水精霊の使徒
忘れていたものを胸元から取り出し、水の精霊に向かって突き出す。
それはガーネットとエメラルドの小さな宝石が、埋め込まれたネックレスだった。
「精霊石の結晶ですね、それとこれは……」
水の精霊がネックレスに向けて、キラキラと煌めく光を与えると……ネックレスの中から“ポンッ”と音と共に2人の精霊が姿を現わす。
「久しぶりじゃ!水の精霊!」
「お久しぶりです。水の精霊」
「火の精霊に風の精霊、2人とも……会うのは何千年ぶりでしょう。どちらも変わり……ましたね」
そう話す水の精霊の視線の先には、前に会った時よりも成長した、火の精霊の姿があった。
以前は子供のような容姿をしていたが……現在では真っ赤に燃える長い髪をした少女へと成長しており、透き通る白い肌にガーネットのような色の瞳、白いワンピースに炎を象った羽衣を纏っている。
「これでも、かなり力を取り戻したのじゃぞ?まぁ、これも風の精霊の助力とアレクのお陰じゃ!」
「えっ?俺?何かしましたっけ?」
突然話を振られたアレクは、思わず火の精霊の言葉を聞き返してしまう。
「ここ最近、大きな炎を隷属したはずじゃ!その余りある炎の力を精霊石の結晶を介して、吸収していたのじゃ」
「そんなことしてたんですか!?気付きませんでした……」
「本当に余った分の力だけじゃぞ?それを元に風の精霊の力を借りて、力を取り戻したというわけじゃ!」
自慢気にフフンッ!と小さな胸を張る火の精霊とは対称に、風の精霊は水の精霊をジト目で見つめていた。
エメラルドグリーンの美しく長い髪、透き通る白い肌、宝石のように翡翠に輝く瞳で、白いワンピースに若草色の羽衣を纏っている。
以前に話した時は、落ち着いた大人の女性という印象が強かったが……今は厳しさを纏った姉のような雰囲気を醸し出していた。
そして口を開くと水の精霊に対して、お説教を始めてしまう。
「水の精霊……事情は精霊石の結晶を介して聞いていましたが、貴方は迂闊過ぎます!簡単に人に我々の力を封じる技を教えるとは……それに加え、それによって聖域を封印される失態まで!」
「うぅぅ……申し訳……ありません」
「そこまでは、まだ貴方の失態で済みますが……それに留まらず自らの巫女に考えなしに憑依を行い、幽閉させてしまうなんて……!加護を授ける者に迷惑を掛けて、どうするのですか!?」
「……はい、返す言葉もござません」
精霊間の力関係を目の当たりにすることになったアレク達は、見てはならないものだと判断して意図的に会話から外れ、精霊達の話が聞こえない場所で相談を始める。
「ねぇアレク、精霊様って思ってよりも親しみやすいのね。火の精霊様なんて可愛い女の子だし」
「いやアマリア、親しみやすいのはいいんだけど……見てはいけない力関係を見てしまった気がする……それと火の精霊様は、出会った頃は子供みたいな容姿だったぞ?」
「確かに風の精霊様に水の精霊様は、頭が上がらない感じだったわね……子供の姿の火の精霊様かぁ〜見てみたかったな」
呑気な話をしていたアレクとアマリアだったが……その横では興奮した様子のキアとエレナが、精霊について語っていた。
「私……やっと風の精霊様に、お会いすることができましたわ!後で改めて、ご挨拶させて頂かないといけませんわね!」
「あれが精霊……本当に実物を見ることになるなんて……これは貴重な情報を得る機会なのでは?アレクから預かっている錬金素材ついて詳しく、私も風の精霊様にお話を伺いたいです!」
キアとエレナは風の精霊に色々と聞きたいことがあるらしく、あれこれ相談して何を聞くか決めていた。
その横ではカインとミカエラが、火の精霊について難しいそうな顔で話し込んでいる。
「俺は炎槍“銀翼”を授かってたから、火の精霊様に直接お礼を言いたいと思ってたんだ。それに炎槍の使い方についても聞いてみたいことがあったから、後で聞いてみたいぜ」
「ぼ、僕も火の精霊様には火魔法を授けて頂きましたから、お礼が言いたいです。前にお会いした時は、お話する暇もありませんしたから。後はカインさんと同じで、火魔法について聞きたいことがあったので……そちらも」
皆、色々と貴重な機会を活かそうとしていることを、周りを見渡しながら確認したアレクは、戦姫達の元に歩み寄る。
戦姫とルプルが祈りを捧げ終わったセツナを気遣い、介抱していた。
「戦姫、ルプル……セツナ様の様子は?」
「アレク殿……今は祈りを捧げて疲れたのか、眠ってしまっている」
「でも顔色は良いですし、あまり心配いらないと思います」
それぞれ答えた2人の顔を見ると、アレクはアイテムボックスから敷物を取り出し、セツナが休みやすい場所を用意する。
「これを簡易ベッド代わりにしてくれ、流石に女性を床に横にしておくままには、いかないからな」
「ありがとうございますアレク殿、遠慮なく使わして頂きますね」
「では、私がセツナ様をお運び致します。これでも半獣ですから」
「ええ、ルプル。お願いしますね」
ルプルが丁寧にセツナを簡易ベッドに運んでいる横で、アレクと戦姫は話し始める。
「私達は昔から水の精霊に守られてきたというのに、その存在すら忘れてしまうなんて……失礼な話ですよね?」
「それは悪意があって忘れたわけではないですから、一概に責めることはできませんよ」
水の精霊とカエルレウム家の関係について聞かれたと思ったアレクは、直ぐに戦姫に答えだが……その答えを聞いても、戦姫の曇った表情は晴れることはなかった。
「私の……磨いてきた力は、水の精霊様の恩恵によるものだったのです。それが自分の努力によるものだと考えていたなんて……滑稽では、ありませんか」
自嘲しながら薄笑いを浮かべる戦姫にアレクは、厳しい言葉を告げる。
「そうですね……貴方がそう考えるなら、滑稽かもしれません」
「…………」
「俺たちは自分だけの力で、戦っているわじゃない。知らず知らずのうちに、色々な手助けを受けているものです。それは目の見えるものであったり、目に見えないものだったりしますから」
「…………」
「けど、それの所為にして自らの努力を否定して、どうするんです?戦姫は俺に優しく慰めてほしいんですか?」
アレクの戦姫を侮辱する発言に……戦姫は力一杯、拳を握り締める。
「私は!決して慰めてほしいわけではない!ただ……自分自身が未熟だったことが……」
「悔しかった……ですか?」
アレクの言葉を戦姫は、ガバッと顔を上げる。
「そうか……私は悔しかったのですね……このモヤモヤした感情……長らく感じたことのないものだったので、忘れていました……」
自分の胸に手を当てながら、戦姫はギュッと手に力を込める。
「人は壁にぶつかり打ちのめされた時、また歩き出せるか、それとも足を止めるかで人生が変わるという話を、聞いたことがあります。戦姫は……どうしますか?」
戦姫はアレクの顔を見ると、無意識で言葉を呟く。
「私は、貴方に勝ちたい……もう、負けたくない」
戦姫の真っ直ぐな眼差しにアレクは、真正面から立ち向かう。
「次は俺、一切の文句のつけようがない勝利を掴んでみせますよ。絶対に負けません」
不敵に笑うアレクにつられて、戦姫も不敵な笑いを浮かべる。
そして、暫しの沈黙の後……2人はクスクスと笑い始める。
こんな場所で真剣な雰囲気を作っていることが、どうにも可笑しく思えてきたからだ。
「ふふふっ、アレク殿は本当に不思議な方ですね。まさか私に“優しく慰めてほしいのか?”なんて言葉を掛けてくる者がいるとは、思ってもみませんでしたよ?」
「ははっ、戦姫には本気で殺されそうになったことがあるもので……そんな相手が“自分の力は偽物だった”みたいことを言い始めたら……一喝したくなりません?」
憎まれ口を叩くアレクだったが……戦姫の力は誰よりも認めていた。
この世界で戦った者の中で、1番自分が追い詰められ死を覚悟した相手。
その動きは死闘の中で何度も目にした……踏み込みの重心移動、全身をバネのように使う柔軟性と伸縮性、そして、腕からレイピアの先まで研ぎ澄まされた集中力。
どれもが、彼女の生き様と努力を表現しているものだった。
だからこそ、アレクは優しい言葉をかけることを選ばなかった。
彼女の生き様から伝わってくる情熱を、穢してしまう気がしたからだ。
優しく甘い言葉を掛けることは簡単だ……けれど、彼女が心から望んでいる言葉は、きっと彼女自身でないと見つけることはできない。
アレクは、彼女なら苦悩を乗り越えて、答えを出せると信じていた。
それは死闘を繰り広げ、死線を共に潜り抜けた者同士が持つ独特な感覚によるものだった。
「久しぶりに感じる気持ちに、弱気になっていたようです。我ながら、らしくないと思います。あっ、そういえば1つアレク殿にお願いがあったのですが……」
少しだけ、わざとらしく戦姫は話を変える。
「なんです?俺にできることなら、相談に乗りますが?」
「その……私のことを戦姫ではなく……名前で呼んでくれませんか?私達は命のやり取りをした仲……友人として接してほしいのです」
いつもの張り詰めた表情ではなく照れた顔を見せる戦姫に、アレクは破顔する。
「分かったヒョウカ、こんな感じでいいかな?あと、俺のことも名前で呼んでくれ。友なら対等であるべきだろ?」
頭を掻きながらアレクは、ヒョウカに問い掛ける。
「そ、そうですね!では、アレク!改めて宜しくお願いします!!」
「あ、ああ!こちらこそ!」
2人で照れ臭そうにしていると、いつの間にか2人の周りには皆が集まり、ニヤニヤと意味深な笑いを向けてくる。
アレクとヒョウカが、皆に向かってガヤガヤと文句を言っていると……火の精霊から声を掛けられる。
「こちらの話し合いは終わったのじゃ。そちらも大丈夫なら、精霊石の結晶に水の精霊も加わってもらう儀式を始めようぞ」
「あっ、はい!宜しくお願いします!」
「それにしてもアレク……何故、私に対して硬い言葉を使う?普段通りに喋って良いのじゃぞ?」
「えっ?そうですか?いや〜外見が子供から少女っぽくなったから、何か言葉を変えた方がいいのかと思って」
それに対して火の精霊は、きっぱりと答えを出す。
「話しにくいから、普段通りでいいのじゃ!では、儀式を始めるぞ」
「了解っ!」
火の精霊と共に風の精霊と水の精霊に向き直ると、そこには先程の説教を受けて、泣きそうになっていた水の精霊の姿はなく……真剣な雰囲気を纏っている女性がいた。
「多くの困難に立ち向かう精霊の使徒よ、貴方の旅が希望に満ち溢れたものになるように、私も力を授けましょう!」
その言葉を受けて、アレクは意識を水の精霊に集中する。
「アレク……貴方を“水精霊の使徒”として認め、力を授けます。精霊石の結晶を、こちらに向けて下さい」
アレクは、精霊石の結晶を水の精霊に向かって掲げる。
すると、青い光の流れがネックレスへと集まっていく……光の流れが止むとネックレスには、サファイアの宝石が新たに加えられていた。
「水精霊の使徒の称号による効果は、水魔法に対しての絶対耐性と、あと1つ……面白い効果があります。それは実際に水に入ってみると分かりますので、あとで試してみて下さい」
「水の精霊様、力を授けて頂いたこと感謝致します」
「構いません。これはアレクがアクアエと聖域を守ったことに対する御礼ですから。それと……風の精霊から、貴方の仲間にも祝福と与えるように話は受けています。そうですね……では、そちらの聖職者の女性と魔法士の少年は、前に出て下さい」
水の精霊から指名を受けたアマリアとミカエラは前に出ると、アマリアは自らの武器を出すように促される。
アマリアは水の精霊に言われる通りに、魔法袋からメイスを取り出すと、メイスを両手に持って捧げて見せる。
そのメイスに水の精霊は、手で優しく触れると、アマリアの持っていたメイスが輝き始め……メイスの柄に黒い刻印が刻まれる。
「これで、このメイスは水の精霊の祝福を受けたメイスとなりました……癒す力は救済にも破壊にもなり得る、中間の力です。その力を正しく使ってくれることを祈っています。それと全属性と相性の良い、魔法士の少年にも力を授けます」
そういうと、水の精霊の両手からミカエラの方に向かって煌めく細い水流が発生し、ミカエラの胸元に流れていき、そして体の中に入っていく。
するとミカエラの胸元が光り始め……胸の中心に刻印の一部が現れる。
「水魔法は地の利を得た際に、強力な威力を発揮します。魔力の消費も抑えられますので、それを意識して力を使って下さい」
水の精霊から声を掛けられた2人は、跪き頭を下げて祝福を受け取った。
その後、各精霊質問する時間を少しだけ作ってもらい、アレク達は有益な情報を得ることができたのである。
火の精霊と風の精霊は役目を終えると、精霊石の結晶に中に戻っていった。
そして全て話が終わったアレク達は、水の精霊に別れを告げる。
「水の精霊様、色々とお世話になりました。これで私達は地上に戻ります」
「いえ、こちらこそ助かりました。また何か、あればアレクの精霊石の結晶から、用件を伝えます。それでは皆さん、地上までお送りしますので、魔法陣の中に集まって下さい」
そういうと水の精霊は両手を広げ、アレク達の足元に魔法陣を出現させる。
全員が魔法陣に入ったことを確認すると、優しい微笑みを浮かべ祝福の言葉を告げる。
「貴方達に大地を潤す恵みの雨が、幸運を運びますように」
アレク達は眩い光に包まれると、水の精霊の声が遠くに聞こえる中……真っ白な世界に送られていった。




