勝利とボロ布の男
徐々に日が傾き始め、モルレト平原は夕焼け色に染まりつつあった。
夕焼けに照らされて長い影を作る者達は、皆が疲れ果てていたが……その表情は清々しいものだった。
平原を埋め尽くしていた魔物の大群は、残さず掃討され地面に伏している。
血みどろになった平原で戦姫は、長きに渡った戦いにレイピアを天に掲げながら勝利宣言をする。
「我々の勝利だあぁぁぁ!!!」
平原に響き渡る凛とした戦姫の声に、戦場に集まった者達は割れんばかりの雄叫びで応える。
「「「うおおおおぉぉぉぁ!!!!」」」
それは歓喜雄叫び……100年前の魔物大発生を彷彿とさせる大事件は、カエルレウム軍・冒険者・獣人族の活躍により幕を閉じた。
魔物2,000以上に対してアクアエ防衛にあたった人数は1,200弱……圧倒的に不利な状況からの勝利は奇跡だった。
そして今回の勝利を呼び込んだ立役者を、皆が理解し男の姿を見つめていた。
修道服を着た女性に肩を借り、戦姫の元へと辿り着いた男は、戦姫に向かって拳を突き出す。
戦姫も皆に見せたことのない笑顔で、それに応じ……同じように拳を突き出しコツンとぶつけ合う。
それをきっかけに人々は、隣り合う者達と喜びを、感謝を、悲しみを分かち合い種族の壁を越えて互いの健闘を称えあった。
この大事件は直ぐに首都アクアエ中に広がり、大きな衝撃を与えることになった。
100年前を彷彿とさせる国の存亡をかけた戦い……そして新たに誕生した英雄の存在である。
1,000を超える魔物をたった1人で、しかも大剣の一振りで屠ったという噂は雷鳴の如く街を駆け巡った。
多くの者が脚色された噂話だと、一蹴したが……それは戦いに参加した兵士達や冒険者に獣人族によって否定される。
そして何より、モルレト平原に残った大きな消えない傷跡を見た者は、誰もが言葉を飲み込んだ。
草も土も燃えるものは何も残さず、焦土と化した大地は人の域を超えた力を証明する。
この大事件を解決に導いた《漆黒の魔弓》のアレクの名は、国内外問わず広がりを見せることになった。
その肝心のアレク達は、騒ぎを逃れるために戦姫と共に、ヴォルト城に避難していた。
今回の戦いで限界まで消耗したアレクは3日程、身動きが取れずベッドの上での生活を余儀なくされる。
その間に事件の後処理に駆け回っていた各代表の者達は事件から3日後、戦姫やセツナ、冒険者ギルドのツワロスに獣人族のダカダで緊急の話し合いを王城で執り行っていた。
王城の会議室ではテーブルを挟んで、数日前までは揃うことがないと思われていたメンツが、顔を突き合わせていた。
元王女でありクーデター派のリーダーである戦姫、王城に幽閉され死んだと思われていた元第二王女であるセツナ、冒険者ギルド ギルドマスターであり獣人族との繋がりがあるツワロス、副ギルドマスターメリル、そして獣人族の代表ダカダである。
本来なら元王族派の者も含めた話し合いをするべきだったが……今回の件の首謀者である宰相ブラスマは先の戦いで死亡、責任を負うべき国王は魔物に変身し戦姫によって、その命を奪われている。
また王妃も同様に魔物に変身し、王城内でエレナ達によって討伐されていた。
アクアエの危機自体は回避されていたが……多くの犠牲と疑問を残した事件であるが故に、その真相解明が求められていた。
今後のカエルレウム共和国の在り方についても、話し合わなければないないこともあり、事件の中心にいた戦姫は対応に追われていた。
「――以上が、今回の事件で私が知り得る全てのことになります。残念ならが国王・王妃が魔物になった原因や宰相ブラスマが、何もを目的に動いていたのか……また、どこまで事件に関与していたのかは現在調査中です」
戦姫の口から語られた“預言”やセツナの存在、そして“預言”をきっかけにアレク達が狙われたことなど様々な事実が明らかにされた。
その中には戦姫とアレクの一騎打ちも含まれ、2人が途中から真剣勝負をしていた話になるとツワロスの顔色は真っ青になり、ダカダは対照的に楽しそうに話を聞いていた。
一通りの話が終わるとツワロスが、口を開き疑問を洗い出していく。
「やはり分からないのは、宰相ブラスマの、行動ですね……彼が本当の首謀者で、何らかの手段で国王と王妃を操っていたとしても、人を魔物に変えるなど宰相が簡単にできることではありません。それに魔物に変身した国王に殺されたのも腑に落ちない。最後に……それ程のことを企てられる男には、どうしても思えない」
「それに関しては私も同感です。クーデター派のリーダーとしてブラスマとは対立していましたが……密偵やアレク殿達の報告から彼がアクアエを滅ぼそうとしたとは、考え難い」
ツワロスの考えに戦姫が同意を示すと、それを裏付けるようにセツナが口を開く。
「私もツワロス様と姉様の意見と同様に、ブラスマ様……いえ、ブラスマが首謀者だとは思えません。私の事を騙し“預言”を利用しようとしてることは、薄々感じていましたが……それでもアクアエの危機を回避しようとしていた様に思います」
亡くなった者が重要な情報を握っていたことで、話し合いが思ったように進展せず、会議室内は微妙か空気に包まれる。
その中で沈黙を貫いていたダカダが、何気なく疑問を口にする。
「そういえば……今日は《漆黒の魔弓》のアレク殿は顔を出さないのか?会うのを楽しみにしていたんだが?」
「えっ?ああ、アレクさんですか!朝は、まだ体調が優れなかったようだったので、先に話し合いを始めておいてほしいと聞いています。そろそろ来る頃では?」
ダカダと戦姫がアレクの話をしていると、不意に会議室の扉がノックされる。
部屋の外から兵士が顔を見せ、アレクが来たことを伝えると戦姫が会議室に通すように許可を出す。
少しすると兵士に連れられてアレクとエレナが姿を現す。
遠慮がちに頭を下げ、話し合いに遅れたことを謝罪する。
集まった者でアレクを責める者はおらず、皆に勧められてアレクは席に着き、エレナはその後ろに立っていた。
「遅れて申し訳ありません。まだ体調が万全でなく支度に手間取りました」
「構いませんよアレク殿、たった今ここまでの経緯を皆さんに説明していたところです。それに貴方はカエルレウム共和国を救った英雄だ。そんな貴方を責める者など、この場にはいませんよ」
「えっ?いや、英雄とか大袈裟ですよ!今日は、私も色々と話したいことがあって来てるので、そういうのは関係なく話しましょう」
少し残念そうな顔を見せる戦姫だったが……アレクの意思を尊重して、普段どうりに話し合いを続けることを了承する。
そして、宰相ブラスマのことについて話し合っていたことをアレクに説明すると、アレクは真剣な顔になり、皆が知らない事実を語り出す。
「それについてなのですが……先の戦いの最中に、首謀者を名乗る者から接触を受けました」
アレクの言葉に皆は耳を疑い、戦姫は言葉を聞き返してしまう。
「そ、それは本当ですか!?あの戦いの最中に??しかし、あの時アレク殿は!」
「えぇ、私の周りは灼熱剣の影響より、常人では近付けない状態でした。それを越えて私に接触を試みて来た者がいたのです」
「そんなことができる者が……それは一体?」
それからアレクは、あの日、あの戦場であったことを話し始める。
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あの日、魔物の大群に全力の灼炎を放ったアレクは、地面に片膝をつき灼熱剣を支えに辛うじて意識を保っていた。
周囲100m程は未だに地面は熱によりドロドロに溶け、人も魔物も一切を寄せ付けない空間に包まれていた。
周りからは人々の雄叫びと魔物達の咆哮が、遠くに聞こえアレクの意識を刺激する。
限界ギリギリだったアレクは、何かが近付いてくる気がして、ふと顔を上げる。
熱により蜃気楼を見える先に、何か人影が写っているように思えたのだ。
目を細め遠くを見つめるアレクだったが……確実にこちらに近付いてくる存在が、いることに驚愕する。
(おい……嘘だろ……こんな中を進んで来るとか、絶対人間じゃないだろ……)
自分を棚に上げて、近付いてくる者に警戒を強めるアレク……やがて、その者はアレクの前に辿り着く。
「どうも……炎使いの方……」
ボロ布を纏い、頭から足元まで姿を隠した怪しい者がアレクに語り掛けてくる。
恐らく声から男だと思われるボロ布の者は、身長は2m近くあり、表情は窺い知ることはできない。
「あんた……一体何者だ?」
「俺か?俺は……そうだな……今はナナシとでも名乗っておこうか」
「ナナシねぇ……それで俺に何の用だ?」
「おいおい……そちらは名乗らないのか?」
首を傾げて問いかけてくるナナシに、アレクは冷たく言い放つ。
「明らかに不審な奴に名前は教えたくないな……興味があるなら自分で調べてくれ」
「そうか……では、君とでも呼ばせてもらおう。それで俺が、ここに来た理由だったか?正直に言うと君を勧誘しに来たんだ……もしかしたら、同郷の者かと思ってね……」
フラフラと体を揺らしながらナナシは、あっさりとアレクの問いに答える。
「勧誘……同郷?あんたはウィリデ王国の出身なのか?」
「…………」
「おい……聞いてるのか?」
「……いいや、そういう意味ではなかったんだが……気にしないでくれ。勧誘に来たのは、君の強さが気に入ってね。もしかしたら、俺に協力してくれるかと思ってさ……」
アレクは嫌な予感を覚えながら、質問を続ける。
「俺に何を手伝えと?」
「それはまだ言えないな……けど、今の君にしてみれば悪い話ではないと思うよ?君のような強力な力を持つ者は、きっと孤独に苛まれると思うからね」
「答えるつもりがないなら、質問を変える。ナナシ……あんたは、今回の事件の黒幕か?」
アレクの質問にナナシはフラフラとした動きを止め、ジッとアレクを見つめてくる、
それが答えだと受け取ったアレクは、ナナシの返事を待つことなく話を続ける。
「この局面で、態々(わざわざ)姿を現したんだ……誰だって事件の関係者、もしくは黒幕だと考えるだろ?」
ナナシはコクコクと頷くと、ケロッとした感じでアレクに答える。
「君……面白いね……そう……俺が、事件の黒幕だよ」
「何故こんな真似をする?アクアエを滅ぼしたかったのか?」
「まぁ、実験のついでかな?特に深く考えていたわけじゃなかったけど……そうなれば、面白いと思ってね……」
「人や獣人族が死ぬことになってもか?」
「特に……考えてなかったな」
淡白に答える男の様子からは、嘘を吐いてる気配は感じられない……だからこそ、アレクは男に警戒心を抱かずには、いられなかった。
「今の受け答えで、はっきりした……俺は、あんたには協力できない。人の命を何とも思っていないやつは、信用もできないからな」
「別にいいよ……今すぐ分かってもらえるなんて考えてないし……けど、この世界は間違ってる……きっと君なら、それに気付けると思うよ。人ならざる力を持つ……君ならね」
そう言い残すと、男は蜃気楼の中に消えていった。
最後まで男から目を離さなかったアレクは、男の姿が消えると同時に全身から冷や汗が出るのを感じ、意識を失った。
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アレクの報告を聞いた皆は絶句する……あまりに非現実的な話であり、容認し難い話だったからだ。
しかし黙っているわけにもいかず、戦姫はアレクにボロ布の男について詳しく話をするように求めてくる。
「その……ボロ布の男が言ったことは、本当だと思いますかアレク殿?」
「俺個人としては、恐らくボロ布の男は本当のことを言っていたと思う。特に今回の事件の黒幕ってところは」
「何故、そう思われたのですか?」
戦姫の質問にアレクは、腕組みをしながら推測を話し出す。
「確実な証拠はないが……やつは実験だと言っていた。そして、その言葉を聞いた時に1番最初に思い付いたのが……国王が魔物に変身したことだったんだ」
その言葉に会議室に集まった面々は、戦慄する。
「つまり、ボロ布の男は人を魔物に変える実験をしていたと?」
「そうかもしれない、後は……これも推測でしかないけど、もしかしたら人をある程度、人を操る力もあるのかも知れない。戦姫と俺の一騎打ちの際の国王の様子や、王妃が魔物に変身する前の様子をエレナ達から聞いた限りでは、そんな印象を受けた」
戦姫は一騎打ちの前の、国王の様子を思い出す。
虚ろな瞳に顔色の悪い肌で戦場を見渡しおり、確かに何かに操られているような印象を受けた。
王妃に関しても、兵士達の報告やルプルの報告から、まるでセツナを探していたような印象を受けた。
その2人が魔物に変身したという事実は、アレクの推測が近いものだと証明しているような、気持ち悪さがある。
「そして奴の言葉通りなら、その実験の延長でアクアエを滅ぼしていたかもしれない。俺と戦姫がモルレト平原で、一騎打ちをしなければ王城で獣騒ぎがあったはず。兵士達が王城に手一杯になっているうちに、魔物の大群が押し寄せて来ていた可能性もあるからな」
「そうなっていれば、戦力を集めることが出来ずに私達共々、アクアエは魔物の波に飲まれていたかもしれませんね」
アレクと戦姫の話を聞いていた皆は、本当にそうならずに良かったと安堵すると同時に……ボロ布の男について、得体の知れない恐怖を感じるのであった。




