傭兵団《黒狼》
カエルレウム共和国 首都アクアエ ヴォルト城は街の中心に位置している。
王城の真下から湧き出る地下水は、王城の周りを囲み自然の守りとなっている。
白く美しい石材によって作られた建物は、荘厳さを物語り見る者を魅了する。
滑らかに削られた柱は芸術品にも似た佇まいをしており、正門からの王城を眺めると柱が左右対称に並んでいた。
王城の門から中庭まで突っ切り、真っ直ぐに進んでいた漆黒の一団を、王城内から溢れるように飛び出してきた兵士が一斉に取り囲む。
抜剣した兵士達の剣や槍の鋒が、漆黒の一団に向けられる。
兵士を統括していると思われる中年の兵士が、大声で最後の警告を告げる。
「貴様らっ!!止まれっ!それ以上進むならば死を覚悟せよ!!」
勇ましい言葉とは裏腹に、漆黒の一団の先頭に立つ男の放つ威圧感に、取り囲む兵士達の腰が引けてしまう。
「……あぁ?もう面倒だな……やっちまうか?」
漆黒の一団を率いる男が、おもむろに空中に手をかざすと空間が歪み、何もない空間から翡翠に輝く剣を取り出す。
その光景に周りの兵士は、ざわめき出し……男の一挙手一投足を固唾を飲んで見守る。
男が目にも止まらない速度で剣を振ると、突風が兵士の間を駆け抜ける。
次の瞬間、中庭の端にあった大木がミシミシミシと大きな音を立てて、ずり落ち……やがてドシン!と斜めに切り裂かれた大木が地面に転がる。
その光景を見た兵士達は、もしあれが自分達に向けられたら……と想像して青ざめる。
徐々に包囲網が後退していく中で、王城内から1人の男性が現れる。
「何事かっ!王城内での騒ぎは厳禁であるぞ!!」
細身ながらも、緑の高級そうな洋服を着た白髪の年配男性が、取り囲む兵士達と取り囲まれる漆黒の一団を交互に見つめてくる。
その男性に先程、漆黒の一団から戦姫の手甲を渡された門兵が急いで駆け寄る。
渡された手甲を男性に見せ、門でのやり取りと漆黒の男が一瞬で大木を切り裂いた話を説明する。
最初は疑わしい者を見る目が、話を聞いていくうちに大きく見開かれていく。
門兵から渡された手甲を確認すると、男は漆黒の一団を取り囲む兵士に指示を出す。
「お前達、武器を納めよ!その方々は私の客人だ!」
「「はっ!」」
戦うことを望んでいなかった兵士達は素早く武器を下すと、各自の持ち場に逃げるように散っていく。
中庭に残されたのは、漆黒の一団と緑の服をきた男性だけになる。
男性は軽く咳払いをすると、自ら名乗り出す。
「私は、この国で宰相をしておりますブラスマと申します」
「俺達は傭兵団《黒狼》だ。俺はリーダーの……そうだな、クロとでも呼んでくれ」
「傭兵団《黒狼》……クロ殿ですか……とりあえず、ここでは落ち着いて話もできませんので応接室に、ご案内します」
ブラスマは、王城内をクロ達を引き連れて移動し、やがて1つの部屋に到着する。
部屋の中は、テーブルやソファが並べられ落ち着いた雰囲気の調度品が置かれている。
ブラスマとクロは、テーブルを挟んでソファに座り、その以外の者達は各自で思い思いの場所に寄りかかっていた。
「さて、早速ですが……《黒狼》の皆さんは、何故王城にお越しになったのですか?」
「そりゃ、傭兵なんだから雇ってもらいに来たに決まってるだろ?今は王族派とクーデター派で争ってると聞いたぜ?」
ブラスマはクロ達の考えを読み取ろうと、質問を続ける。
「では、わざわざ戦姫と戦ってから王城に来た理由は?」
「それはな……実は俺の知り合いがドォールムで、カエルレウム軍の暗殺者に狙われてな。私怨があるんだよ」
「私怨ですか……それでは何故、クーデター派でなく王族派に?クーデター派の方が寝首をかくには都合が良いのでは?」
ブラスマの問いに、クロは笑って答える。
「あははっ!だってクーデター派より、王族の方が圧倒的に弱いだろ?先日のクーデター派の奴らの動きと、今日の王族派の兵士の動きを見れば分かるさ。明らかに兵の練度が違うし、指揮してる者の実力も桁違いだからな!それにどうせ争うなら金になった方がいいだろ?」
クロの言葉にブラスマは内心、痛いところを突かれたと思っていた。
国王には誤魔化しているが……クーデター派の戦力は、王族派とは比べ物にならないほど強い。
更には一騎当千の戦姫が練度の高い兵を指揮し、軍全体の士気も高く保たれている。
正面から、ぶつかれば王族派は確実に敗北するだろうとブラスマは考えていた。
「それでも、クロ殿達は王族派につくと?」
「あぁ、先日の戦いで相手の兵士と戦姫の大まかな実力は分かった。それに負けそうな方についた方が、金の払いがいいからな!」
ブラスマはクロの話を、分析しながら聞いていた。
(このクロという者……ただのバカではない。自分達が戦姫を倒せることを確かめてから、自分達を売り込みにきている。そして、こちらの戦力も戦姫とクーデター派の戦力も計算した上で、あえて王族派につくと言っている)
「それで、どうするんだ宰相様?俺達を雇うのか?雇わないのか?」
「その前に、1つだけ……どうやってクーデター派の拠点を突き止めたか、教えてほしい」
その言葉を聞いたクロは、態度を豹変させる。
「なぁ、宰相様よぉ……俺達は、その情報や手段をメシの種にしてるんだせぇ?そんなことを雇い主でもねぇーのに話すと思うか?」
ドカッ!とクロの足が、テーブルの上に投げ出される。
大きな音に、ビクッとブラスマが体を震わせるとクロは冷たい目つきで、言葉を続ける。
「これでも俺達は、そちらに配慮してるんだぜ?俺達が戦姫と互角以上に戦えることを証明し、宰相様にも分かりやすいように互いの戦力の情報も伝えた。これ以上を望んで、無駄な駆け引きを続ける気なら……このまま、俺達は帰るぞ?」
「そ、それは……」
「そうなれば……王族派が滅ぼされた後に、多少は消耗している戦姫を叩くだけだからな。金にはならないが、私怨は晴らせる」
ブラスマは苦悩する……自分達に残された選択肢は、あまりにも少ない。
クロからの申し出は、天から伸びた糸の如く……ブラスマの前に突如現れた希望だ。
滅ぼされる未来しかない現状を打開するためには、彼らに頼るほかないのだ。
しかし、彼らが信用に足るものかも定かでない以上、どうしても危険はつきまとう。
深く考え込むブラスマに、クロが優しく声を掛ける。
「まぁ、今すぐに答えるのは難しいだろ?少し部屋の外で、気分転換でもしてきたらどうかな宰相様?それまでは俺達も、この部屋で待たせてもらうよ」
「も、申し訳ない……お言葉に甘えて、外の空気でも吸ってくるとしよう。少しの間、失礼する」
ブラスマは額に大粒の汗を溜めながら、重い足取りで応接室を後にする。
ブラスマの気配が応接室から遠ざかっていくのを確認すると、部屋のいた皆が一斉に喋り出す。
「ぷっ!ぷはははぁ!小悪党の演技が最高に上手かったぜアレク!!」
「カイン……笑い過ぎだろ!これでも、かなり穏便に話したつもりだったんだが?」
「いやいや、アレクがテーブルに足を投げ出した辺りから、宰相がブルブル震えてたぜ?ありゃ相当、アレクのことが怖かったんだな」
大笑いするカインに続き、アマリアも肩を震わせながらクスクスと笑い、感想を漏らす。
「アレクって、詐欺師としても生活していけるんじゃない?良く、あれだけペラペラと嘘が出てくるわね!」
「詐欺師とは失礼な!別に全てが嘘ではないだろう?戦力の話も戦姫の手甲も本物だし……」
「でも、私達が傭兵団の……えっと、何だっけ?黒猫?だったかしら?」
「傭兵団《黒狼》だろ?一応、暫くは自分達のことを、そう名乗るんだから覚えといてくれよ」
「そうそう!それ!そんな名前まで考えてるなんてね……実は、そんな名前のチーム名が良かったのかな?なんて考えちゃったよー」
「………………」
「あれ?アレク?」
アレクは心の中で、悲鳴を上げていた。
ちょっとした思い付きで、カッコいいかも!っと気軽に名乗ったが……よくよく考えてみれば、かなり中二病っぽい。
前世で、学生だった頃の恥ずかしい自分の思い出し、アレクは悶絶しそうになる。
そんなアレクにミカエラも、声を掛けてくる。
「で、でも……宰相さんは誘いに乗ってくるでしょうか?アレクさんが怖くて……断っちゃうとか……ありませんよね?」
「ふぅ〜、それについては大丈夫だと思うぞ?元王族は、かなり追い詰められてるからな……信用できなくとも俺達を利用しようと考えるはずだ」
「では、もし雇われることになったら?」
「その時は、徐々に信用を得ながら王城の内情と、セツナについての情報を探る」
傭兵団《黒狼》として王城に潜入してるのは、アレク・カイン・アマリア・ミカエラの4人だけだった。
キアとエレナには仕事を頼み、今は別行動をとっている。
そもそも、こんなことになっているのはアレクの思い付きが原因だった。
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アレクのクーデター派の拠点潜入を、きっかけに同じ道を歩むことになった、戦姫と半獣のルプルとアレクは、3人で今後のセツナを助けるための手段を考えていた。
「いえいえ、そんな強行手段を取るつもりはありませんよ!もっと現実的で、穏便な方法を考えついたんです」
「本当に、そんな方法が?」
「えぇ、間違いなく王城に侵入できると思います。それには戦姫様の協力も必要になるのですが……」
「私に協力できることなら、喜んで協力致します!」
力強く答える戦姫に、アレクは笑顔でアイテムボックスから剣を取り出す。
「では、まず戦姫様に負傷して頂きたいのですが……よろしいですか?」
「えっ?」
「と言っても血の付いた鎧の一部を貰えれば十分なんですけど……できれば、戦姫と戦ったことが証明できるものだと助かります」
アレクの意図を感じ取った戦姫は、隣の部屋に用意されていた自らの鎧の一部を切り取り、アレクに手渡す。
「この手甲ならば、元王族の関係者に見せれば戦ったことを証明できるはずです」
手甲には、何かの紋章が刻まれており特別な意味を持つものであることを主張している。
「ありがとうございます、あとは血が付いてれば完璧なんですけど……それは俺が自分の血でも付けておきます」
アレクが戦姫と話していると、ルプルが恐る恐る手を上げる。
「私で良ければ、血を提供します!半獣は人族よりも多少、丈夫ですので!」
「半獣?」
アレクは聞きなれない言葉に、反応してまじまじとルプルを観察する。
人間のような可愛らしい顔立ちに、茶髪の中にピョコンと立った三角の耳……言われていみれば普通の獣人とは、かなり外見が違う。
そんなアレクに、戦姫は半獣について丁寧に説明する。
戦姫の説明の途中に何故か、どんどんルプルの顔色が悪くなっていくのを見て、不思議に思ったアレクが戦姫の説明が終わると同時にルプルに声を掛ける。
「どうした?かなり顔色が悪いぞ?」
「あ、あ、あの〜戦姫様の鎧に半獣の私の血を付けるなど……考えてみると、無礼に当たるのでは……ないかと」
アレクはルプルの言っている意味が分からずに、戦姫の意思を確認する。
「って言ってますけど?どうなんですか戦姫様?」
「気にする必要は、ありません。それに、成り行きとはいえ……詳しい事情を知ってしまった以上、ルプルには私の直属として働いてもらうことになります」
その言葉を聞いたルプルの動きが、ピタッと止まる。
「えっ?私が?戦姫様の直属?」
「えぇ、直属の秘密工作員になってもらいます。とりあえずは私とアレク殿を繋ぐ仕事を与えます。それとアレク殿に協力して、妹を助け出せるように動いて下さい」
「はっ!はいぃぃ!!か、かしこまりましたぁ!!」
まさかの大役にルプルは、足先から尻尾の先・耳までピーンと張り詰め、ガッチガチに固まっていた。
それから3人は大まかな作戦を話し合った。
その作戦とは戦姫との戦闘を偽装し、手柄を持って傭兵団として王城に潜入することだった。
よりリアリティを出すために、今いる拠点を派手に破壊するという徹底ぶりで、戦闘を演出しアレク達が王城に潜入しやすくすることを戦姫は快諾する。
元々、アレクに拠点を突き止められた段階で、戦姫は拠点を移すことを考えていたので決断は早かった。
それに加えて、戦姫が負傷したという噂も同時に流しアレク達を援護することも、すぐに決定する。
アレク達からも連絡係としてキア・エレナを派遣することで二重に追跡の警戒をすることになった。
今後の流れを確認し終わったアレクが、部屋を後にしようとすると……思い出したように戦姫がアレクを呼び止める。
「アレク殿!念のために王城には顔を隠して向かわれた方がいいと思われます!何かの顔を隠せるものは、お持ちですか?」
「いえ、姿を隠せるのは、このフード付きマントくらいですね……」
「それから、私の私物をお貸ししましょうか?」
「え?私物ですか?」
戦姫の思いがけない申し出に、アレクは何故か嫌な予感を覚える。
しかし、無下に断るわけにもいかずに、アレクは何枚かの仮面を手渡される。
それは目元を隠すだけの簡単な仮面であった。
「えっと……これは?」
「その仮面には、認識阻害の魔法が掛かっているんです!私も外出する時には必ず、それを着用していますので効果は保障します」
「そ、そうなんですか……では、ありがたく使わせて頂きます」
効果としては、本当にありがたかったのだが……1つだけ納得できないことがあった。
それは仮面が、やたら派手なことだった……白地や黒地に金色の装飾が施され、まるで物語に出てくる仮面舞踏会を彷彿とさせるデザインだったのだ。
(顔に認識阻害の魔法が掛かるなら、仮面を派手にする必要なくないか?これは戦姫の趣味?それとも戦姫の側近の趣味なのか?)
悩んでも答えは出ないと諦めたアレクは、ルプルに戦姫から貰った手甲に血を付けてもらい、アイテムボックスに仮面と一緒に収納する。
戦姫と拠点の移動が完了し次第、演技で騒ぎを起こすことにしてもらうと、アレクは戦姫達の元を後にした。
外で合流したカイン達に建物に入ってからのことと、今後の予定を説明すると……1人で勝手に危ない事をするなぁ!!とカインとアマリアから凄く怒られた。アレクは平謝りするしかなく、夜明けまで2人に説教を受けることになったのである。




