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命懸け

「いいでしょう……本気でお相手して差し上げます。死ぬ覚悟はお済みのようですので、もし穴だらけになっても恨まないで下さいね?」


 心の底から凍えるような本気の殺気と笑顔を、戦姫はクロに向かって放ってくる。

 先程までとは比べ物にならない雰囲気に、思わず弁解しようとするクロだったが……その声は戦姫には届くことはなかった。


「ちょ!ま――!」

「突き殺す刃……【アイス・レイン】!!」


 先程よりも数段早い、流れるような一切の無駄のない動作で、戦姫はレイピアによる連撃を突き放つ。

 辛うじて視認できるのは、レイピアが突き出された一瞬のみ……早過ぎる攻撃は残像を生み出し、戦姫の姿を幾重いくえにも見せる。


 そしてまばたきをしたアレクの目の前に現れたのは……本来なら【思考加速】を発動していていも、捉えてられるはずのない無数の氷の針だった。

 本当の死の淵に立たされたことで、アレクの生存本能が最大限働き、通常の能力以上のものが発揮されたことで時間の流れさえも、ゆっくりと見える。


(あっ……これ死ぬやつだ……)


 初めての体験に死を覚悟したアレクだったが……いつまで経っても攻撃が体を貫通することはなく、恐る恐る体を動かそうとしてみる。

 すると、重しを身体中につけられたように感じながらも、なんとか動けることに気が付く。


 本能的に今の状態が長くは保たないことを察したクロは、目前に迫る死にあらがうために全力を尽くす。


(無数の氷の針を全て打ち落とすことは不可能……!ならば、致命傷になるものだけを優先して叩く!!)


 疾風剣ラグトゥスを両手で握ると、剣に魔力を込めて風の剣撃を発生させる。

 すると剣を鋭い風が包み込み、いつでも放つことができる感触が手に伝わってくる。


 剣を一振りする度に風の剣撃を放つと……驚くべきことに、その場に風の剣撃が留まり進む様子はない。


(っ!これなら、いけるか!?)


 アレクは体が動き続ける限り、風の剣撃を空中に設置していく。自分の予想が正しければ、この停滞した時間の中で生き残るためには、これしかないと信じて。

 そして時は、ゆっくりと動き始める。



 ===============================



 ヒョウカ・テュス・カエルレウム……今は戦姫と呼ばれている彼女は、生粋の騎士である。

 幼き頃から武術の才に恵まれ、王女という立場にありながら本人の強い希望により、剣術の英才教育を受けていた。


 そんな彼女の本当の才能が開花したのは、12歳の頃であったと言われている。

 それまでは剣術に集中して取り組んでいたヒョウカだったが……ある日突然、水魔法を使えるようになったのである。


 それをきっかけにヒョウカは、剣術と水魔法を組み合わせた戦術を扱うようになり、わずか2年でカエルレウム軍の中で、最強の座を得ることになった。

 特に彼女が扱う水魔法の中でも、氷を使った技は実際の異名になるほど強力なものだった。


 レイピアを使った洗練された独特な動きから、繰り出される氷の針……本来、近接戦闘でしか戦えないレイピアという武器を近・中距離と幅広く戦うことができる武器にと昇華しょうかさせ、更には速度と殺傷性を高めた技は容易く生物の命を奪う。


 そんな彼女が氷血の戦姫と呼ばれるようになった、きっかけは……とある事件だった。

 首都アクアエ周辺で盗賊の被害が多発した際に、先頭に立ち指揮をとった彼女は盗賊団のアジトを見つけ出し、襲撃した。


 その際、抵抗した盗賊達に対し同行した兵士達が取り押さえる間も無く……彼女は心臓を氷の針で射抜き、全員を皆殺しにしたのだ。

 その盗賊達の死体からは血が出ることはなく、傷口からは凍った血が冷たい光を放っていたという……その事件から血すら凍るほどに恐ろしく戦う王女、氷血の戦姫と呼ばれることになったという。


 氷のように冷たい感情しかない戦姫、逆らう者に一切の容赦がない冷血な王女、世間一般には、そう思われているヒョウカであったが……幼い頃は普通の女の子としての部分もあった。


 強くなることに興味を待ち、負けることに悔しがったり涙を見せることもあった……しかし、カエルレウム軍において最強の座を得た時に……彼女は自らの強さが、他の者と違うことに気付いてしまう。


 競い合う友もなく、自分よりも強い師もない。

 騎士として国民を守る!そのための強さ!そのための努力!だと考えてきたが……自らの強さが理解されず、ただ恐れられる存在になってしまったことで、そういった渇望かつぼうが徐々に薄れていってしまう。


 それから彼女は、強者としての孤独に苛まれていった……強力な力は人を孤独にする。

 強くなることに意味はなく、敵を倒すことは虚しさしかない。

 戦うことに興味をなくしたヒョウカは、国民のためになる、戦い以外の事に力を尽くそうと決めた。

 それが後のクーデター派のリーダーとしての立場であり、新たな戦姫としての生き方だった。


 しかし、そんな戦姫に興味を抱かせ、彼女に変化をもたらす人物が現れることになる。

 ルプル曰く、戦姫と恐れられる自分と同等の強さを持つかもしれない存在。

 Bランク冒険者チーム《漆黒の魔弓》のリーダー アレク……それが彼の名だった。

 しかも彼は、実際にクーデター派の拠点に単身乗り込み、自分の目の前に辿り着いてみせる。


 クーデター派のリーダーとしての自分が警戒を強めている一方で、どこか心の片隅でワクワクとした気持ちを抱いていることに、戦姫は気が付く。

 もう感じることはないと思っていた、戦闘前の高揚感……勝利への渇望かつぼう……そして、全力を尽くして戦いたい!という闘争心。


 戦姫はアレクを見た時から、命を懸けて戦いたいと密かに想うようになっていた。

 妹のことやクーデターへの協力など、アレクの手を借りる度に自らの気持ちを抑え込もうとしてきたが……ダムが決壊するように、小さな亀裂は段々と大きくなっていく。


 そしてクーデター派のリーダーとしての気持ちとは裏腹に、自分の欲求を満たすために一騎打ちの話をアレクに持ち掛けるのであった。



 ===============================



 全力の技を放った戦姫は、息を切らしながら我に返る。

 協力者であるアレクを本当に殺してしまったのではないかと、冷たい汗が背中を流れる。

 しかし彼女の耳は直ぐに異変を感じ取り、その異変の先に意識を集中する。


 パリン!パリン!幾つもの氷が砕ける音と同時に、氷の破片が見えない何に押し出され、こちらに迫って来るのを目で捉えた戦姫は、反射的に空いている左手で頭を庇う。


「ぐっ!!」


 体の周りを複数の突風が抜けていき、そのうちの1つの鋭い何かが左手の手甲に接触すると、腕を引き裂かれたような痛みと突風が同時に戦姫の体を駆け抜けていく。

 ブシャ!と血が地面と草に降りかかり、戦姫の手甲は衝撃で遠くに吹き飛ばされる。


 久しぶりに感じる痛みに顔を歪ませながら右手でレイピアを構え、何が起きたのか確かめるために、戦姫は攻撃の発生源へと意識を集中する。

 氷の針が破壊されたことで辺りに発生した霧が、少しずつ晴れていくと……そこには、所々血を流しながらも紛れもなく立っているアレクの姿があった。


 信じられないことにアレクは、戦姫の全力の技を受け切ってなお、致命傷を負っていなかった。

 現実を疑いたくなる光景に、戦姫は驚きながらアレクに問いかける。


「まさか……あれだけの攻撃を受け切ったと?一体、何をしたのですか!?」


 アレクは、息を切らしながらも剣を構え戦姫の問いかけに答える。


「本当に今のは死を覚悟したぜ戦姫様……この“疾風剣”がなければ今頃、穴だらけになってるところだったよ」


 そう言いながらアレクが、草原の草が高くなっている所に向かって剣を振るう。

 すると、突風と共に草がスパッと切断されヒラヒラと地面に落ちていく。


「なるほど……それで私の【アイス・レイン】を打ち落とし反撃すら可能にしたということですか……」


 しかし、それだけで自分の全力の技はしのげるほど甘くないという自負が、戦姫にはあった。

 左腕の痛みに耐えながら、戦姫はアレクを冷静に分析し始める。


 アレクの驚くべき点は、氷の針を捉えることができる動体視力と打ち落とすことができる身体能力だ。

それらのことから、まだアレクが何か奥の手を隠していると戦姫は看破かんぱする。

 そして注意するべきは、武器ではなくアレク自身だと判断した戦姫は、彼こそが自分が求めていた好敵手だと認め、笑みを浮かべる。


 その笑みを見たアレクは、何かを察して戦姫に問いかける。


「俺の言葉に怒りを覚えたのかとも思ったが……その顔を見て、はっきりしたよ。貴方は戦うことが好きなんだな?」


 アレクの言葉に戦姫は、ポカンとした表情を見せる。

 そんな戦姫に構うことなく、アレクは感じたままに話を続ける。


「強い奴と戦いを楽しみたい、強い奴と戦って自分の強さを証明したい、強い奴と戦ってもっと強くなりたい、理由は色々だけど要約すれば戦うことが好きってことだろ?戦姫は、どれとも違うのか?」

「わ、私は……私以上に強い者などいないと考えていた。それならば、これ以上強くなる意味などないと――」


 そんな戦姫に、アレクは当然のように事実を告げる。


「いるよ」

「えっ?」

「戦姫よりも、俺よりも強い奴なんて世界にはゴロゴロいると思うぜ?そして俺達も、もっと強くなれるはずだ」


 そう言いながらアレクは、戦姫に向かって剣を構えて戦闘を再開するように促す。


 アレクの言葉に戦姫の胸の鼓動は、だんだんと早くなりドクンドクンと大きな音を上げる。

 言葉にできない気持ちが心から溢れ、長年忘れていた高揚感が身体中を駆け巡っていく。


「そうか……これが私が本当に求めていたものだったんだな」


 探しても探しても見つからなかった探し物を、やっと見つけたような安堵した顔を見せると、戦姫はレイピアを構え直しアレクに声を掛ける。


「戦いの途中で、申し訳なかった。貴方には改めて一騎打ちを申し込みたい……もちろん、本当の命を懸けた戦いだ」


 アレクは深く息を吐くと、戦姫に笑顔で答える。


「当初の予定とは違うが……仕方ないな。まぁ、そんなに楽しそうな顔をされたら応えないわけには、いかないしな。じゃあ、ここからは一切遠慮なく殺り合うとしますか」

「えぇ、では殺り合うとしましょう」


 お互いに武器を構え、静かに相手の出方を窺う戦姫とアレク。

 その行動は、先程の戦闘の繰り返しのようにも思えたが……その変化を兵士達は肌で感じていた。

 2人を包む雰囲気は最初の攻防よりも鬼気迫るものがあり、周辺で戦いを見守っていた兵士達が後ずさりするほどの気配を放っている。


 延々と続くかと思われた睨み合いは、地面に突き刺さっていた氷の針がパリンと割れたのを合図に終わりを告げる。

 同時に攻撃態勢に入った2人だったが……最初に仕掛けたのはアレクだった。


 目にも止まらない速度で、自分の目の前に風の剣撃を十字に作り出すと、その剣撃に隠れるように戦姫との距離を詰めていく。

 攻防一体のアレクの攻撃に意表を突かれた戦姫は、氷の針での攻撃を諦め地面にレイピアを突き刺す。

 すると、地面から人の丈程ある氷の尖った柱が戦姫とアレクの間に入り、行く手を阻む。


 アレクの風の十字剣撃が、氷の柱にぶつかりガシャン!!と大きな音を立てながら粉々に砕け散る。

 砕け散った柱の後ろには、既に戦姫の姿はなく……詰められた距離の分だけ後方に距離を取った戦姫が、再び【アイス・レイン】を放つ動作を取っていた。


「やらせるかっ!!」


 アレクは上段の構えから、疾風剣に大量の魔力を注ぎ込み力一杯振り下ろすと、巨大な風のブレードを戦姫に向かって放つ。

 巨大な風のブレードは、地面を鋭くえぐりながら空気を切り裂き、戦姫へと迫っていく。


 戦姫は迫り来るブレードを地面を見ながら、ギリギリのところで横っ飛びで回避すると、態勢を崩しながらも超速の氷の針を突き放ち、アレクの追撃の隙を潰してくる。


 大振りな攻撃を仕掛けたアレクは、無防備な状態となり完全に戦姫の攻撃に対応できていなかった。

 それは素人目にも明らかであり、周囲の兵士達から見ても勝敗は決したように思われた。

 しかし、戦姫を含め平原に集まった者達は信じられないものを目にする。


 それは剣を振り下ろしていた状態だったアレクの周りに、翡翠ひすい色の閃光が幾重にも走ったと思うと……次の瞬間には全ての氷の針を打ち落としていたのだ。

 あまりに常識離れした光景に、平原は静寂に包まれる。


 対峙していた戦姫でさえも、苦笑いを浮かべて攻撃の手を止める。


「デタラメ過ぎるでしょう……そんな動き」


 周囲で見守っていた兵士達の心情を代弁するのような呆れた声が、戦姫の口から漏れる。

 その声に応えるようにアレクは、剣に付いた氷を一振りで払い、戦姫にきっさきを向ける。


「この戦いを通して貴方のお陰で、俺も強くなれたんですよ。今この時に貴方という強敵と出会うことができた幸運に感謝します」


 真剣な表情で戦姫を見つめるアレクは、新たに手に入れた力を試したくてウズウズしていた。

 それは本当に意図しないことだった……【思考加速】でも捉えられない氷の針を、ゆっくりと見ることができた時にアレクは、もう1つのスキルが同時に発動していることに気が付いたのである。


 人は死に直面した際などに、アレクのように身の回りのことが止まって見えることがある。

 それは脳が物事を見るということに、極限まで情報処理能力を使った際に起こる現象とされている。


 本来なら人の脳は15%ほどしか力を発揮することができないが……命の危機に瀕した場合はリミッターが解除され、100%の力を発揮できる。

 まさにこれが、先の現象の引き金になっていた。


 しかし本来ならば見ることはできても、ゆっくりと流れる時間の中を動くことなど不可能である。

 それを偶然にも可能にしたスキルが【並列演算】だった。


 見るということに情報処理能力を使いながら、その一方で体を動かす情報処理を並行して行うことができる。

 それこそが、偶然にもアレクが発見した超速動作の正体である。


 しかし、これは色々な偶然が重なった結果でもあった。

 過去のスキルの多重発動の訓練や【超回復】のスキルによって、アレクの脳は常人よりも鍛えられていた。

 そのお陰で、超速動作の負荷に頭が耐えることができ死なずに済んでいたのだ。

 一歩間違えば頭がパンクして死んでも、おかしくなかったことをアレクは知らない。


 見えないところでも幸運に助けられたアレクは、戦姫との一騎打ちに決着をつけるべく、新たに手に入れた力に期待を寄せるのであった。







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