新人冒険者
ルブルム王国 王都アルテスの冒険者ギルドは、新たに誕生したAランク冒険者チーム《漆黒の魔弓》の噂で持ち切りだった。
彼らは、アルテスでの活動は短いものの……その知名度は群を抜いている。
《漆黒の魔弓》のリーダーであるアレクは、冒険者見習いの頃から頭角を現し、単身で当時アルテスを震撼させていた殺人鬼マリリスを撃退。
その後、《漆黒の魔弓》を立ち上げてからは、アルテス唯一のAランク冒険者チーム 死拳のクラウから教えを受け、体術の実力を認められる。
また冒険者としての実力も折紙付で、アルテス周辺を縄張りとしていた盗賊団を1人で壊滅させたことや、アルテスの冒険者が誰も成し得なかった火のダンジョン攻略なども果たしている。
その実績によりBランクに昇格したことは、冒険者達の記憶に新しい。
その《漆黒の魔弓》が、今度はカエルレウム共和国で手柄を上げたという情報がギルドに、もたらされた。
カエルレウム共和国の首都アクアエにある冒険者ギルドを出入りする者や、国政が正常化したアクアエに商売に出ていた商人などが地元の者に話を確認したのだ。
突如として現れた1,000を超える魔物の大群……それを、たった大剣の一振りでアレクが撃滅したという信じられない話に、冒険者達は耳を疑った。
実際にアルテスの冒険者ギルド内でも、その話を聞いた者達は、アレクの名を騙った悪質な冗談だと思った程だ。
「おい、《漆黒の魔弓》の噂を聞いたか?」
「ああ、あの大剣の一振りで1,000を超える魔物を滅ぼしたって話だろ?だが、あれは流石に誇張された噂じゃないのか?」
冒険者ギルドの休憩所で、ベテラン冒険者達が各所で聞かれる《漆黒の魔弓》についての情報を、議論していた。
「そうだよな……《漆黒の魔弓》のリーダーアレクの尋常じゃない強さは、クラウさんとの訓練を見て知っているが……1,000を超える魔物を相手にすることなど不可能だろう。それに、その場にはカエルレウム軍やアルテスの冒険者達もいたらしいから、その戦いとアレクの活躍が混じって、伝わってきたんじゃないか?」
「その方が話としては、しっくりくるな。だが、《漆黒の魔弓》が活躍してAランクに昇格したのは事実だ。アレク以外のパーティーメンバーも、強者揃いだと聞いたが?」
「パーティーメンバーについての情報は、持ってないな……誰か知ってるやつがいれば、いいんだが」
すると、そこに1人の冒険者が声を掛けくる。
「よう!お前ら元気にしてたか!?」
ベテラン冒険者2人に声を掛けてきたのは、同じくベテラン冒険者で副ギルドマスターからの信頼も厚い男だった。
「おぉ!久しぶりじゃないか?今回は副ギルドマスターのお使いで、どこまで行ってたんだ?」
「レナードさんに仕事を頼まれるなんて、羨ましいぜ!あの人からの仕事は、稼ぎが良くて安全なものが多いからな」
「よっこいしょ、今回は今話題のアクアエだよ。色々と噂を確かめて来いと頼まれてな」
男は空いていた椅子に座ると、自分が受けていた仕事について語り始める。
「お前らも、《漆黒の魔弓》がAランクに昇格したのは知ってるだろ?」
今まさに話していた内容に、ベテラン冒険者達は顔を見合わせて先程までの話を、男に説明する。
ベテラン冒険者2人の話を最後まで聞くと男は、深く息を吐く。
そして2人の顔を見ると先程まで、自分がレナードに報告してきたことを話し始める。
「これはレナードさんからも、話してもいいと許可を貰ってるから話すが……その噂話は殆ど事実だ」
ベテラン冒険者2人は、男の言葉の意味が分からずにポカンと口を開ける。
そんな2人を置き去りして、男は自分がアクアエで見聞きしたことを話し続ける。
「俺は《漆黒の魔弓》の件を確認するために、アクアエの冒険者ギルドへと向かった。そしてレナードさんからの紹介で、向こうの副ギルドマスターであるメリルさんに話を聞くことができた」
男は話せる情報と話せない情報を判断しながら、ベテラン冒険者2人に事実を伝える。
アクアエへの魔物の大群接近をいち早く察知したカエルレウム軍と冒険者ギルドは、協力して事態に対処することになった。
その際にアクアエに滞在していた《漆黒の魔弓》にも応援を要請した。
しかし、魔物の大群はアクアエ側の想定を超えて数を増し、手に負えない事態に陥ってしまう。
そんな時、まだ活路がある!と立ち上がったのが、《漆黒の魔弓》のリーダーアレクだった。
彼はたった1人で1,000を超える魔物の大群の前に立ち塞がり、灼熱の大剣の一振りで大半の魔物を滅ぼした。
そして残った魔物をカエルレウム軍・冒険者ギルド・有志の獣人族の協力によって処理したとのことだった。
なお、その殲滅戦においても《漆黒の魔弓》のメンバーが活躍し、大きな戦果を残したという話だった。
「これは冒険者ギルドだけでなく、戦いに参加した多くの兵士達・獣人族が証言しており、とても嘘とは考えられない。そしてなにより、実際の戦場に足を運んで分かったが……魔物の大群を迎え撃ったモルレト平原は、辺り一帯が焦土と化し何も残らない程、焼き尽くされていたよ」
一通り話を終えた男は、ベテラン冒険者2人の様子を窺う。
2人は真剣な表情のまま固まっていたが……話を聞き終わると、一気に脱力して椅子の背にもたれかかる。
「それが事実だとすると……アレクだけで魔物1,000体分の戦力ってことか?ありえないだろ……そんなの……」
「いやいや!だとしても!魔物がゴブリンの大群だったとかのオチじゃないだろうな!?
」
1,000体のゴブリンだとしても、凄まじい脅威であることに変わりは、ないのだが……ベテラン冒険者は現実逃避するように、男に質問する。
「魔物の種類だが……トロールが少なくとも数十体、オーガ・オークが1,000体以上、残りがゴブリンだったらしい。ちなみにアクアエで彼らの通り名が広まっていたよ。それだけ彼らが戦場で、目まぐるしい活躍を見せたということなんだろう」
“灼熱の戦鬼”アレク。
“紅の貴公子”カイン。
“剛腕の修道女”アマリア。
“殲滅の天使”ミカエラ。
“飛ぶ者”キア。
“濡烏の女傑”エレナ。
というのが、《漆黒の魔弓》の通り名一覧となっていた。
唯一“飛ぶ者”という通り名のキアは、飛んでる人や空中散歩人など様々な呼ばれ方をしているようだった。
「あとはアクアエでも、新たにパーティーメンバーを迎え入れて、戦力強化を図ったとのことだ」
「なんだか凄すぎて、逆に訳がわからんな」
「話を聞く限りでは、すでにAランクを超越してると思うんだが?」
「それについては俺も同意するよ。アクアエでは、Sランクに最も近い男はアレクだと、噂されていたからな」
男は3人が、《漆黒の魔弓》のアレクが英雄と呼ばれる存在になるのではないかと、考え込んでいると……不意に後ろから声を掛けられる。
その声は、若々しく柔らかなものだった。
「すみません……その……今……アレクという名が聞こえたのですが……」
「ん?あんたは……」
男が振り向くと、そこには金髪碧眼の少女が佇んでいた。
男が何か言うよりも早く、ベテラン冒険者2人が少女の質問に答える。
「おう!嬢ちゃん!今日の依頼は終わったのか?」
「なんだ?嬢ちゃんも《漆黒の魔弓》のアレクの話に興味があるのか?今こいつから新しい情報を聞いたばかりだ。良かったら聞いていくか?」
「はい、今日の依頼は終わりました!その……よろしかったら……その話を詳しく教えて下さい!」
それからベテラン冒険者2人は、孫に接するように優しく少女にアレクの話を教えた。
その話が終わり少女が離れるまで、男は黙って話を聞いていたが……少女が男達の元を去ると、すかさずベテラン冒険者2人に少女について問い掛ける。
「おい……どういう風の吹き回しだ?お前らが親切に情報を教えるなんて、まさか……あの少女に――」
怪しむような視線をベテラン冒険者2人に送ると、彼らは慌てて弁解してくる。
「な、何を勘違いしてるんだよ!俺達に、やましいことは何もないぞ!?」
「そうだぞ……嬢ちゃんは、ああ見えて苦労人なんだ……最近まではギルド職員の仕事を手伝って資金を貯め、やっと冒険者になったくらいだからな」
2人の話から金髪碧眼の彼女が母子家庭であり、武器防具を揃えるために冒険者ギルドの仕事をしていたことを聞いた男は、何故そこまでして冒険者になりたいのか?という疑問を抱く。
「なぁ……何故、彼女は大変な思いまでして冒険者になりたいんだ?そのまま、ギルド職員として働いていれば生活にも困らないだろうに」
男の疑問に2人は、難しい表情を浮かべる。
「俺も詳しいことは聞いてないが……彼女と彼女の母親の命の恩人が冒険者だったらしい。その人を探すために、冒険者を目指したとか」
「そんな理由があったのか。けれど、素人から冒険者か……それは少々危なくないか?」
現在は冒険者見習いから冒険者になる者や、武芸の心得がある者が冒険者になるのが、一般的な流れになっている。
素人から冒険者になる者もいないことはないが……その生還率は悲惨なものである。
「それなら心配なさそうだぞ?嬢ちゃんのチームは、Cランク冒険者チーム妖精の羽根が、面倒を見てるらしいからな」
「妖精の羽根……確か、女性3人組のパーティーだったか?彼女らは、最近メキメキと実力を上げている注目チームだろ?何故彼女達が?」
「どうやら、夜空の輝き亭の女主人のスザンナさん繋がりらしい」
「あの人か……それなら納得だな……」
アルテスで有名な宿屋の女主人スザンナ、彼女を慕う女性冒険者達は数多くいる。
自分達が、まだ弱小チームだった時に積極的に助けてもらい、また次の若い世代の育成にも尽力してくれている。
アルテスの母とも呼べる存在に、男達は深く頷きながら尊敬の念を抱く。
「まぁ、若い冒険者が命を失くすところなんて見たくないし、俺も何かあったら声を掛けてみるよ。優しくしないと、2人からも怒られそうだしな」
「ああ、そうしてやってくれ!嬢ちゃんは、いい子だからな……俺達としては心配でならないんだよ」
「全くだ!嬢ちゃんは、素直すぎて俺達は心配が尽きないぜ!」
男達は若い世代が大きな波となり、動き出している兆しを喜びながら、今日も酒場へと繰り出すのであった。




