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騎士と冒険者

 時間の経過により、決戦の場であるモルレト平原を覆っていた厚く暗い雨雲も途切れ途切れになり、対峙している王族派とクーデター派の間に空から光が差し込む。

 しかし、両派閥の兵士達の視線は中間地点に固定され、視線を離す者は誰1人いない。


 氷と風……命を賭けた戦いを見ているはずなのに、兵士達は不思議な感覚に心を奪われていた。

 戦姫の放つ氷の針をクロが風の剣によって、切り裂いていく。

 粉々に砕け散った氷は、天から降り注ぐ光に照らされ、ダイヤモンドダストのようにキラキラと美しい輝きを放つ。

 天も地も、命を燃やし戦う2人のために用意された舞台のようにすら思える。


 2人の間では激しい攻防が繰り広げられていたが……クロの剣から生み出された突風は、兵士達の元に届くまでには、心地良い冷気と調和した、そよ風になりほほを撫でる。


 2人の苛烈な戦闘とは裏腹に、まるで吟遊詩人に謳われる物語のような美しい光景に、誰もが引き込まれていた。


「すごい……」


 数多ある言葉の中でも、2人の戦いを表現するに値する言葉が見つからず、兵士の口から絞り出すように溢れた言葉は、戦いを見守っている者が皆が感じていることだった。


「あれが……本当に人の戦いなのか?」


 自分達の知る剣と剣の戦いでもなく、魔法士が使う単純な魔法戦でもない、剣と魔法が融合した完成形ともいえる、本当の戦いを目の当たりにして兵士達の胸は熱くなる。

 それはまるで、100年前から語り継がれる英雄達の戦いを彷彿ほうふつとさせ、自分達が物語の中に迷い込んだのでないかと錯覚してしまう。


「あの2人は……なんて楽しそうに戦うんだ」

「あぁ、戦姫様があんなに楽しそうに笑ってるのは初めてみたぜ」


 クーデター派の兵士達は、誰もが戦姫の笑顔に驚きを隠せなかった。

 氷のように冷たい感情しかない戦姫、逆らう者に一切の容赦がない冷血な王女……噂を鵜呑みしたわけではなかったが、実際に顔を合わせた者なら皆、1度は戦姫の目に見つめられると、瞳の奥にある冷たさに恐怖を感じた経験があった。


 しかし、目の前の戦姫は少女のように純粋な笑顔で戦っている……心から戦いを楽しんでいる戦姫の姿に兵士達は、気付いた時には声援を送っていた。

 それは自然と互いの派閥で波のように広がっていき……平原には声を枯らして戦姫とクロを応援する兵士達で埋め尽くされる。


「いけえぇぇぇ戦姫様!!負けるなぁ!」

「躱せぇぇ!クロぉぉ!!そこだぁぁぁ!」

「ああっ!危ないっ!!」


 そんな必死に応援する兵士達から距離を置いたところで《漆黒の魔弓》のメンバー、カイン・アマリア・ミカエラは異様な盛り上がりを見せる一騎打ちを見守っていた。


「なんか、凄いことになってきたわね?一騎打ちってこういうものなのカイン?」

「いや、今回は稀な一騎打ちだと思うぜ?本来なら淡々としながも、緊張感のある中で一騎打ちは行われるものだからな」


 武装は一切せずに佇んでいたアマリアが、率直な感想と質問をカインにぶつける。

 冷静にアマリアの質問に答えているように見えたカインだったが……胸の前でしている腕組みに無意識に力が入っていた。


「けど……あの2人の戦いを見てたら、熱くなる気持ちは武芸に心得がある者なら、誰にでも分かると思うぜ?」

「そういうものなのね……けど、幻想的な戦いで美しいとは私も思うかな?」


 カインから見ても2人の戦いは、この世界でも高位のものに当たるのではないかと思えるものだった。

 剣術・体術・スキル・魔法と様々な要素が見事に組み上げられ、相手の全力に真正面から立ち向かっていく……歴史に残る戦いと言われても遜色そんしょくないものだとカインは感じていた。


 そんなことを考えていたカインに、珍しくミカエラが戦闘について質問してくる。


「あ、あの〜カインさん……ぼ、僕の勘違いかもしれないんですけど……アレクさんの様子が、いつもと違いませんか?」

「えっ?どういうことミカ?何が違うのよ?具体的に教えてよ」


 ミカエラの質問に食いついたアマリアが、会話に混ざってくるが……カインも薄々感じていたことだったので、アマリアに構わずにミカエラの質問に答える。


「やっぱり、ミカも感じたか?」

「は、はい!いつもより冷静さがないというか……傷を負うことを気にしていないというか」

「その考えは、多分……間違いじゃないと思うぜ?まぁ、俺も完全に理解できてるわけじゃないから、あくまで推測だけどな」


 それからカインは、アレクについての自分なりの分析と推測を、ミカエラとアマリアに話し始める。


「初めにアレクに、いつもの冷静さがない点について……これは最初の攻防の慌て具合から間違いない。いつものアレクなら、戦う前から計画された一騎打ちであっても、相手の情報を集めたり何かしらの対策を用意してるところだな」


 その分析にミカエラとアマリアは、無言で頷き同意する。

 アレクは、興味があることに関しては集中して取り組み過ぎることがあるが……それ以外は用意周到で計算高い性格をしている。

 それが今回は、ほとんど対策を用意しておらず、一騎打ちの開幕直後には無策に戦姫に突っ込もうとしていた。


「それに、そもそも今回の一騎打ちに関しては、かなり戦姫の方が有利なんだよ」

「そ、それは……戦姫様の方がアレクさんよりも強いってことですか?」

「ある意味では戦姫の方が、アレクよりも強いってことだよ」

「?」


 戦姫とアレク……厳密に言うと2人のタイプは真逆のものである。

 戦姫は騎士として育てられ対人戦を主軸とした戦闘スタイルの延長で、魔物退治などの技術を修めた。

 逆にアレクは冒険者として訓練を積み魔物退治を主軸とした戦闘スタイルの延長で、対人戦の技術を修めた。


 そして今回は、一騎打ちという対人戦の極みと言える勝負に、2人は臨んでいる。

 これはスタート地点から戦姫の方が有利という風に捉えることもできる。


「それにさっきまでの戦いで、天候や地形も戦姫に有利に働いていることが分かるんだが……ミカは、それに気付いたんじゃないか?」


 カインの問いかけに、ミカエラはあごに手を当て戦闘の一部始終を思い出す。


「戦姫様の得意なのは水魔法……当日の朝まで降っていた雨……水分を含んだ地面」

「そう……当日の朝まで降った雨で、草原の地面には大量の水分が含まれている。それが戦姫にとって有利に働いていることは、戦いからも明らかだろう?」


 戦姫の氷の針や【アイス・レイン】に、距離を取るのに使っていた氷の柱など、戦姫は驚くほど魔法を連発していた。

 しかし、それだけ魔法を連発していても魔力が尽きるどころか、未だに魔法を連発し続けている。


 その秘密は、地面に染み込んでいる大量の水分を利用して、技を発動していることにあった。

 通常は水の発生・氷の生成・射出など工程ごとに魔力は消費される。

 それを戦姫は、水分を地面や水溜りから補い、氷の針を小さく鋭いものに仕上げ、レイピアの速度をエネルギーを利用することで魔力を節約していたのだ。


 もちろん、自らの技術によるところが大きことは事実だが……氷の柱が大きく素早く生成できたことは紛れもない天候と地形の恩恵だった。


「なるほど……それがある意味、戦姫がアレクさんよりも強いという根拠ですか」

「あぁ、そして俺でも分かることをアレクがおろそかにしていた理由も、これに関係してくる」

「そ、その理由とは?」

「それは……アレクは守る者がないことに、安心していたんだと思うぜ?」


 そのカインの言葉を聞いて、ミカエラとアマリアは小さく方を震わせる。

 それは2人がアレクにとって仲間ではなく、守るべき対象と考えられているからか?と想像したからであったが……2人の雰囲気から、考えてることを察したカインが、補足を入れてくる。


「多分、2人が考えてるような感じじゃなくて……冒険者チームのリーダーの責任とでも、言った方が分かりやすいかな?」

「リーダーとしての責任……」

「アレクは、冒険者になってから常に誰かを守る戦いを続けてきたと思うんだ……仲間の安全を考えたり、事件に巻き込まれた人を助けたり。決して、それが悪いということじゃないんだが……それがなくなった時に、安心して気が緩んだんじゃないかと俺は思うんだ」


 これはアレク自身さえも気付いていないことだったが……長年、アレクを近くで見続けていたカインだからこそ、気付けたことだった。

 一騎打ちという、誰かを守る必要のない戦いにアレクは、心の何処かで安堵あんどしていたのだ。

 その結果が最初の攻防の慌て方や、戦姫に対しての対策の甘さだった……そして、それをミカエラが言ったように普段よりも負傷が多いことが証明していた。


「で、では!アレクさんが、このままではマズイのでは!?」


 慌て出すミカエラに、カインはミカエラの肩に手を置き、落ち着くように促す。


「心配いらないよ。アレクのあの顔を見れば分かるさ……あれは戦う事のみに集中している者の顔だからな」

「……顔ですか?」


 カインの視線の先を追い、アレクの顔を見つめるミカエラ……その瞳には不敵に笑う男の姿があった。

 その姿に安心するミカエラであったが……視界の端に、足元からブルブル!と震え上がるカインの姿を捉えて、視線をカインに戻す。


「大丈夫ですか?カインさん……」


 ミカエラが心配そうに見つめるカインは、両腕で肩を抱くように震えを抑えていた。


「あぁ……守るべき者がいる時でさえ、強かったアレクが、戦いのみに集中したら……どうなるのかと考えたら、体に震えが走ったぜ」

「アレクさんの本当の実力……ということですね」

「アレクが、どんな戦いを魅せてくれるか……本当に楽しみだよ……」


 《漆黒の魔弓》のメンバーは、これからの戦いを目に焼き付けようと、真剣な眼差しをアレク達に向けるのであった。



 ===============================



 どれ程の攻防を繰り返したのか分からなくなり始めた頃……戦姫とアレクは、肩で息をしながら互いに呼吸を整えていた。

 戦姫は度重なる風の剣撃により、鎧の所々が切り裂かれ全身に痛々しい出血が見られる。


 アレクは外傷は多かったものの、致命傷となる攻撃は全て回避していたが……超速で飛んでくる氷の針を撃ち落とすために、超速動作を連発していたツケを身を以て感じていた。

 超速動作を発動する度に、全身と頭に激痛が走り意識が飛びそうになる。

 だが、超速動作を発動しなければ串刺しになり死ぬことになる……全身と頭の激痛に耐えるか、死ぬか、という地獄のような2択を迫られていたアレクは、見た目以上にボロボロだった。


 しかし、お互い消耗しながらも決して自らの勝利を疑わず、その瞳には迷いはない。


「はぁ……はぁ……どんだけ、粘れば気が済むんだよ……戦姫様……」

「ハァ……ハァ……それは……こっちのセリフですよ……放った氷の針を、ここまで……撃ち落とすなんて……おかしいでしょう」


 2人とも限界が近づき、獲物を持つ手すら微かに震えている程だったが……お互いに長く続いた戦いに、決着が訪れようとしてることを予感していた。


 戦姫は天才と呼ばれながらも、魔力・体力に優れているわけではなかった。

 自らの短所を良く理解している故に、それを補う戦術や技術を磨いてきたのだ。

 弱点を見せないために短期決着を心掛けてきた戦姫にとって、今回のような長期戦は全くの予想外であった。


 アレクは、ここに至るまでの冒険で生き残るために、常に勝率を上げる方法を考えていた。

 それは仲間のためであり、関わりを持った人々のためであり、自分自身のためであった。

 けれど、今回の戦いにおいては全くと言っていいほど、余計なことを考えていなかった。


 ただ目の前の戦いを楽しみ、全力を尽くすことだけに集中するアレクは、自分の前に立つ相手のことだけを考える。


 逡巡しゅんじゅんを終えた2人は、自分の余力が残り少ないことを理解して、最後の攻防に身を投じる。


「楽しかったぜ……戦姫様」

「私も、こんなに楽しいのは人生で初めてでした……終わってしまうのが、心から惜しいと思える程に」

「けど、決着は必要だろ?」

「そう……ですね。もし、どちらかが死ぬことになろうとも……ここで戦いを止めることは出来ません」

「じゃあ、いくぜ?」

「はい、受けて立ちます!」


 会話が終わると同時に、アレクは駆け出す……いや、駆け出したように見えた次の瞬間には、戦姫に肉薄し剣を振り抜いていた。

 意識の範囲外から突如とつじょ現れたアレクに、反射的にレイピアを引き、身を守る戦姫。


 一騎打ちの中で初めて接近戦を許した戦姫は、細いレイピアで身を守りながら必死にアレクから距離を取ろうとする。

 しかし、千載一遇せんざいいちぐうの隙をアレクが見逃すはずもなく、追撃を仕掛け距離を詰め続ける。


 ここが最後のチャンスだと判断したアレクは、渾身の左薙ぎで戦姫のレイピアを弾いて体勢を崩すと、超速動作を発動する。

 だが、発動した瞬間に今までの比ではない激痛が、アレクの全身と頭に駆け巡る。

 激痛により動きが止まり、その場で片膝をついてしまう。


「がっ!!」


 痛みに耐えきれずに、息を漏らすアレク……眼前には弾かれたレイピアを逆手に持ち替え、レイピアの先端が上から突き殺そうと迫ってくる。

 無慈悲に迫るレイピアに諦めが頭をよぎったアレクだったが……その時、不思議な感覚に襲われる。


 それは無心――恐怖も憎しみもなく、無心のままに体が動いていた。

 自分自身が体を動かしている感覚すらなく、殺気もないままに……そっと左手を伸ばす。


 攻撃する様子もなく何気なく伸ばされた左手に、きょを突かれた戦姫は抵抗する間もなく、レイピアを持つ右手の手首を優しく掴まれる。

 手首を優しく掴まれた戦姫は、振り下ろしたレイピアの勢いをアレクの左手によって外に流され、そのまま手前に引っ張られる。


 無防備になった戦姫に剣で斬りかかると思われたアレクだったが……当然のように剣を握った右手をパッと離すと、上半身を捻って螺旋状にエネルギーを右手に集め体重の乗ったアッパーを戦姫の鳩尾みぞおちに叩き込む。


「っ!!かっはぁ!」


 モロに鳩尾みぞおちにアッパーを受けた戦姫は、悶絶しながらレイピアを手放し、両膝を地面について腹を押さえる。

 むくっと剣を拾って立ち上がったアレクは、無表情で剣を振り上げ、戦姫の脳天に向かって一撃を放とうとする。


 しかし、戦姫は最後の一手を残していた……片手で腹を押さえながら、残った片手を地面につく。

 鳩尾みぞおちのダメージにより、呼吸困難になりながら……防御に使っていた人の丈程ある、先端が鋭くなった氷の柱をアレクの背後に発動させる。

 アレクの死角より、つららが地面から出現するとアレクの心臓めがけて飛び出し、刺し殺そうと迫り来る。


(これで……終わりです!)


 しかし、勝利を確信した戦姫の瞳に力強い光が灯るのを、アレクは見逃さなかった。

 立ちくらみを起こしたように、フラッとアレクの体がよろめいたと思うと……半身ズラし背後に迫る、つららを回避する。


 両膝をついた戦姫の頭上をかすめ、つららは静止する。

 全力を尽くし万策尽きた戦姫は、清々しい笑顔で剣を天に掲げたアレクを見つめる。

 無表情のアレクは、迷うことなく翡翠ひすいの剣を振り下ろした。




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