前兆
アレクの剣を振り上げられた姿が戦姫の瞳に映り、戦姫の清々しい笑顔を見せる姿がアレクの瞳に映っている。
それは一瞬であったが……確かに2人は、お互いの気持ちが通じ合っている気がした。
全力を出し切って戦った……けれど、勝者と敗者が決まらないと決着はつかない。
そう、物語には終わりが必要なのである。
何かが違えば結末も違ったかもしれない……けれど、何も後悔がないと言えば嘘になる。
戦姫は自らの命が絶たれようとしてる時……妹を……セツナのことを考えていた。
(最後にセツナに会いたかったですね……けど、きっとアレク殿達ならセツナを無事に助け出してくれるはず……それが分かっただけでも良かった)
目前まで迫る刃を見つめながら、最後の時を待っていた戦姫だったが……その刃は戦姫に触れることなくピタリと止まる。
「えっ?」
先程まで本気で命のやりとりをしていたアレクが、中途半端に戦いを止めたことが理解できずに、呆然としながらアレクの表情を窺う戦姫。
しかし、その戦姫の気持ちは直ぐに掻き消えることになる。
アレクは戦姫のことを見ずに、無防備に後ろを振り返っていた。
戦姫は何を見ているのかと疑問に思い、アレクの視線の先を追う。
そこには王族派の兵士達が同じように、後ろを振り返り一点を見つめている。
そして200人が視線を向ける先には、国王が座す本陣があった。
その国王がいるはずの本陣に、黒く大きな獣のような影が佇む。
そして、その影の爪と思われるものからポタポタと赤い雫が滴り、本陣を赤く染め上げていく。
その傍らには宰相ブラスマが、腹を貫かれ倒れ込んでいた。
戦姫は、その光景に戦慄する……それはブラスマが刺されていたことよりも、恐ろしいことに気付いてしまったからだ。
その大きな獣の姿には見覚えがあった……正確には、面影を残した姿に懐かしさすら感じていた。
ボロ布のように引き裂かれた衣服と、ゴミのように無残に転がった王冠が、自分の考えを肯定しているようで痛みが胸を締め付ける。
絞り出すように戦姫は、その獣に言葉を向ける。
「お父様……!!」
その言葉が聞こえていたのか……それとも偶然だったのか……それは誰にも分からない。
しかし、戦姫の呼び掛けに応えるように醜悪な獣は、地を揺るがす咆哮を天へと放つのであった。
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話は、戦姫とアレクの一騎打ちが、モルレト平原で始める前に時は遡る。
普段アレクが使っている客室から、漆黒のフード付きマントと怪しい目元だけを隠した仮面をした3人組が現れる。
1人は栗色の髪を後ろに纏めたエレナ、1人は美しい金色の髪を揺らしながら歩くキア、最後の1人は茶髪にフードを深く被ったルプルである。
普段なら警備の兵士達が巡回しているはずの王城は、モルレト平原へと動員されているために最低限の人数に抑えられていた。
そんな人気のない王城の廊下を、堂々と歩いてエレナ達は移動を開始する。
何度か兵士達の前を通り過ぎたが……引き止められることもなく、あっさりと見逃されてしまう。
「いくらなんでも警備がザル過ぎませんか?」
呆れながらルプルが、エレナとキアに警備の質の低さについて問いかける。
「まぁ、この格好なら認識阻害の魔法が掛かっていることもありますし、今までは傭兵団《黒狼》は皆、この格好でしたから兵士達も見慣れてしまってるんでしょ?」
「アレク達の存在が王城の兵士達に認められているからと考えれば、一概に警備だけが悪いとは言えませんわね」
「そういうことなんでしょうか……それ以外も色々と緩いと思うのですが……」
2人に諭されながらも、ルプルは納得できずに頭を傾げていた。
そんなことを話しているうちに、3人は地下へと続く階段へと到着する。
階段を降りながら、エレナは最後の作戦の確認を小声で2人に話す。
「この先は宝物庫があり、そのには見張りの兵士が2人います……我々の目標は、その通路の先にある物置部屋ですが、そこに辿り着くためには兵士達を無力化しないといけません」
いくらアレクと同じ格好をしていても、部外者が王城の宝物庫に近付けば怪しまれてしまうだろう。
しかし、見張りの兵士達を無力化したとしとも、交代の兵士が来てしまえば騒ぎは大きなり、セツナ救出という任務を果たせなくなってしまう。
そこからアレクが計画した作戦は、見張りの兵士達を交代直後に無力化し、次の交代が来る前にセツナを救出……その後は、手早くエレナの触手とキアの【風の束縛】を使って壁を越えて王城外に脱出する、というものだった。
エレナとキアでなら、1人ずつ抱えて壁を越えられることは実証済みだったので、残る問題は物置部屋の紋章付きの錠前であった。
とりあえず兵士達を無力化するために、階段を降り切ったところで3人は気配を殺し、目でタイミングを計ると、勢い良く通路に向かって飛び出していく。
3人が真っ直ぐ目指すのは、宝物庫の見張りをしている兵士達である。
まだ気付かれていないことを確認しながら、キアは太腿に装備した麻痺毒が塗布された暗器を、指の間に挟むと兵士達に向かって投擲する。
「っふ!!」
8mほどの距離を暗器は、【風の道】によって制御され、吸い込まれるように兵士達の首へと飛んでいく。
流石に5mまでエレナ達が近付いた時には、兵士達も驚きながも臨戦態勢に移行する。
「なっ!貴様ら止まれっ!!それ以上―――痛っ!!」
お決まりの警告文を、エレナ達に発しようとした兵士達だったが……最後まで言葉を言い終わることなく、キアが投擲した暗記が首筋を掠めていく。
一瞬、兵士達が怯んだ隙にエレナとルプルが、それぞれ動きを封じに兵士達に突っ込む。
エレナは触手を素早く伸ばし、兵士の口・腕・足に巻きつかせる。
一瞬のうちに動きを封じられた兵士は、大声を出すこともできずに、ゴロンと冷たい廊下に倒れ込む。
一方ルプルは、獣の如く駆け出すと……姿勢を低くして兵士の足元に潜り込む。
そのまま腰を落とした低い姿勢から素早く、兵士の足を足払いで浮かせると、床に勢い良く打ちつけられた兵士の鳩尾に、体重の乗ったエルボーを炸裂させる。
「っぐほぉ!」
苦しそうな声を上げた兵士は、衝撃で気を失い動かなくなってしまう。
それを見ていたキアは、兵士が可哀想になりルプルに注意を促す。
「ルプルさん……そこまでしなくとも、麻痺毒を塗布した暗器を使ってますから、押さえ込むくらいで大丈夫ですわよ?」
「えっ?あっ!すみません!つい獣人族と戦ってる気になってしまって……やり過ぎでしたよね?」
ルプルは怒られることを恐れる子供のようなウルウルした瞳を、キアに向けてくる。
「まぁ、敵の意識を確実に刈り取ることは、今回の任務には必要なことですから……ですが今後は気を付けて下さるよう、お願いしますわ」
「はっ!了解しました!」
2人が話し込んでいると、麻痺毒が効いてきたのか……エレナが拘束していた兵士も大人しくなり、3人は急いで宝物庫の先にある物置部屋へと向かう。
そして目的の物置部屋の前まで辿り着いた3人だったが……何の変哲もない簡単に破壊できそうな木製の扉にルプルが、疑問を持つ。
「この扉に本当に結果?が張られているんです?なんだか、私でも壊せそうですけど……」
「試したいなら、思い切り殴ってみるといいですわよ?けれど、それなりの衝撃が跳ね返ってくるので気を付けて下さいね?」
結界について詳しいキアが、チャレンジ精神旺盛なルプルに挑戦を勧めると……ノリの良いルプルが、肩を回して体を温め始める。
「では、言葉に甘えて挑戦させて頂きます!これでも半獣……普通の人族よりは力はあるってところをご覧に入れますよ!」
「はぁ……今回の任務は急ぎなんですから、挑戦するなら早く済まして下さい」
少しだけ迷惑そうなエレナが、早くお遊びを終わらせるように声を掛けてくるが……ルプルは本気モードになり、扉から少しだけ距離を取る。
先程も見せた腰を低く落とす構えから、弾かれたように駆け出したルプルは、体重の乗った渾身の右ストレートを扉に放つ。
しかし、木製の扉を簡単に破壊するほどの、威力を秘めた拳が扉に接触した瞬間……まるで電気が体に走ったような感覚が、ルプルを襲う。
「っぎゃあ!」
反射のダメージを受けたルプルは、三角の耳もお尻から伸びた尻尾も勢い良く逆立ち、固まってしまう。
そんなルプルの様子をキアは、笑いを堪えながら見つめていた。
「だ、ダメでした!!結界って、本当に凄いんですね!」
体に痺れが残っているのか……産まれたての子鹿のような、ぎこちない動きでルプルが扉から離れる。
「もう気が済みましたか?それでは、ここからが本番です……皆さん、何が起こるか分かりませんから気を付けて下さいね?」
「えぇ、分かってますわ」
「りょ、了解です」
2人に声を掛けたエレナは、懐から紋章の刻まれたカギを取り出す。
それは紛れもなく、宰相ブラスマが片時も離さずに持っていたカギであった。
実は、この日のためにアレクは偽のカギを用意していた。
カギの材質と形状は、風の眷属によって見ることができていたので……それに出来るだけ寄せたカギを作り、本物と入れ替える隙を窺っていたのだ。
カギの入れ替えは、一騎打ちの前日の夜に決行された。
アレクの用意した偽のカギは、あくまで材質や形状を模しただけで……重さや質感までは再現できるわけではなく、しっかりと観察されれば直ぐにバレてしまう。
そのためにも、カギのことから注意を逸らすことができるタイミングに入れ替えることにしたのだ。
カギの入れ替えのために、アレクは風の眷属を使って夜にブラスマの寝室を監視していた。
ブラスマは寝る時に必ず、普段は身に付けている紋章の刻まれたカギを、ベッドのサイドテーブルに置いて寝ている。
そのタイミングを狙うために、働いてくれたのがエレナだった。
深夜の王城の屋根から姿を見せたエレナは、前回ルプルに協力した時と同じようにベランダから侵入し、触手によって錠前を開錠する。
そしてベッドの側に近付くことなく、触手を伸ばしてアレクから預かった偽のカギと本物のカギを入れ替えたのだ。
そうした努力によって今日のセツナ救出任務は、支えられ実行に移されていた。
エレナの手に握られた本物のカギが、ゆっくりと扉の鍵穴へと差し込まれていく。
そして淡い光を放ちながら、扉の封印は解除されるのであった。




