ルプルの噂報告
水の精霊と聖域での邂逅を終えたアレク達は、魔法陣により王城の中庭へと転移していた。
ひとまず王城での用件を済ませたアレク達は、次にアクアエでの用件を済ませるべく動き出す。
ヒョウカとセツナは、元王族派の残った者達や一部権力を強めていた者達と話し合いを開始するために、王城の残ることになった。
武器を持った争いは終わりを告げ、テーブルの上の戦争が2人を待っていたからだ。
アレク達も、自分達にはできることはないと悟り、自然と王城を後にすることになった。
王城を離れる当日、ヒョウカとセツナが態々アレク達を見送りに、正門まで足を運んでくれる。
太陽が昇りきった朝方に、アレク達とヒョウカとセツナは別れ際の挨拶を交わしていた。
「アレク……救国の英雄に、大した礼もできず本当に申し訳ございません。それと報酬の件……本当に良かったのですか?」
「ヒョウカは、まだまだ国を纏めるために忙しいだろ?それは俺達も理解してるつもりだ……だから、俺達のことは気にしないでくれ。報酬の件は、伝えた内容の通りで頼む」
名残惜しそうに話すヒョウカに、アレクは出来るだけ笑顔を作る。
本来ならヒョウカが提案した金品や権利などを受け取ることが、正当な報酬といえるのだろうが……アレクはそれを拒否した。
それは、今後のヒョウカの政治活動を邪魔しないため、という判断からである。
どこの世界でも、下衆な勘繰りをする者はいる。
今やアレクはアクアエでは英雄と呼ばれ、知名度も影響力さえも本人の意思とは関係なく高くなってしまっていた。
国を救った報酬という名目があっても、噂は尾ひれが付いて広がるものだ。
アレクとヒョウカ、2人の間に繋がりがあると分かれば多くの者が、その影響力に従うことにだろう。
しかし、それはヒョウカが目指す国の在り方とは違う。
過去の過ちから学び、権力を集中させるのではなく……一人一人が自分の意思で、国の進むべき方向と体制を考えることこそ、彼女が目指す国の在り方である。
そう考えたからこそ、アレクはヒョウカと距離を置く道を選んだ。
報酬に関しては、これから先にアレク達が困った際に、国の窓口として交渉役になってもらうことを提案したのだ。
常識的に考えれば、あまりに小さな報酬であるが……アレク達とヒョウカの関係を勘繰られない程度の範囲と考えれば、妥当な報酬だといえた。
「アレク……感謝します」
「いいさ、目指すべき未来があるんだろ?だったら、友として応援するのが当たり前だからな」
お互いの考えを理解しているこそ、2人は多くを語らない。
力強く頷き、固い握手を交わし……見つめ合う。
セツナもカイン達も、後ろから2人の最後の挨拶を見守っていた。
「では、良い旅をアレク」
「ああ、ヒョウカ達も元気でな」
2人の手が離れ、アレク達は王城を離れていった。
徐々に小さくなるアレク達を見送りながら、ヒョウカは溜息を吐く。
そんなヒョウカに、セツナは優しく声を掛ける。
「姉様……また、アレク様達と巡り合う時は来ます。それまで、暫しの別れというだけですよ」
「そうですね……またアレクと再戦する機会に恵まれれば、この寂しさも埋まるでしょう。それまで、私達は国のためにできることをしなければいけませんね」
そう話しながら、遠くを見る憂いを帯びた表情のヒョウカに、セツナは違和感を覚える。
その表情は、本当に寂しさだけを表したものなのか?と……しかし、それは一瞬にして消え去り、ヒョウカは普段の鋭い雰囲気を取り戻す。
「では、セツナ参りますよ!ここからが、カエルレウム共和国のこれからを左右する戦いです」
「は、はい!覚悟は、できています!」
ヒョウカは、踵を返し王城内へと歩みを進める。
それに続き、セツナも早足で城内へと戻り、舌戦の場へと赴くのであった。
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王城を後にしたアレク達が向かったのは、アクアエへの冒険者ギルドだった。
それはギルドマスターのツワロスから、今回の事件についての呼び出しを受けたからである。
とはいえ……用件は事実確認などでなく、冒険者ランクについてのものだった。
アレク達の今回の事件での活躍は、多くの冒険者・獣人族・カエルレウム軍からアクアエの住民まで、広く知られることになった。
そのアレク達がBランク冒険者のままでは、格好がつかないのでは?という意見が、各所から挙がったのだ。
しかも、その盛り上がりは凄まじく……Aランクを飛び越え、アレクの実力は英雄の領域と呼ばれる、Sランクに匹敵するのでは?という話まで出てきていた。
王城滞在時にツワロスの使者から事情を聞いたアレクは、はっきりと自分の考えをツワロスに伝えた。
「仮にSランクになったとしても、色々と面倒事に巻き込まれる未来しか見えないので、慎んで辞退します。その代わりAランクに昇格してもらえるなら、《漆黒の魔弓》に所属してる全員を、一緒に昇格させて下さい」
その発言を受けてツワロスは、正式に手続きを行い昇格を決定したのであった。
いわば、今回は昇格の発表とギルドカードの更新などが、主な目的だったのだ。
しかし、冒険者ギルド前に到着したアレク達を待っていたのは……ギルド内に入りきらない程の、人の山であった。
「なっ……!?なんだ!この人だかりは!!」
予想外の光景にアレク達は、唖然として立ち尽くす。
その時、集まった群衆の1人がアレク達の存在に気が付き、声を上げる。
「あっ!灼熱の戦鬼だぁぁぁ!!」
その声を聞いた冒険者ギルド前に集まった人々が一斉に、振り向きアレク達のことを凝視する。
「それって――」
アレクが、言葉の意味を問いかけようとした次の瞬間には、割れんばかりの歓声が辺りに響き渡る。
「「おおおおおぉぉぉぉ!!!本物だぁぁ!!」」
最近体験した魔物の大群のような人の波が、アレク達に向かって押し寄せる。
その勢いと威圧感にアレク達は無意識に臨戦態勢に入り、武器を構えそうになる。
「皆さん!お願いします!!」
アレク達が押し寄せる人の波に飲み込まれる寸前で、人々とアレク達の間に大きなバリケードが出現する。
アレク達が驚きながら見つめる先では、獣人達がスクラムを組み、人の波をせき止めていた。
その合間から見知った顔が姿を見えると、アレク達は思わず声を上げた。
「る、ルプル!?なんで??」
「皆さん!ひとまず、冒険者ギルドの中に避難して下さい!!説明は、その後でしますので!」
「お、おう!分かった!」
いつの間にかアレク達のいた場所から、冒険者ギルドまでの道は、獣人達のバリケードによって広い道が作られていた。
そのバリケードの間からは、まるで憧れのスーパースターに向けられるような、熱狂と歓声が飛んでくる。
突然のことに驚きよりも恐怖を感じながら、アレク達はルプルに誘導されギルド内に避難する。
やっとのことで冒険者ギルドに入ったアレク達は、張り詰めていた緊張の糸が途切れ、はぁーー!!と大きな息を吐く。
ギルドに入る前から、ドッと疲れたアレク達だったが……ギルド内でも、多くの視線が向けられていることを感じると、皆がウンザリした表情を見せる。
「皆さん、ここでは落ち着かないと思いますので、応接室まで移動しましょう。そこでツワロスさんやダカダさんが待っています」
「ああ、その方が良さそうだな……皆、一緒に行動する!離れるなよ?」
アレクの言葉の意味を理解すると、《漆黒の魔弓》の一同は激しく頭を縦に振る。
直ぐに移動を開始して、応接室に辿り着いたアレク達を待っていたのは、疲れた顔をしたギルドマスターのツワロス、更に疲れた顔の副ギルドマスターのメリル、呑気に笑っている獣人族代表のダカダだった。
その3人の様子から、大体の原因を察しながら、アレクはソファに座る。
他の面子は、好きな場所に寄りかかりながら話を聞く態勢を取る。
案内を務めたルプルは、何故かアレクの横に立ち、不動の構えを見せていた。
「色々と言いたい事はありますが……とりあえず、何故こんな大騒ぎになっているか、説明をお願いできますか?」
アレクが、疲れた表情のツワロスに説明を求めると……代わりにメリルが、事の顛末を話し始める。
「今回の魔物大発生の一件から、アレクさんが英雄と呼ばれ始めていることは、以前にお話したと思いますが……ここ最近では《漆黒の魔弓》の皆さんも、英雄の一団として知名度が、上がってきているのです。主に先の戦いに参加した者……それと一部の獣人族が、詳しい話を広めた事が原因と思われます」
メリルの説明を受けて、アレク達の視線はダカダへと集まっていく。
当のダカダは、大きな欠伸をしながら、伸びをしていた。
皆の視線に気付くと……とびきりの笑顔で、サムズアップしてくる。
「俺は皆の活躍を、ちょいと酒場で話しただけだせ?嘘は言ってないし、大袈裟なことも言ってないんだがなぁ〜」
「ダカダさん……それだけでは、こんな騒ぎにはならないでしょう……」
ケロッと話すダカダに、ツワロスは頭を抱えながら恨み言を呟く。
そんな空気の中で、ルプルが独自に調査していた、アレク達に関しての噂を報告してくれる。
「とりあえずアレクさんは、例の灼熱剣のことが印象深かったようで……“灼熱の戦鬼”と呼ばれているようです。ちなみに戦鬼の部分のは、戦姫と一騎打ちで勝利したことによる、称号のようですね」
ルプルの報告にアレクは、頭を抱えてブンブンと振り回す。
「だあぁぁぁぁ!!!誰だぁぁ!!そんな恥ずかしい、通り名つけたやつはぁぁ!恥ずかしくて外にでれねぇぇぇ!!!」
悶絶するアレクを放置して、ルプルの報告は続いていく。
「次にカインさんですが……凛々しく炎の槍を操る姿から“紅の貴公子”と呼ばれ、若い女性から凄まじい人気があります。後は意外と一部の特殊な男性からも人気が――」
「紅の貴公子ってなんだよぉぉ!!めっちゃキザな通り名じゃねーーかぁ!しかも、最後の情報いらねーー!!」
アレクに続いて、恥ずかしさで撃沈したカインも、床に膝と手をつきながら悲しみを叫ぶ。
非情なルプルの報告は、留まることを知らずに犠牲者を生み出し続ける。
「えっと、次はアマリアさんですが……修道女が大盾を操る様から、“剛腕の修道女”として知れ渡りつつあります。あとは黒き獣の一撃を、平然と受け切った出来事をカエルレウム軍の兵士達が広め、力自慢の冒険者や獣人族から、人気が高いようです」
アマリアは両手で顔を隠しながら、しゃがみ込み……泣き声を上げる。
「うぅぅぅ……!!また、筋肉修道女と呼ばれる……腕だって……そんなに太くないのに!!なんで……こんなことに……うっ……うぇ!」
《漆黒の魔弓》6人のうち、3人が撃沈されたルプルの報告に、残された面子は戦々恐々とした表情を見せる。
しかし、まだまだ報告は終わらない。




