黒い波
モルレト平原での一連の戦いを終えて、気を緩めていたアレク達の元に戦姫よりの緊急連絡が入る。
その内容は、アクアエの西より魔物の大群が迫ってきている!というものだった。
アレク達は直ぐに行動を起こし、連絡に来た兵士に案内されて、戦姫の元へと辿り着く。
首都アクアエを背にして、モルレト平原に整列する兵士達の先頭で、慌しく報告と指示を出している戦姫。
その顔色は普段と変わらないものに見えたが……アレクから見れば、隠しきれない焦りが見て取れた。
そんな戦姫に急ぎ駆け寄ったアレク達は、非常時ということもあり、遠慮なく声を掛ける。
「戦姫!状況は!?」
アレクの声に振り向いた戦姫は、一瞬だけ驚いた顔を見せるが……直ぐに表情を変え、戸惑い含んだ顔を見せる。
「アレク殿!直ぐに避難するようにお願いしたはずですが?」
「普段なら遠慮なくそうさせてもらうところだが……ここまで関わったんだ、途中退場するわけにもいかないだろ?」
「ですが、ここからはアクアエを守る軍の領分です。冒険者である貴方達を巻き込むわけには……」
頑としてアレクの言葉を受け入れない戦姫に、アレクは冷静な分析を戦姫に告げる。
「そんなこと言ったって、魔物の大群の相手なんて兵士達には荷が重過ぎるだろ?彼らは“人から”国を守る軍であって、“魔物から”国を守る軍ではないんだから」
「そ、それは……」
首都アクアエを守るカエルレウム軍の平時の主な役割は、街及び王城の警備と治安維持である。
もちろん、他国との戦争になれば正規軍として従軍することになり、人や他種族との戦闘を行うことになる。
しかし、今回のような魔物の大群となれば話は別だ。
そもそも何故、魔物の相手を冒険者がしているのかというと、それは多種多様な魔物に対応する専門知識と戦闘技術を修めた者でなれば、魔物を討伐することが困難だからだ。
魔物は獣・虫型・人型・植物型・無機物・自然型など大まかな分類だけでも、数え切れない程の種類が存在している。
その種類の中でも、特殊な能力を持つ者や種族固有の能力を持つ者も少なくない。
そういった多種族に対応できる戦闘を行えるのが、冒険者の特徴なのだ。
それらのことから、カエルレウム軍の兵士達が魔物の相手をすることは無謀と言える。
あくまで兵士達は小型の魔物……ゴブリンやコボルドの相手が精々である。
それは戦姫に従っている武闘派の兵士達も例外ではなく、彼らが連携すればオークやオーガなども討伐することは可能だが……それは、あくまで単体を相手にした時に限られる。
それを踏まえて、アレクは戦姫に手助けを申し出るつもりであった。
「だから、俺達も手を貸すよ。これでも一応はBランク冒険者だからな!多少のことなら対応できるし、多数の魔物との戦闘も慣れたものだぞ?」
戦姫は、戸惑い表情を和らげると申し訳なさそうに言葉を漏らす。
「お願い……できますか?実は先程、私も魔物の大群の接近を知ったばかりで、魔物の規模も種類なども不明なのです。ですから、アレク殿の申し出は本当に有難い……本来なら我々軍がアレク殿に頼むようなことでないのですが」
「では、冒険者として依頼を受けることにしましょう!それなら問題ないでしょ?」
「そう……ですね。では、カエルレウム軍代表として《漆黒の魔弓》の皆さんに魔物討伐の手助けを依頼致します」
「その依頼、お受け致します」
折り合いがついたアレクと戦姫は、次々と話を進めていく。
偵察部隊からの報告を待つ間に戦姫は、王城に伝令を送り出し、街に警戒態勢を取るように指示を出していた。
もちろん、混乱を避けるために“アクアエに向かってくる魔物の群れが発見されたために、戦姫率いるカエルレウム軍が討伐に赴いている”程度の情報で伝えるよう指示を出している。
アクアエの住民には念のため外出を控え、街の外に出ないように注意喚起が為されていた。
しかし、その対応に不安を覚えたアレクは、戦姫に対して追加の指示を提案する。
「戦姫、魔物の情報が少ないこともあるし、冒険者ギルドにも協力を仰いだ方が良いのではないだろうか?」
「こちらは先の騒ぎで命を落とした者と、負傷者を除いても950人規模の戦力ですが……それでも不足だと?」
「不足とは思わないさ、けれど犠牲は少ない方がいい。兵士達が不慣れな魔物の戦闘で負傷する可能性は高い……下手をすれば命を落とすこともある。それなら、安全策てして複数の冒険者を雇い、各分隊についてもらえれば、命の危険は回避できるかもしれない」
不確定な情報が多い中で、できるだけリスクを回避しようとするアレクの慎重な姿勢に、冒険者として目線で物事を判断してるのだと考えが至った戦姫は、アレクの提案を受け入れる。
「アレク殿の言うことは非常に慎重ですね。ですが、その慎重さこそ冒険者に必要なことなのでしょう……分かりました。冒険者ギルドへ協力依頼を出しましょう」
「提案を受け入れてくれて感謝します。あと依頼の際に、《漆黒の魔弓》の名前を使って頂いても大丈夫ですよ?何かあったら協力してくれると、アクアエの冒険者ギルドマスターが約束してくれましたので」
戦姫は部下に口頭で依頼内容を伝えると、復唱確認して冒険者ギルドへと兵士を向かわせる。
そんなことをしてるうちに慌しく指示を出していた戦姫の元に偵察部隊が帰ってくる。
しかし、偵察部隊の緊張した表情を見た戦姫は、偵察部隊の報告があまり良い報告ではないことを直ぐに理解する。
偵察出た馬は短い距離の間に、かなり疲弊し偵察に出ていた兵士達も顔面蒼白になっている。
偵察部隊の代表者が、自分達が見たことをできるだけ詳しく話し出す。
「アクアエの西の森林地帯に、進行速度は緩やかなれど1000を超える魔物が集結し、真っ直ぐこちらに向かってきています!魔物軍勢と言っても過言ではない集団は、多種多様な種類によって構成されており、小型・中型・大型に、最も注意すべき飛行型なども多数見受けられました!!」
偵察部隊の代表者の報告に、戦姫は絶句する。
それはアレク達も例外ではなく、全員が信じられないという顔で兵士の報告に聞き入っていた。
本来、魔物の大群といっても50体を越えれば村などを簡単に滅ぼしてしまう脅威になる。
アレクが冒険者ギルドで調べた限りでも、ここ100年は最大でも大繁殖した100体ほどの巨蟻の大群が、冒険者ギルドの複数のパーティーによって、討伐された記録を見たくらいである。
それが1,000体以上の多種多様な魔物によって構成せれた軍勢と聞き、全員が自分の耳を疑った。
聞き間違いであってくれたら、どれ程良かったかとアレクも、拳を強く握り締める。
「それは……確かなのですね?」
「……はい、残念ながら」
「1,000を超える魔物の大群となると……100年前の魔物大発生に匹敵する数です。つまり、国家が崩壊する可能性があるということ……この規模の戦いとなると」
真正面から戦えば、甚大な被害を受けることは免れない。
かといって籠城を選択したとしても、多数の飛行型と大型の魔物が確認されていることから、外壁に水の薄布があるとはいえ、現状ではアクアエを守り切ることも難しい。
絶望的な空気が戦姫やアレク達、そして軍幹部の間に流れ、皆が深刻な表情を浮かべる。
戦姫はアクアエの命運が自分の双肩に、掛かっていることを理解すると、胃が重く痛くなるのを感じる。
選択を迫られた戦姫は、頭の中で何通りもの作戦を考えるが……どれを選択しても兵士達に甚大な被害が出てしまう。
しかし、軍の責任者として覚悟を決めた戦姫は、皆にある作戦を説明する。
「アクアエにとって脅威になる飛行型の魔物と、正門を破る可能性がある大型の魔物を集中して攻撃し、攻撃目標を討伐できたら速やかに撤退し籠城するというのは、どうでしょう?残った魔物は、時間は掛かりますが……外壁の上から弓矢や魔法などで処理していけば、被害を最小に抑えることができるのではないでしょうか?」
戦姫の現実的かつ実用性の高い作戦に、集まっていた軍幹部とアレク達が頷く。
空気を変えるためにアレクは、わざとらしく軽口を叩く。
「だったら、俺は飛行型の魔物を中心に討伐しよう。本職が狩人だってところも見せとかないとな」
「そういえば最近は弓を使ってなかったな。間違って俺を射抜いてくれるなよ?」
アレクの軽口にカイン達は笑っていたが……戦姫や軍幹部の者達は、信じられないものを見る表情で、アレクのことを見つめていた。
それから詳しい作戦を大急ぎで確認していると、見張りの兵士から報告が入る。
「魔物の大群が森林地帯を抜けて、平原に侵入してきました!もう間もなく接敵します!」
報告を受けた戦姫とアレク達は、全員が鋭い目つきになり、魔物の大群を討伐するべく決められた配置へと散っていった。
そして時間が迫る中で、戦姫は魔物の大群接近の新たな情報を若い兵士に託し、冒険者ギルドへと向かわせるのであった。
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アレクと戦姫達は、アクアエの西の森から侵攻していきている魔物の大群を迎え撃つべく、950人の戦力を3つに分けた。
まずは魔物の勢いをブロックし、同時に攻撃を仕掛ける前衛600人、盾を装備した兵士達が多く戦姫とカインが参加している。
ちなみに大型と中型の魔物は、戦姫とカインができるだけ相手をし、小型の魔物は兵士達に3人一組を作らせ、数的優位を常に意識して戦うようにという、アレクから提案を採用していた。
それは兵士達の数的優位を作ることで、不慣れである魔物との戦闘の恐怖を緩和する狙いと、少しでも兵士達の生存率を上げようという2つ狙いがあった。
続いて弓矢部隊を中心とした中衛、こちらにはアレク・ミカエラ・アマリアが参加していた。
中衛の役割は、最優先で飛行型の魔物の排除が挙げられ、次に前衛を抜け出してきた魔物の処理を担っている。
人数は弓矢部隊と、その護衛である100人構成され身軽な格好をした兵士が多く、機動力に優れた編成になっている。
最後に最後の守りをになる後衛250人、こちらには完全武装した重装兵が参加しており、前衛・中衛を抜けてきた魔物を確実に処理する役割を担っていた。
作戦の目標である飛行型の魔物と大型の魔物を処理した後には殿として撤退してきた前衛と中衛を守る役割でもある。
急造ではあったが……なんとか対魔物の陣形を組んだアレクと戦姫達は、魔物を迎え撃つべくモルレト平原で待ち構えていた。
雨雲もいつの間にか完全に晴れ、心地よい日差しが平原に降り注いでいる。
魔物が現れた森林地帯と首都アクアエの間に位置するモルレト平原からは、起伏があるため未だに、魔物の大群の姿を目視することができていなかった。
現実感のない国の危機に、兵士達は気の抜けた訓練を受けているような、錯覚を起こしそうになる。
そんな兵士達だったが……前兆を些細なことから感じ始める。
未だに平原には朝降った雨の影響で、所々に水溜りができていた。
何気なく水溜りを眺めていた兵士は、水溜りが不規則に波紋を作っていることに気がつく。
その他の兵士達も、緊張した面持ちで隊列を組んでいたが……隣で並んでいる同僚がカタカタと小刻み震えているこを気付き、声を掛けようとするが、それが周りの兵士にも同様に起こっていることだと理解すると言葉を失なう。
静まり返った平原で、何かの振動が徐々に自分達に近付いてくるのを、兵士達は身を以て感じる。
遠くの少しだけ丘になった場所に、黒いシミのようなものがポツンと現れる。
それは地平線に揺らめく、陽炎のように最初はボヤけたものだったが……だんだんと黒いシミが横に大きく広がっていく。
その光景に兵士達は、手に持った武器を力強く握り締める。
小さかった黒いシミは、やがて平原を飲み込む黒く大波となって、青々とした平原を覆い隠し、醜悪な姿を露わにする。
地面から伝わる振動は、魔物の気配を表し兵士達の鎧を揺らす。
最早、恐怖で体が震えているのか……魔物の侵攻によって鎧が震えているのか区別できない程の威圧感と迫力に、兵士達は喉をカラカラにしながら必死に抗っていた。
そんな兵士をあざ笑うように、魔物達は悠然と侵攻を続け、その凶暴な牙をカエルレウム共和国に突き立てようとしていた。




