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勝負事と?

 勝負のテーブルの前に突き出されたアレクを待っていたのは、闘志を滾らせギラギラと瞳を輝かせたダカダだった。

 いつまにか他の酒場にいた冒険者達と獣人達も集まり、酒場の内は見物客でギュウギュウ詰めになっている。


 そんな中でアレクは仕方なく、肩を回し凝りを取りながらテーブルへと進み出る。

 しかし、決まりが具体的にどういうものなのか理解していないアレクは、メリルにルール確認を行う。


「えっと……【身体強化】を使うのは、ありなんですか?」

「はい、ありです。先程の力比べでもギルドマスターは【身体強化】を使っていました。そもそも人族と獣人族では身体能力に差があり過ぎますので……人族が【身体強化】を行うのは、暗黙のうちに認められています」


 それを聞いたアレクは、とりあえず安心する。

 何故なら、この世界に転生してから腕相撲をしたことがなく、自分がどれ程の力なのか試したことがなかったからだ。


 生身の人族が獣人族と、どれ程の身体能力の差があるかなども不明のため、保険として【身体強化】はどうして押さえておきたかった。

 そんな不安で一杯のアレクのことなど、気にすることなく……ダカダは、最初から全力で力比べに臨もうとしていた。


「へへへっ!アレク殿……いくら英雄とはいえ、俺は手加減はできない男だ。アレク殿も本気で掛かってくるといいぜ!!」


 鋭い牙をキラッと見せると、ダカダは場を盛り上げるパフォーマンスのつもりなのか……右腕をグイッと見せ付け、自分の力を主張してくる。

 そのパフォーマンスに若干引きながらも、アレクは控えめな発言でお茶を濁す。


「力比べをしたことがないから、どれ程のものか分からないが……全力を尽くそう!お互いにケガがないようにしよう……ね?」


 互いに右腕を差し出し、テーブルに肘ひじをつくと、ガッチリと手を噛み合わせる。

 2人の真剣な眼差しと雰囲気に、酒場の緊張感は徐々に高まっていく。


 アレクは肩幅に足を開き、下腹に力を込め……【身体強化】を発動する。

 その瞬間、ダカダは全身から冷や汗が滲み出るを感じていた。


 強者は握り合わせた手から、腕相撲の強さを感じ取ることができるという……今まさに、ダカダはアレクの強さを、手の感触から感じ取っていたのだ。


 2人の力比べは、2人の拳を両手で包むメリルの合図によって始まる。

 審判を務めるメリルは、大きく息を吸い込むと……気合の入った声で開始を告げる。


「では、始めっ!!!」


 メリルの合図と同時に腕に力を込めるダカダに対し、アレクは致命的なミスを犯す。

 開始のタイミングが分からずに一瞬だけ、反応が遅れてしまったのだ。


 ダカダの腕から伝わってくる圧力を感じ、ようやくアレクは自分の腕に力を込める。

 あまりにも遅すぎたアレクの反応にダカダは、勝利を確信する。

 しかし、ダカダの目に飛び込んできた現実は、自らの感覚を疑わせるものだった。


「っ!??」


 ダカダの腕はピクリとも動かない……正確には、アレクと手を噛み合わせている位置が、全く動かないのだ。

 ダカダは必死に肩を動かして体重を掛けたり、手首を動かそうとするが……まるで、固定されたかのように動かないのだ。


 周囲で観戦していた冒険者達や獣人達も、最初は力が拮抗し互いに動けないのかと思っていたが……段々と2人の力比べに違和感を抱き始める。


「なぉ……あれ……おかしくないか?」

「何がだよ?今は力が拮抗してるから、動きがないだけだろ?」

「いや、でも……俺にはダカダさんが必死に抵抗しているように見えるんだが……?」

「そんなわけ……ないだろ……?」


 しかし、周りも同じように違和感を口にしている者が増え、酒場全体からザワザワと動揺が滲み出してくる。

 皆の目の前ではダカダが必死の形相で、雄叫びを上げながら腕に力を込めるが……それが形勢をひっくり返すことはなかった。


「うおおおおおぉぉぉ!!」

「っふん!!」


 アレクが更に腕に力を込めると、まるでダカダの腕に力が入っていないように……あっさりと決着がついてしまう。

 ガンッとダカダの手の甲が、テーブルにぶつかる音が酒場内に響き渡る。

 まさかの圧倒的な展開に、酒場は静まり返ってしまう。

 酒場にいた全員が一斉に唾を飲むと、次の瞬間には割ればかりの歓声が酒場内を包み込む。


「うおおおおおぉぉぉ!!すげぇーー!!」

「本当に勝っちまったぞお!!!」

「圧勝じゃねーかぁ!!化物かよ!?」


 大歓声の中でプレッシャーから解放されたアレクは、腕で額の汗を拭いながらダカダの様子を恐る恐る窺う。


「ふぅ……中々いい勝負でした。お疲れ様でした」

「おう……流石の強さだったぜ……」


 2人が皆の前で固い握手を交わすと、アレクは不意にダカダの方に引き寄せられる。

 そしてアレクにだけ聞こえるように、ダカダは言葉を伝えてくる。


「アレク殿の全力を引き出すことができなくて、すまない……次は全力の勝負ができるように己を鍛え直して、出直すとしよう」


 そう悔しそうに笑いかけてくるダカダに、アレクは少しだけ驚いた表情を見せる。

 しかし、ダカダの気持ちを瞬時に察したアレクは、直ぐに気持ちの良い笑顔をダカダに向ける。


「俺も、まだまだ強くなってみせます。だからまた、力比べしましょう!何度でも!」

「ああ、よろしく頼む!」

「あっ!それと俺のことはアレクと気軽に呼んで下さい!仲を深め合ったなら、構わないでしょう?」

「それもそうか!なら、アレクと呼ばせてもらおう。それと……俺のこともダカダでいいぞ?」

「分かったよダカダ!」


 酒場に2人の健闘を讃え、見物人から拍手が送られる。

 照れ臭そうにしていたアレクだったが……またしても、その表情は一変する。


「じゃあ、次の相手の指名だな!誰かアレクと勝負したいやつは、いるかぁ!?」


 酒場中に聞こえるデカイ声で、次の対戦相手をダカダが募集する。


「まだやるのかよ!?何回やれば終わりなんだよ本当に!??」


 アレクの悲痛な叫びが酒場に響き渡ると、その声を掻き消すように、凛とした返事が聞こえてくる。


「誰もやらないなら、俺がやるぜ!!」


 勢い良く手を挙げたのは、赤い髪を揺らしながら、見物人達の間から現れたカインだった。

 カインはアレクの顔を見ると……ニカッと笑いかけてくる。


「たまには、こういう形の勝負もいいだろ?付き合えよ」

「カイン……お前なぁ〜最初から、こうなること分かってたな?」

「はははっ!なんのことだか分からないぜ!」


 とぼけた顔でアレクの質問を誤魔化したカインだったが……その雰囲気からは、勝負を前にした戦士の闘気が漏れ出していた。

 カインは見物人からの歓声を受けて、テーブルの前に進み出る。


「人同士ですので……【身体強化】は、なしでお願いします」


 審判のメリルが、アレクとカインにルールを確認すると……2人はメリルの顔を見て頷き、同意する。

 先程と同じように互いに右腕を差し出し、テーブルにひじをつくと、ガッチリと手を噛み合わせる。


(カインの手……意外と小さいな)


 手甲を外した状態で、カインの手を握ったことがなかったために、アレクは勝負の前にそんなことを考えていた。

 カインの手は武術をたしなむ者、特有のゴツゴツしたものを想像していたアレクだったが……実際には小さく柔らかい感触をしていたことに驚く。


 直前の力比べで、ダカダに割と余裕で勝利していたアレクは、カインとの力比べに慢心して臨んでいた。

 それをアレクは、カインから思い知らされることになる。


 ワイワイと盛り上がる酒場の雰囲気の中で、今まで通りに2人の拳を両手で包み……メリルの合図によって勝負が始まる。

 メリルは、息を吸い込むと……気合の入った声で開始を告げる。


「では、始めっ!!!」


 アレクとカインは同時に肩幅に足を開き、下腹に力を込め一気に腕に力を込める。

 しかし、その動作は似て非なるものであることを、アレクは直ぐに理解する。


「っぬわ!」


 アレクの圧勝かと思われた力比べは、皆の予想を裏切り……カインが優勢に勝負を進める。

グイッと拳が動いたと思うと……一気にアレクの拳が、テーブルに押し込まれていく。


「おおおおぉぉぉ!!!赤髪のあんちゃん強いぞ!!!」

「もしかしたら、英雄殿に勝つんじゃ!?」

「あと少しで手の甲が、テーブルにつくぞ!!」


 見物人達の言う通り、アレクの手の甲はテーブルから1cm程度を残し、ギリギリのところで踏ん張っていた。

 プルプルと手が震え、いつ手の甲がテーブルに接しても、おかしくない状況だった。


 勝負は本来であれば、先日の戦いで極限まで肉体を酷使し【超回復】によって、大幅な肉体強化を果たしていたアレクの圧勝になるところだったが……カインはアレクとダカダの勝負を見て、アレクが力比べに慣れていないことを看破かんぱしていた。


 そしてアレクが状況の変化に対応する前に、勝負を決めてしまおうと企んでいたのだ。

 その秘策が、身体強化・極の動作を力比べに応用した技だった。

 カインは足先からひざ・腰・背中・腕と動作を連動させ、全ての運動エネルギーを足元からスパイラル状に手に集めてきたのだ。


 その結果、アレクとの圧倒的な身体能力の差を詰め、一時的に上回っていた。

 しかし、最初の一瞬で勝負を決まらなかったことを、カインは後悔する。

 何故なら、カインのやっていることは、アレクも同様にできることでもある。

 アレクに時間を与えるだけ、カインの勝利できる可能性は低くなっていくのだ。


 そしてカインの危惧していた通り、唐突に力比べに変化が起こり始める。

 組んだ手から、グンッ!と力の波が伝わってくると、カインの手は徐々に押し返され始める。


「嘘だろ……あそこから巻き返すのか……?」

「今さっきまで、勝負が決まりそうだったのに……これが英雄たる所以か……」


 絶望的な状況から、勝敗をひっくり返そうとしているアレクの様子に、見物人達は絶句する。

 今や酒場にいる誰もが、アレクとカインの力比べを固唾を飲んで見守っていた。


 先程までテーブルに接しそうだったアレクの手は、あっという間に最初のスタートポジションまで戻ってくる。

 そして今度はカインの手がテーブルへと、ゆっくり近付いていく。


 カインは必死に床に足を踏ん張らせ、上半身に力を送り込み抵抗を見せるが……アレクの手は容赦なく、カインの手をねじ伏せる。

 完全に立場が逆転し、カインの手がテーブルに触れる1cmまで追い込まれ、誰もがアレクの勝利を確信した、その時……ベキッベキッベキッ!!と木のテーブルがアレクとカインの力比べに耐えられず、中央から真っ二つに割れてしまう。


 手を組んだ勢いのまま、アレクとカインは床に投げ出される。

 派手に転がった2人を、見物人達は勝敗を見定めるために追いかける。

 皆の視線の先には、カインに覆い被さるようにアレクが倒れ込んでいた。

 そして、握られた手はカインの敗北を証明していた。


「…………うおぉぉぉ!!英雄殿の勝ちだぁ!!!」

「すげぇ!!こんな勝負は、滅多にお目に掛かれないぜ!?」

「俺……なんか……感動しちまったよ」

「英雄殿、つええぇぇ!!!」


 めちゃくちゃに盛り上がる外野とは対照的に……アレクとカインの時間は、ゆっくりと進んでいた。

 握っていた手を離し、覆い被さっているアレクはカインの上から離れようとしていた。


「痛っ……」


 カインの不意の言葉にアレクが顔を上げると……2人の距離は、顔すれすれまで近付いていた。

 お互いの吐息を感じる距離で、瞳の中にはお互いが映り見つめ合う2人。


 そうしているうちに、カインの顔はみるみる紅潮こうちょうしていく。

 鼻腔をくすぐる微かな香りと、紅潮こうちょうしていくカインの顔を見ていたアレクは、ズギッンと胸が痛むのを感じると……思わず声を漏らす。


「痛っ!」

「おい、2人とも大丈夫か!?」


 離れた場所からダカダの声が聞こえると、アレクはカインから慌てて離れるように立ち上がる。

 そして心配するダカダの問に、アレクは衣服に付着した木片を払いながら答える。


「お、おう……なんとか……」


 アレクは視線をカインに向けると、カインも衣服に付着した木片と埃を払いながら返事をする。


「体に問題はないが……少し服が汚れちまったな……少し外で埃を落としてくるぜ」


 カインは、そう言い放ちアレクとダカダに背を向けると外に向かって歩いていく。

 その背中を見つめながらアレクが、ぼっーとしていると……上機嫌なダカダから背中を叩かれる。


「いやーーすげぇものを見せてもらったぜ!アレクだけでなく、赤髪のあんちゃんも強いとはな!流石はAランク冒険者様だぁ!!」

「ちょ!痛いし!背中をバンバン叩くのを、止めてくれ!!」


 アレクがダカダと話している間に、カインは酒場から姿を消していた。

 アレクは夜まで盛り上がり、酒盛りを続ける一団と共に楽しい時間を過ごしたが……心の片隅で、何故かカインのことを考えてしまうのであった。














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