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迎撃

 元来、魔物達には仲間意識という概念がない……群れで生息している魔物は、あくまで自分の身を守るため・生き残るために集団を作っているのだ。

 なので、弱った個体がいれば共食いの対象にもなるし、優れた個体が現れれば自然とリーダーになっていく。


 そんな弱肉強食の世界で、魔物達は不思議な遠吠えを耳にする。

 自分達とは違う種族の放つ遠吠えは、本来なら無視して当然なのだが……その遠吠えを聞いた魔物達は、遠吠えの中に魔力を感じた。

 その魔力を感じた魔物達は、一種の催眠状態になり、自分達を脅かす敵を滅ぼさなければないない、という暗示に掛かる。


 暗示に掛かった魔物達は、滅ぼすべき敵を目指し、遠吠えが聞こえた方向に向かっていた。

 同じように集まった魔物達も争うことなく、自分達を脅かす敵を滅ぼすという目的のためだけに、行動していた。


 そして深い森を抜け、草原を踏みしめた先で、ついに滅ぼすべき敵を発見する。

 それは敵……殺すべき敵……自分達を脅かす敵……平原に整列する人を見た瞬間、暗示が強く魔物達に作用し、残った最後の意識を上書きしていく。


 殺せ……牙でのどを喰いちぎり……爪で腹を突き刺し……殺せ!……拳で殴りつけ……毒を流し込み……殺せ!殺せ!!……首を絞めつけ……くちばしついばみ……殺せ!殺せ!!殺せ!!!ころせえぇぇ!!!!


 全て意識を黒く塗り潰された魔物達は、暗示によって抑えられていた殺戮本能が解放され、そして支配される。

 最後のたがが外れた魔物達は、ただ敵を殺す為だけに駆け出した。

 そして戦いの火蓋は切って落とされた。



 ===============================



 モルレト平原に向かい合った戦姫達カエルレウム軍・《漆黒の魔弓》と魔物の軍勢。

 暖かな日差しを受けながら、両者は睨み合いを続けていた。

 集結しつつあった魔物達は、平原の中腹まで侵攻してくると突然、動きを止めた。


 歩調を合わせて侵攻してくる魔物という時点で、かなり異質な雰囲気を放っていたのにも関わらず、更に不可解な行動を見せる魔物達に、戦姫達もアレク達も戸惑っていた。

 それは兵士達にも感じられ、ヒソヒソと各所で兵士同士で話す声が聞こえてくる。

 中衛にいたアレク達も、不可解な魔物の行動に思わず言葉を漏らしていた。


「ど、どういうことでしょうか……アレクさん」

「どういうことって……流石に俺も分からないよ。けど、何かの意思によって魔物が誘導されているのは間違いなさそうだな……」


 戸惑いの表情を浮かべ質問してくるミカエラに、感じたことを素直にアレクは答える。

 魔物達の様子は、アレクが知る限り魅了系の能力の影響下にあるように見受けられた。

 冒険者ギルドで魔物が魅了系の能力を使ってきた、という記録に状況が酷似していたからだ。


 魔物達は、どこか遠くを見ているような虚ろな瞳をしていた。

 そして本来なら人間に向けるような凶暴性が、抑えられているような印象を受ける。

 以上のことからアレクは、何かの魅了系の能力の影響下にあるのでは?と考えていた。


「ま、魔物を誘導……やっぱり原因は、黒き獣の最後の遠吠えでしょうか?」


 ミカエラの中で、魔物の大群が報告された時に最初に思い至ったのは黒き獣の姿だった。

 何かに助けを求めるような声に、悲壮感と違和感を覚えたからだ。


「その可能性は……高いかもな。いくらなんでもタイミングが良すぎるんだ。俺達が黒き獣を倒した直後に、魔物の大群が押し寄せてくるなんてな」


 アレクとミカエラが原因について話していると、緊張した様子のアマリアが2人に話し掛けてくる。


「2人とも、良くベラベラと余裕で喋れるわね……私は今にも魔物が突っ込んで来るんじゃないかと思うと、緊張で吐きそうよ」

「別に余裕なわけじゃないよ。ただ……こうして話してないと俺もミカも緊張と不安が段々と大きくなっていくから、そうしてるだけだよ」


 それは兵士達に全員に言えることだった……1,000を超える魔物の大群を前に、恐怖しないものなどいない。

 目の前で動きを止め、こちらの様子を窺っているような異様な状況に、兵士達は無意識に精神的に追い込まれていた。


 兵士達の先頭に立つ戦姫でさえも、予想外の展開に先制攻撃を仕掛けられずにいるのだ。

 しかし、そんな時間が長く続くはずもなく……突如とつじょとして状況は変化する。


 最初に気付いたのは、整列していた前衛の兵士だった。

 先程まで大人しかった魔物達から、些細なざわつきを感じたのだ。

 それは周囲の兵士達も同様で、ヒソヒソと話すのをやめ……ジッと魔物の様子を窺う。

 先頭立つ戦姫は、兵士達よりも具体的に魔物達の気配を察して大声で叫ぶ。


「魔物が動きを見せたぞぉ!!!全員突撃準備っ!!構え!」


 膨れ上がっていく緊張感の中、兵士達は剣に槍に盾と確実武器を強く握り直す。

 戦姫もレイピアを強く握り、突撃の構えを見せる。


 そして、その時が訪れる……戦姫が大声で叫んだと同時に、魔物の大群の一部から怒号が挙がる。

 その殺意の込もった怒号は、まるで油に火をつけたように一気に魔物の大群を支配し、広がっていく。


 1,000を超える魔物の大群の叫びは、大地を揺らし空気にまで殺気を浸透させる。

 その迫力と恐怖に兵士達は、思わず身震いを起こすが……直ぐに凛とした声が兵士達の心をグッと引き寄せる。


「恐れるな!!我々の後ろには愛すべき家族、友人、恋人がいる!ここで戦わなければ全てを失うことになるぞ!!道は私が切り開く!!全員、私に続け!突撃っ!!!」


 魔物達の怒号を切り裂くように、戦姫が兵士達の先頭から駆け出す。

 兵士達も、恐怖に足を絡め取られまいと必死に勇気を声に乗せ、大声で叫びながら戦姫に続き、駆け出していく。


「「「うおおおぉぉぉ!!!!!」」」


 黒い波のような魔物の大群に、戦姫達が突撃し戦闘は開始されたのであった。



 ===============================



 先手はカエルレウム軍が取り、戦姫が魔物の大群の中でも、頭が飛び出して目立っているオーガに狙いを定めると、アレクとの一騎打ちで使用した【アイス・レイン】を発動する。


「突き殺す刃【アイス・レイン】!!」


 アレクと戦った時よりも密度がない代わりに、広く薄く展開された氷の針は広範囲にダメージを与える。

 特に大きなマトであるオーガ十数体などは、頭を氷の針で貫通され、脳漿のうしょうを辺りにブチまけて即死する。


 辺りにブチまけられた血肉が、魔物の体や頭に付着するが……それを気に留めることもなく、魔物達は猛り狂い襲いかかってくる。

 身に振るかかる火の粉を払うように、戦姫はレンピアの連続突きから、氷の針を突き放ち魔物を次々に屠っていく。


 それに続き、兵士達も片手に小盾を構えながらゴブリンに立ち向かっていく。

 ゴブリン1体につき3人の兵士達が、相手することで戦闘での被害は最小に抑えられていた。

 しかし、殺意に満ちた魔物達の勢いは凄まじく、防戦に一方になる兵士達も少なくない。


 そんな中で、中型の魔物のオークや戦姫と同様に大型のオーガを巨大な炎の牙が、次々に魔物の急所をえぐっていく。

 雪崩なだれように押し寄せる魔物の波に、炎の牙によって大きな傷跡を残し、勢いを殺していていたのは、燃える槍を駆使して戦うカインだった。


 戦姫顔負けに魔物をほふっていく勇ましく凛々しい姿に、前線で共に戦う兵士達の士気は高まっていく。


「なんなんだよ!あの槍使いは!?戦姫様くらい強いじゃないか!?」

「すげぇ……あの魔物達を軽々と……こんな強さを持つ者がいるなんて」

「この戦い行けるぞ!戦姫と同じ強さを持つ者がいるんだ!それに中衛には、傭兵団《黒狼》も待機している!!勝てるぞ!」


 未だにカエルレウム軍が圧倒的不利である状況は変わっていない。

 しかし、前線で戦う兵士達は微かな希望を胸に、必死に魔物をほふっていく。

 仲間の足にブルーウルフが噛みつき、動きが鈍ったところにゴブリン達が流れ込む。


 兵士達にも被害が出ていたが……決して魔物達の数が減っていないわけではない。

 危険をかえりみない特攻は、される側からすれば恐怖以外のなにものでもない。

 しかし、兵士達も背後に守るべき者がいる状況で、戦姫やアレク達の予想を超えて善戦し、多くの魔物を討伐していた。


 その頃、中衛の防衛地点でも戦闘が開始されアレク達も攻撃を始めていた。

 アレク達を含む弓矢部隊が優先的に、矢を放っていたのは魔物の大群の中で、最も数が多い人食イーター・バードと呼ばれる飛行型の魔物だった。


 全長1mほどで、肉や骨などを噛み砕くノコギリのようなくちばしを持つ、鳥型の魔物である。

 本来なら魔物に襲われた人や馬などを死体を、好んで喰べる戦闘に向かない魔物だったが……今では目を血走らせ、急降下してアレク達に迫っていた。


 弓矢部隊は予想外の人食イーター・バードの攻撃に苦戦を強いられる。

 急降下攻撃は、素早さに加え攻撃面積が極端に少なくなる。

 弓矢部隊であっても、その状態で人食イーター・バードを射抜くのは、至難の技だ。


 しかし、約1名は凄まじい勢いで矢を空に向かって放ち、直後に空からバタバタと頭を潰された人食イーター・バードの死体が落ちてくる。

 矢を放つと何もない空間から、また次の矢を取り出し速射するように矢を放ち続ける様子に、共に戦っている弓矢部隊の兵士達は口が開いたままになっていた。


 黒い弓を持ち正確無比な矢を放つのは、紛れもなく戦姫と互角以上に剣で戦っていた男だった。

 規格外の男に弓矢部隊の兵士達は、尊敬の念を送らずにはいられなかった。

 そんなアレクの隣では風魔法を操り、ミカエラも飛行型の魔物を打ち落としている。


 そんな2人を不意の攻撃から守っているのが、大盾を構えたアマリアである。

 といっても探知スキルを持つアレク・ミカエラに不意打ちを心配する必要はないので、落ちてくる魔物の死体から2人を守るのが仕事になっていた。

 地味な仕事をしていたアマリアは、大盾で死体を捌きながら、疑問をアレクにぶつける。


「ねぇアレク、雷鳴弓は使わないの?別に使えないわけじゃないんでしょ?」

「うん?あぁ、使えないわけじゃないよ。けど、ここまでの戦いで結構消耗してるから、休めるところでは休んでおこうと思ってね」


 その発言を聞いたアマリアは、軽くため息吐くと静かな声で突っ込みを入れる。


「みんなが必死に戦ってる中で、手を抜くなんて恐れ入るわ。それなら、アレを落とすのを頼んでも問題なさそうね」

「あ?どれを落とせって?」


 アマリアが喋りながら指差す方向を確認すると、地面に大きな影を落とす飛行物体が目に飛び込んでくる。

 それは体は1m程だが……翼を広げれば5mはある大きさのジャイアントバッドだった。

 しかも、3体も空を自由に飛行して弓矢部隊の攻撃をヒラヒラと見事に回避している。


「確かにジャイアントバッド相手は、普通の弓使いには辛いか……仕方ないから、スキルを使って仕留めるとしよう」


 洞窟などに生息しているジャイアントバッドが、日が降り注ぐ空を飛んでいることに凄まじい違和感を覚えながら、アレクは【雷鳴弓】と【無の歩み】を発動する。

 スキル発動と同時に矢をつがえたアレクは、目を細めながら普段通りに矢を放つ。


 すると、何かの光が通り抜けたと周りの弓矢部隊の兵士達が、認識した頃には空から脳天を射抜かれたジャイアントバッドが落ちてきていた。

 その後も、アレクは何事もなかったように矢を放つと、残り2体のジャイアントバッドも直ぐに地面に落下する。

 立て続けに自分達の攻撃がかすりもしなかったジャイアントバッドを落とし、なおかつ3体とも脳天を射抜いていることに兵士達は絶句する。


「本当に何者なんだ……あの人……」

「俺……明日から弓使い名乗るの、やめるわ。あんなの見せられたら、自分の腕が恥ずかしくて弓使いなんて、名乗れない」

「っていうか、早過ぎて矢が放たれてから何も見えなかったんだが?」


 何故か魔物ではなく、アレクによって心を折られそうになっていく兵士達は、泣きながら弓を引き続ける。

 そんな兵士達のことなど、つゆ知らず……アレクはアマリアにジャイアントバッドの回避術の秘訣である、超音波による反響定位はんきょうていいと自分の攻撃が、それを無効化している原理などを呑気に説明していた。


 こうして、矢を放ち続けたアレクと弓矢部隊の活躍により、首都アクアエに飛行して侵入しようとする魔物を阻止することができた。

しかし本当の戦いは、まだ始まってもいなかったことを彼らは後なって知ることになる。













明けましておめでとうございます。

今年も、ご愛読宜しくお願い致します。

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