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獣退治

 モルレト平原に出現した黒き獣……圧倒的な暴力で王族派の兵士達を蹂躙じゅつりん続けていたが、アレク達によって討伐されようとしていた。

 カインの“瞬槍”で両脚を潰し、ミカエラの【ファイヤ・ストーム】によって直径10mほどの炎の渦が、黒き獣を取り囲み、その身を焼き尽そうと燃え滾る。


 黒き獣を追い詰めた誰もが考えていた、その時……黒き獣の些細ささいな反撃の兆しを察知したアレクは、大盾を構えたアマリアを咄嗟とっさに皆の前に突き出し、黒き獣の反撃に備えさせる。

 炎の渦が揺らいだと思った瞬間……渦は消し飛び、大気を揺らし地面を削る特大の咆哮がアレク達を襲った。


「――――!!」


(うっ……なにこれ……耳がキャーーンって)


「――、――リア!」


(えっ?誰か何か喋ってる?」


 大盾を体で支えるように踏ん張っていたアマリアは、微かに聞こえる声に顔を上げる。

 アマリアの横にいたカインが必死に声を掛けてくれているが……耳鳴りが酷く上手く言葉を聞き取ることができない。


 よくよく状況を確認してみると、両サイドをカインとミカエラが支え、後ろからはアレクがアマリアの体を支えてくれていた。

 皆に感謝を伝えようと思うが……自分の声も聞こえないために、しっかり発音できているか自信がなく、途中で口を閉ざしてしまう。


 そんなことをしているうちに、慌てながらアレクが中級ポーションを取り出し、頭からポーションを振りかけてくる。

 すると、段々と皆の声が聞こえるようになり、アマリアは声を発する。


「あっ、聞こえるようになった!」

「おぉ!良かった!心配したぞアマリア!」

「本当に焦ったぜアマリア!良かった!」

「うぅ……、ダメかと思いました……」


 アマリアは、少しだけ耳の調子が悪いくらいにか考えていなかったが……実際のところ耳から血を流し、発音のメチャクチャな言葉を話し出した様子に、アレク達は本気で焦っていた。


 アレク達は、アマリアを中心に背中を合わせに体を支えたことで、両手で耳を塞ぐことができたが……黒き獣の特大咆哮を防ぐために、大盾を両手で握り締めなければならないアマリアは、無防備な状態で音の影響を受けてしまっていたのだ。


 アマリアの復帰を喜びながらも、アレクは黒き獣への注意も怠らない。

 特大咆哮を放ってから黒き獣は、動きを止めていた。

 しかし、決して死んだのではなく……何かを待っているような様子にも見える。

 そして、この隙を使かってアレク達は態勢の立て直しと次の作戦の伝達を行う。


「現在、敵は待機状態にあるが……いつまた動き出すか分からない。そして黒き獣には咆哮という中・遠距離の攻撃があることが分かった。それにより俺の矢やミカエラの魔法は無力化され、しまいには反撃を受ける恐れがある」


 アレクの話に仲間達は、黙って頷き話の続きに集中する。


「だからここからは、俺とカインが囮になりながら、黒き獣と距離を詰めて接近戦を仕掛ける。アマリアもいざという時の守りとして、俺達が囮になっている間に接近。ミカエラは俺達が接近戦を始めたら【アイス・ジャベリン】で援護できるようにしておいてくれ」

「「了解っ!!」」


 作戦会議を終えたアレクが動き出そうとすると……先程までグッタリしていた黒き獣の顔を動く。

 気のせいか、首周りが一回り大きく見えたが……作戦の変更はないと判断してアレク達は、アマリアの大盾から飛び出した。


 アレクとカインは15m離れた黒き獣との距離を、縮地を使いながら詰めていく。

 その動きに反応するように、黒き獣の顔がアレクの方を向くと大きく息を吸い込み、黒き獣の胸が呼吸によって大きく膨らむ。

 呼吸が止まった刹那、圧縮された空気の塊が黒き獣の口から勢いよく放たれる。


「ガアッ!!!」


 黒き獣の口から放たれた空気の塊は、咆哮というよりも風圧を伴った鳴き声に近いものだった。

 しかし、その一点集中の威力は侮れないものであることを、アレクとカインは直ぐに理解する。


 圧縮された空気弾の着弾地点は、まるで大砲で吹き飛ばされたようにドガァン!!と土を巻き上げる。

 着弾地点は直径1m程の穴を形成し、人が接触すれば容易く体がバラバラになることを想像させる。


 そして最も驚くべきことは、その速度であった。

 アレクでも目で追い切れない速度で発せられる空気弾が、黒き獣の息が続く限り連続で大地に大穴を作っていくのだ。

 連続して轟音が平原に響き渡り、アレクとカインは、さながら砲弾の雨あられの中を駆け抜ける兵士のようであった。


 そんな危険地帯を2人が未だ無傷で動けているのは、アレクとカインがそれぞれ空気弾を分析し対策を講じていたからだった。

 そもそも、いくら空気弾が早くとも、着弾点は黒き獣の頭の向きと口の角度から予想ができる。


 そして回避してるうちに、空気弾の射程が10m程に限定されていることも分かっていた。

 先程の咆哮は、中・長距離までの射程で……高威力であったが、タメが大きく連発できるようなものではなかった、

 今回の空気弾は、近・中距離までの射程で……連射速度が凄まじく威力もあるが、攻撃の軌道を予測されやすいという短所があった。


 それに加え、アレク達が2人で攻めているのに対して黒き獣の口は1つだけ……片方が狙われている時は、もう片方が安全に距離を詰めることができるということ。


 それを看板かんぱしたアレクとカインは、回避と接近を繰り返しながら黒き獣に接近していく。

 そして、最初に黒き獣の両脚を潰したことで、空気弾を放っている黒き獣には死角が作り出されていた。


 アレクとカインが囮になっているうちに、背後に回り込んだアマリアが、大盾とメイスを構えながらジリジリと距離を詰めいく。

 空気弾を連続で放っている黒き獣の直ぐに後ろに辿り着いたアマリアは、メイスを強く握り締めると貧弱な右腕に向かって、全体重を乗せてメイスを振りかぶる。


「はあぁぁぁ!!!」


 ベギィ!!という音と共に、黒き獣の右腕は棒切れのように簡単にへし折れしまう。

 全く警戒していないタイミングで、無防備な右腕を攻撃せれた黒き獣は、悲痛な叫びを上げながら唯一残った左腕を、力一杯アマリアに向かって振り回す。


 当然のように反撃を予測していたアマリアは、斜め上から振り下ろされる巨大な爪に恐ることもなく、どっしりと大盾を構えて黒き獣の一撃を待ち受ける。

 それは刹那の攻防……理不尽なまでの暴力的な力で、アマリアを殴りつけようとする黒き獣。


 それに対してアマリアは、大盾を少しだけ傾けると黒き獣の殴りつけの速度に合わせて、斜め後ろに大盾を引き寄せる。

 脚は前後に構えてひざに余裕を作り、攻撃が大盾に接触する瞬間に、体を支える軸足と衝撃を地面に逃す足を巧みに連動させて、見事に爪の衝撃を殺してみせる。


 全力で殴りつけたはずのアマリアが、1m程しか後ろに下がらず、未だに大盾を構え続けられていることに、黒き獣は理解できないというような様子を見せる。

 その一瞬の虚をアレクとカインは、見逃さなかった。


 黒き獣がアマリアに気を取られてい間に、十分距離を詰めたアレクとカインは、全力の一撃を黒き獣に向かって放とうとしていた。

 アレクは疾風剣に魔力を全開で注ぎ込むと、鋭く研ぎ澄まされた風の剣撃を、黒き獣の左肩口に向かって十字に斬り放つ。


 カインもガラ空きになった黒き獣の背中に向かって、突進力と槍の攻撃速度を上乗せした“瞬槍”を力一杯、突き刺す。


「ギアアアアァァァ!!!!」


 全身に深刻なダメージを受けた黒き獣は、白目を剥き倒れるかと思われた……しかし、飛びそうになる意識をギリギリで引き戻した黒き獣は、ギロリと目の前にいたアマリアを睨みつける。

 黒き獣の表情が見える位置にいたアレクは、本能的に危険を感じて、視線の先にいるアマリアに向かって叫ぶ。


「離れろぉ!!アマリア!!!」


 アレクの声に反応して黒き獣から距離を取ろうとするアマリアだったが……黒き獣が息を大きく吸い込み、空気弾を放つ予備動作を見せると、回避が間に合わないと判断したアマリアは大盾を構える。


 しかし、アレクはアマリアの判断が間違いであることに、直ぐに気付く。

 何故なら空気弾を放とうする黒き獣の口から、先程は見られなかった煙のようなものが立ち昇っていたからだ。

 嫌な予感を覚えたアレクは、再度アマリアに離れるよう指示を出そうとするが……黒き獣の攻撃速度からして、指示が間に合わないことを察する。


(ダメだっ!間に合わない!!それなら……!)


 アレクは疾風剣に再度魔力を注ぎ込み、剣に満ちた風の剣撃を、アマリアに向かって斬り飛ばす。

 本来なら攻撃によって態勢を崩すことがアマリアだったが……アレクの風の剣撃が、予想外のタイミングと角度で大盾に接触したことで、衝撃を緩和できずに大きく後ろに吹き飛ばされる。


 正にアマリアがアレクによって吹き飛ばされたタイミングで、黒き獣の口から空気弾ではない……白く目視できる何かが放たれる。

 白い塊は、空気弾のように速度を出して、先程までアマリアが大盾を構えていた場所へと飛んでいく。


 地面に接触し大地を削るような衝撃に身構えるアレクとカインであったが……空気弾のように破裂することはなく、パキィンという高音が辺りに響き渡る。

 アレクとカインの目に飛び込んできた光景は、白く凍りついた草花だった。


 白い塊が着弾した半径2m程は、紛れもなく凍りついており、範囲に入っていた兵士の死体はパキィ!パキィ!と音を立て粉々に崩れ去る。

 吹き飛ばされたアマリアも、凍りついた光景を目にして……もし、大盾で攻撃を受けていたらと想像し青い顔を見せる。

 しかし、次の瞬間には自分よりも危険に晒されている者を、目の当たりしたアマリアは大声で叫ぶ。


「アレクっ!!逃げてぇぇぇ!!!」


 それはアマリアを助けることができたという刹那の油断……それと新たな黒き獣の攻撃に対しての、対抗策を考えていたことによるタイムラグが、アレクの意識を黒き獣から外してしまう。


 アマリアの視線の先には、先程と同じ冷凍弾を1番近くにいたアレクに、放とうとしている黒き獣の姿があった。

 首を捻り至近距離からアレクに、攻撃を浴びせようとしている黒き獣は、冷凍弾を放つ寸前である。

 アマリアは一刻一刻と命の刻限が迫るアレクを救う方法がないかと、駆け出しながら必死に考える。


(何かっ!何かないの!!)


 異様にゆっくり流れる時間の中でアマリアは、届くはずのないアレクに向かって、叫びながら手を伸ばす。


「アレクゥゥ!!!」


 そんなアマリアに向かってアレクは、笑顔を見せると何かを呟く。

 その声はアマリアの耳に届く大きさではなかったが……口の動きから何を言っているのは読み取ることができた。

 その言葉とは……“だ・い・じょ・う・ぶ”というものだった。

 その直後、黒き獣の口からアレクに向かって冷凍弾が放たれる。


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