用意されたシナリオ
虚空を見つめる雪のような髪色をした人形のような美しさを持つ女性、セツナは誰もいない場所に向かって言葉を告げる。
「どなたか存じませんが……もし、私の願いを聞いて頂けるなら姉様を助けて下さい。私と同じ髪と瞳を持つ女性で、名をヒョウカと言います。助けて頂けるなら、必ず対価をお支払いします!どうか!どうか姉様を――」
そこまでで風の眷属からの情報は、途切れてしまう。
恐らくブラスマが紋章付きの扉を施錠したことで何らかの結界が作動したのだろう。
アレクは客室で意識を、はっきりさせながらセツナを発見できたことに安堵する。
「やはり、あの塔にセツナは幽閉されていたわけか……けれど、さっきのは――」
確かにセツナは、常人には見えないはずの風の眷属が見えていた。
思い出してみると、彼女が目覚めた時には存在自体には気付いていたのだろう……しかし、信用できるものなのか判断できずに、あえて見えないフリをしていたと考えられる。
そして、ブラスマから最近の王城内や国の話を聞いて何か、彼女の中で感じるものがあり風の眷属に助けを求めたということだと、アレクは推測する。
「けれど、今回の収穫は大きい……セツナが塔にいることは分かった。あとは、あの結界を何とかして彼女を救出する方法を考えないとな。それと……姉様を助けて、か」
戦姫の顔を思い浮かべながら歩き出したアレクは、セツナを救出する方法を考えるため、仲間達と作戦会議をしに部屋を後にするのであった。
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次の日、会議室に集められたクロ達と上級兵士達は宰相ブラスマより、クーデター派の申し入れを受け入れ、城及び首都アクアエで争わず壁の外で決着をつけることを伝えられる。
その際には戦姫とクロの一騎打ちになるよう、昨日の会議通りアクアエに噂を流し、クーデター派の退路を断つ作戦も同時進行で行われることになった。
こうして首都アクアエに戦姫とクロの一騎打ちの決闘の噂が、あっという間に広がることになっていく。
街での評判は、もちろん戦姫が勝つことを疑わない声が多く、王族派が圧倒的に不利だと言う意見に変わりはなかった。
首都アクアエの常備軍は1,000人ほどと言われており、内800人がクーデター派に属している。
残り200人ほどが王族派ということになるが、武闘派のものほど戦姫に従うものが多いことから、人数以上に実力差が激しくなっていた。
かつての戦争の際には、周辺都市や数多くあった村から徴兵し、万単位の動員があったが……今では首都を守る人員が1,000人でも多いくらいであった。
そんな国を守る兵士達が、内戦で多く命を落とすことになれば、有事の際に危険に晒されるのは戦闘力を持たない国民である。
そういった考えも働き、戦姫とクロの一騎打ちは意外にも、国民からは受け入れられていくことになる。
そして王族派が、クーデター派の申し入れに返事をしてから5日後、正式な返答が返ってくる。
それは1週間後に首都アクアエの壁外、広大な面積を誇るモルレト平原で一騎打ちを行うという返答であった。
その一報をクロ達に伝えようと王城内を探していたブラスマだったが……中庭が騒がしいことに気が付き自然と足が、そちらに向かっていく。
そして中庭に辿り着いたブラスマの前には、人が死屍累々(ししるいるい)となり、その辺りに転がっていた。
ただし、正しくは死体ではなく汗だくになり力尽きた兵士達である。
その中心には、たった1人佇むクロの姿があった。
クロは、まったく息を切らすことなく、肩の凝りをほぐすような動きをしている。
慌てたブラスマは、中庭の端でクロのことを見守っていた傭兵団《黒狼》の1人に話しかける。
「い、一体何があったのですか!?」
漆黒のマントを羽織り、真っ赤な髪をした団員はブラスマの言葉を受けて、興味がなさそうにことの顛末を説明する。
始まりは中庭で訓練をしていたクロの元に、30人ほどの若い兵士達が現れたことだった。
「別に大したことじゃないですよ。彼らが王族派の代表としてア、……アイツが相応しいとは思えないと異議を申し立ててきたんです。それを受けて、“それなら身をもって、俺が代表として相応しいか体験してみろ!”とクロが相手をすることになったのです」
改めて倒れている兵士達を見渡すと、各自の近くには訓練用の剣や槍などが転がっている。
しかし、クロは武器らしい武器を使っているようには見えず、ブラスマは率直に団員に問いかける。
「クロ殿は武器を使っているようには見えませんが……何で戦われたのですか?」
「武器?あぁ、クロのやつは無手で相手をしていましたよ。兵士達にケガをされても困るし、最近は体術の実戦もなかったから勘を取り戻すって言ってました」
当たり前のように話す団員に、ブラスマは兵士達の練度について話を聞く。
「貴方から見て王城の兵士達の練度を、どのように見ますか?」
団員は両手を上げて、降参の動作を見せる。
「話になりませんね……クーデター派と戦っても無駄に命を散らすだけですよ、あれでは」
団員の視線の先を追うと、自分達から戦いを仕掛けておいて、這いずりながら力なく逃げようとしている兵士達が、そこにはいた。
あまりもに情けない兵士達を見て、ブラスマは深いため息をつく。
そんなブラスマの元に、布で汗を拭いながらクロが歩いてくる。
「宰相様、どうされました?何が用件があったのでは?」
「クロ殿まずは兵士達が失礼を働き、申し訳ありません。それと用件なのですが……クーデター派より返事がありました。戦姫は一騎打ちに応じるそうですよ」
「ついに決闘の時ですか……それで日程は?」
「1週間後に首都アクアエの壁外、広大な面積を誇るモルレト平原が一騎打ちの場になります」
ブラスマが話し終わると同時に、ブラスマの首の後ろピリピリとし始める。
何が起こっているのか分らないうちに、何かを察した団員がクロに声を掛ける。
「楽しみなのは分かるけど、もう少し落ち着いた方がいいんじゃないか?」
「すまない……噂の戦姫と戦えると思うと、気持ちが高ぶってしまってな。悪いが、模擬戦の相手を頼めるか?」
その後、周りで兵士達が力尽きて倒れてのを他所に、中央でクロと団員が体術の模擬戦を始める。
目にも止まらない速度で動き、何かがぶつかる度に生じる、空気の破裂音が中庭に響き渡る。
その次元の違う戦闘を目の当たりにした兵士達は、彼ならば戦姫に勝つことができるのではないかと希望を抱くのであった。
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――同日、アクアエ某所――
落ち着いた部屋の中で女性が仕事机に並べられた書類をペラペラと確認していると、扉をノックする音が聞こえてくる。
ここ最近は聞き慣れた声が扉の外から、入室の許可を求めてくる。
「ルプルです!定期連絡に参りました!」
「どうぞ」
少し前までは緊張でガチガチになっていた半獣の娘、ルプルが慣れた様子で部屋の中に入ってくる。
「戦姫様、失礼いたします!早速ですが、お耳に入れたいことがございます!」
いつもなら軽い挨拶から入るところを、珍しくルプルの方から積極的に話を進めてくることに、戦姫は驚きながらも直ぐに報告を聞く姿勢をとる。
「どうやら、緊急のようね……挨拶は不要。早速報告に入ってくれますか?」
「はっ!アレク様よりセツナ様について有力な情報を得ることができたという報告がございました!」
戦姫は予想外の報告に、思わず勢い良くイスから立ち上がり身を乗り出す。
「それは本当ですか!?セツナについて、何が分かったのです!!」
ルプルは普段は見せたことのない、感情を露わにした戦姫に驚きながらも、報告を続ける。
「は、はいっ!どうやらセツナ様の生存を確認できたそうです。幽閉されている場所も特定できているらしく、例の作戦と同時にセツナ様の救出作戦も決行されるとのことです」
ルプルのから報告を受けた戦姫は、脱力しイスに座り込んでしまう。
「セツナが……生きている……本当に……良かったっ」
薄っすらと目頭に涙を溜める戦姫に、ルプルは優しく微笑む。
「戦姫様、私もセツナ様の生存を嬉しく思います……ですが再会される、その時まで涙はとっておくことをお勧め致します。未だセツナ様は敵の手中……我々の動きを気取られればアレク様達の救出作戦の妨げになりかねません」
ルプルの言葉に予断を許さない現状を思い出し、戦姫は気持ちを切り替える。
「ごめんなさいルプル……まだ気を緩めていい状況ではなかったわね。貴方が私を諌めてくれたこと……心から感謝します」
「いえ、戦姫様直轄の部下ですから、お力になれたのであれば本望です」
とはいえ、これはアレクからも頼まれたことだったのでルプルだけの判断ではなかった。
戦姫にセツナ生存の情報を伝えた場合、最悪セツナ救出を優先して暴走する可能性もありえる。
それを危惧したアレクは、ルプルに報告後に戦姫を諌めるよう頼んでいた。
端から見れば戦姫に対して失礼とも取れる行動であったが……敵の懐に潜入しているアレクからしてみれば、リスクはできるだけ低くしておきたいという当然の考えであった。
「では、予定通りモルレト平原で一騎打ちの準備を進めないといけませんね」
「はい、あくまで戦姫様とアレク様の一騎打ちですが……王族派が介入する可能性や予想外の手を使ってくる可能性もありますので、油断はできません」
元々、モルレト平原で一騎打ちは王城内の警備を手薄にする狙いと、アクアエへの被害を最小限に抑えるために戦姫とアレクが考えた作戦だった。
アレクとしても王城内に潜入する期間は短い方が良いという点と、王城内で最も怪しい入口のない塔を、騒ぎを抑えて調べるという点から必要なことだと考えた結果である。
ギリギリになってセツナの生存と幽閉場所などが発覚したので、救出作戦と一騎打ちが同時進行する形に変更になったが……一騎打ち自体には変更はなく、戦姫もすることに変わりはなかった。
ここまで多少の問題は、あったものの……戦姫とアレクが描いたシナリオ通りに事は進んでいた。
しかし、何事にも予想外・想定外は付きものであることを、誰もが本当の意味で理解していなかった。
そして、その原因は考えの外にある者から、もたらされるということをアレクは、思い知ることになる。




