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預言への足掛かり

 静まり返った会議室で、皆の視線を集めたクロが淡々と第3の選択肢について語り始める。


「まず書状についての解答だが……壁の外で戦うことを了承するべきだ」


 クロの言葉に、上級兵士達が一斉に反論しようとするが……それをブラスマが手で制し、クロの言葉の続きを聞く姿勢をとる。


「しかし、ただ了承するのではなく……こちらからも条件を付け加える」

「その条件というのは?」


 一呼吸置くとクロは覚悟を決めた声で、皆に答えを告げる。


「戦姫と俺の一騎打ち……それが付け加える条件だ」


 その言葉を聞いたブラスマや上級兵士の間に、ざわざわと動揺が走る。

 その中で唯一冷静だったブラスマが、クロに話を続けるように促す。


「戦姫とクロ殿の一騎打ちですか……それによって戦況が変わると?」

「えぇ、一騎打ちの結果にもよりますが……引き分け・勝利した場合は王族派に有利に働くでしょうね。少なくとも皆殺しにされることは回避できるでしょう」


 それからクロは、王族派の問題点を冷静に分析して皆に話す。

 大きな問題点は2つ……1つ目は王族派の戦力が、クーデター派よりも劣っていること。

 これによりクーデター派に有利な交渉を、受けざるおえない状況に追い詰められている。


 2つ目は、戦力を纏める者が不在なこと。

 元々カエルレウム軍自体が、戦姫という高い戦闘力とカリスマを持った指揮者に頼りきりになっていたことから、それが敵に回ったことで王族派には旗印となり戦力を纏める者がおらず、骨抜きの状態になっていた。


 この2つを補うために、クロは戦姫との一騎打ちを提案したのだ。

 一騎打ちにより王族派にも戦姫に匹敵する戦力を持つ者がいることが証明されれば、今までのように強引な態度での交渉は難しくなる。

 また王族派自体にも利点はあり、戦姫との一騎打ちに引き分け、または勝利した場合は士気向上も見込める。


 そこまで話していると、少しずつ冷静さを取り戻しつつあった上級兵士の1人が、意見を挙げる。


「仮にクロ殿が戦姫に引き分け・勝利してもお互いの戦力は変わらないのでは?」


 それは戦姫との戦闘でクロが負傷や、長期に渡って戦線復帰できない可能性を示唆しさしていた。

 その問いにクロは迷いなく答える。


「仮にそうなったとしても、クーデター派には大きな動揺と疑念を抱かせることが、できると俺は考えています」

「動揺は分かりますが……疑念とは?」

「つまりは、クーデター派も一枚岩ではないということですよ。クーデター派の中にも戦姫に従うことを、快く思っていない者はいます。でなければ、俺の協力者のように内部の情報を流してくれる者はいませんから。そういった者や反抗予備軍に、このまま戦姫に従っていて良いのか?と疑念を抱かせる材料にするのです」


 そこからの先の話は会議室にいる者は、直ぐに理解することができた。

 何故なら、それは今までの自分達がやってきたことだったからだ。

 疑念を抱かせた者に金を渡し、こちらの協力者とする。

 もし抵抗する者が出ても、内通者としてクーデター派に情報を流せば、こちらが手を汚さずとも勝手に瓦解がかいするように仕向ける。


 そうしていけば、クーデター派の戦力を徐々にだが、削ぎ落とすことが可能である。

 そのきっかけとなるのが、強力な印象を与えることができる戦姫との一騎打ちだとクロは説明する。


「クロ殿の作戦は分かりましたが……クーデター派が、こちらからの提案を受け入れるとは限りませんよね?それについては、どうお考えですか?」


 冷静な口調で腕組みしたブラスマが、作戦の根本的な部分について指摘する。


「そうですね……逃げられてもクーデター派のダメージになるように、街に噂を流すのはどうでしょう?例えば……“街に被害を出さないことに両派閥が同意し、正々堂々と戦姫と王族派の代表が決闘することになった!”など」


 クロの口から出た内容に、会議室にいる皆が頷く。


「もし、クーデター派が提案を拒否すれば少しだけ過激な内容で、また噂を流します。“クーデター派は王族派の提案を拒否し、胃を唱える者を皆殺しにするまで止まらない道を選んだ!とね……果たして、この噂を聞いた国民はどう感じるでしょうね?」


 実際のところ噂を耳にした国民が、どう反応するかは未知数だった……しかし、少しでも国民がクーデター派に疑念を持つことになれば……それだけで王族派としては世論を味方につけ、有利に交渉をする材料になりえると判断できる。


 徐々に上級兵士達の間に、希望が見え始め会議室の中に活気が戻ってくる。


「如何でしょう宰相様?先程、仰っていた2択よりも建設的な提案だと思うのですが?」


 クロの問いかけに皆の視線は、ブラスマに注がれていく。

 ブラスマは深く頷きながらも、王族派として全てが決まりかねない判断を悩んでいるようであった。

 やがて、熟考じゅっこうしていたブラスマは、重い口を開く。


「この件は王族派の今後を大きく左右する判断です。決定権は私に一任されていますが……国王陛下の御耳にも入れておく必要があります。ですので、明日まで判断は保留させて頂きたい。明日また、ここで決定を皆さんに報告しますのでしばし、お待ち下さい」


 上級兵士達は一瞬だが今更、国王陛下に報告して何が変わるのか!と言い出しそうになるが……何かあれば責任を取らされる立場にあるブラスマを前に、発言を控える。


 会議室にいる者から異論がでなかったことで

 、ブラスマは早々に部屋を出て行ってしまう。

 そんなブラスマの様子に、違和感を覚えクロは風の眷属に後を追わせることにするのであった。



 ===============================



「まずい……こんなことは想定外だ!何故こんなことに!?」


 王城の広い廊下を、独り言をブツブツと喋りながらブラスマは早足で進んでいた。

 先程ほどの会議室での会話を思い出しながら、額に流れる汗を無視して真っ直ぐに目的の場所に向かう。


 ブラスマは、国王陛下の私室とは逆の方向に歩き、地下への階段を下りていく。

 やがて、宝物庫の前にまでくると、警備にあたっている兵士達に軽い挨拶を済ませ、更に奥に進んでいく。


 そこは普段は使われていない物置部屋だった……位置的には、入口のない塔の真下にあたる場所で、何故か扉には頑丈な錠前が設置されている。

 ブラスマは、ふところから紋章が刻まれたカギを取り出すと錠前に差し込む。


 扉の錠前の部分にも、カギと同様の紋章が刻まれており、ブラスマがカギを回すと一瞬だけカギと錠前がポワァと青白い光を発する。

 ガチャと錠前が落ちる音がすると扉が、ゆっくりと開く。


 苛立ちと焦りを隠せないブラスマは、扉を乱暴に開けると……扉が閉まるのを確認しないまま扉の先にある階段を、登っていってしまう。

 後に、この行動がブラスマを追い込むことになるが……本人に一切の余裕がないことで、それに気付くことなく事態は進んでいくことになってしまう。


 ブラスマが延々と続く階段を登りきると、そこには1つの扉が現れる。

 施錠なども一切ない扉の前で、息を整え自らの身だしなみを確認するとブラスマは扉をノックし返事を待たずに開く。


 開かれた扉の先にあったのは、見事な調度品が並ぶ豪華な部屋であった。

 ブラスマは部屋の中を一瞥いちべつすると、人影がないことを確認する。

 慣れた様子で天蓋付きのベッドの方に足を向けると、そのベッドに横になっている人物に声を掛ける。


「セツナ様、宰相ブラスマで御座います。どうか、御目覚め下さい」


 セツナと呼ばれた女性は、雪の様に白い肌をしており長い髪までも真白く、まるで生気を感じられない美しい造形をした人形であった。

 白いドレスを纏いベッドの上に横たわり、両手を祈るように胸の前に組んでいるが……1つだけ不思議なことがある。


 それはベッドに横になっている彼女の体が、水の膜で覆われていることだった。

 正確には、高密度にまで圧縮された魔力結界が、水の膜の様に見えているものである。


 ブラスマからセツナと呼ばれた女性は、ゆっくりとまぶたを開ける。

 彼女が目覚めると同時に、体を覆っていた魔力結界もかすみの様に消えていく。


 女性は、ゆっくりとベッドから起き上がるとブラスマに向けて顔を動かす。

 朧気おぼろけな意識が段々と覚醒していき、青い瞳に光が戻ってくる。


「ブラスマ様ですか、おはようございます。今日は前の目覚めから、どれくらいの月日が経っているのですか?」


 2人が顔を合わせた際の、いつも通りのやりとりにブラスマは落ち着いて答える。


「おはようございますセツナ様。今日は前の目覚めから一カ月ほど過ぎております」


 ブラスマの言葉を受けて、セツナは虚空を見つめながら自分の肩を抱き、震えを我慢する。


「また……長い眠りだったようですね。それで本日は、どのような要件ですか?」


 セツナは、ブラスマの変わり映えのしない答えを予想しながら、問いかける。

 しかし、ブラスマの口から飛び出した言葉は、セツナの心を大きく動かすこととなる。


「はっ!セツナ様の最初の“預言”についてですが……少々、まずいことになっておりまして――」


 それからセツナは、自らが眠っていた間に起きていたことを聞かされることになる。

 もちろん、ブラスマによって都合の悪いことは隠されていたが……セツナは、傭兵団《黒狼》について詳しく話を聞くことなった。


 その話を聞いたセツナは、必死に自らの気持ちを隠そうとするが……いつもより目は潤み、声は微かに震えてしまう。

 しかし、そんなセツナの変化に追い詰められ余裕のないブラスマは、気付かない。


 いつも通りの冷静なブラスマであれば、セツナの変化を見逃すことなく、彼女の変化について深く追求しただろう……しかし、ブラスマは、ここで2つ目の致命的な間違いを冒してしまう。


 ブラスマの話を全て聞いたセツナは、何も答えることなく頭を横に振る。

 そんなセツナの様子にブラスマは、ガックリと肩を落とし、悲壮な顔を見せる。

 そんなブラスマにセツナは、いつも通りの淡々とした態度で、答えを告げる。


「“預言”についてはブラスマ様も知っての通り、あとから何か加わることはありません。最初に伝えたものが全てなのです……それは終の波についての預言も例外ではありません」

「では、先程お話した傭兵団《黒狼》のリーダーであるクロ殿とクーデター派のリーダーの決闘については、どう解釈されますか?」


 セツナは一切迷うことなく、ブラスマに答える。


「その決闘は行うべきだと思います。彼らが王城にいることも何かの導きによるものでしょう……ならば運命の濁流に逆らわず、流れに沿って船を漕ぐことが肝要かんようです」

「…………かしこまりました。では、そのように」


 ブラスマは、セツナに丁寧に一礼すると早々に部屋を後にする。

 1人部屋に残されたセツナは、またしても虚空をジッと見つめる。

 その見つめる先には、誰もいない……そう、アレクが使役する“風の精霊以外”は……」






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