第3の選択肢
とある夜、王城内の客室でアレクがベッドで休んでいると伝心の指輪からキアの声が聞こえてくる。
(アレク聞こえてますか?キアですわ)
(あぁ、聞こえてるぞキア。定期連絡か?)
(そうですわ。あとは頼まれていた塔の調査についてですが……私達では侵入することは難しそうです)
(そうか……とりあえず詳しい話を聞かせてくれるか?)
アレクはキアから、入口のない塔の調査について報告を受ける。
石材によって作られた塔は、白く塗られ外部からの侵入には不向きになっていた。
塔自体には各所には窓はなく、唯一の窓は塔の頂上にある天窓だけである。
そして何より不自然だったのは、塔自体に結界が張られていることだった……キアの故郷であるエルフの里にも、里全体を覆う結界があったことから直ぐに同種の結界であることをキアは看破する。
しかし、妙なのは王城の中で入口のない塔だけに結界が張られていることだ。
本来なら国王の寝室や宝物庫など、先に守るべき場所は幾らでもある。
その中で、入口のない塔が優先的に守られる理由が分からない。
(もしかしたら、そこに戦姫の妹が幽閉されているのかもな)
(その可能性は高いですわね。それと結界についてですが……外部から結界に触れるとダメージを受けるようになってましたわ。あとこれは予想なんですが……あの塔は内側にも結界が張られていると思いますわ)
キアが何か確信めいた口調で、塔に張られている結界について予想を話してくれる。
(内側にも……それは確かなのか?)
(えぇ、私は長年結界内で暮らしていたので分かるのですが……あれは何かを内側から遮断している感覚でしたわ。それか何かを封じていると言い換えてもいいかもしれません)
(なるほど……参考になったよキア!詳しく教えてくれて、ありがとう)
(ふふふっ、エルフにかかればこの程度なこと容易いですわ。では、引き続き仕事に戻るとしますわ)
伝心の指輪の効果を切ろうとしたアレクだったが……キアと行動を共にしているエレナの様子が気になり、指輪の効果が切れる前に慌ててキアに問いかける。
(あっーー!キア!あとエレナとは、上手くいってるのか?連絡するのはキアの仕事だから仕方がないんだけど、たまにはエレナの様子も聞きたいんだが)
(えっ?あぁ!エレナとなら上手くやってますわ。《漆黒の魔弓》に加入したのも、2人とも最近のことですから話も合いますし)
(なら良かった!仕事に最適な2人に組んでもらったけど……実際に問題が起きてないか心配だったんだよ)
キアの声色からも、本当に上手くやっていることを感じて、アレクは胸をなで下ろす。
そんな安心しきっているアレクに、キアは爆弾発言を投下する。
(そういえば……前にアレクがエレナに教えた“触手ぷれい”というものを体験しましたわ)
(はっ?触手プレイ?え?エレナがキアに?)
(えぇ!とっても気持ち良かったですわ!)
アレクは、キアの発言が直ぐには受け入れられずに動揺する。
キア本人からの“気持ち良かった”という発言からも、何かが2人の間で行われたことは間違いのだが……信じられずに、つい確認してしまう。
(ぐ、具体的には、どんな感じだったんだ?キアは嫌じゃなかったか?)
(最初は抵抗があったんですが……直ぐに柔らかくて暖かかくて、気持ち良くなれましたわ!)
(お、おう!キアが嫌じゃなければ別にいいんだ……良かったな)
これ以上の詮索は、仲間同士であってもするべきではないと判断して、アレクは挨拶を済ませると、伝心の指輪の効果を切る。
客室に1人になったアレクは、真剣にキアとエレナのことを考える。
(まさか……2人が、この短期間で触手プレイをするほど深い関係になっているとは……そもそも、この世界での同性愛の扱いってどうなってるんだっけ?誰かに相談したいが……誰に聞けばいいんだ!こんなこと!)
半ば混乱しながら、今まで考えてこなかったチーム内での恋愛について、アレクは真剣に悩み始める。
(やっぱりエレナと親しいアマリアに、聞いた方が――いやいや!それはダメだろ!もしかしたら、アマリアがショックを受けてしまうかもしれない……じゃあ、ミカ?いや、ミカも色恋沙汰の話をされても困るだろうし)
悩んだ末に、現状で相談できる者が1人しかいないという結論に至り、アレクは目的の人物の部屋へと向かう。
部屋の前まで来たアレクは、扉を軽くノックする。
「おーい、カイン!俺だ!部屋にいるか?」
「おー、ちょっと待ってくれ!直ぐに開ける」
武器の手入れでもしていたのか……少しだけ何かを片付ける音がすると、やがて部屋の扉が開きカインが中から顔を見せる。
「どうしたアレク?っと、その前に部屋に入るか?外では誰が聞いてるか分からないもんな」
「あぁ、部屋にお邪魔させてもらうよ」
カインの部屋の中に案内されたアレクは、部屋の中を見渡す。
カインに割り振られた客室は、作り自体はアレクの部屋と同じであったが……微妙に置いてある家具などが違っていた。
そんなことを考えながら部屋を観察していると、カインから部屋に備え付けのソファに座るように勧められる。
「まあ、座ってゆっくり話そうぜ。アレクが俺のところに来るなんて珍しいからな」
「急に部屋に押しかけて悪かったな……少しだけ相談したいことがあってな」
カインとアレクは、対面式のソファに座ると真剣な雰囲気で話し始める。
「実はチーム内での恋愛について、カインの意見を聞きたくてな……リーダーとして。一応は方針みたいなものは決めたいと考えてるんだが……俺の主観だけで決めることに不安を感じてな」
「れ、恋愛!?って、なんで恋愛相談しに俺の所に来てるんだよー!」
「なんでって……相談できそうなのがカインだけだからに決まってるだろ?アマリアとミカに話しても、良い結果になりそうにないからな」
アレクの言葉を聞いて、カインは恋愛相談をアマリア・ミカエラにしているところを想像してみるが……アレクの言う通り、良い結果になるとは思えずに深いため息をつく。
「はぁ〜分かったよ。俺が相談に乗るしかないようだしな……で?何を聞きたいんだ?」
「よし……落ち着いて聞いてくれよ?まずはチーム内の恋愛について、カインはどう考えてる?」
カインは目を瞑り少しだけ考えると自分の考えを喋り出す。
「別にチーム内の恋愛は認めても良いと思うぞ?他の冒険者チーム内で結婚する者もいるみたいだし、仲間に迷惑を掛けなければ問題ないと俺は思うね」
「そうか……そうだよな。じゃあ、同性同士の恋愛についてはどう思う?」
カインは、アレクの口から予想外の言葉が飛び出したことで、石像のように固まる。
何故なら、部屋にはカインとアレクの2人きり……先程まで冒険者チーム内の恋愛について意見を求められていたのだ。
この質問の答えは、今後の2人の立場を決めることになる重要なものになるとカインは確信する。
「ど、同性同士か……難しい質問だ……」
「あぁ、これは正解がないことだからな」
アレクは心から真剣に悩み、カインの答えを待っている。
そんなアレクの様子に、カインは得体の知れない大量の汗をかくことになる。
(この質問は、つまりアレクが俺のことを?いや、まさか……でも、アレクの目は真剣そのものだし……なんて答えたらいいんだぁーー!!)
「一般的には認められていないが……昔は長期の戦争になった時なんかは、同性同士でそういうことがあったって話は聞いたことはあるような……ないような」
できるだけ言葉を濁しながら、選択の自由があることを、カインはアレクに話す。
「なるほど……公にはできないけれど、皆それの存在自体は知っているということか。だったらキアとエレナのことは、もう少し見守ってやった方がいいか……」
「はっ?キアとエレナ?」
「あぁ、どうも最近2人は仲が良いみたいだからな……そういったことも想定しておいた方がいいかと思ってな」
アレクが視線をカインに向けると、先程まで恥ずかしそうに話していたカインの表情が、無になっていた。
あまりの感情の落差にアレクが、カインを心配するが……カインは脱力したかと思うと、アレクの考えを一蹴する。
「キアは、ちゃんと男の人が好きだから、アレクが心配してるようなことにはならないと思うぜ。それにエレナも、今はまだ大切な人を失ったばかりで、そういうことを楽しむ気持ちになれないんじゃないか?」
何か2人の心情を理解しているかのような、カインの話ぶりに、アレクは黙って頷くしかなかった。
「仮にそういうことになっても、さっきも言ったけど仲間に迷惑を掛けなければ、俺は祝福してやればいいと思うけど……アレクは、どうなんだよ?」
「そう……だよな。俺達にできることなんて、それくらいのことだよな。いや、すまん……なんか動揺してしまって冷静な判断ができてなかったよ俺は」
その後、冷静さを取り戻したアレクは部屋に帰っていった。
アレクがいなくなり静かになった部屋で、カインは独り言を呟く。
「まったくアレクのやつは……」
先程までアレクが座っていたソファに、もたれかかるとカインはため息を漏らす。
そしてチーム内の恋愛についての話を思い出しながら、頬を染め両手を自分の胸に添えると自分の鼓動がドクン……ドクン……と早くなっていることに気がつく。
「私の気持ちも知らないで……バカ」
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アレク達が身分を偽り傭兵団《黒狼》として王城に潜入してから、3週間ほどが過ぎようとしていた。
キアとエレナの諜報活動や王城の兵士キールらから情報を集めていたアレクだったが……戦姫の妹であるセツナが、入口のない塔にいるという確証を得られないことが1番の気がかかりとなっていた。
そんなアレク達の状況を大きく変えることになったのは、兵士達の間でクーデター派が戦力が整いつつあり、近々一斉蜂起が起こるという噂話が広まりつつある頃の話であった。
驚くべきことに戦姫より書状が、宰相ブラスマ宛に届いたのだ。
その書状には、カエルレウム共和国を立ち上げた国王のことを引き合いに出し、王城及び首都アクアエで争わず壁の外で決着をつける旨が書かれていた。
戦力で劣る王族派からすれば、それは自殺行為であり、王城や首都を無傷で明け渡せというクーデター派からの降伏勧告であった。
その書状を受け取ったブラスマは、直ぐに会議室にクロ達を呼び出し上級兵士と共に作戦会議を開く。
もちろん、最初の話は書状にどう答えるかであったが……会議は怒号で溢れかえっていた。
特に上級兵士達の反応は苛烈なものが多く、殆ど者が徹底抗戦を主張した。
しかし、宰相ブラスマとクロ達だけは表情が暗く上級兵士達の主張を冷ややかな目で見ていた。
彼ら上級兵士達は現実が見えていない……軍の大半が戦姫に従い、練度の高い兵士は軒並みクーデター派に参加している。
ここに残っているのは汚職や賄賂で、私腹を肥やしてきたプライドだけは一人前の、兵士の皮を被った豚である。
クーデター派の降伏勧告も、戦えば自分達が必ず勝利するだろうが……そのために王城や街に被害を出したくないという意図が、はっきりと記されていた。
そんなことも理解できていない上級兵士に、クロは冷たく言葉を放つ。
「そろそろ、この無駄な会議を終わりにしませんか?皆さん……このまま王城に篭っても、一カ月と保たずに王城が陥落することは、お分かりではないんですか?」
部外者からの失礼極まりない言葉に会議室の温度が一気に上がり、一斉にクロ達を上級兵士が責め立てようとするが……ガタッ!と勢い良く立ち上がった者の姿を見て、上級兵士の動きが止まる。
それは宰相であるブラスマであった……無表情で上級兵士達を見渡すと、静かに喋り始める。
「クロ殿の言う通り、このままでは我々は敗北することになるでしょう……それは、ここにいる皆さんの方が、良く分かっているはずです。クーデター派の戦力は我々を圧倒しています……今まで王城が落とされなかったこと自体が奇跡に近い」
ブラスマの話に上級兵士達は下唇を噛み、悔しさや怒りを滲ませる。
そんな上級兵士達に構うことなく、ブラスマは話を続ける。
「我々が取れる選択肢は2つだけです……大人しく王城を明け渡し、各責任者が粛清されるのを待つか……徹底抗戦し皆殺しにされるかです」
自分達のトップである宰相から、非情な現実を突きつけられた上級兵士は、力なくうな垂れる。
そんな静まり返った会議室で、1人の男が無神経に喋り出す。
「皆さん、落ち込んでるところ悪いんだけど……一応、俺の話も聞いてもらっても良いかな?」
死んだようなような目をした上級兵士達に、見つめられながらクロが話を始める。
「俺は先程、宰相様が言った選択肢以外の第3の選択肢を提案したい。それは賭けでもある……上手くいけば現状をひっくり返すことができるかもしれないんだが、皆さん……聞く気はあるかな?」
悪魔のような甘い囁きが、皆の心にスルリと入っていくのを感じながら、クロは第3の選択肢について語り始める。




