成長のヒント
アレクは広い訓練所で1人、体術の型を繰り返し行っていた。
何時間、体を動かし続けたのか……練習着は汗で、びっしょりと濡れている。
それをアレクは気に留めることなく、深く深呼吸して心と体を整える。
そして流れるように淀みなく型を繰り出し、拳や足が空を切るたびに、パンッパンッ!と体のキレによって発生した音が部屋に響き渡る。
常人からすれば、目に止まらない程の速さで放たれた拳撃や蹴撃だったが……アレクは、自らの動きに納得できずに、乱れた呼吸を再度整えようとする。
しかし、それは部屋の入口に待機していた者によって止められる。
「主様……そろそろ夕飯の時間になります。その前に汗を流される時間が必要になると思いましたので、早めに声を掛けさせて頂きました」
体を動かすことに集中し過ぎて、彼女の存在に気付けなかったアレクは、服の袖で汗を拭いながら彼女に返事をする。
「そこで待っていてくれたのかプラム?すまないな」
「いいえ、主様の傍に控えてお世話をするのが私の仕事ですので、お気になさらないで下さい」
そう言いながら優しく微笑み丁寧にお辞儀をするプラムは、少女といえる年齢にまで姿が成長していた。
人族でいえば12歳程の容姿をしており、薄いピンクの着物に白く可憐な梅の花があしらわれた普段通りの格好をしている。
しかし、微妙に服装の大きさなども変わっており、控えめな黄色の帯に真っ赤な帯紐の位置も体に合わせて移動していた。
長く綺麗な黒髪をアレクからプレゼントされた白金のかんざしに、サファイアのような輝きを放つ小さな宝石が添えられており、髪は美しく纏められていた。
控えめながら清らかで美しい佇まいに、少しだが女性としての艶が現れている。
プラムの成長は、アレク達を驚かせた。
カエルレウム共和国から帰還したアレク達を拠点で出迎えたのは、現在の姿のプラムだったのだ。
本人は自分の成長には気付いておらず、アレク達から指摘されて初めて、己の姿を鏡で確認したのである。
アレクがプラムに何か変わったことがあったのか質問すると……数週間前に突然、力が溢れるように湧き出したと言う。
それからは今までに出来なかったことが、出来るようになったり、力を自由に操れるようになるので精一杯で、自分の成長には気付いていなかったそうだ。
プラムの話から、数週間前の出来事を思い出したアレクは、1つの推測に思い至る。
それは、ちょっどアレクがアクアエで水の精霊の使徒になった頃だった。
そして、火の精霊が力を取り戻した頃でもある。
シルキーは、厳密に言えば“元精霊”である。
身の回りに溢れる精霊が、家を依代として集まり、形を成し意思を持ったものがシルキーと呼ばれる妖精になる。
それらを踏まえれば……アレクと主従の関係にあり、精神に深い繋がりが出来たことで、彼女に何かしらの変化が起こったのかもしれないとアレクは結論づけた。
それにプラムの成長は、容姿だけに留まらなかった。
研究者気質のアレクとエレナは、プラムの成長した能力について詳しく調べ、ある程度の状態を把握しつつあった。
第一に、プラムは容姿だけでなく精神的にも成長しており、以前は10歳に満たない女の子の振る舞いが……今では12歳程に成長している。
以前よりも落ち着きがあり、なおかつ気遣いの仕方が大人に近付きつつあった。
第二に、館内での能力が大幅に向上しており、かつては館内の家事や模様替えなどが限界であったが……現在では素材さえあれば、自由に館を大改築・大改造できるまでになっていた。
大規模なものになると、主であるアレクの許可を得て魔力を消費することで、地下に新たな訓練所まで作ることができた。
アレクとエレナの実験では、この館の敷地内であれば、大きな力を発揮することが可能だと分かっている。
精霊達にも聞き取り調査を行ったが……シルキーと使徒の組み合わせ自体が、例のないことなので分からない、というのが統一された見解だった。
地下に呼び来てくれたプラムに、すぐに食事に向かうことを伝えると、アレクは汗を流しに風呂場へと向かう。
風呂場には以前とは違い、しっかりとしたシャワーなどが追加させておりアレクの理想の風呂場に進化しつつあった。
これもプラムのお陰だと、心の中で感謝しながら風呂を済ませて食堂へと向かう。
アレクが食堂に入ると部屋の中央の長机には、温かな湯気を上げた美味しそうな料理が並んでいた。
既に席についていたアマリア・ミカエラ・キア・エレナ・ルプルの視線が、一斉にアレクの方に集まってくる。
「みんな、待たせてすまない。すぐに食事にしよう!」
アレクが皆に謝ると、最初に口を開いたのはミカエラだった。
「アレクさん、僕達も先程集まったばかりですから気にしないで下さい。ささっ、どうぞお席へ」
「そうか、ありがとうな」
アレクは皆の顔色を確認しながら席に着く。
「それでは、いただきます!」
「「いただきます!」」
アレクが無意識のうちに言っていた“いただきます”は、いつ間のかパーティーメンバーに広がり、気付いた時には皆が自然と言うようになっていた。
この世界にも教会の者が食事の前に捧げる祈りのようなものがあるが……アレクの館では異種族が共同生活をしているので、アレクの“いただきます”が採用されている。
以前、“いただきます”の意味ついてプラムに聞かれたことがあったが……その時に2つの意味があることを説明した。
それは、食事に携わってくれた者達への感謝と食材への感謝である。肉や野菜を作ってくれた者、様々な食事に携わってくれた者に対する感謝。
肉や野菜や果物にも命があり、それを糧に自分達は生かされている。
その事実を受け止めた上で、食材への感謝の気持ちを表すのが“いただきます”だと教えたのだ。
そのアレクの話をプラムが皆に伝えたのか……アレクの館では自然と受け入れられていた。
皆との食事を終えた後、アレクは1人で訓練所に戻りギルドカードと睨み合いを続けていた。
〔名前〕アレクサンダー
〔年齢〕18
〔職業〕持たざる者
〔レベル〕78
〔体力〕(HP)3750
〔魔力〕(MP)820
〔攻撃力〕1200(+15)
〔防御力〕850
〔敏捷性〕1100
【エクストラスキル】
瞬斬術 無の歩み 雷鳴弓
【パッシブスキル】
気配探知 魔力探知 音波探知 超回復
毒耐性
【スキル】
歩行術 投擲 槍術 弓術 剣術 盾術 体術 隠密
魔力操作 炎魔法 水魔法 風魔法 雷魔法 土魔法 解体 身体強化 夜目 遠視 付与 錬金 威圧
速読術 思考加速 並列演算 鑑定
【称号】
火精霊の使徒 風精霊の使徒 水の精(new)
「しばらく見ないうちにレベルも、ステータスも向上してる気がする」
以前ギルドカードを見た時を思い出しながらアレクは、悩ましい表情を浮かべる。
「確か……前のステータスは……」
〔名前〕アレクサンダー
〔年齢〕17
〔職業〕持たざる者
〔レベル〕55
〔体力〕(HP)2340
〔魔力〕(MP)620
〔攻撃力〕780(+15)
〔防御力〕570
〔敏捷性〕700
【エクストラスキル】
瞬斬術 無の歩み 雷鳴弓
【パッシブスキル】
気配探知 魔力探知 音波探知 超回復
毒耐性
【スキル】
歩行術 投擲 槍術 弓術 剣術 盾術 体術 隠密
魔力操作 炎魔法 水魔法 風魔法 雷魔法 土魔法 解体 身体強化 夜目 遠視 付与 錬金 威圧
速読術 思考加速 並列演算 鑑定
【称号】
火精霊の使徒 風精霊の使徒
「新しいスキルはないけど、やっぱりレベルとステータスが結構上がってる。これは実戦と魔物を大量に倒したことが影響してるよな……けど、俺が知りたかった答えは分からないか」
アレクは自分と同じ転生者と思われる、ボロ布の男との対峙に向けて、更なる成長のヒントを探していた。
しかし、そのヒントが見つからず思い悩む日々が続いていた。
とはいえ、目指すべき己の姿は思い描くことができている。
何故なら……つい最近の戦いで、その片鱗を感じていたからだ。
アレクはヒョウカとの一騎打ちのことを思い出しながら、あの感覚を再現しようとしていた。
ヒョウカとの一騎打ちの終盤……超速動作を発動し、最後のチャンスにアレクは全てを賭けた。
だが、結果は超速動作の負荷に体が耐えられなくなり、激痛がアレクの全身と頭に駆け巡った。
激痛により動きが止まり、地面に膝をついてしまう。
アレクの眼前に迫るレイピア、本能から死を悟ったアレクだったが……その時、不思議な感覚に襲われる。
それは無心である……恐怖も憎しみもなく、無心のままに体が動いていた。
自分自身が体を動かしている感覚すらなく、殺気もないままに……ただ行動していた。
まるで相手の考えが自身に流れ込んでくるようであり、そして手に取るようにヒョウカの攻撃が読むことができた。
普段なら絶対にしないであろう、戦いの途中で武器を手放したりヒョウカに格闘戦を挑んだりと、今考えても無茶苦茶なことをしていた。
しかし、あの状態はヒョウカの隠していた最後の一手でさえも、追い詰められた彼女の瞳に力強い光が灯るのを読み取り、予備動作なく回避することすら可能としていた。
戦いが終わってからは、ゆっくりと考える暇がなかったので、アレクも新たなスキルの効果かと考えていたが……その考えはギルドカードにより否定されることになった。
「ダメだ……訳が分からん!けど、あの感覚をいつでも引き出せるようになれば、俺は更に強くなれるはず……やっぱり今のところは毎日限界まで体を酷使して、基礎能力の向上と一騎打ちの時の状況を再現するしかないか」
そして今日もアレクは黙々と地下訓練所で、体術訓練と基礎能力向上に勤しむのであった。
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アレクが館の地下訓練所で1人、訓練を行っている頃……館のリビングではアマリアとキアが、お茶を飲みながらリラックスした様子で話しをしていた。
体が程よく沈み込むソファに座りながら、テーブルを挟んで温かい紅茶の香りと味を楽しむ。
その傍らにはプラムが控えており、いつでも紅茶のお代わりを出せるように準備していた。
以前はアマリアもキアも、プラムに楽にしてもらい一緒にお茶をしようとしていたが……シルキーにとって、それが嬉しくない行為だと知ると……気を遣って無理強いしなくなっていた。
唯一の例外として、主人であるアレクの言葉によるものであれば、プラムも喜んで従っていたので、その時は2人とも遠慮なくプラムに優しく接していた。
そんな3人がリビングで話すことと言えば……ここ最近では決まっており、アレクのことついてだった。
「で、今日のアレクの様子は?」
慣れた様子でアマリアは、傍に控えるプラムに報告を求める。
それに対してプラムも、いつも通りに状況報告を始める。
「今日も主様は朝から晩まで、地下の訓練所で体を酷使して訓練して、いらっしゃいます。先程も地下に降りていかれたので、深夜まで訓練しているかと……」
その報告を受けてアマリアは、深いため息を吐く。
「はぁ……ギルドから長期の休みを貰っているとはいえ、流石に心配ね。アレクに大丈夫なのか?って聞いても【超回復】のスキルがあるから大丈夫!としか答えてくれないし」
「とはいえ、何か協力できることはないですの?と聞いても“俺に向かって矢を速射してくれ!”とか言われて困りますし」
キアも悩ましそうな表情で、アマリアのため息に苦笑いを浮かべる。
「キアは、そんなこと言われたんだ……私は“大盾でガードしながら、隙があったらメイスでカウンターを入れてくれ!”って言われたよ」
「アレクって普段は冷静なのに、1つのことに集中しだすと……本当に変になりますわね」
「まぁ、あれは病気みたいなものだから……もしかしたら、自分ことを追い込むのが好きなのかもしれないし」
アマリアとキアは、互いに苦笑いを浮かべると紅茶の入ったカップに口をつける。
そもそもドォールムへ帰ってきたアレク達が、どうして長期の休みをギルドからもらうことになったのか?その理由は、アレク達がカエルレウム共和国から帰国した直後まで遡る。




