ルプルの家族
ぼんやりと瞼を開くと……窓の外から差し込む光が、アレクの意識を刺激する。
普段なら気持ちのいい朝だと思えるところだが……二日酔いのアレクには、全てが煩わしく感じられてしまう。
「うっ……頭痛っ……二日酔いか……なんとも懐かしい感覚だな」
アレクはアイテムボックスから皮の水筒を取り出し、新鮮な水を喉に流し込む。
冷たく新鮮な水は、寝起きで喉に残った不快感を洗い流し、アレクの意識を覚醒させる。
「ゴクッゴクッ……ふぅーー。やっぱりアクアエの水は美味いな……せっかくだから、アクアエを出る前には樽に詰めて、大量にストックしとくのもありだな」
アクアエに来てから、すっかり水の美味しさの虜なったアレクは、常に水筒にアクアエの水を入れていた。
朝起きてから水を飲むのが習慣になりつつあったが……水の精霊の加護を受けた水なら浄化作用があるのか?などと考えるようになっていた。
「それにしても……【毒耐性】のスキルで、二日酔いって相殺できないのか……どんな基準になってるんだろうな。アルコールが分解できずに体内にアセトアルデヒドが残ってしまっている状態だろ……それは毒扱いにならないと……ダメだ……深く考えると頭が痛くなってくる。そのうちに錬金で二日酔いの薬でも作るか……肝臓の機能を高める効果と胃の機能を高める効果で、いいよな……」
アレクが完全に覚醒しきていない頭で、くだらないことを考えていると、部屋の扉を開けてミカエラが姿を見せる。
「おはようございますアレクさん。体調は、いかがですか?」
アレクの状態を察したミカエラは、声のボリュームを抑えて体調について問い掛けてくる。
「ああ、まだ酒が抜け切ってなくて頭が痛いが……それ以外は問題ないよ」
「そうですか……まぁ、昨日は遅くまで宴が続きましたからね。今日まで影響が残るのも仕方ないですよ」
昨夜の宴を思い出しながら、ミカエラは苦笑いを浮かべる。
冒険者達は兎も角、獣人達の飲酒量は尋常ではなく……人族で最後まで付き合っていたのは、ダカダと一緒にゆっくりと酒を飲んでいたアレクとツワロスだけだった。
女性組であるアマリア・キア・エレナ・ミカエラは、夜が更ける前に宿に戻った。
そしていつ間にかカインは酒場から姿を消しており、その行方は分からなくなっていた。
「ミカ……俺……宿に帰って来てから記憶がないんだが、何か迷惑を掛けなかったか?」
ベッドに腰掛けながら、額に手を当てながらアレクは、ミカエラに問い掛ける。
「えっと……僕が見た限りは普段通りに振舞っていましたよ?アレクさんは酔っていても自制心が強いのか、問題になるような行動はしませんよね」
「そうか……なら、いいんだ。皆は、どうしている?」
ミカエラは、アレクのベッドの前を通り過ぎると窓を開けて空気の入れ替えを行い、窓枠に寄りかかりながら質問に答える。
「お姉ちゃん達は、朝食を済ましてアクアエを散歩してくると言ってました。昼には宿に戻ると聞いています。カインさんは、朝に姿を見かけましたが……気付いた時には宿に姿は、ありませんでした」
「なるほど……他に何か変わったことは?」
「あとは朝早くにルプルさんが宿を訪れて、加入条件について話したいと伝言を残していきました。アレクさんがまだ休んでいることを伝えると……昼頃に来てほしい場所があると、このメモを預かりました」
「加入の件か……メモの内容は……」
ミカエラが手渡してきたメモには、集合場所と時間が書かれており、ルプルの両親が直接アレクに会いたいと言っている、という旨が書かれていた。
「昼からか……ミカ、伝言を頼めるか?」
「はい!なんでしょうアレクさん!」
アレクはミカエラに宿に残り、アマリア達やカインが帰って来たら、ルプルの元に向かったことを伝えるように頼んだ。
そして身支度を整えると、少し早めにルプルとの約束の場所に向かうのであった。
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アレクはアクアエの町並みを見ながら、目印になる水路を進み、散策を楽しんだ。
久々の一人きり時間を有意義に過ごし、やがてルプルから指定された場所へと到着する。
街の中にある小さな広場には、5m程の噴水があり人々の憩いの場になっている。
大人達は和かに世間話をし、子供達は噴水の水で遊びながら時間を過ごしている。
その賑やかな場所から、少しだけ距離を取るように見慣れたターバンの少女が、ソワソワしながら待ち人を探していた。
アレクは急ぎ足で少女に駆け寄ると……少女も自らに近付いてくる気配を察知して、アレクを直ぐに見つける。
「すまないルプル、待たせてしまったか?」
「いえ!大丈夫です!こちらこそ昨日の今日で呼び出してしまって、申し訳ありません!」
緊張した様子のルプルにアレクは、気軽に声を掛ける。
「それこそ、気にしないでくれ。わざわざ宿まで足を運んでもらったのに、無駄足にしてしまったのは俺の所為なんだから」
「それは私が――」
繰り返しになりそうな雰囲気を感じたアレクは、ルプルの言葉を途中で遮る。
「まぁ、この話は今は止めておこう。ルプルの両親を待たせているんだろ?」
「えっ?あ、ああ!そうでした!では、私の家に案内しますね!ついて来て下さい」
話を途中で切り上げたアレク達は、広場を離れ路地裏へと入っていく。
人1人しか通れない通路を進みながら、アレクはルプルに背中に向けて質問する。
「なぁルプル、両親からは怒られなかったか?」
アレクの質問にルプルは振り返ることはなかったが……耳をピーンと立てながら質問に答えた。
「はははっ……、ものすごく怒られました」
「だろうな」
ルプルの表情は窺い知ることはできなかったが……その声色から彼女が、両親から本気で叱られたことは想像できた。
たからこそアレクは、それ以上の言葉を掛けることはなかった。
そんな空気を察したのか……ルプルは自らの気持ちをポツポツと語り始める。
「私は両親からは2度、本気で叱られたことがあります。1度目は自分が半獣であることを呪い、自らを貶める言葉を吐いた時です。あの時は、母から初めてビンタされて痛かっったですが……その後に強く抱きしめられて“あなたは私達の子供よ!2度と自分を貶めるようなことは言わないで”と諭されました」
過去のことを思い出し、少し恥かしくなったのか……ルプルはマントの下で、尻尾をブンブンと小刻みに動かしていた。
「そして今回が2度目です……今回は初めて父から殴られました。危険なクーデター派に所属したことも怒られましたが……1番怒られたのは、何も相談せずに家を離れたことでした。父は“お前が決めたことなら、親として応援してやる!けれど、何も言わずに出て行ったことで……私達がどれだけ心配したと思ってるんだ!人族・獣人族の問題なんて関係ない、私達は家族なんだから”と諭されました」
その言葉が意味することをアレクは、真剣に考える。
きっとルプルの父親は、種族間の問題など、気にしていなかったのだろう。
そしてルプルのことを何があっても応援すると決め、信じてた……だからこそ、ルプルが何も告げずに自分の元を去ったことを怒ったのかもしれない。
そう考えたはアレクは、素直な感想をルプルに告げる。
「いい両親じゃないか……ルプルのことを信じてくれているし、大切に想ってくれている」
そんなアレクの言葉を聞きたルプルは、小さく咳払いをすると……声を弾ませながら、憎まれ口を叩く。
「それでも普通は娘の腹を殴らないと思いますよ?結構、痛かったし……」
「殴られたのが顔じゃない辺り、娘への気遣いが見えるけどなぁ〜」
「むむむっ、それはそうですけど〜」
「で、その後に冒険者チームに加入する話をしたら、俺に会いたいと両親が言い出したと?」
「はい、是非挨拶がしたいと言ってました」
「挨拶ねぇ……」
アレクは前世で見たドラマのように、娘を嫁に貰いにいく婚約者の姿を想像する。
スーツ姿で、まだ見ぬルプルの両親に挨拶する自分の姿は何とも言えないものだった。
そんな妄想をしているうちに、アレクとルプルは一軒の家の前に到着する。
白塗りの壁に赤茶色の屋根であることは、周辺の家と変わらないが……アレクが想像していた一軒家よりも、ルプルの家は大きかった。
複数の家族が住むことが出来る位には、大きく裕福な家のように見える。
アレクが家の大きさについて、質問しようとするが……その前にルプルは家の玄関を開けて、アレクを家の中へと招き入れてくれる。
家に入ると、やはり家の外観に見合う高級な壺や絵画などが、エントランスに飾られていた。
そしてアレク達の視線先に、しっかりとした身なりをした年配の男性と女性が、2人を出迎えるべく佇んでいた。
先導するように歩き出したルプルの後に続くアレク……そして段々とルプルの両親と思われる2人に近付いていくにつれ、アレクの顔は驚きに変わっていく。
何故ならそれは、アレク達がアクアエに着いた次の日にゴンドラで観光案内してくれた男の姿が、そこにあったからであった。




