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ニグマと息子

 ルプルの自宅に連れて来られたアレクを待っていたのは、かつてアクアエを案内してくれたオジサンだった。

 あの時とは身なりが大分違うが……その顔には間違いなく見覚えがあり、アレクは目を見開く。

 そんなアレクに気付かずに、ルプルは自分の両親をアレクに紹介する。


「アレクさん、こちらが私の父と母です」


 ルプルの紹介を受けると、老夫婦は上品にお辞儀をして自己紹介を始める。


「どうも、アレクさん初めまして。私はルプルの父親のニグマと申します」

「母のフェイと申します」


 あまりに印象が違うことから、別人であったかと疑ってしまうアレクだったが……ニグマの目の奥にある意思を感じ取り、直ぐに頭を切り替えて挨拶を返す。


「ご丁寧に、ありがとうございます。私は冒険者チーム《漆黒の魔弓》のリーダーをしておりますアレクサンダーと申します。呼びにくい名前ですので、気軽にアレクと呼んで下さい」


 玄関先での挨拶を済ませると、アレクはニグマに連れられ客室へと移動する。

 客室は上質な絨毯に黒檀のテーブルが並び、アレクの目から見ても上流階級の生活水準であることが理解できた。


 高級感溢れるソファに座るように勧められたアレクは、特に断る理由もないで大人しくソファに腰掛ける。

 ゆったりとした柔らかさと弾力を兼ね備えたソファに、アレクは程良く沈み込む。

 対面式になったソファに座っているのはニグマとアレクだけで、フェイとルプルはソファに座ることなく席を外れてしまう。


「私達は、お茶の準備をしてきますので2人で、じっくりとお話し下さい。では、失礼します」

「アレクさん、直ぐに戻ってきますので父と話して待っていて下さいね」


 何故か笑顔の2人が部屋を後にすると……アレクとニグマ、2人の間に気まずい空気が流れる。

 何から話せばいいかと考えていたアレクだったが……ニグマの方が先に口を開き、会話のきっかけを与えてくれる。


「先程は失礼しました。しっかりと挨拶するのは、初めてでしたので改めて自己紹介をさせて頂きました。とはいえ、お会いするのは2度目になりますね」

「やっぱり……あの時のオジサンですよね?貴方がルプルの父親ということは、俺達に接触していきたのも偶然……というわけではないんですよね?」


 アレクの問いにニグマは、ゆっくりと頷く。


「私は貴方が《漆黒の魔弓》のアレクさんと知りながら接触しました。ですが、それは誰の差し金でもなく、私自身が望んだことなのです」

「何か事情が、おありのようですね……詳しく話を伺っても?」

「ええ……今日はアレクさんに、それを話すためにお越し頂いたのです。全てをお話し致します」


 ニグマは自らの秘密を、アレクに語り出す。


「私は、かつて王族に仕える仕事を務めておりました。隠さずに言えば、王族直属の諜報部に席を置いていたのです」


 その情報はアレクを非常に驚かせる。

 話しぶりから過去のことであることは分かるが……諜報部、それも王族直属となれば単なる仕事としてではなく、真の意味で王族に忠誠を誓う者ではなくては、ならない。

 その彼が全てを話すと宣言したのだ……アレクは、その覚悟を受けて姿勢を正し、ニグマの言葉に耳を傾ける。


「私が忠誠を誓っていたのは、戦姫様の祖父である国王陛下でした。とても心優しく種族間の問題にも積極的に取り組む、良き方でした。しかし、ご病気で国王陛下が亡くなられたことをきっかけに、この国は少しずつ狂い始めていったのです」


 ヒョウカやセツナの父である、ヒョウガ・テュス・カエルレウムは臆病な人物であった。

 元々、病死した父の役割を受け継ぐことになり、何かと前王と比べられることが多かった彼は、自らが優れた王でないことを自覚していた。


 そのコンプレックスを抱えながらも、元王族としての責務を果たそうと、ヒョウガは必死に考え、権力者として振舞った。

 しかし、その元来の臆病な性格と権力者として振舞わなくてはならない重圧に、彼は段々と耐えられなくなっていく。


 その結果、彼は自分自身を守るために異種族排除という最悪な選択をしてしまう。

 そして、それに拍車を掛けたのがセツナのアクアエの滅びについての“預言”だった。

 実の娘の言葉すら信じられなくなった彼は、セツナを幽閉し自らの耳を閉ざした。


 そこまでの大まかな話を聞いてアレクは、ニグマが詳しく事情を知り過ぎていると思った。

 いくら、かつて諜報部だったとはいえ……引退した者が知る情報としては、国の核心に迫り過ぎている。

 そんなことを考えていたアレクの表情から思考を読み取り、ニグマは遠くを見ながら話を続ける。


「私には息子がいました……とても思慮深く、正義感の強い自慢の息子でした。そして、息子は私と同じ諜報の道を進んだのです」

「息子さんが“いらした”ということは……」

「そうです……アレクさんの想像通り、息子は既に亡くなっています」


 深く息を吐くと、ニグマは机の下から何枚もの書類と手紙を取り出してみせる。

 それには幾つか日付などが確認できるものも含まれており、5年前のものが目に入る。


 どうやらニグマの息子さんは、セツナの“預言”を調査するためにドォールムに派遣されていたらしい。

 その指示を出していたのは宰相ブラスマであり、当時は信憑性の低かった“預言”が事実だった際の保険程度のものだと考えられる。


 そしてニグマの息子は、“預言”に該当する者をカエルレウム家へと報告し、その中にはアレク達のことも含まれていたのであった。

 その頃には、徐々に様子がおかしくなり始めていたカエルレウム家に対して、ニグマの息子は不信感を抱いていたことが書類からも読み取ることができた。


 そんなニグマの息子は、対象者を排除しようとするカエルレウム家の意向に、真っ向から反発することを選ぶ。

 もちろん、それはカエルレウム共和国の利益を損なうことと、無関係の可能性が高い者達を抹殺することに疑念を抱いたからだ。


 しかし、当然それはカエルレウム家には受け入れられなかった……ニグマの息子は上に直訴するべく、ドォールムからカエルレウム共和国へと戻った

 その際に行き倒れていたルプルを拾い、両親に預けることとなる。

 そして自分に何かあったらと、資料を残したのであった。


「カエルレウム家は私達に対しては、何も罰することはありませんでしたが……あの時に息子は自分がどうなるか分かっていて、カエルレウム家に直訴したのでしょう。それでも息子は祖国のために正しい選択をしたのだと思います」


 噛み締めるように話すニグマにアレクは、問いかける。


「だから、俺達を見かけた時に声を掛けたのですか?」

「ええ、貴方の姿を見て直ぐに息子の報告書にあった方だと分かりましたから……それに、貴方と実際に話してみたいという気持ちもありました」


 ジッとニグマは、アレクのことを見つめてくる。


「俺とですか?それは……どうして?」

「息子は貴方のことを、とても評価していました。あくまで監視対象として距離を取っていましたが……尊敬できる人物であると感じていたようです」

「ですが……それでも俺達が息子さんの命を奪う、間接的な原因になったことは事実です。それについては、どうお考えなのですか?」


 アレクはニグマの話から、あえて明言を避けていた部分について触れる。

 それは挑発や探りではなく、自分達のために動いてくれていたニグマの息子への想いからであった。

 アレクは、その審判をニグマに委ねようとしていたのだ。


「正直な話……息子がカエルレウム家に逆らい、命を落とした時に理不尽な運命を憎みました。ですが……貴方を憎んだことはありません。むしろ今では感謝しているくらいです」

「感謝……ですか?」

「ええ……感謝です。貴方は、息子の行いが正しかったということを証明してくれました。それだけでなく、実際にアクアエを救うことにも大きく貢献してくれた。そんな方を恨むことなどできせんよ」


 そこまで話し終わるとニグマは、少しだけ声に詰まり目頭を押さえる。


「それに……ルプルのことまで色々と面倒を見て頂いたと聞いています。あの子は息子が残してくれた子ですし、私達の大切な娘ですから」

「そんなっ!?面倒を見たなんて、とんでもない!俺達の方が彼女に助けてもらってますから!けれど何故、息子さんはルプルをニグマさん達に預けたのでしょう?ルプルには、何か特殊な事情でもあるのですか?」


 アレクは話の中で、何故ニグマの息子さんがルプルを拾い、両親に預けたのかが気になっていた。話を聞く限りでは、息子さんは頭が切れるタイプのような印象を受けた。その彼の行動の原理を、アレクは知りたかったのだ。


「これは想像ですが……息子は私達のことを最後まで案じていたのだと思います」

「ニグマさん達のことを……」

「息子から資料を受け取った私は直ぐに、資料を読み漁りました。そして息子が何をしようとしているのかも想像ができました。息子を何としても止めようと考えましたし、できることなら何でも協力しようとしました……ですが、息子から頼まれたルプルの存在が、私達夫婦を思い留まらせたのです」


 あくまで想像……けれど、息子さんの行動から考えると、それは可能性が高いと考えられた。

 そしてニグマさん達がルプルを大切にしている理由も、話から納得することができた。


「そういうことですか……本当に、できた息子さんだったのですね」

「いいえ、親より先に逝ってしまった親不孝者ですよ。それに誰に似たのかルプルは、戦姫様の元で諜報の真似事をしていたようですし……それに、まだまだ無鉄砲さが抜けません」

「その無鉄砲さの所為で“父に殴られた”と、ルプルが愚痴ってましたよ」

「本当にダメなことは殴ってでも教えるのが、うちの教育なのです。アレクさんには、お恥ずかしい話を聞かれてしまいましたね」


 お互いに暗い雰囲気を変えようと、共通の話題であるルプルの話で盛り上がっていると……お茶を携えてフェイとルプルが、部屋に戻ってくる。

 それを迎えながら、ニグマは家の主人として言葉を告げる。


「長々と話し込んでしまいましたね。本日は、アレクさんと色々と話すために家は人払いしてあります。ですから、遠慮なく寛いで下さい」

「では、お言葉に甘えて寛がせて頂きます。そうですね……折角なのでルプルの小さな頃の話でも聞かせてもらえますか?」

「ええ!構いませんよ!それでは――」

「ぎあぁぁぁぁぁ!!止めてぇぇぇ!!!」


 過去の話を持ち出され、恥ずかしさで顔を真っ赤にするルプルを皆で眺めながら、楽しく話をすることができた。

 しばらく4人で、お茶を頂きながら談笑していると、あっという間に時間が過ぎ、日が傾き始める。

 そろそろ、退散しようかとアレクが考えている時に、不意にニグマとフェイが真剣な表情になる。


「アレクさん……娘は、まだまだ無茶をすることが多く、半人前ではありますが……どうか宜しくお願いします」

「お願いします」

「お父さん……お母さん……」


 突然のことでルプルは驚いていたが……アレクは姿勢を正して、2人を見つめていた。

 2人がアレクに向かって丁寧に頭を下げると、アレクも2人の想いに正面から応える。


「分かりました。私も半人前ではありますが……ルプルさんのことを責任を持って預からせて頂きます。安心して下さい」

「「ありがとうございます」」

「ありがとうございます!アレクさん!」


 こうして、加入条件であった両親の許可を得たルプルは、正式に《漆黒の魔弓》に加わることとなったのであった。






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