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本当の黒き波

 アレク達と戦姫率いるカエルレウム軍が、魔物の大群と戦闘を開始してから、1時間が経過しようとしていた。

 戦場になった平原は兵士達と魔物の血によって赤く染まり、蒸せ返るような血油の臭いが平原を覆い尽くしている。


 死んだ者は魔物によって踏み潰され、喰われほとんど原型を留めていない。

 しかし兵士達に甚大な被害を出しながらも、当初の目的であった大型・中型魔物と飛行型の魔物の討伐を、なんとか完了することができた。


 最前列で戦う戦姫もミスリルの軽装鎧を、血で汚しながら懸命に戦った。

 カインの助力もあり、当初の予定よりも消耗せずに大型・中型の魔物を倒すこともできたが……その表情は暗い。

 予定よりも兵士達は善戦してくれた……だが、それが逆に死者を増やしてしまう原因になっていた。


 兵士達の役割は囮と防御であった……戦姫とカインが大型・中型の魔物を仕留める間に、周りの小型の魔物を引きつけ、盾で防御しながら時間を稼ぐのが仕事である。

 しかし、戦姫とカインの勇敢に戦う姿に感化され、積極的に攻撃に転じる兵士が多数見受けられた。


 その結果、魔物の勢いを殺すことができたが……代わりに死者を、多数出すことになってしまったのだ。

 勇敢であったが故の死……名誉の死と言えば聞こえはいいが、それは亡くなった家族にしてみれば関係のないことである。

 残された者は、名誉などより愛する者の帰還を望んでいるのだから。


(馬鹿者が……生き残らなければ、叱ることもできないではないか)


 戦場に伏した兵士達に心の中で一礼すると……戦姫は気持ちを切り替え、空に向かって氷の針を複数射出する。

 それは空中でぶつかるとパリッーン!と甲高い音を発生させ、平原に響き渡る。

 これが戦姫が事前に決めていた、撤退の合図であった。


「目的は達したっ!!後衛の防衛地点まで撤退しろ!!」


 戦姫の指示を受けて兵士達は周りの兵士達にも指示を伝達する。

 合図を確認した遠くの前衛の兵士達も、戦闘を中断して後衛に向けて撤退を始める。


 自分達に背を向けて撤退する兵士達に追い打ちを掛けようと、足の早い小型の魔物が突出して追いかけてくるが……それを狙っている者達が一斉に矢を放つ。

 矢は美しい放物線を描き、撤退する兵士達の頭上を越えると魔物達に雨のように降り注ぐ。


 それらは中衛の弓矢部隊による援護である。

 前衛が撤退する時間を稼ぎ、また自分達も弓矢による牽制を行いながら後衛の防衛地点まで撤退を開始する。

 前衛と中衛が合流している最中に、戦姫はアレク達の姿を視界に捉え、素早く距離を詰めていく。


「アレク殿!ご無事で何よりです!早く撤退を!!」


 弓矢で魔物に牽制しながら後ろに下がっているアレクに、戦姫は声を掛ける。


「戦姫も、無事みたいだな。じゃあ、ここからは後衛の活躍に期待して逃げるとしますか」

「えぇ、あとのことは後衛に任せましょう。これ以上の戦闘は死者を増やすだけですから」


 手短に会話を済ませると、魔物に背中を見せて撤退し始めたアレク達と戦姫だったが……嫌な気配を感じて2人が同時に振り、動きを止める。


「なんだ……この感じ……何かあるのか?」

「なんでしょうか……この嫌な予感は?」


 アレクと戦姫の様子に、一緒に撤退していたアマリア・ミカエラも動きを止めて何事かと、辺りを見回す。

 そして撤退している時は気付かなかった異変を、体で感じ取る。

 それは地面が揺れる感覚……最初に魔物の大群が現れた時と同様に、何かが歩いて侵攻してきているものであった。


 まさかと思いながらも、アレク達と戦姫は最初に魔物が侵攻してきた森林地帯の方角に視線を向ける。

 そこには何もいてほしくない、誰もがそう祈っている中で、それは視線の先に現れる。


 それは黒い波……しかも、先程の黒い波よりも倍近く大きく見える黒い波が、遠くの平原を埋め尽くしていた。

 うねる様に近付いてくる黒い波は、紛れもなく魔物の大群だった。


「あれが全てでなかったなんて……」


 戦姫は自らの判断を悔いた……1,000を越える魔物の大群と聞いた時、その数に圧倒され後続がいる可能性を考慮していなかった。

 より大きな規模で偵察部隊を派遣できなかったこと、時間的余裕がなかったこと、頭に浮かぶ言い訳なら、いくらでもある。

 だが、そんな言い訳は何の意味もないことを、戦姫は悟っていた。


 あの規模の魔物がアクアエの正門に押し寄せれば、確実に門は破られカエルレウム共和国は崩壊する。

 訪れるのは魔物が国民を蹂躙じゅうりんする、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄である。

 美しい白き水の都は、国民の血によって赤く染まることだろう……それを想像した戦姫の顔は苦痛に歪む。


 その場で地面にひざをつき、へたり込んだ戦姫と同様にカエルレウム軍の兵士達の多くが動きを止め、本当の絶望に顔を歪める。

 自分達や仲間の命を捧げて、アクアエにいる家族や友人や恋人を守ることができるなら、戦うことなど怖くないと考えていた。


 しかし、これから始まろうとしているのは……ただの一方的な殺戮である。

 必死に抗ったところで結果は変わらない……自分達の命も、守るべき命も皆等しく失われるだけだと兵士達は悟ってしまう。

 抗えない圧倒的な暴力にカエルレウム軍は、心を折られ、完全に戦意を喪失していた。


 そんな中で、まだ話す元気があったのは《漆黒の魔弓》のメンバーだけだった。

 1人、撤退中で逸れていたカインも、いつ間のにか合流して全員がアレクの元に集合する。

 しかし、メンバーの顔色も絶望的な状況に追い込まれ、皆が真っ青になっていた。


「どうするよ……これから……あの大群相手に突っ込むのは流石に無謀だろ……」


 いつもの勢いはなく、弱々しく発言したカインの目線の先には巨大な人影がある。

 それはトロールと呼ばれる3mを越える巨人の姿であった。

 トロールは人型をしているが……その姿は長い鼻に醜い顔、巨大で筋骨逞しい体ながらいびつな肉の付き方をした、おぞましい魔物だった。


 そしてトロールの本当に恐ろしい能力は、巨大な体でも怪力でもなく、深い傷を負っても体組織が再生可能という驚異的な再生能力だ。

 知能は低く凶暴な性格をしている。

 そして動物の皮を集めて作ったと思われるボロボロの腰布を纏い、巨大な棍棒を肩に担いでいる姿は、一撃の必殺の威力を物語っていた。


 そんなトロールが目に見えるだけでも、十数体確認できる。

 まるでトロールがオーガやオークを率いているような印象を受け、魔物の大群は第1波よりも速度を落として侵攻しているように感じられた。


 そもそも第2波は大型の魔物が殆どで、小型の魔物や飛行型の魔物の姿は見られない。

 オーク・オーガ・トロール・ジャイアントクック・ビッグスパイダーなど巨体な魔物が揃っている代わりに機動力は、皆無な集団である。


 だが、それが分かったところで現在の戦力差では魔物の波に圧殺されることに変わりはない。

 それは《漆黒の魔弓》のメンバーも分かっていて、アレクに対して質問をしていた。

 今後はどう動くのかと……それには逃げるという選択肢も含まれている。

 そんなカインの質問にアレクは、真剣な表情で答える。


「まだ、活路を切り開くことはできる……だが、戦力が圧倒的に足りない。ここいる兵士達だけでは、どうしても魔物の波に押し切られてしまう」

「それは何か、この窮地を脱する策があるという事でしょうか?」


 アレクの言葉を俯きながら聞いていた戦姫が、力なくアレクの顔を見上げてくる。


「策はある。それを使えば、あのトロールやオーガ達の大部分を巻き込んで始末することも可能だろう……だが、策を使えば俺は戦闘に参加できなくなるし、残った魔物を皆に倒してもらわなければならない。その戦力が足りないなければ、国が滅ぶことに変わりはない」

「策の後に残った魔物を倒せる戦力さえあれば……カエルレウム共和国は救われる……!信じて……いいのですか?」

「責任は取れないぞ?だけど、まだ生き残る可能性はある」


 その言葉を聞いた戦姫は、よろよろと再び立ち上がる。

 そして自分と同じように絶望的な状況に打ちひしがれている兵士達に、凛とした言葉で語り掛ける。


「皆、聞いてくれ!」


 その声に兵士達は、うつむいた顔を少しだけ上げ戦姫を見つめる。


「ここからは軍人としてではなく、1人の人間として話す。我々の置かれた状況は絶望的だ……何もしなければ、あと数時間後にはアクアエは確実に滅ぶだろう。しかし、まだ我々には希望が残っている……」


 皆の視線を集めた戦姫は、隣にいるアレクを見つめる。


「彼……Bランク冒険者チーム《漆黒の魔弓》のリーダーであるアレク殿が、この絶望的な状況を打開する策を持っている!」


 戦姫の言葉を聞いたクーデター派の兵士達の瞳には、微かに光が灯る。

それはすがれるものがあるなら、何でもいいからすがりたいという安直なものだったが……兵士達は必死に耳を傾ける。

 王族派の兵士達は、アレクの正体について驚いている者もいたが……それに関係なく、クーデター派の兵士達と同じように、少しずつ戦姫の言葉に耳を傾けていた。


「だが、その策は皆の協力がなければ、成功することはないのだ!皆が疲れきり立っているのも、やっとなことも理解している。剣や槍を握る握力が残っていないことも、分かっている。それでも!一緒に戦ってくれないだろうか!?諦めるのは、戦い切ってからにしよう!!我々には、まだ生きてここにいるのだから……」


 戦姫の心からの訴えに、兵士達は歯をくいしばる。

 自分達の国の王女様が、まだ諦めずに国民を守るために街を守るために戦おうとしている……それなのに、自分達は何をしている?本当にできることは何もないのか?このまま、ただ死を待つことが正しいことなのか?


 兵士達の心の中に、くすぶっていた小さな火種が徐々に大きくなっていく。

 それは様々な感情であった……自分の対しての怒り・悔しさ・愛国心など、それぞれの胸にあった想いが徐々に燃えあがっていくのを兵士達は感じ始める。


「これからの戦いは軍の任務ではありません。逃げたいものは、早々に立ち去りなさい!そして逃げたとしても、決して罪に問わないことを約束します!自分の意思で戦うことを選んだ者だけ残りなさい!!」


 激しい戦姫の言葉に、はっきりと兵士達の瞳に炎が戻ってくる。

 まだ国が、家族が、故郷が救われる可能性があるのに諦める?そんなバカなはなしがあるか!!

 そう感じた時には、兵士達は大声で叫んでいた。


「まだ俺は戦えるぞおぉぉぉ!!!」

「諦めてたまるかあぁぁ!!まだ、あの子に告白もしてないのにぃ!!!」

「やってやる!やってやるぜぇ!!あんな魔物なんて怖くないぞおお!!!」

「「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」


 残った力を奮い立たせるように兵士達は、雄叫びを上げる。

 それは波のように広がり、集結した軍に伝播すると大きな雄叫びに変わる。

 その光景に涙ぐみながら、戦姫はレイピアを天高く掲げる。


「皆の命!!!私が預かる!!!カエルレウム軍の強さを、魔物共に見せつけてやるぞ!」

「「「おおおぉぉぉぉ!!!」」」


 兵士達を纏め直した戦姫の姿に《漆黒の魔弓》のメンバーは、改めて戦姫のカリスマ性を感じていると、そんな中でアレクの表情が少しだけ変わる。

 そして何かを確信したアレクは、笑みを浮かべた。


















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