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本音

 苛立ちと殺気が充満した部屋の中で、長机を囲むように並んでいる獣人族達の表情は、人族であるエレナには読みにくい。

 しかし、隠すつもりのない唸り声や床を引っ掻く爪の音が、彼らの不快感を表していた。


 カエルレウム共和国において、獣人族達は今の国を作ることに貢献し、歴史を築いてきた国民である。

 カエルレウム共和国が誕生した100年程前、戦争で大きな損害を受けたアクアエ復興に尽力したのは、記憶に新しい。


 当時は敵同士であった異種族を、国民として受け入れることをおおやけに宣言した国王の元で、彼らは自慢の身体能力で、馬車馬の如く働いた。

 それは……獣人族でさえ対等な国民として扱ってくれた、魅力溢れる国王に対しての恩返しでもあった。


「美しい街を2度と異種族同士で争わない象徴とする。国民の条件は1つだけ……カエルレウムを愛し美しいと思える者であること」


 その国王の言葉は、今でも獣人族の子供に寝物語として語れている。

 国王の演説に心を動かされた者は多く、その考えに賛同しカエルレウムを復興するために尽力した。

 人・ドワーフ・獣人など、種族を越えて共に歩み出し今のアクアエを作り上げた、国民としての誇りがあるのだ。


 異なる文化を持つ他種族が入り混じった共和国は、お互いのことを理解するのに時間を要した。

 しかし、その時間の分だけアクアエでは種族間のさかいが、取り払われていった。

 かつての国王が夢見た……異なる種族が、手を取り合うことのできる、暖かで美しい国へと成長していったのだ。


 けれど、100年という時間によって培われた絆は、ある日突然崩れ去る。

 元王族派の者達による他種族排除の動きが、活発化しだしたのだ。


 国民の最初の感情は、戸惑いだった……何故今更、他種族を排除するようなことをするのか?その理由が分からなかったのだ。

 未だに種族間での揉め事はあったものの、それは人族の世界でも見られることなので、珍しくもない。


 その中でも特に獣人族が、乱暴者・野蛮・獣はアクアエに相応しくないなど、誹謗中傷ひぼうちゅうしょうに晒されることになる。

 獣人族達は、最初こそ争う姿勢は見せずに冷静に対処していたが……事態は悪化し続けた。


 日に日に元王族派の獣人族に対する風当たりは厳しくなり、因縁をつけられ抵抗した者は罪を着せられ、牢獄送りになった。

 その頃には元々血の気の多い獣人族の中で、大規模な反抗をするべきではないと、過激な意見が多く見られるようになる。


 アクアエの国民である自分達を弾圧する元王族派の者達に、獣人族は次第に負の感情を抱いていく。

 戸惑いから始まったものは、国の対応を見守っているうちに不安や悲しみに変わる。

 そして理不尽な仕打ちを受けた獣人族は、不満を募らせていった。


 偉大な国王の言葉を守り、アクアエで争いを起こすことを嫌っていた穏健派の獣人族も、激化する弾圧の動きに次第に憤りを見せ始める……その頃には獣人族全体が燃え上がる怒りに、身を任せそうになっていた。


 そんな時、怒りに支配されそうになっていた獣人族の代表として、1人の男が選ばれる。

 獣人族は強さを是とする考え方の者が多い……その種族の中でも群を抜いて実力派として、名を馳せていたのがダカダであった。

 見た目からでも分かる鍛錬によって隆起した筋肉、引き締まった脚部、鋭い爪と牙、獣人族であれば誰もが認める男……それがダカダだった。


 その上、ダカダは難しいことを考えるのが苦手な獣人族の中でも、かなり賢い部類に入り……他種族との交渉事なども過去に解決した実績もあった。

 獣人族の想いを背負い、武力を持って立ち上がると思われたダカダだったが……その時に接触を求めてきたのが、冒険者ギルド ギルドマスターのツワロスだった。


 ツワロスは激化する獣人族の弾圧から、いつか獣人族がアクアエで爪と牙を振るう時が来るのではないかと、危惧きぐしていた。

 そして、膨れ上がった彼らの怒りを纏める者が現れた時こそ……もっとも注意しなければならないと考えていたのだ。

 爆発寸前だったダカダ達に、ツワロスは独自の情報網から入手した情報を伝えた。


「元王族派で王女であるヒョウカ・テュス・カエルレウムが、軍を掌握してクーデターを計画している。今、獣人族が表に出れば……彼女の行為を無駄にすることになる」


 ツワロスからの情報を聞いた獣人族は、かつての国王の姿をヒョウカに……戦姫に重ね、想いを馳せる。

 それに戦姫といえば、獣人族であっても一目置く強さを持つ武人であった。

 ツワロスに説得されたダカダは、表立っての動きを自粛することを決めた。


 しかし、獣人族が過激な動きを自粛したからといって、元王族派からの弾圧がなくなるわけではない。

 それにより暴動が起きるのは時間の問題だと、ダカダは考えていた。


「ツワロス殿の意見は正しいのだろう……だが現状では獣人族が、いつ暴動が起きてもおかしくない。それについては、どう考えているのだ?」

「それについても冒険者ギルドとして、皆さんの力になれればと思い、こちらを用意させて頂きました」


 そう言いながら、商人ギルドの印が使われた書類を取り出す。


「これは?」

「アクアエで冒険者ギルドが所有している物件と、商人ギルドが空き物件を調べ上げて、貸し出しの契約を結んだ物件になります。費用の方も格安になっているので、金銭面の心配はないと思いますよ?」

「何故これを俺達に?」


 突然のこともあり、何か裏があるのではないかと考えたダカダは、失礼を承知でツワロスに素直に疑問を聞いてしまう。


「現在のアクアエの状況は、あまりに酷い……それに、我々はカエルレウム共和国の国民です。困ったことがあれば、種族関係なく助け合える文化を築いてきたはずでは?」


 当然のことだと胸を張って話すツワロスに、ダカダの目元には涙がこみ上げてくる。


「そう言ってもらえる時が来るとは……そうありたいと思っていましたが、直接聞き……そして行動して頂けたことを本当に嬉しく思います。この想いに応えられるよう、私も獣人族を説得してみせましょう」

「えぇ、宜しくお願いします。戦姫のクーデターが成功するまでの間は、窮屈きゅうくつかと思いますが……身を隠しておいて下さい」


 こうして冒険者ギルド・商人ギルド・アクアエの住民の協力の元、獣人族の抵抗は表沙汰になることなく、沈静化していったのであった。

 この一件から獣人族の間でツワロスは、ツワロスの旦那と呼ばれるようになった。


 隠れ家となる住居の提供、食料の調達、情報の伝達なども冒険者ギルドを経由することで、問題なく行うことができた。

 それでも、一部の獣人族はクーデター派に流れ実力行使に訴えようとするものもいた。

 だが大半の獣人族はダカダの指示に従い、騒動が収まるのを待つことを選択したのだ。


 しかし、元王族派に対しての恨みや怒りが、消えたわけではない。

 エレナ達が部屋の前に来るまで、会議室ではモルレト平原の異変を感じ取った獣人族が、どう動くかが話し合われていたのだ。

 そして2つの案が話し合われることになった……1つ目は、元王族派の兵士達を含むカエルレウム軍を見捨て、アクアエの守りを固めるという静観案。


 2つ目は、迫ってくる脅威をカエルレウム軍と共に迎え撃つ、迎撃案だった。

 しかし、今現在カエルレウム軍は魔物の大群と戦闘に入ったので、正しくは加勢案である。

 そして意見の多くは、静観案に流れていた。


 自分達を弾圧し貶めた連中などと共に戦いたくない!という意見がほとんどで、元王族派の者を激しくののしる獣人族が、声を荒げる場面さえ見られた。


 そして……その会議の最中訪れたエレナから、共闘案を提案され獣人族の怒りは再燃しようとしていた。

 ギスギスとした会議室に、1人の獣人の声が響き渡る。


「ふざけるなあぁぁ!!!何故我々が、元王族派のやつらを助けなければならない!?やつらは、仲間を……同胞を傷付けたのだぞ!!」

「その通りだっ!!!やつらが死のうと俺達には関係ない!むしろ死んでもらった方が助かるくらいだ!」

「話を聞く価値もない!やつらのために命を懸けることはできない!!」


 今にも襲い掛かってきそうな勢いで、獣人族はエレナに罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせる。

 それはエレナ個人に向けた言葉ではなく、彼らが溜め込んでいた元王族派に対する怒りや悲しみ、そのものだった。


 今まで、他種族に対してぶつけることを我慢してきた想いを、目の前に現れた人族の女性に、ただ吐き出していたのだ。

 どうしても獣人族の協力を取り付けたいエレナの立場を知った上で、獣人族は都合良く身勝手な気持ちをぶつけていたに過ぎない。


 それでもエレナもキアも、目的の為に獣人族の言葉に黙って耐えることしかできなかった。

 しかし、猛り狂う獣人族に明確な怒りを感じている者が、場の空気を変える。


 ドガッ!!部屋の壁を拳でブチ抜き、肩を震わせている者に、会議室内の全ての視線が集まる。

 エレナとキアは、予想外の事態に目を見開いて固まっていた。


 そして皆の視線を一身に受けながら、ターバンを頭に巻いたルプルが長机の前へ、ゆっくりと歩み出す。

 そして大きく息を吸うと……魂を込めて言葉を放つ。


「うるせーぞぉぉ!!この腰抜け共がぁ!それでもタマ付いてのかぁ!!ああっ!?」



















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