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水の精霊

「そもそも、この聖域を1人の男が発見したことが全ての始まりでした。かつて聖域は湖であり、その周りは深い森に覆われていたのです」


 水の精霊は薄花色うすはないろ羽衣はごろもに触れながら、懐かしそうに遠くを見る。

 そして、その口調は優しさに満ちたものであることを、話を聞いていた皆が感じ取っていた。


「彼は聡明で美しく、そして何よりも精霊に愛された者だったのです。彼は自らの名をカエルレウムと名乗りました。そして聖域を守ることを対価に、その恩恵をもって、人々を飢えから救うことを望んだのです」


 大きな話を続ける水の精霊だったが……その補足を戦姫が、こっそりと教えてくれる。


「今話されているのは、恐らくカエルレウム王国建国にまつわる話です。初代国王陛下と呼ばれる方のことでしょう」


 水の精霊の話を要約すると、当時魔物が活性化し聖域の守りが破られそうな時に、現れたのが初代国王陛下だった。

 彼は自分の生涯と子孫達の生涯を懸けて、水の精霊の聖域を守ることを対価に、その恩恵を求めた。


 彼の精霊に愛される程の力を信用した水の精霊は、彼を水精霊の使徒として聖域の守りを固めたのである。

 その後は、子孫達や初代国王陛下の元に集まった者達の長年に渡る努力により、聖域は街の地下へと移され、その上に街を配置することで、聖域の存在を隠そうとしたのであった。


 しかし、何百年という時間の経過の中で、水の精霊を見ることができる者が減少していき、その存在を知る者は殆どいなくなってしまった。

 精霊に愛されたカエルレウムの家系であっても、それは例外ではなく、水の精霊は徐々に孤立していく。


 そんな中で水の精霊は、自らの“運命を読む能力”で、アクアエと聖域に危機が迫っていることを察知する。

 必死に危機を訴えようとする水の精霊だったが……彼女の声は誰にも届くことはなかった。


 長い年月、呼び掛けを行いながら半ば諦めていた水の精霊は、ある日……自らの声に応えた少女と出会う。

 彼女はカエルレウムと同じ、白い雪のような髪に青い瞳を持つ者だった。

 そしてセツナ・テュス・カエルレウムと名乗ったのであった。


「その時、私はセツナに会えたことで安堵し、大きな過ちを犯しました。それがきっかけでセツナには、辛い想いをさせてしまったのです」


 そう語る水の精霊の顔は後悔に満ちており、とても苦しそうなものに思えた。


「当時の彼女を水精霊の巫女に選んだ私は、一刻も早くアクアエの危機を訴えようと、彼女に協力してもらい一時的な憑依を行いました。そしてセツナの周りの人々に説得を試みたのですが……結果的に少女が突然、普段とは違う様子でアクアエの危機を訴え出したことで、不信感を抱かせセツナが幽閉される、きっかけを作ってしまったのです」


 その後のことは戦姫も知っていることだった……過去を思い出し、戦姫は下唇を噛む。


「セツナは、その後もアクアエの危機を訴え続けてくれましたが……その声は残念ながら誰の耳に入ることもなかったです。それでも何とか私達の言葉を伝えるために、考えた方法が“預言”でした。それからのことは皆さんの方が詳しく知っているのでは。ないでしょうか?」


 そこまで話を聞いていたアレクは、幾つかの気になったことを質問する。


「大まかな事情は分かりました。けれど、疑問に感じたことがあるので、それらを質問してもよろしいですか?」

「はい、構いません」

「では……最初に、水の精霊の“運命を読む能力”のことを詳しく教えてもらっても?」

「分かりました。そうですね……未来に起こり得る災厄を断片的に読み取り、解釈したものと考えて頂ければ、分かりやすいかもしれません」


 アレクは頭の中で、コマ送りの映像のようなものを想像する。


「それは、どんな未来の厄災でも読むことができるのですか?」

「いいえ……それ程、万能なものではありません。私が分かるのは、聖域の水が及ぶ範囲に限定されます」

「なるほど……アクアエと周辺の川が行き渡る場所に限定されるわけですね」

「その通りです。海などに流れ込めば、私の力の及ばない範囲になります」


 そこまで、黙ってアレクと水の精霊の話を聞いていた戦姫が、控えめに手を上げて質問してくる。


「あの、私も質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、構いません。カエルレウムの血の者よ」

「では、遠慮なく……先程、セツナに一時的に憑依したと仰っていましたが……その影響は何もないのでしょうか?」


 戦姫は、自分達の国に危機を訴えようとしてくれていた、水の精霊に対して失礼な質問だと思いながらも、聞かずいられなかった事を質問した。

 何故なら水の精霊ほどの存在が、1人の少女に憑依することがどれ程、負担を強いるものなのかという考えに至ったからだ。


「それについては心配ありません。セツナは常人よりも遥かに、精霊との親和性が高いのです。それ故に、心にも体にも何ら悪影響はありません」

「そ、そうですか。失礼な質問を申し訳ありませんでした……決して水の精霊様のことを――」

「良いのです」

「えっ?」

「貴方のセツナを想う心は、とても澄み渡っている。だから、貴方が何も気に病むことはありません。そして私が不快に感じることもありませんよ」


 水の精霊の言葉を受け取った戦姫は、丁寧に頭を下げる。


「ありがとう……ございます……」


 感謝を告げる戦姫の言葉は、微かに震えていた。

 そんな彼女を気遣いアレクは、質問を続ける。


「その憑依についてですが……もし、親和性が低い者、もしくは親和性のない者が行った場合はどうなるのですか?」


 空気を読まない質問にカインやアマリアは、アレクに“空気読め!”と苛烈な視線を送ってくる。


「親和性が低い者が憑依を行えば……その憑依者には深刻な肉体へのダメージが発生します。親和性がない者は、憑依自体ができません。それでも憑依しようとすれば……最悪、死に至ることもあるでしょう」

「現在では、精霊が見える者自体が少なくなっていることを考えると……憑依に成功したセツナ様は、本当に貴重な存在だったわけですね?」

「ええ、それが私が過ちを犯した要因でもあります」


 暗い雰囲気になったしまったので、何か別の質問しようとするが……焦ったアレクの頭の中には、良い案は浮かんでこない。

 仲間達に何か質問は、ないかと視線で訴えると……エレナが手を上げ質問する。


「聖域の入口を封印していた紋章技術は、どちらから、もたらされたモノなのですか?」


 エレナの鋭い質問に、水の精霊は答えにくそうにしていたが……やがて事情を話し始める。


「あれは、かつてカエルレウムに私が教えたものなのです。聖域の力を隠すような技術はないかと聞かれ、あの紋章技術を授けました。それがカエルレウム家に引き継がれ、あの紋章が作られたのでしょう。セツナの父と母は、セツナが聖域に入ったことで良くないものに、取り憑かれたと考えたようです。それを封印しようと、過去の文献を調べ紋章に辿り着いたようですね」


 エレナの質問で更に落ち込み出した水の精霊は、声のトーンが段々と低くなっていく。

 そこでアレクは、できるだけマイナスな話題に繋がりにくい質問する。


「えっと〜水の精霊様の運命を読む能力と、“預言”はどう違うのですか?」

「“預言”は、私が読み取った運命を解釈し、セツナに伝えたものです。ですから、セツナ自身が解釈できない部分が発生してしまうこともあります」

「それでは今回の事件の“預言”について詳しく説明をお願いします」


 月日、巡りて西の地にて壁に力満ちる時、暗き森の果て、定命の者と共に波来たる予兆あり。

 終の波、万物を飲み込み死の影をもちて、阻みしものを蹂躙じゅうりんす

 持たざる者……争いの果てに残りしは、抗う変革の力。

 影持つ者……偽りの枷かせを解き放ち、この地を去らん。

 厄災の波濤はとう訪れし後には残るものなし。


 アレクがセツナから改めて確認した“預言”は、今になれば大体の部分は理解できる気がした。

 しかし、はっきりとしない部分も残っていたので、アレクも知りたいと思っていることだった。


「私が読み取った運命は……アクアエの西の堅牢な街から漆黒の衣を纏った集団が、旅立つところから始まりました。彼らが森を越えアクアエに到達することが、全ての始まりになるようでした。そして次に魔物の大群が大波のようにアクアエを滅ぼす未来が読み取れたのです」


 それは正にアレク達のことを言い当てており、アレク達は驚きながら互いに顔を見合わせていた。


「そして最悪の未来を回避するためには、持たざる者が、争いの末にアクアエの人々を纏め、未来を変革する力にすることが必要だったのです。そして、その先には人が巨大な魔物に変身することも、貴方達に倒される未来も読み取ることができました。最後に、それらが為されなければアクアエに未来がないことが、運命として決まっていました」


 別の滅びの未来があったことを水の精霊から告げられ、アレク達は唾を飲む。


「つまり俺達は“預言”に導かれ、滅びの道を免れたということですか?」

「いいえ、それは違います。あくまで“預言”は警告を示すものに過ぎません。この未来を勝ち取ったのは、紛れもなく貴方達の意志の力と行動によるものなのです」

「それでは、持たざる者と影を持つ者とは?」


 その話を振られた水の精霊は、ジッとアレクのことを見つめる。


「アレク……貴方が戦っている姿を読み取った時に、はっきりと“持たざる者”と分かったのです。貴方には私ですら分からないものがあります……それはあなた自身が1番、分かっているのではないのですか?」

「それは……そうですね……今ので何となく分かった気がします」


 アレクは自分に転生のチャンスを与えてくれた、神様のことを考えていた。


「それと影を持つ者ですが……あれも私には詳しいことを読み取ることは、できませんでした。しかし、別の滅びの道を歩んだアクアエで……あれは更なる魔物の軍勢を引き連れていました……それを考えれば、今回あれを阻めたことは、大きな意味を持つことになるかもしれませんね」

「ボロ布の男が、更なる魔物の軍勢を……」


 想像するだけで背筋が凍る光景に、アレクはボロ布の男に対する警戒を更に引き上げる。

 そして、聞きたいこと聞き終わったアレクは、忘れていたものを胸元から取り出し、水の精霊に向かって突き出すのであった。


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