、真っ直ぐに駆けてくる姿は、見ている者に共通の恐怖を抱かせる。
アレクも、その1人であり……セシリアに、どう対応しようかと考えているうちに、あっという間に距離を詰められてしまう。
「あーー、これは回避できないパターンだ……」
早速、諦めモードに入ったアレクの後ろには、疲れた様子のパーティーメンバーがいる。
ここままの速度でセシリアが突撃してきた場合、回避すれば後ろのメンバーに被害が及ぶ可能性がある。
だが、あの状態のセシリアを取り押さえれば、最悪ケガをさせてしまうかもしれない。
逡巡したアレクは、自らを犠牲にすることを選び、セシリアを受け止める態勢をとる。
その瞬間……セシリアの嬉しそうな顔が、更に幸福そうな表情になるのをアレクの目が捉えた。
そしてドッスン!という重いタックルを腹に受けて……アレクは仰向けに倒れ、ギルドの床に叩きつけられる。
「うっ!……かはっ!」
タックルの衝撃を受け止めたアレクは、微かに声を漏らすが……その声はセシリアの声によって掻き消される。
「会いたかったぁぁぁよぉぉぁアレク君っ!!寂しかったぁぁぁあ!!!」
大の大人が涙と鼻水を垂らして、年下の男性に縋りつく光景は、周りの者に強い衝撃を与える。
特に初見の者には刺激が強く、新メンバーのルプルの表情はショックで凍りついていた。
ギルド内で起きた騒動の沈静化を図るため、アレク達は職員によって、ギルドの応接室に案内された。
その間もアレクから一切離れる素振りを見せないセシリアは、ヘビのようにアレクの左腕に絡みついている。
「うぅぅぅ!アレク君ぅぅぅ!」
気色の悪い言葉を放つセシリアを、皆がいないものとして扱っていたが……1人だけ状況に慣れてないルプルは、皆がセシリアに反応しないことに恐怖を感じていた。
それは、まるで自分1人だけにしか見えない存在がいると錯覚してしまう程である。
アレク達《漆黒の魔弓》は、アレクとアレクの左腕から離れないセシリアがソファに座り、その他の者は各自自由に好きな場所に寄り掛かっている。
暫く部屋で待っていると、アレクは部屋の外から慌しく近付いてくる足音に気がつく。
そして部屋の前で足音が止まったと思うと……勢いよくドアが開かれ、ドカドカとバルドが部屋に入ってくる。
「おおっ!アレク戻ったかぁ!?心配したぞ!!」
「バルド教官お久しぶりです。お陰様で無事ドォールムに戻って来れました」
一瞬だけアレクに近寄り、抱きしめようかと考えたバルドだったが……既にアレクに寄り添っていたセシリアの姿を見て、その考えを改める。
軽く咳払いをしながら対面式になっているソファに座ると、前のめりになりアレクの話しを聞く姿勢をとる。
「では、色々とアレク達の噂は聞いてるが……詳しく話してくれるか?チームに新顔も増えてるようだしな」
バルドは、優しく微笑むとルプルの顔色を窺う。
そして今度は教官としてではなく、副ギルドマスターとして真剣な表情で、バルドが問い掛けてくる。
「はい、それでは俺達がアクアエに到着してからのことを説明します。俺達は――」
それからアレクは自分達のとった行動や、それによって引き起こされた事態について話し始める。
ルプルとの接触、戦姫との出会い、王城潜入、信用を得るための偽装工作、戦姫との一騎打ち等、できるだけ丁寧に説明していく。
そして話な終盤に差し掛かり……魔物の大群襲来や国王と王妃の魔物化にまで話は及ぶ。
流石に、その辺りの話になってくるとバルドの表情も、驚愕・畏怖・険しさとコロコロと変わっていく。
「そんなことが……ありえるのか……?」
話の途中でバルドの口から漏れた言葉は、実際の光景を見ていない者からすれば、当たり前の感想である。
しかし、まだ伝えなければならない重要な案件があるために、アレクは話を続ける。
「そして今回の事件の首謀者でもある男と俺は接触しました。本人はナナシと名乗っていましたが……間違いなく偽名でしょう。我々は、奴のことをボロ布の男と呼んでいます」
「ナナシ……ボロ布の男か……一体何者なんだ?それに、そのボロ布の男の目的が分からないな。仮にアクアエを滅ぼして何になる?今現在は、国家間の戦争は禁止されているんだぞ?経済・貿易・国家防衛の観点からも、各国に被害が出ることはメリットがないだかな」
バルドはボロ布の男が、どこかの国の手の者と仮想して話を進めていた。
そんなバルドにアレクは、自らの考えを伝える。
「俺は……奴は国に属さない者であると考えています。バルド教官の言ったように、メリットが考えられない以上は、そう考えておいた方がいいでしょう」
「国に属さない者か……厄介だな。そうなると次なる被害国の予想が立てられない。後手後手に回るのは、避けたかったんだが……」
「しかし、後手後手に回ることになっても、やるべきことは決まっています」
アレクはバルドの目を見つめると、その瞳の輝きからアレクと同じ考えに至っていることを察する。
「アレクの言う通りだな。とりあえず我々にできることは、国家単位で魔物の大群に対応できるように準備することと、出来るだけ多くの者と情報を共有することだろう」
「ええ、その通りです。国内の戦力を纏めることは簡単では、ありませんが……先のアクアエの事件を例に出せば、世迷言とは誰も言わないでしょう。それと国家間の情報共有と監視網の強化は、早めに行いたいものですね」
既に一冒険者と副ギルドマスターの権限を越えた話になっていたが……2人の危機感には驚く程、ズレがなかった。
それは冒険者として魔物の脅威を十分に理解している者同士だったからこそ、共感できる部分が大きかったからである。
今後の対応や手配などは、バルドがギルドマスターである、ガルドに伝えることになった。
時間は掛かるだろうが、国にも今回の話を必ず伝えることをバルドは約束してくれる。
その話が終わると今度は、アレク達の扱いについてバルドは語り始める。
「あとは……そうだな、今後の《漆黒の魔弓》扱いについてだが……アレク達は休みを取る予定はあるのか?」
「休みですか?」
「ああ、休みだ」
アレクは休みと言われても、冒険者になってから自由な時間を過ごしていることが多かったこともあり、その言葉がピンと来なかった。
そんなアレクの考えを表情から読み取ったバルドは、分かりやすく説明してくれる。
「BランクからAランクに昇格した場合、格段に依頼の危険度が増すことから、殆どの冒険者チームが準備期間を設けるんだ。装備を整えたりチームの戦力強化に取り組むことが多いぞ」
「へぇ〜そうなんですか〜知らなかった!それで、その準備期間はどれ程の期間取れるものなんですか?」
「大まかな目安では、1カ月から3カ月くらいだろうな。その間にAランク冒険者チームの情報が国内や国外に広がり、依頼が来ることになるってわけだ」
アレクにとって、自己鍛錬やスキル研究に錬金研究など時間は、いくらあって足りないものだった。
これはチャンスだと考えたアレクは、最も長い休みである3カ月を選択し、バルドに後のことを任せるのであった。
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そんなことがあり、アレク達は長期休暇を有意義に過ごしていた。
館のリビングで寛ぐアマリアとキアの話は、徐々に最近姿を見せていないカインの話題へと移っていく。
「それにしてもカインも、暫く姿を見してないわね……大丈夫なのかしら?」
「カインさん……家の事情で顔を出せないと言ってましたけれど、流石に心配になりますわね」
「そうね……カインってアレク以上に自分のことを話さないのよね〜家で複雑な事情があるらしいんだけど、私達には迷惑を掛けないためか相談もしてくれないし」
カインは《漆黒の魔弓》の長期休暇が決まってから、“暫く館には来れない”と言葉を残し、1カ月ほど姿を見せていなかった。
それ以外の《漆黒の魔弓》メンバーは、各自の実力を伸ばすために集中訓練を行ってる。
ミカエラは、Aランク冒険者になったことで国立図書館に入館を許可され、魔法書や魔法理論について研究を重ねていた。
昼間は図書館で本を書き写し、夜は館で書き写した本を元に研究を続けている。
エレナは、ドルミレ大森林・風の精霊の聖域・水の精霊の聖域などで入手した錬金素材を元に、館の地下実験室で研究と実験を進めている。
また治癒を司る水の精霊から直接、薬の知識や聖域の素材について説明を受けたエレナは、取り憑かれたように実験を繰り返していた。
定期的に風呂や食事を摂取することにしており、姿は確認できるが……目の下のクマは日々、濃くなっている。
アマリアが心配して、頻繁に地下に様子を見に行っているが……エレナが充実感に満ちた顔をしているので、強くは注意できていない。
ルプルはドォールムに来てから、昼間はアレクと共に地下訓練所で体術を鍛え、夜に食事を終えたからは……夜の街に繰り出している。
もちろん、遊んでいるわけではなく……父であるニグマから、影の者としての心得を教えてもらい日々、夜の街で実践しているらしい。
アマリアは朝・昼と教会に顔を出し、病人とケガ人に対して治癒魔法で治療を行っている。
アレクからスキルの熟練度についての話しを聞いたアマリアは、自分なりに経験値を得るために、何をすれば良いか考えた結果である。
それに加え、水の精霊から恩恵を授かったことにより、更に高位の治癒魔法を行使できるようになったアマリアは、自らの治療知識を改めて高めることも視野に入れて行動を起こしていた。
残るキアは、今までに使っていたショートボウ・コンポジットボウに加えて、新たにロングボウを扱う訓練を積んいた。
それから昼間でも、ドォールム内をマントなしで出掛けるようになり、積極的にキアがエルフであることを宣伝しているようであった。
それは《漆黒の魔弓》がAランクに昇格したことで、国内でトップの戦力であり冒険者ギルドが全力で保護する存在になったことが、大きな理由である。
キアも人族の文化を知るためと、エルフの存在を多くの者に見てもらい、慣れてもらうことを目標としているようだった。
そんな忙しい日々の中で、1人だけ状況が分からないカインを皆が心配していた。
リーダーであるアレクも、カインのことは気に掛けていたが……今のところは静観することを決めているようで、チームメンバーにもカインへの積極的な関わりは、控えるように伝えていた。
「アレクはカインのことは、そっとしといてやれ!って言うけど……最近は少しだけ様子が、おかしかったのが気になるのよね」
「おかしかった?何がですの?」
アマリアは頭を傾げながら、率直な感想をキアに伝える。
「なんというか……アレクに対して態度が、ぎこちないというか〜なんだか避けてるような感じがしたのよね」
「ぎこちない……避けてる?それはケンカみたいなことではなくて?」
「あの2人のケンカだったら口喧嘩で直ぐに解決すると思うの……けど、アレクからはケンカしてるような雰囲気は感じないし」
「それは……妙ですわね……」
アマリアはカインの件について、得体の知れない胸騒ぎを感じていた。
心の中で何が引っかかっているが……その引っかかっているものが何なのか分からない現状に、不安がジワジワと心の中に広がっていた。
その後、アマリアの不安が徐々に現実味を帯び始める。
アマリアとキアがカインのことについて話していた次の日……1カ月ぶりに姿を見せたカインは、館の朝食の席に並んでいた。
いつもと違い、暗い雰囲気を纏っていたカインは朝食中に一言も喋らず食事にも殆ど口をつけない。
プラムがカインを気遣って声を掛けようとしていたが……それはアレクのアイコンタクトによって止められる。
そして、食事が終わりプラムが皆に食後のお茶を入れ始めた時、カインが重い口を開く。
「皆に伝えなきゃいけないことがある……俺は……このチームを抜けなければならないかもしれない」
カチャン!とアマリアの持っていたティースプーンが床に落ちる音が、やけに大きく部屋に響き、皆の体をピクッんと震わせる。
そんな中でアレクだけは、ジッとカインの瞳を見つめていた。




