宴と力比べ
冒険者ギルドでの話し合いを終えたアレク達が、ダカダに連れられた場所は昼間から営業ている酒場だった。
大きな水路に面している酒場では、慌ただしく店員が料理や酒を運び、賑わいを見せている。
しかも普段なら夜しか営業していない、他の酒場も開放されており、多くの冒険者や獣人族が既に酒盛りを始めていた。
辺りに漂う美味しそうな肉の香りに、陽気な喧騒はアレク達の胃袋を刺激する。
「さぁ!今日は俺達の奢りだぁ!!思う存分、飲んで食べて楽しんでくれ!!」
「どういうことだよ!?そこは説明してくれよ!!」
酒場の1番大きなテーブルに案内されたアレク達は、説明不足のまま宴に参加することになる。
「ああ?あ〜あれだ!アクアエを救った功労者を労う宴ってやつだ!だから遠慮なく飲み食いしてくれ」
「そういうことなら、最初から教えてくれよ……じゃあ、お言葉に甘えて存分に飲み食いさせてもらうぜ!みんな、いいな?」
「「おうっ!!」」
こうしてアクアエの無事と繁栄を喜びながら、宴は始まった。
アレクの横にはダカダが陣取り、ワインと水のボトルを両手に酒を勧めてくる。
「アクアエ流の酒の楽しみ方を教えてやろう!ほら、グラスを持て!」
そういうとダカダは、2つのワイングラスを用意して片方をアレクに持たせる。
そのグラスにダカダは、半分ほど水を注いでくる。
「まずは水からだ、何心配するな!アクアエの水は聖なる水と呼ばれ、普通に飲んでも問題ないからな!水を口に含んだら味わって、テーブルの下にあるバケツに吐き出せ」
普段の生活では井戸水が主流の世界で、あまり水を直接口にすることはなかったアレクだが……ここアクアエは、水の精霊のお膝元。
覚悟を決めてアレクは、ダカダの言う通りに水を口に含む。
「っ!!」
思い切って口に含んだ水は、アレクの予想に反して香りが強く、インパクトのある味わいをしていた。
「これ……本当に水か!?こんなに美味しいなんて!!」
「はっはっはっ!驚いただろう?アクアエの飲み水は、地下深くからの湧き水を使用しているんだ。そのお陰か……他の国にはない味わい深い水が飲めるわけだ!おっと、これで終わりじゃないぞ?次はワインだ!」
未だに口の中に水の香りが、残っていたアレクだったが……ワイングラスに注がれた赤ワインを、勧められるままに口に含む。
「っ!!コクコクっ!」
赤ワインを口に含んだ瞬間、先程までの水の香りが……酸味の強い赤ワインの奥にある香りを見事に引き出し、格段に味わいを良くしてくれる。
赤ワインを口の中で転がしながら、香りと味を楽しむと……そっとワインを喉に奥に送り出す。
「水と赤ワインの組み合わせが、こんなに美味しいなんて……凄いな……」
驚きと喜びに体を震わせながら、アレクはワイングラスをジッと見つめる。
その様子を見ていたダカダは、満足そうに腕組みをしながら頷いていた。
「だろ?水・ワイン・水と手間はかかるが……この飲み方が1番美味く赤ワインが飲めるのさ!しかも、水が綺麗であり豊富であるアクアエだからこそ、できる楽しみ方だからな!」
「意外だった……ダカダさんが、こういうお酒の飲み方を勧めてくるなんて」
「ああ、よく言われるよ!獣人族は、ガンガン酒を飲む種族じゃないのか?ってな!そいつは事実だぞ?周りを見てみな」
ダカダに促されるままに、酒場の中を見渡すと……冒険者と獣人族が一緒になって、赤ワインを浴びるように飲んでいた。
そこには趣は欠片も感じられず、アレクは苦笑いを浮かべる。
「俺は獣人族の中でも、変わり者の部類に入る者だからな……こういった飲み方をしていても、賛同してくれる者が少ないんだよ。まぁツワロスの旦那とは良く、この飲み方で飲んでたがな!」
「そういうことか……だが、この飲み方は素晴らしい。これなら、何杯でもかワインを楽しめそうだ」
アレクとダカダが、ワインの飲み方の話題で盛り上がっている頃……アクアエに来てから酒を飲んでいなかった、カイン達も今日は酒に口をつけていた。
アレクとダカダのやりとりを見たていたのか……カイン達はグラスを2つずつ用意して、水と赤ワインを味わっていた。
変わった飲み方だが……カインとアマリアには好評で、2人は嬉しそうにお酒を飲んでいる。
「なんだこれ!量を飲まなくとも赤ワインを味わえるぜ!!」
「本当だっ!私でも、これならお酒の味を楽しめるよ!!」
はしゃぐ声がアレクの耳に入る程、2人はテンションが上がっていた。
その一方で、エレナとミカエラは果実水を飲んでいたが……今までにない味わったことのない風味と滑らかな飲み口に、2人とも驚いていた。
「こ、この果実水、ドォールムで飲むものよりも美味しいです!こんな美味しい果実水、初めて飲みました!」
「これは……確かに美味しいですね!なんでしょう……やっぱり質の良い水が使われているのが、要因でしょうか?」
「水の質で、ここまで美味しさが分かるんですね!勉強になります!」
よほど美味しかったのか……別の種類の果実水を注文して、エレナとミカエラで飲み比べを始めている。
仲間達のリラックスした様子に頬が緩むアレクだったが……キアの姿が酒場にないことに気が付き、その姿を探し始める。
周囲を見渡すと……皆の喧騒から離れるように水路に面したテーブルで、1人ワインを傾けるキアの姿を発見する。
アレクもワインを片手に、そのテーブルへと歩み寄っていく。
キラキラと水面に反射する太陽の光が、キアの後を照らし……優しい風が金色の髪を美しく靡かせる。
一枚の絵画のような場面に見惚れながら、アレクはワイン片手にキアに話し掛ける。
「どうしたんだキア?こんなところで1人で飲んで……何かあったのか?」
アクアエの美しい風景を眺めていたのか……声に気付くと、ゆっくりと視線をアレクに向けてくる。
「あっ……アレク……この美しい風景に見惚れていましたわ。ふぅ……水の溢れる都市というのも素晴らしいものですわね。これも里から出て来なければ、見ることができなかった風景かと思うと……色々と感じるものがありますわ」
「そうだな……エルフの里にいたら見ることは難しかったかもな。けど意外だな……俺はキアはアクアエのことは建物が多くて、苦手かと思ってたんだが?」
アレクの問いにキアは、笑いながら頭を横に振る。
「正直最初は、建物が多く水が多すぎて怖いくらいでしたわ。底が見えず大きく広い場所は、何故か不安になりますもの。けど……この街で過ごすうちに、それが当たり前になると、意外にも落ち着いた気持ちになれるようになりましたわ」
「その気持ちは俺も分かるな……俺は未だに海の深い所は、何か苦手だしな。きっと昔に見た海洋ホラーの所為だけど……」
アレクはサメやタコの化け物を想像して、この世界なら本物の海洋ホラーに遭遇しそうだと……1人で鳥肌を立てていた。
「かいようほらー?それが何かは分かりませんが……アレクにも苦手なものがあるんですのね!アレクはウミが苦手だったんですのね。ウミは確か……湖よりも遥かに大きな水溜りだと聞いていますわ」
「まあ、恐怖の対象ではあるかな?キアは海を見たことがないのか?いや、森の暮らしなら見たことなくて当然か……。そう考えると《漆黒の魔弓》の皆が、海を見たことない可能性があるな」
ウィリデ王国は、海には面していない……ウィリデ出身であるカイン・アマリア・ミカエラは、恐らく海を見たことないと想像できる。
ルブルム王国出身のエレナも、王都アルテス周辺から出ていなかったことから、海を見たことないと予想できる。
「海はウィリデ王国やルブルム王国よりも、遥かに広い大きさの水溜りだよ。しかも、真水ではなく塩水のね」
「塩水?どうやってそんなに大量の塩水を?」
「なんて説明したらいいのかな?前世の世界では、星が生まれた際の中和作用で発生したとか言われてたけど……この世界ではどうなんだろう?」
聞きなれない言葉を聞いたキアは、ポカンとした表情を浮かべていた。
「なんかゴメン……上手く説明できなくて!」
「えっ……!別に謝らなくても……と、とりあえず!皆が見たことないなら、いつかは見てみたいものですわ!」
「あ、ああ!それもいいかもな!きっと、海を見たらキアも皆も驚くと思うよ」
「うふふっ、それなら機会を窺うとしますわ!楽しみにしておきます」
しばらく和やかにアレクとキアが話していると、酒場の中からカインが顔を見せる。
アレクとキアを見つけると……何か面白いことでもあるように、笑いながら2人に声を掛けてくる。
「アレク!キア!そんなとこにいたのか!?早い来いよ!中で面白いものが見られるぞ!!」
「なんだよ、面白いものって……エレナが触手を使って、芸でも披露したのか?」
「それはそれで見てみたいけど……じゃなくて!いいから来いって!!」
そう言うとカインは、強引に腕をアレクの首に絡ませると、見せた方が早いと言わんばかりに連行していく。
カインに連行された先には、立ち飲み用の小さなテーブルを挟んで、ツワロスとダカダが向き合っていた。
お互いに上着を脱ぎ、肩をグルグルと動かして体を温めると……互いに右腕を差し出し、テーブルに肘をつくと、ガッチリと手を噛み合わせる。
そこまで見てアレクは、2人が腕相撲を始めようとしていることを察する。
「ツワロスさんとダカダさんが、力比べをするっていうから、急いでアレクを呼びに行ったんだぞ?中々にいい見世物だろ?」
「ツワロスさんとダカダさんか……確かに、どっちの方が強いんだろうな……気になるところだ」
何故か上裸になった2人の雰囲気は真剣そのもので、酒場は妙な緊張感に包まれる。
衣服を脱いだことで完全に山賊長にしか見えないツワロスと、フッサフッサの毛並みを見せ付けるダカダだったが……2人のガッチリと組まれた右腕は、実戦によって鍛え上げられた筋肉が丸太のように見える。
異様にムサい男2人の力比べは、2人の拳を両手で包むメリルの合図によって始まる。
慣れた様子で審判を務めるメリルは、大きく息を吸い込むと……気合の入った声で開始を告げる。
「では……始めっ!!」
メリルが手を拳から離した瞬間……ズン!という衝撃がテーブルから床にまで伝わってくる。
「っふうぅぅぅぅぅ!!」
「っぬうぅぁぁぁ!!」
互いに腕に全力を集中しながら残った片手でテーブルを掴み、相手をねじ伏せようとする。
互角かと思われた勝負は、ツワロスが苦しそうな表情を見せた瞬間に、ダカダが一気に勝負を仕掛け、ツワロスの拳をねじ伏せる。
ギリギリまでテーブルに拳をつけまいと奮闘したツワロスだったが……最後はダカダの力の勢いに敗北を喫する。
勝負を終えたツワロスは、右手をブラブラと振りながら痺れを取ると……ダカダと固い握手を交わし、互いの健闘を讃え合う。
「ふぅーー!!まだまだいけると思ったが……流石に獣人族は腕っ節が違うな!!」
「何を言うツワロスの旦那……人族で、その強さは大したものだ!これ以外の獣人族の者なら負けていたことだろう」
盛り上がる周囲の冒険者や獣人族達を尻目に、アレクはメリルの元に辿り着くと何故、力比べが始まったのか事情を問い掛ける。
「あの〜メリルさん、何故2人は力比べを始めたのですか?」
「あら、アレクさん……この力比べはアクアエの伝統の儀式なのです。ヒョウドゥ国王陛下の時代に、他種族との争いを抑制するために考えられたのが始まりと言われています」
メリルさんの話を要約すると、力を重んじる獣人族と人族の争いを抑制するために、力の捌け口を作ることを目的に、力比べが発案されたらしい。
それから100年……力比べは互いの種族の仲を深める儀式へと変化していった。
礼を持って力比べに臨み、そして勝負が終わった後は、互いの健闘を讃え合うところまでが決まりらしい。
こんなところでも、国王陛下の想いを感じることができ、アレクは自然と笑顔になる。
しかし、その笑顔は直ぐに真顔になってしまう。
「じゃあ、本番と行きますか!それでは、アレクさん!次のダカダさんの相手をお願いします!」
負けたツワロスの言葉に、アレクは混乱する。
「ん?俺?」
「ええ、アレクさんです!力比べの決まりとして、負けた者は次の対戦相手を指名することができるのです。ですから、次にダカダと力比べをするのはアレクさんです」
「なんだ、そのルール!?しかも、拒否権なしかよ!!」
国王陛下の考えに感動した気持ちは、一瞬にして迷惑な決まり作りがって!という気持ちに上書きされる。
そして周りで盛り上がる冒険者達や獣人達の雰囲気によって、逃げ道を絶たれてしまったアレクは、勝負のテーブルの前へと突き出されてしまうのであった。




