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氷血の戦姫

 魔石を使用したランプによって、部屋の中は夜でも明るく照らされている。

 部屋の中には仕事用の机があり、その机の上には幾つもの書類の束が纏められている。

 そこに1つ書類と睨み合いをしている、1人の女性がいた。

 彼女は白く雪の様な髪を持ち、澄んだ青い瞳の色をしている。


 しかし、その外見は美しいという言葉よりも勇ましいと言葉が似合うものである。

 ベリーショートの髪型から覗く、鋭い目つきは睨まれた者を震え上がらせる力を持っていた。

 そんな彼女が睨み合いをしているのは、最近アクアエでカエルレウム軍のことを嗅ぎ回っている、冒険者と思われる者についてのものだった。


 ここ1週間ほど街の各所で目撃されており、住民にカエルレウム軍について聞いて回っているらしい。

 その立ち振る舞いは悪いものではなく、丁寧に話を聞いて回っていることから、王族の関係者ではないと思われる、と報告書には記述されていた。


 女性は、この報告について詳しく話を聞くために報告を上げきてた者を呼び出す。

 机に置かれたベルをチリンチリンと鳴らすと、部屋の扉が開き1人の若い男の兵士が入ってくる。


 若い兵士は机の前で敬礼すると用件を聞く姿勢を見せる。

女性は先程まで見ていた報告書を若い兵士に渡たす。


「詳しい話を聞きたいので、その報告書を提出した者を連れてきて下さい」

「はっ!かしこまりました!」


 報告書を受け取った若い兵士は、素早く部屋から退室すると……5分もしないうちに2つの足音が女性がいる部屋に近付いてくる。

 部屋の扉の前で足音が止まると、扉をノックする音が聞こえてくる。


「どうぞ」


 女性が入室の許可を出すと、静かに扉が開き先程退室していった若い兵士が、1人の少女を連れて戻ってくる。

 その少女は茶色い髪をターバンで隠し、胸元が開いた皮の軽装とホットパンツという隠したいのか見せたいのか良く分からない格好をしていた。


 ガチガチに緊張しながら女性の前に連れて来られた少女は、訳が分からず青い顔をしている。

 女性が少女と2人で話すために、兵士に合図を出して退出を促す。

 合図を受けた兵士は、一礼すると少女を部屋に置いて出て行ってしまう。

 部屋に残された少女に、女性はできるだけ優しく声をかける。


「そんなに緊張しないで下さい……ここには私と君の2人しかいませんから、誰も貴方の態度を怒る者などいません。貴方の名前を教えてくれますか?」

「は、はい!私はルプルと申します!戦姫様!!」


 戦姫様と呼ばれた女性は、苦笑いをしながらルプルについて質問する。


「ルプルは最近、軍の協力者として参加したのですか?それに、その布は……」


 戦姫の視線に気付いたルプルは、慌てて頭のターバンを外す。


「戦姫様の前で、失礼しました!!非礼をお許し下さい!」


 ターバンを外し、謝罪するルプルの頭には2つの三角形の耳がついていた。

 ルプルの気持ちを表すように耳が折れ曲り、しおらしくなっていく。


「そうですか……ルプルは半獣だったのですね。話には聞いたことはありましたが、見るのは初めてです」


 ルプルは必死に頭を下げながら、恥ずかしさで顔を赤らめる。

 獣人と人族の間に出来る子供は、大体が獣人の血を多く引き継ぎ、獣に近い外見になる。

 しかし、稀に人間の姿でありながら、部分的に獣人の特徴を持つ者もいる。


 それが半獣と呼ばれる者であった……優れた身体能力を正義とする獣人の中で、半獣の力は獣人の半分ほどになるために、非力な存在として差別される傾向にある。

 それを戦姫の前で、晒したことにルプルは恥ずかしさを覚えたようだった。


 そんなルプルに戦姫は、淡々と話しかける。


「私は獣人であろうと半獣であろうと差別はしません。大切ことはアクアエを愛する気持ちです」


 その言葉に、落ち着きを取り戻したルプルは目頭に溜まった涙を拭くと、戦姫に向き直る。

 それを確認した戦姫はルプルを呼んだ本題に入る。


「先程、ルプルの報告書を見ました。詳しい話を聞きたいので説明してくれますか?」

「は、はい!戦姫様!!えっと……何を詳しくお話しすれば、いいでしょうか!?」

「そうですね……まずは、聞き込みをしていた者達の特徴を教えて下さい」

「は、はい!戦姫様!」


 それからルプルは、街で聞き込みをしていた者達の詳しい外見などを戦姫に伝えた。

 更に、その者達の立ち振る舞いや拠点としている宿の場所なども報告していく。

 一通りの報告を受けた戦姫は、ルプルに彼らの実際に見た印象などを聞いてくる。


「実際に彼らを見てルプルは、どう思いましたか?王族絡みの人間に見えましたか?」

「え、えっと……その……」

「貴方の主観で構わないので、教えてくれますか?」


 どう答えたら良いかと考えているルプルに、戦姫は出来るだけ素直な意見を求める。


「はい……私には王族絡みの人族には、見えませんでした」

「何故、そう思ったのですか?」

「恐らく彼らのリーダーだと思われる青年が……話を聞いた住民に、お礼を言っていたんです」


 そのルプルの言葉で、戦姫は王族絡みの者ではないと納得してしまう。

 何故なら、王族絡みの者は皆が尊大な態度の者がほとんどで、必ずと言っていいほど問題を起こすのだ。


 ルプルの話の様に、話を聞いた住民に……しかも協力的でない者に、お礼を言う者など王族絡みの者とは考えにくい。


「なるほど……それで彼らの目的は何だと思いますか?それか何か他に気になることは、ありませんでしたか?」

「目的についてはカエルレウム軍のことを、調べていること以外は分かりませんでした。あとは気になることですが……」


 ルプルは今から伝えることは、戦姫に言ってもいいことなのかと迷い、口ごもる。


「ここでの発言は不問に付します。なので遠慮なく気付いたことがあったら言って下さい」


 ルプルは戦姫の言葉に背中を押され、自分が思ったことを伝える。


「はい、そのリーダーと思われる銀色の髪をした青年なんですが……その……戦姫様と同じ匂いがしたんです!」

「に、匂いですか!?えっと……私と同じ……匂い」


 戦姫はルプルの発言に、思わず自分の匂いを確かめそうになるが……グッと気持ちを抑え我慢する。


「その……匂いについて詳しく教えてくれますか?」

「はい!私は半獣で力が弱い分、部分的に能力が高くなっているのです。その1つが嗅覚で、ただの匂いでなく特殊な匂い……力の匂いとでもいいましょうか?そういったものを嗅ぎ分けることができるんです」


 ルプルの発言に戦姫は眼を細める。


「つまり、その銀色の髪をした青年は私と同じくらい強い……ということですか?」

「同じかは、わかりませんが……強いことは確か――ヒッ!!」


 戦姫の問いに答えていたルプルの耳が、急に危険を感じてピーンと立ち、毛が逆立ち始める。

 ルプルは自分が何に怯えているのか、すぐに気配から察する。

 先程までは、穏やかだった戦姫が冷たい微笑みを浮かべていたからだ。


「…………っ!!」


 あまりの威圧感にルプルが固まっていると、ルプルの様子に気付いた戦姫は、殺気を霧散させてコホンッ!と咳払いをする。


「申し訳ありませんルプル。少し気持ちがたかぶってしまいました」

「えっ?あ、はい!私は大丈夫です」


 先程までの殺気が嘘のようになくなっていることに、動揺しながらもルプルは戦姫の顔を見つめる。


(戦姫様は、絶対に怒らせてはいけない人だ……私の野生の勘が今、人生の中で最大に自分に警告を発している)


 ルプルが全身に冷や汗をかいていると、不意に部屋の扉がノックされる。

 先程の兵士が何か報告があって戻ってきたのかと思い、戦姫は入室の許可を出す。


「どうぞ」


 戦姫が許可を出すと扉が、ゆっくりと開いていく。

 その瞬間、戦姫は目の前にいたルプルの鼻がピクピクと反応する姿に気を取られる。

 戦姫の目線の先にいたルプルの視線は、驚愕と共に扉の方に固定されていた。

 それにつられるように戦姫も扉の方を見ると……そこには先程の報告にあった、銀色の髪をした青年が立っていた。


「こんばんは」


 青年は笑顔を2人に向けた。



 ===============================



 〜戦姫とルプルとアレクが出会う5時間前〜


 アレク達《漆黒の魔弓》が、首都アクアエに到着してから7日が経とうとしていた頃。

 カエルレウム軍についての情報は、期待していたよりも集まらず、聞き込みは無駄骨に終わった。

 しかし、夜になりアレク達が宿で休んでいると事態は急変する。


 いつも通り宿のベッドで休んでいると、伝心の指輪が反応しキアから連絡が入る。


(アレク聞こえますか?)

(あぁ、聞こえてるよキア。いつもより早い報告だけど……何かあったか?)

(えぇ、やっと相手の尻尾を掴みましたわ)

(おお!本当か!?で何が分かった?)


 心の声でも興奮が分かるくらいに、テンションが上がったアレクがキアに報告を求める。


(尻尾を掴んだという文字通り、アレク達を監視していた獣人を見つけましたわ。今日の情報収集の際に物陰から、コソコソと様子を窺っていましたわ)

(獣人か……確か教会の情報で獣人族が、クーデターに参加してるという噂があったな)


 ドォールムの教会の司祭であるセロネスの、話を思い出しながらアレクはキアに話の続きを促す。


(私もアレクから聞いた話を覚えてましたので、そのまま獣人を追跡しましたの。そしたら、カエルレウム軍の拠点だと思われる建物に入っていきましたわ)

(カエルレウム軍の拠点だと、判断した根拠は?)

(建物に出入りしている者達の多くが、足音を消していましたわ。普通の兵士は、そんなことはしないでしょう?それにドォールムの冒険者から聞いた、カエルレウム軍の者が使うという独特の歩行術とも合致していましたわ)


 そこまで話を聞いたアレクは、カエルレウム軍の拠点で間違いないと判断して、行動を起こすことを決める。


(良くやってくれたキア!お手柄だ!!)

(ふふんっ!そうでしょう!エルフに掛かれば簡単な仕事でしたわ)

(じゃあ、拠点の場所を教えてくるか?)

(了解ですわ!えっと……)


 それからアレクは仲間達を集めて、キアがカエルレウム軍の拠点を発見したことを説明した。

 皆は、自分達を囮としたカエルレウム軍を釣り上げる作戦だったことを理解して不満そうな顔をしていた。

 しかし、何故か急いでいる様子のアレクに、カインは疑問を感じて質問する。


「どうしたんだよアレク。そんなに慌てて……明日にでも装備を整えて、拠点に向かえばいいんだろ?」


 ゆったりと構えているカイン達に、アレクは自分の考えを伝える。


「実は今からカエルレウム軍の拠点の、様子を見に行こうと思ってるんだ」

「はぁ?なんでだよ?」

「キアがカエルレウム軍の拠点を見つけることができたのは、さっきも話したけど夕方に監視者を追跡したからだ。その監視者が俺達のことを報告すれば、最悪拠点を他に移したり警戒を強めてしまうかもしれない」


 そこまでの話を聞いて仲間達は、アレクが急いでいる理由を察する。


「つまり……探るにしろ接触するにしろ、時間は限られてるってことか?」

「そういうことだよカイン、それと今回は極力戦闘は避けるつもりだ。まだカエルレウム軍が俺達を狙った黒幕とは、決まってないからな」


 アレクは、仲間全員が状況を把握できていることを確認すると……行動を開始するべく動き出す。


「今回の潜入は、俺とキアとエレナが担当する。他の皆は相手の拠点の近場に、待機しててくれ」


 潜入に向かないカイン・アマリア・ミカエラは皆が残念そうな顔をしていた。

 それとは対照的にエレナは、何故自分が潜入メンバーに選ばれたのか分からずに困惑していた。


「えぇぇ……私が潜入班ですか?私、気配消したり探知したり出来ませんよ?」

「エレナには、ちゃんと別の仕事を用意してるから心配しないでくれ」


 アレクが悪い顔で、エレナに笑いかける。

 エレナは、アレクの表情を見て抵抗することを諦め、大人しく行くことを了解した。

 こうしてアレク達《漆黒の魔弓》は、久しぶりの潜入任務に臨むのであった。



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