獣人族
冒険者ギルドに到着したエレナ達は、副ギルドマスターのメリルに案内され、ギルドマスターの執務室に向かう。
そこでアクアエに向かっている、魔物の大群について対応に迫られていた、ギルドマスターのツアロスと話し合いを行うことになる。
エレナ達からの見聞きした情報とセツナの“預言”から、アクアエにとって深刻な事態であることをツアロスに訴え、アレク達に応援を求めるエレナ達だったが……雲行きは怪しくなっていく。
エレナは、微妙に雰囲気の変わったツアロスとメリルの様子を感じ取る。
先程よりも深刻な表情になったツアロスは、心苦しそうに冒険者ギルドとしての考えを告げる。
「結論から言うと……モルレト平原に応援を送ることはできない」
「なっ!?どういうことですの!!」
ソファから勢い良く立ち上がるキアを、ツアロスは目を逸らすことなく、真っ直ぐ見つめ返す。
「現在アクアエの国民を守るべき兵士達の多くは、モルレト平原に展開している。もし彼らが魔物の大群を防ぎきれなかった場合、誰が国民を守り逃すのですか?」
最悪な状況を想定して動こうとしているツアロスに対して、キアは返す言葉を持たなかった。
アレク達を見殺しにするのか?魔物の大群を総出で討伐すれば、問題は解決するのではないか?せめて、数チームだけでも応援に回せないのか?キアの心の中に様々な想いが浮かんでは、消えていく。
客観的に考えれば、冒険者達の人数は兵士達達よりも多くない……その人数で国民の避難や防衛を行おうと思えば、人手を戦場で失う余裕などないことは明らかである。
そして、それを指揮できる者は現在不在という最悪な状況であった。
戦姫と国王はモルレト平原、王妃は死亡、臨時決定権のある上級兵士達も出払っている。
そんな状況の中でツアロスは、ギルドマスターとして苦渋の決断を下したのである。
キアも、そこまで考えが至ったからこそ……それ以上ツアロスを責める言葉を、口にすることができなかった。
執務室に流れる重たい空気に、誰もが口を閉ざす。
その重たい空気の中で、はっきりと発言したのはエレナだった。
「冒険者ギルドの考えは、分かりました。ですから、ここからは私達は私達で独自に動くことにします。私達のリーダーは、簡単に諦める男ではありませんし……何かしらの対策を講じているはずです。私達は、それを手助けしに向かうとします」
「そう……ですわね。それにアレクなら、いざとなれば灼熱剣で魔物の数を減らすこともできるはず……まだ、私達にもできることはありますわ!」
「私もお供します!戦姫様も戦っていらっしゃるはずですから!」
今後の行動が決まったエレナ達は、冒険者ギルドにセツナを預けて戦場へと向かうとする。
エレナ・キアに続いて執務室を後にしようとするルプルだったが……ツアロスに引き留められ、何かを伝えられる。
それを聞いたルプルは、驚きながらもツアロスに頭を下げ部屋を出て行く。
エレナ達が出ていき部屋に残されたツアロス・メリル・セツナ。
すると先程まで黙っていたセツナが、ツアロスに向かって話し出す。
「ツアロスさん、先程のお話ですが……どうしても冒険者の方を応援に回すことはできませんか?」
「セツナ様……それは――」
「おっしゃりたいことは分かっています。ですが……嫌な予感がするのです」
「それは、“預言”というものですか?」
セツナは、静かに頭を横に振る。
「いいえ、これは私個人の“勘”というものです。まだ、これから良くないことが起こる……そんな予感がするのです」
「“勘”ですか……セツナ様が仰られると、それも軽んじることはできませんね。私達も独自に偵察を派遣しています。今は避難準備を進めながら、結果を待つと致しましょう。それに、エレナさん達が味方を増やしてくれるかもしれませんし」
「味方を増やしてくれる……ですか?先程ルプルさんに何かを伝えていたようですが、それと関係が?」
セツナの問いかけにツアロスは、笑顔で答える。
「えぇ、セツナ様の“預言”にあった変革の力という部分に興味が湧きまして……私なりにエレナさん達を援護しようかと」
「ツアロスさんは、お優しい方なのですね」
「えっ?あ……そうでしょうか?」
見た目から怖がられることが多いツアロスは、急にセツナから褒められて照れ臭そうに頭を掻く。
それを眺めていたメリルは、コホンと咳払いをすると……ジト目でツアロスに突っ込み入れる。
「ギルドマスター……鼻の下伸びてますよ?」
「はっ!いかん!まだ目を通してない書類がー!!」
ツアロスは慌ただしく自分の仕事に戻り、セツナはメリルに案内され客室へと向かうのであった。
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冒険者ギルドを後したエレナ達は、ルプルがツアロスから聞いた場所へと向かっていた。
それはアクアエの中でも正門に近い、冒険者ギルド所有の住宅地である。
細い通路が複雑に入り組んでいる場所を、エレナ達は迷うことなく進んでいく。
それは何故かといえば、目印を目標に歩みを進めていたからだ。
通路を挟むように立ち並んでいる家の屋根の部分には良く見ると、黄色い旗が揺れている。
その黄色い旗は、必ず通路が分かれている場所に設置させており、どちらに進めば良いか教えてくれているのだ。
やがてエレナ達は、冒険者ギルドのマークが掲げられている建物を発見する。
他の家と変わらない佇まいの家であったが……キアだけは独特の匂いを嗅ぎ別け、渋い顔をする。
「ここら一帯の住宅地で間違いないようですわ。多くの匂いが、建物の中にも外にも溢れてますもの」
「そんなに分かるものなんですね!凄いですキアさん!ちなみに私は大丈夫ですよね?」
キアの渋い顔を見たルプルは心配になり、つい確認してしまう。
そんなルプルにキアは、優しく微笑みかける。
「元からルプルは匂いが弱いですし、アレクから貰った消臭薬で、今は一切匂いがしてないので安心して下さいですわ」
「よ、良かったです!」
そんな2人の会話が終わるのを見計らっていたように、建物の扉が少しだけ開く。
扉の隙間の影からは、ギラリと光る瞳がエレナ達を見つめていた。
エレナは、相手に警戒心を与えないよう言葉を選びながら話し出す。
「冒険者ギルド ギルドマスターのツアロスさんより、こちらを紹介して頂きました。代表の方にお会いしたいのですが……」
すると扉がゆっくりと開き、扉の奥にいた者の姿が見えてくる。
茶色いフード付きのマントを着た、身長2mはある黄色い毛並み獣人族の男性が中に入るように促してくる。
「あんた達からは、確かにツアロスの旦那の匂いがする……俺達のリーダーであるダカダの元に案内しよう。……ついて来い」
そう言うとエレナ達を建物の中に案内され、何度か階段を上った先にある一室に通される。
そこには大きな扉があり、部屋の中からは……廊下にいるエレナ達に聞こえる程の声の大きさで、怒鳴り合いが続けられていた。
案内してくれた獣人族の男性は、少しだけ待っているようにエレナに告げると一旦、部屋の中に入っていく。
暫くすると、部屋の中からの怒鳴り声は収まり、部屋の中から案内役の獣人族の男性が顔を見せ、入室するように促してくる。
「……お待たせした。中に入ってくれ」
「はい。では、失礼します」
部屋の中は会議室のように広くスペースが確保されており、部屋の中心にある大きな長机には、両端を埋めるように色々な種類・毛並みの獣人族の者達が5人ずつ腰を下ろしていた。
そして長机の1番奥には、白い毛並みに黒い虎柄が入った獣人族がドッシリと構えている。
エレナが長机の近くまで来ると、1番奥にいた獣人族の男性が話し始める。
「よう!あんた達がツアロスの旦那の使いか……といっても女ばっかりじゃねーか!何を考えてるんだ旦那は……」
未だにフードを被っていたエレナを女性だと、一瞬で看破した獣人族の男性は、面倒くさそうに自己紹介を始める。
「俺は一応、獣人族の代表をしてるダカダという者だ。ツアロスの旦那からの紹介となると、俺達については知ってると考えていいのか?」
一歩前に出たエレナは、ダカダの質問に淡々と答える。
「えぇ、冒険者ギルドのツアロスさんから、ギルドが獣人族の皆さんを匿っていることは聞いています」
「で?ツアロスの旦那は何の用で、あんた達を使いに出したんだ?まぁ、どうせ……今カエルレウム軍と戦ってる、魔物の大群の件なんだろ?」
ダカダの反応から、先程まで部屋の中で話し合われていた内容が、魔物の件であったことを察したエレナは、表情には見せなかったが……かなり不安を感じていた。
何故なら、今からエレナがダカダ達に対して話そうとしていることは、間違いなく反発が予想され、今の反応から大体の返答が分かってしまったからだった。
それでも、エレナは一握りの期待と共に目の前の獣人族達に向かって、頼みを口にする。
「回りくどいことは、なしにして単刀直入に用件を伝えます。私達と一緒に、魔物の大群を討伐するのを手伝って頂けないでしょうか?」
その言葉を口にした瞬間……部屋の色々な場所からバギィバギィという床の板が、割れる音が聞こえてくる。
獣人族特有の敵対者に向ける唸り声が、部屋中に反響し、獣人族達の意思が答えを聞かずとも、伝わってくる。
「それは俺達、獣人族が……王族派のやつらから迫害されてるのを知ってて、言ってるんだよな?お嬢さん?」
ダカダの苛立ちと殺気を隠した言葉は、獣人族達の意思を表し、エレナ達に突き刺さる。
しかし、アレク達の応援のためにも引くわけにはいかないエレナは、必死に頭を回転させ……獣人族達の協力を得るために言葉を紡ぎ始める。




