密談
ひっそりとした闇夜に紛れて、クーデター派の拠点への襲撃が開始されようとしていた。
クロ達《黒狼》と同行することになった兵士達8人は、襲撃の直前まで気配を潜め、建物の陰に身を隠す。
クロ達と兵士達は、アクアエの中心街から少し外れた人気の寂しい住宅街にいた。
漆黒のマントの一団と緑のマントの一団はゴンドラに乗り、普段は使われない水路を進んで目的地まで移動してくる。
兵士達は、そのままの格好では目立つために緑のフード付きマントを装備してもらい、兵士としての身分を隠してもらう。
クロ達が襲撃しよつとしている場所は、かつて軍の訓練生の宿舎として使われていた建物であった。
建物に挟まれた2mほどの路地を、クロ達は真っ直ぐに進んでいく。
「では、これより先は戦闘が予想される範囲に入る……兵士諸君も自分の身は自分で守ってくれるよう、お願いする」
「り、了解した。我々、王城兵士隊の実力を見せつけてやろう!」
ガチガチに緊張して固まっている兵士達に、クロは声をかける。
その様子から兵士達は、志願してクロ達に同行しているのではなく……宰相であるブラスマから命令されて同行していることが感じ取れた。
(多分、この兵士達は捨て石だろうな……こいつらに何かあれば俺達が疑わしいことになるし、逆に何もなければ監視役として報告をさせる魂胆か。まだまだ完全には信用されてないわけだ)
緊張する兵士達を眺めながら……アレクは、嫌な手を使ってくるブラスマの顔を思い浮かべていた。
(けど、悪巧みをしているのは宰相様……あんただけじゃないだぜ?)
アレクは仕込んでいた策を発動させるために、仲間達に合図を出す。
合図を受けた仲間達は、音もなく装備を自然に構え戦闘態勢に移行する。
兵士の1人がクロ達の微妙な空気の変化を感じて、声を掛けようとした……その時、ヒュン!ヒュン!と何かの風切り音が、兵士達の耳に届く。
頭上からの音に反応して顔を上げた兵士達の目の前には、月明かりに照らされ輝く鏃が迫っていた。
(死ん――)
兵士達の頭に死がよぎった、その時……ビュン!と突風が兵士達の頭上を通り過ぎる。
「な、何が……!?」
「待ち伏せ!敵襲だ!!各自応戦しろぉ!」
状況が飲み込めない兵士達を置き去りにして、クロと傭兵団《黒狼》の面子は飛んでくる矢を打ち落としていた。
兵士達の足元にも、へし折られた矢が無残に転がっていた。
兵士達が何が起きたのか分からずに混乱していると、あわあわしている兵士達にクロが声をあらげる。
「ボケっとするな!!死にたいのか!?次は助けないぞ!」
クロの、その言葉でようやく兵士達は、自分達がクロに助けられたことに気がつく。
両側の建物の屋根から矢によって攻撃され、狭い通路に連続で矢の雨が降ってくる。
兵士達は見えない敵からの攻撃に怖気づき、足をすくませる。
「ちっ!動けないなら、ゴンドラまで撤退しろ!!くれぐれも、頭上には気を付けろよ!」
「わ、分かりました!クロ殿達は!?」
「俺達は、このまま前進する!!手ぶらで帰るわけにも行かないからな!」
ようやく、盾を上に構えながら兵士達はゴンドラ方面に撤退していった。
探知スキルで周囲に兵士達の反応がないことを確認すると、クロはアイテムボックスからランタンを取り出して路地を照らす。
わざわざ、敵のマトになるような危険な行為をとるクロを、仲間達は誰も止めることはない。
それどころか、仲間達も武器を下ろし談笑し始める。
「まさかアレクが兵士達を庇うなんてな!俺は、てっきり口封じにやっちゃうものだと思ってたのに……」
「何気なく酷いこと言うなよカイン……まぁ、さっきので撤退してなかったら、あの兵士達には死んでもらってたけどな」
「宰相様の命令で、無理やり同行してたっぽかったもんな、あの兵士達」
「敵意のない者は、極力殺さないようにしたかったんだが……やっぱり甘いかな?」
真剣に悩むアレクに、カインは頭の後ろに両手を回しながら気軽に答える。
「別にいいんじゃねーの?いざとなれば、アレクが容赦ないのは俺達は知ってるし、できるだけ命を奪わないって考えも悪くないと思うぜ?」
「……そっか、ありがとなカイン」
「気にするなよ、相棒」
そんな話をしていると、建物の陰からルプルが姿を見せアレク達に軽く会釈する。
「アレクさん、お待たせしました。おケガはありませんか?」
「ルプル、作戦通りに動いてくれて助かったよ!俺達の方には矢は数本しか飛んでこなかったから問題ないよ」
「あっ……申し訳ありません」
ここに来ることは事前にルプルに伝えおり、緑のマントの者を狙うように頼んであった。
そのため、アレク達は軌道が逸れて自分達の方に飛んできた矢を打ち落とすことで、一切のケガを負っていなかった。
「いいって!気にすんなよ!それより、あまり時間もないし……案内を頼めるか?」
「は、はい!では、こちらにどうぞ!戦姫様がお待ちです」
ルプルに連れられてアレク達は、奇襲するはずの建物に正面から入っていく。
建物の中は、ひっそりと静まり返っており、最低の明かりが灯されクーデター派の拠点として偽装されていた。
その建物の中を進むと、建物の各所に人が待機しているのを、アレクの探知スキルが捉える。
気になったアレクは、前を歩くルプルに警備について質問する。
「なぁ、ルプル……この建物に待機している警護の人数、少なすぎないか?この人数で戦姫を守りきれるのか?」
「えっと……アレクさん達の危険を少なくするために戦姫様が警備に関わる人数を少なく抑えているからですね。それに……本来なら戦姫様に護衛は必要ありませんから、これでも多くいる方だと思います」
「なるほど……俺達への配慮か。それに噂には聞いてけど、そんなに強いんだな戦姫は」
そんな世間話をしていると、やがて建物の1番奥に到着しルプルが扉をノックして、入室の許可を求める。
「工作員ルプルです。《漆黒の魔弓》のみなさんをお連れしました!」
すると、部屋の中から冷静な返事が聞こえてくる。
「どうぞ」
その言葉を受けてルプルに続き部屋に入るアレク達だったが……アレクの後ろから息を飲む音が聞こえてくる。
「あれが……戦姫……」
カインが、アレクに聞こえるか聞こえないかの声のボリュームで言葉を呟く。
普段は緊張した様子を見けないカインが、珍しく緊張し無意識に身を固くする。
声を掛けようかと考えたアレクだったが……今は時間が限られているので、カインに構わずに戦姫との話を始める。
「戦姫様、今日は私の直接話したいという願いを聞いて頂き、ありがとうございます」
そう言いながら、アレク達は先程まで顔に装備していた仮面を外す。
「そちらの方々が、アレク殿の仲間達ですか?なるほど……中々の手練れを揃えていますね」
「いえ、まだまだ我々は修行中の身ですので……」
「謙遜することは、ありませんよ?私は、これでも戦闘において人を見る目は確かですから」
そう言いながら戦姫は、好戦的な闘気をアレク達に向けてくる。
そんな戦姫に、アレクは早々に本題を話し出して空気を変える。
「今は時間が、ありませんので……早速、本題に入らしてもらいますね?」
「ぬぅ……残念です。はぁ、では報告をお願いします」
それからアレクは、城内で知り得た情報を細かく戦姫に伝えていく。
キアとの伝心の指輪を使った連絡は、継続して行っていたが……潜入中ということもあり、最低限の連絡のみに留まっていた。
今日は、王城内の様子や気になっている箇所などを戦姫に直接、確認するために会う時間を作ってもらっていたのだ。
戦姫に報告していく中で、ある内容に違和感を覚え、戦姫はアレクの話を止める。
「ブラスマの暗殺騒ぎをアレク殿が、救ったのに国王からは何の反応もなかったのですか?」
「えぇ、王城内を自由に移動する許可は貰いましたが……それ以外は特に何も」
「本来なら、国の宰相を救ったことで国王から何かしらの反応があるはずです……それがなかったとなると」
戦姫の顔色が徐々に悪くなっていくのを、ルプルが心配そうに見つめているが……黙っていても仕方ないのでアレクは、戦姫に話の続きを求める。
「その場合……国王は、どんな状況にあると思われますか?」
「幽閉……いえ、それなら王城は騒がしくなっているばす。それか……もしかしたら、薬などでブラスマの操り人形になっている可能性がありますね」
「では、すべての黒幕はブラスマだと?」
「それは……現段階では答えられませんね。やはり確実な情報が少な過ぎます」
この話は今のところ答えが出るとは、考えられずに話題は戦姫の妹であるセツナに移っていく。
「戦姫様の妹君についての情報ですが……はっきりとしたものは発見することには至っていません」
その話を聞いた戦姫の表情は、難しいものへと変わっていく。
「しかし、王城内で入口のない塔があることが分かりました。その塔が昔に建てられた部分で老朽化のために危険と判断され、入口を塞いだようです。これについて何か聞いたことは、ありませんか?」
「入口のない塔……老朽化……あぁ、確かに昔から危ないから近付くなと言われていた記憶があるような……あっ!」
そこまで話していた戦姫が、何かを思い出したように声を上げる。
「どうしたんですか!?何か気になることでも?」
「今、思い出しました……セツナに連れられて初めて精霊の聖域に足を踏み入れた時、確か入口のない塔の方向に、向かった気がするんです。ぼんやりとした記憶ですが……」
「そうですか……なら、もしかしたら入口のない塔が何かしらのカギに、なっているのかもしれませんね」
「申し訳ありません……お役に立つ情報をお伝えできずに」
「いいえ……これだけでも今日、ここに来た甲斐がありました。ありがとうございます」
有力な情報を得ることができたアレク達は、今後の展開の確認と今日の襲撃の演出のために各自、行動することになったのであった。




