預言
魔石を使ったランプが灯る執務室で、書類が幾つも纏められた机を挟んで戦姫とアレクは向かい合っていた。
2人の視線が重なり合う中で、戦姫は5年前のことを語り出す。
「カエルレウム共和国の元王族には、特殊な情報源があります……ここでは先程アレク殿が呼称していたので仮に“預言”とでもしておきましょう。その“預言”によって5年前、アクアエの危機が警告されたのです」
「“預言”に……5年前に警告……」
アレクは戦姫の話を聞きながら、頭の中でパズルを組み立てていく。
「“預言”の詳しい内容は私達にも分かりませんが……調べて分かったのは、“カエルレウム共和国 首都アクアエの西より災いが訪れる”というものだけだったのです。そして、その条件を満たしていたのがアレク殿達だったと思われます」
戦姫がアレクのことを見つめながら、話を続ける。
「当時、私はクーデターを起こした最中でしたが……半年前に軍の中で、不穏な動きをしてる者がいることを知りました。それが、きっかけとなり“預言”の内容を断片的に知ったのです。そして元王族派の軍の者が、ドォールムに潜入していることを突き止めました」
戦姫は机に肘をつき、両手を口の前で組みながら暗い表情を浮かべる。
「そこで、元王族派の者が何をしようとしていたのかを知りました。彼らは“預言”の条件に当てはまる者を全て抹殺し、我々クーデターを起こした者に、その罪を着せようとしていたのです」
そこからは、アレクが知っている内容がパズルのピースのようにハマっていく。
元王族派の凶行を止めるために、戦姫は別働隊を編成してドォールムに向かわせた。
何とか騒ぎになる前に、元王族派の拠点を見つけ出し関係者を葬った。
しかし、その後にアレク達が襲われたことが公になり、別働隊は急いでドォールムから撤退することになる。
その際に戦姫達に、罪を着せるために用意されていた書類などが拠点に残されることになり、それをアレク達が発見したということだった。
一通りの話を聞いたアレクは、疑問に思ったことを戦姫に問いかける。
「元王族派の人達は、その“預言”というやつに国を動かす程の信頼を寄せているようですが……そこまでのものなんですか?」
「それは、その……“預言”を、もたらしているのは水の聖女だと言う噂があるのです」
「水の聖女?」
「水の精霊に選ばれた存在……精霊より、恩恵を受けた者と言った方がいいでしょうか?」
そこまで戦姫の話を聞いていたアレクは、彼女の口から水の精霊の存在が当然のように語られたことで、ある種の核心を得る。
そんな戦姫にアレクは、カマをかける。
「水の精霊に選ばれた存在……なるほど、それは貴方と同じということですか?」
アレクの問いかけに戦姫の瞳が、大きく見開かれる。
すぐに戦姫は平静を装うとするが、アレクは瞳の奥に映る動揺を見逃さなかった。
「なっ…何を言っているのですか?私は別に――」
「貴方の話し方から、水の精霊を実際に見たことがあるような印象を受けました。なら、貴方も、似た存在だと考えたのですが……違いましたか?それに氷血の戦姫と呼ばれている方なら、そういったことがあっても不思議ではないでしょ?」
アレクは風の眷属が、この部屋に近付いた時に騒がしくなったことを思い出し、戦姫も精霊に関係する者だと確信を持っていた。
だからこそ、水の聖女も彼女の関係者では?とアレクは予想したのだ。
しかし、戦姫は肝心なことを隠している……そう感じたからこそ、アレクは戦姫の真意を探ろうとしていた。
「いえ……私は選ばれた存在は、ありません。私なんかよりも選ばれた存在というのは妹のような者を言うのでしょうね」
アレクは話が思わぬ方向に進み出したことに、眉をひそめる。
「妹君が、いらしたのですか?そのような話は聞いたことがありませんが?」
「妹は……セツナは……小さな頃から人には見えないものが、見えていました。そのことで特殊な扱いを受けていたのです。それによりセツナの存在を知るものは、元王族の中でも限られていました」
他の者には見えないものが見える……それだけでセツナという少女が、どのような扱いをされていたかと考えると、アレクは胸が苦しくなった。
アレクの前世でも、そういった話は珍しいことではなかった。
本当に見えているのか?見えていないのか不明だか……本人の訴えが真剣であればあるほど、周囲の反応は残酷なものになることをアレクは知っている。
更には彼女は、世間体という見えないプレッシャーを一族から向けられていたことだろう。
そういった意味で、戦姫の妹の存在が隠されていたことも納得できる話だった。
「私達、姉妹がまだ幼い頃……妹に連れられて王城の中を探検したことがありました。その時にセツナは、何かに導かれるように私が見たことがない通路を通って“とある場所”に私を案内してくれたのです」
「それが?」
「えぇ、今思えば精霊の聖域と呼ばれるものだったのでしょう。そこでセツナは、誰もいない空間に話し掛けていました。そして何かを精霊から授けられたです」
それからセツナは、人が変わったように必死にアクアエの危機を訴えるようになった。
周囲の者は、幼い子供の戯言と決めつけて彼女の話を、取り合わなかったのだ。
それでも諦めずに危機を訴え続けたセツナは、世間体を気にした一族によって幽閉されてしまい、幼くして亡くなったとされている。
「幼い私は、妹の病気が悪化し、遠方で静養していると教えられていました。何度も何度も面会を望みましたが……最後まで妹に再会することは叶いませんでした。ですが……半年前に“預言”についての情報得て、1カ月にドォールムで関係者を尋問したことで“水の聖女”の情報を掴んだことで妹が生きているのでは?という疑念が生まれたのです」
「では、クーデターの動きを止めたのも?」
「妹のことがないといえば、嘘になりますが……妹が“預言”に関わっているなら“カエルレウム共和国 首都アクアエの西より災いが訪れる”という情報も、無視できないものだと判断したのです」
心の中に溜まった想いを全て吐き出した戦姫に、アレクは問いかける。
「何故、初めて会った私に心の内を明かしたのですか?」
「分かりません……ですが、何か貴方からは妹に似た雰囲気を感じます。その所為でしょうか?」
戦姫が初めて見せた優しい顔を、アレクは美しいと感じていたが……今は、それどころではないので頭を切り替えて行動を起こす。
アレクは、これも精霊の導きかと考え、おもむろに胸元からネックレスを取り出す。
「そのネックレスは?」
「これは精霊石の結晶です……そして“精霊の使徒”の証でもあります」
アレクの言葉に、戦姫は息を飲みネックレスをジッと見つめる。
ネックレスには燃えるような紅い宝石と、風駆ける草原のようなエメラルドの宝石が組み込まれていた。
それを見た戦姫は、なんとも言えない懐かしい感覚に包まれる。
戦姫は頭ではなく本能で、そのネックレスから放たれているエネルギーが、精霊の力であることを理解する。
戦姫はネックレスから視線を外し、今度はアレクの顔を正面から見つめてくる。
「貴方が、精霊の使徒というのは間違いないようですね。ですが……貴方は、これからどう動くおつもりですか?このままドォールムに帰っても、私達のクーデターが成功すれば安全は保障されますよ?」
「いいえ、妹君の話を聞いて事情が変わりました。今日ここで貴方と出会い、精霊の話を聞けたことも何かしらの縁なのでしょう。なので私は、これから貴方の妹さんを探そうと思います」
そのアレクの言葉を聞いた戦姫は、少しだけ目に涙を浮かべる。
「ありがとう……ございます……アレク殿」
感謝の気持ちを伝える戦姫を見ながら、アレクは王城に潜り込む手段を考えていた。
王城にセツナがいるとは限らないが……何かしらの手掛かりがあるとアレクは考える。
そして今までの話を頭の中で纏めているうちに、1つの方法を考え付く。
「戦姫様、私は妹君の手掛かりを探すために王城に潜り込もうと思います」
「王城にですか?ですが……それは簡単なことではないですよ?更に今現在は、クーデターを受けて王城の警備は強固のものになっています。それを突破しようとすれば――」
もしかしたら、妹を盾にされるかもしれないと戦姫は戦慄する。
「いえいえ、そんな強行手段を取るつもりはありませんよ!もっと現実的で、穏便な方法を考えついたんです」
「本当に、そんな方法が?」
「えぇ、間違いなく王城に侵入できると思います。それには戦姫様の協力も必要になるのですが……」
「私に協力できることなら、喜んで協力致します!」
力強く答える戦姫に、アレクは笑顔でアイテムボックスから剣を取り出す。
「では、まず戦姫様に負傷して頂きたいのですが……よろしいですか?」
「えっ?」
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その日、昼下がりのアクアエに衝撃が走る。
クーデターを画策していた戦姫と軍の施設が、何者かに襲われ大破。
そして、戦姫も重傷を負ったという噂が街中に流れたのだ。
アクアエの住民は、戦姫からクーデターに参加しないように事前に告知を受けていた。
アクアエの住民が争いに参加すれば、元王族派が住民を攻撃する大義名分を与えることになる。
それを避けるためにも、住民はクーデターを静観するべし!と指示を出していたのだ。
けれど……アクアエの住民の殆どは戦姫の志を支持していた。
それ故に、今回の戦姫負傷の噂は、大きな衝撃を住民達に与えることになった。
その噂は、やがて元王族派の耳にも届くことになる。
そして元王族派の人間達は、血眼になって戦姫に負傷させた者を探し始める。
それは、もちろん罰を与えるためではなく、自分達の派閥に取り込むためである。
元王族派は、軍の全てが戦姫についていないとはいえ、戦力的に不安が残る。
戦姫と戦ったとしても彼女を倒すことが可能な者など、元王族派の戦力の中にはいないのだ。
それだけに今回の戦姫負傷の一報は、元王族派にとって吉報となった。
そんな慌ただしく動いていた王城に、漆黒のマントの一団が真っ直ぐに向かっていた。
その一団はフードを深く被り、顔は一切見えない。
怪しげな一団の接近に王城の門兵は、大声で警告を発する。
「そこの怪しいヤツら、止まれぇ!!ここはカエルレウム共和国 王城であるぞ!それ以上、近付けば命を持って罪を償うことになるだろう!」
大声を張り上げる門兵の前に、音もなく漆黒のマントの1人が近付いてくる。
漆黒の者は、懐から血がベッタリと付着した鎧の一部を地面に投げ捨てる。
ガチャンと無残な音を立てて転がった、鎧の一部を見た門兵は驚愕の表情を浮かべる。
何故なら、それは戦姫にのみ許された、王家の紋章が刻まれた手甲だったのだ。
状況が飲み込めない門兵に、漆黒の者は用件を告げる。
「これは先日、戦姫を襲撃した際の戦利品だ。ここの王族に話が、あってきた……さっさと中に入らしてもらおうか」
凄まじい威圧感を放つ男の声に門兵は、失禁しそうになる。
そんな門兵をあざ笑うように、漆黒のフードの中に怪しげな仮面をつけた男は、一団を率いて王城の中に入っていくのであった。




