白き獣
突破するかの判断について2人が話していると、ほぼ同時に何か嫌な気配を感じて視線を、原因と思われる人物に向ける。
そこには、まるで獣のように咆哮と悲鳴を混ぜ合わせたような、絶叫を上げる王妃の姿があった。
「ギヤアアァァァァァァァ!!!!?」
人の声帯から発生したとは思えない絶叫に、周りにいた兵士達は両手で必死に耳を塞ぐ。
少し離れた場所に隠れていたエレナ達でさえ、立ち眩みを起こしそうになる程の声量に……中庭は騒然とした空気に包まれる。
その中心ではバギィバギィと骨が折れるような音と、グチャグチャと何か得体の知れないものが生まれるような不快な音が混じり合い……真っ白な蒸気を吹き上げていた。
そんな様子を見ながらエレナは、冷静に行動を開始しようとしていた。
驚くキア・ルプル・セツナを他所に、騒ぎを利用して中庭を抜けるルートを考える。
「キアさん!ルプルさん!この騒ぎに便乗して中庭を突破します!準備を!!」
「えっ!あっ、了解ですわ!」
「は、はい!了解です」
直ぐに頭を切り替えたキアとルプルが、エレナの合図を待ち、突破するタイミングを計っていると、ルプルに抱っこされたセツナが突然声を掛けてくる。
「待って下さい!お母様を、あのままにしておく訳にはいきません!どうか……お力をお借りできないでしょうか?」
セツナの申し出に、エレナは渋い表情を見せ
ると理由を問いただす。
「我々の任務は、セツナ様の王城からの救出です。ここは騒ぎに便乗して、逃げるのが得策でしょう……それとも、あれと戦うことに我々の命を賭けるだけの理由があるのでしょうか?」
エレナの言い分は、命を賭けて行動している者として当然のことだった。
エレナ達は、アレクのように戦闘に特化してるわけではない……人や小・中型までの魔物なら討伐することもできるだろうが、それ以外には負けてしまう可能性も考えられる。
避けられる危険は、しっかりと避けなければ命がいくつあっても足りない。
そして今回の最優先はセツナの救出である……ここでの戦闘はセツナを危険に巻き込むことになり、任務にとってはリスクでしかない。
それでも、エレナ達に戦えと……命を賭けろと言える理由があるかと、エレナはセツナに問いただしていた。
何か言いかけようするセツナだったが……中庭の異変に目を奪われる。
その蒸気の中に薄っすらと映っていた人影が、風船のように急激に膨れ上がっていく。
段々と巨大になっていく影は、5m程の高さに達している。
やがて、中庭に風が通り抜けると影を覆っていた蒸気が晴れていく。
その中から現れたのは、真っ白な毛並みをした人の面影を残した巨大な獣だった……長い腕に鋭く尖った爪、人を簡単に喰い千切れそうな牙、禍々しく伸びたシカのような角。
狂暴性が皮を被ったような風貌にセツナは、何か確信を得た表情を見せる。
「やはり……あれは、影を持つ者?だとしたら、持たざる者とは?」
セツナの独り言にエレナとキアが反応し、気になる単語について聞き返す。
「今、持たざる者と言いましたわね?それはどこで聞きましたの?」
「えっ?」
自分の独り言に質問されるとは思っていなかったセツナは、慌てながらも手短にキアの質問に答える。
「持たざる者は、私の“預言”の一文に変革をもたらす者として出てくる方です。そして、恐らく……あの白き獣は影を持つ者。持たざる者とは対を成す存在だと思われます」
セツナの説明に、エレナとキアは顔を見合わせながら小声で相談する。
「どうやら、嘘を吐いているわけではないようですわね?それで……この先はどうしますのエレナ?」
「普通なら“預言”なんて、くだらないと一蹴することですが……アレクさんと同じ精霊の関係者であり、国を動かす程の確かな力を持つ彼女の言葉に、耳を傾けないわけにはいきませんね。それに――」
「“持たざる者”と対を成す存在か……」
「えぇ……偶然にしては、出来過ぎです。もしかしたら、ここで芽を摘んだ方がいいのかもしれません」
エレナの言葉にキアは黙って頷き、ルプルに声を掛ける。
「ルプルさん!あの白き獣と一戦交えますわよ!」
セツナを抱えたままだったルプルは、セツナの扱いについてキアに聞き返す。
「えぇぇ!!じゃあセツナ様は、どうするんです!?」
「セツナ様には、ここで待機しててもらいますわ!私達と一緒にいるよりは安全でしょう」
慌ただしく動き始めたエレナ達に、セツナは声を掛ける。
「私が言うべきことではありませんが……どうか皆さん、お気を付けて!そして兵士達を助けて上げて下さい!」
「仕方ないので兵士達を助けに入ります!これは追加料金を頂きますからね!」
文句を言いながらもエレナは、白き獣に向かって駆け出していく。
その後を追ってルプルも駆け出し、残されたキアは魔法袋から弓と矢を取り出して2人の援護を開始する。
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兵士達を助け出したエレナ達は、白き獣の動きを観察しながら攻略の手掛かりを探していた。
囮として素早さに自信のあるルプルが、巨大な白き獣を相手に紙一重の回避を見せる。
常人であれば簡単に引き裂かれてしまう大振りな爪での攻撃も、ルプルにしてみれば子供の振る剣の如く感じられる。
それは行動にも現れ、重い一撃を回避すると……白き獣が腕を引っ込めるまでに拳撃を入れる程であった。
白き獣は凶悪な爪と牙を持っていだが、力任せに振り回すばかりで完全に能力を活かしきていなかった。
まるで自分の体の動かし方を分かっていない様子に、エレナは頭をフル回転して相手を分析する。
(あの動き……まだ自由に体を操ることが、できないということでしょうか?なら、できるだけ今のうちにダメージを与えた方が、いいかもしれませんね……)
思考を終えたエレナは、キアとルプルに指示を出す。
「キアさん!ルプルさん!恐らく相手は、まだ自分の体を自由に操ることができません!ですから、今のうちにできるだけ手傷を負わせて、後の戦いを優位に進めます!」
「了解ですわ!」
「待ってました!ガンガン攻めちゃいますよ〜!!」
エレナの声に答えた2人は、様子を終えて完全な攻撃態勢へと移行する。
最初に仕掛けたのはキアであった……ルプルの囮の邪魔をしないように、弓による攻撃を控えていた分を取り返すように、雨あられの攻撃を放っていく。
「まずは、私からですわ!」
魔法袋から矢を次々に取り出し、【風の道】によって白き獣の急所へと矢が滑るように飛んでいく。
突かれると神経が断ち切られ、腕が動かなくなる上腕骨隙間。
動きの中心となっており、動きを鈍らせることができる肩口。
神経が集中しておりダメージが大きく、出血さると血が止まらずに失血死を起こしやすい部位になる脇の下。
大きなダメージを受けると立ち歩きが困難になる膝。
と次から次へと、各急所に矢が2,3本ずつ突き刺さっていく。
白かった獣の体が、流れ出した血液によって赤く染まり痛々しいものになっていた。
「ギアァァァァ!!!グウィィィイ!!」
飛んで来る矢を爪で、打ち落とそうする白き獣だったが……矢は生きているように獣の爪をスルリと躱して、体へと突き刺さっていく。
矢を放つキアを排除しようと、矢が突き刺さった体を引きずりながら獣は突進してくる。
しかし、その突進はキアに届くことなく空振りに終わり、白き獣は勢い良く王城の壁に激突する。
壁の一部が崩れ埃が一帯に広がっていく……壁を破壊した白き獣は、キアを捉えようと辺りを見渡すが、キアの姿は中庭のどこにもない。
そんな獣を嘲笑うように、頭上から矢が降り注ぎ、首の後ろを狙い撃ちする。
「ギャアアァァ!??」
反射的に矢の軌道を理解した白き獣は、空を見上げる。
そこには、太陽を背に空中を飛び跳ねるキアの姿があった……一方的に攻撃され憤怒に満ちた表情を獣は見せる。
そんな無防備に空を見上げる白き獣の足元には、いつも間にかルプルが拳を構えていた。
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ルプルは半獣とはいえ、人族よりも強い力を有している。
そして逆に獣人族にはない特徴も有していた……それは精密さである。
元来、本能のままに戦う獣人族は野性的な戦い方を好むため、型にハマった戦い方をしない。
そもそも、人族よりも何倍も優れた腕力や脚力を有しているが故に、綺麗な戦い方を学ぶ必要がないのだ。
しかし、その獣人族の中で育ったルプルは、半獣であり力も弱い自分が周りから認めてもらうには、どうすればいいか考え続けていた。
そして、その答えを戦姫より得ることになったのだ。
ルプルが強さを嗅ぎ分けることが可能だと知った戦姫は、気になったことをルプルに尋ねた。
“その匂いで、相手の弱点や弱っている場所を嗅ぎ分けることはできないのか?”と。
そんなことを考えたこともなかったルプルは、その日から意識して匂いを嗅ぎ分ける訓練を人知れず行っていた。
偵察に出た街中では、常に周りにいる者の弱っている箇所がないか匂いを嗅ぎ。
クーデター派の拠点にいる時も、弱点を嗅ぎ分ける訓練を怠らなかった。
その結果、漸く弱っている匂いを嗅ぎ分けることができたのである。
その結果ルプルに新たな戦い方が生まれることになる。
獣人族よりも非力な半獣が、強さで勝つための方法……それは弱点を嗅ぎ分け、徹底的にその部分に拳撃を打ち込むことだった。
白き獣からは、キアの矢による急所を狙った連続攻撃を受け、所々に弱った匂いが香っていた。
全ての場所を正確に把握したルプルは、体重の乗った重い拳撃を、弱点に向け精密に容赦なく放っていく。
出血により力が入らなくなった膝、巨大な体を支えることで大きな負荷が掛かっている腿、そして全ての二足歩行する者の弱点であるアキレス腱。
容赦なく下半身を拳撃により殴られた白き獣は、蓄積したダメージから立っていることも困難になり、地面に膝をつき倒れ込みそうになる。
しかし、その倒れ込もうする先には、真っ黒な大鎌を構えたエレナが待ち構えていた。
白き獣とエレナの視線が重なり、2人の間に冷たい空気が流れる。
そして白き獣の頭が、エレナの間合いに入った瞬間……命を刈り取る大鎌をエレナは鋭く振りかぶった。




