水の都 観光案内
暗殺者の痕跡を追って、カエルレウム共和国首都アクアエに辿り着いたアレク達《漆黒の魔弓》は、世情に疎い冒険者を装いながら情報収集を行っていた。
水の都と呼ばれるアクアエは、太陽を反射して煌めく水面と白い建物に赤茶の屋根のコントラストが映え、美しい街並みが広がっている。
街全体に蜘蛛の巣のように広がった水路が、大小と複雑に組み合わさり、その水上をゴンドラが滑るように移動していく。
その中の一艘のゴンドラに乗り、アレク達は水路を巡っていた……先程、知り合ったオジサンが細長いゴンドラを1本のオールで操り、淀みなく水路を進む。
ゴンドラを操りながらオジサンは、アレク達の後ろからアクアエの観光案内をしてくれる。
狭い水路に入ったところには両側の建物の窓口から、無数に吊るされた花々が咲き誇る、華やかな水路。
裏路地には水路を挟んで窓同士で紐が渡され、ゴンドラの頭上に広がる色とりどりな洗濯物が旗の様に、はためく光景。
メインの水路では、幾つもの船が停留し船上で色々な買い物ができる水上市場。
船に揺られながら、アレク達は水上市場で購したパンに肉や野菜を挟んだ、アクアエパンを片手に観光を楽しんだ。
楽しい時間は、あっという間に過ぎ去りアクアエの日も徐々に傾き始める。
そんな満足した様子のアレク達に、オジサンが自慢気にアクアエを巡った感想を聞いてくる。
「お客さん達、水の都アクアエを巡ってみてどうだったよ?美しい街だろう?」
「えぇ、オジサンのお陰で楽しい時間を過ごせました。一般の観光では通らない水路なども案内してもらえましたし、大満足ですよ!」
「そうかい!なら良かったよ!最近は、めっきりお客さんも減って休業してたんだが……気前のいいお客さんに声を掛けて俺も、運が良かったよ」
オジサンの言葉に、少しだけアレクの目が鋭くなる。
「あれ?噂だとクーデターは、落ち着いたと聞いてたんですが……まだ、お客さんは戻ってないんですか?」
「兄さん……その様子じゃ、やっぱりアクアエの冒険者じゃないんだな?兄さんには、気前よく代金を貰ってるから教えるが……まだクーデターが落ち着いたわけじゃないんだよ」
そこからオジサンは、現在のアクアエの実情をコッソリ教えてくれた。
「つい最近まで確かにクーデターによって、元王族を排除しようする動きが活発化していた。けれど、戦姫様が率いるカエルレウム軍は決して暴力を是とされない方々だ。その証拠にアクアエの街は今日、兄さんが巡ったように観光ができているだろ?」
オジサンの話を聞いていたエレナが、気になる言葉に反応して質問する。
「今、元王族と言いませんでしたか?そもそも、今更ですが……カエルレウム共和国なのに何故、王族が国の方針を決めているのです?」
「なんだ?お姉さん知らないのかい?カエルレウム共和国は、“貴族的共和制”を採用している国なんだぞ?」
そもそもカエルレウム共和国が誕生したのは、100年程前である。
かつてカエルレウム王国と呼ばれ、王族が統治する地であったが……100年前の戦争で大きな損害を受けることになる。
種族間の争いや魔物の大発生によって、人的にも物理的にも大ダメージを受けた、当時アクアエの有様は酷いものであった。
多くの国民が途方に暮れる中、先頭を切って立ち上がったのは当時の国王だった。
国王は私財を投げ売り、全てを住む場所や家族を失った国民に分配した。
それだけではなく、当時は敵同士であった異種族を国民として受け入れることを公に宣言したのだ。
異種族を国民として受け入れることに、多くの批判や不満が挙がったが……国王は国民が集まる場で、こう発言したと言われている。
「我々は、争いによって多くの大切なものを失った。それは決して取り戻すことができないものだろう……しかし、生き残った我々でも取り戻すことができるものがある。それは美しい我々の国だ。どれ程の時間と労力が掛かるのかも分からないが……それでも、争っていた時代よりも美しい街を作り上げると、私は約束する。その美しい街を2度と異種族同士で争わない象徴とするのだ。国民の条件は1つだけ……カエルレウムを愛し美しいと思える者であることだ!」
この国王の演説に心を動かされた多くの者が、その考えに賛同しカエルレウムを復興するために尽力した。
人・ドワーフ・獣人など、種族を越えて共に歩み出し今のアクアエを作り上げたのだ。
その時代の流れの中で、国王はカエルレウム王国をカエルレウム共和国に変えていくことを発表した。
しかし、復興という先が見えない状況の中では国民の心を1つにする、国王という旗印が求められていた。
それに異なる文化を持つ他種族が入り混じった共和国は、お互いのことを理解するのに時間を必要としていた。
それを受けて国王が出した答えは、少数の特権身分にのみが政治権力を持っている状態である“貴族的共和制”を採用し限定的に、国の方針を決めていくことだった。
そして将来的には本来の共和国の形である“民主的共和制”に進んでいくことで、カエルレウム共和国の最終的な方針は決定した。
それが現在のカエルレウム共和国の実情であり、クーデターが起こる原因になっていく。
「国王や国民のお陰で、昔よりもアクアエは美しく蘇った……けど、優れた国王の後継が、同じように優れているとは限らないことを国民は知ることになったのさ」
「ということは、その後の王族が?」
「あぁ、時代が過ぎるにつれて元王族達は崇高な志を捨ててしまったのさ」
現在の元王族が実権を握るようになってから、人族以外の種族を弾圧する動きを見せ始める。
特に獣人族は奴隷のような扱いを受けて、一時期は本当に内戦に発展しそうになることもあった。
政権では汚職や賄賂が横行し、特権階級を持つ者の犯罪は、もみ消される。
それに関わった兵士達も徐々に、その考えと金に汚染され犯罪者へと堕ちていく。
その諸悪の根源である元王族の中でも、過去の国王と同様に崇高な志を持つ者が現れる。
それが戦姫と呼ばれているヒョウカ・テュス・カエルレウムである。
ヒョウカ王女は、水魔法に特化した才能を持ち15歳になる前から、カエルレウム軍で指揮を執るほどの天才であった。
氷を自在に操り、敵の血液の最後の一滴まで凍らせることから、“氷血の戦姫”とも呼ばれ恐れられている。
「そのヒョウカ王女……いや、戦姫様が、現在のカエルレウムの現状を変えるためにクーデターを起こしたということだ」
「その戦姫様が、クーデターを起こすほどに国が腐っていたと?」
「まぁ、そういうことだな。だから、兄さん……特に用がないなら早いとこアクアエを出た方が、いいと思うぜ?戦姫様が街に被害が出ないように動いてくれているが……それも何時まで保つか分からないからな」
そう話してくれたオジサンは、最初にゴンドラで迎えに来てくれた場所までアレク達を送り届けると、手を振ってゴンドラで去っていった。
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とりあえず情報収集を終えたアレク達は、日が暮れる前に宿に戻った。
別行動をとってたカイン達も、アレク達より少しだけ遅れて宿に戻ってくる。
今日一日のアクアエで集めた、情報の共有を行うため借りている部屋で報告会を開く。
アレク達は今日、ゴンドラのオジサンから聞いた話をカインとミカエラに説明する。
カイン達はアレク達の話を裏付けるように街の様子を報告する。
「アレク達の話と一致する点として、多種族が暮らす街と聞いてたけど……実際は人族が多く見られ、少しだけドワーフ族がいる程度だったと思うぜ?獣人族の姿は見かけなかったな」
「僕もカインさんと同様に人族とドワーフ族しか見ていません。それに街の人の表情が、不安を隠しているように感じました」
カイン達も、大まかにカエルレウム共和国の実情を聞いたが……戦姫を支持する空気が、街には溢れていたと所々で感じていた。
だからこそ、カエルレウム軍が自分達を狙った理由が分からずに混乱してしまう。
「確かに戦姫やカエルレウム軍の印象は、街で聞く限りは悪くない。だが、それは黒幕でない根拠にできるほどでもないか」
アレクの言葉に、皆が頷いて同意する。
「そもそも、カエルレウム軍が戦姫に従ってるらしいが……全ての人間が戦姫に従ってるとは限らないだろ?その辺も調べないと、いけないんじゃないか?」
カインが思ったことを口に出し、その可能性が十分にあるとアレク達も判断する。
「確かにカインの言う通り、カエルレウム軍の中にも戦姫を良く思っていない者もいるでしょうね」
「ぼ、僕もお姉ちゃんと同じでカエルレウム軍は一枚岩じゃないと思います」
「カインさんの言うことも一理ありますね」
皆の意見を聞いたアレクは、明日からの行動を決定して皆に伝える。
「分かった!それでは明日からは、カエルレウム軍について情報を集めることにしよう。班は今日と同じで、くれぐれも目立たないように行動してくれ!」
「「了解っ!」」
そこで話は終わりそうになるが、気まずいそうにミカエラが手を挙げる。
「あの〜まだキアさんが帰ってきてないんですけど……大丈夫なんでしょうか?」
ミカエラの発言に皆、キアの存在を忘れていたことを思い出す。
そして、皆の視線はアレクへと注がれる。
「あ〜、キアは暫く帰って来ない……というか俺達とは別行動してもらってるから心配しないでくれ。一応、報告は俺が伝心の指輪で毎日して安否も確認するし問題ないよ」
「おいおい、俺達に隠し事かよ!別に話してくれても、いいんじゃないか?」
「そうよ!アレクとキア2人で何を企んでるのよ……教えなさいよアレク!」
「ぼ、僕も知りたいなぁ〜なんて……」
「別に私は興味ありませんので、お気になさらず」
パーティーメンバーが、ワイワイと騒ぎ始めるとアレクは、少しだけ内容を話す。
「別に企んでるわけじゃないさ、けど事情を話したら皆が、自然体で振る舞えなくなるから言いたくないんだよ。それに事情を知らなければ嘘も吐かなくて済むし」
遠回しに、これ以上聞くな。と言っているアレクに皆、空気を察して文句を言わなくなる。
皆の意思を確認したアレクは、報告会を終わらせ各自、休むように指示を出すのであった。
その日の夜……皆が寝静まった頃、ベッドで横になっていたアレクが装備している、伝心の指輪が反応する。
(アレク……まだ、起きてます?)
(あぁ、まだ起きてるぞ?今日の報告をキアにしないといけないからな)
(遅くなって、申し訳ありませんわ。何せ慣れてない事で慎重に行動してましたから)
(別に責めてるわけじゃないから、謝らないでくれ。それにキアに仕事を頼んだのは俺なんだから、謝るとしたら俺の方だよ)
挨拶も程々に、アレクは今日集めた情報と明日からの行動方針をキアに伝える。
キアは聞きなれない国の歴史や人の名前を一生懸命に覚えようとしていた。
(大体の内容は、分かりましたわ。それでは明日も引き続き仕事に勤しみますわ)
(おう、宜しく頼むよ。それと無理は、するなよ?仕事を頼んだ俺が言えることじゃないけどな)
(もちろん、無理はしませんわ。私はエルフ族の未来を背負ってますもの)
それを最後に、伝心の指輪の効果が切れる。
アレクはキアの無事を祈りながら、眠りにつくのであった。
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次の日から、カエルレウム軍についての情報を聞き込み始めたアレク達だったが……アクアエの住民は、カエルレウム軍の話になると警戒を強め、口を閉ざしてしまう。
それはアクアエの住民がカエルレウム軍を……延いては戦姫を庇ってのことだったが、アレクにとっては難しい状況だった。
1週間ほどアクアエで聞き込みを行ったが……アレク達は有力な情報を得られずに時が過ぎてしまう。
しかし、そんなアレク達を影からジッと見つめている存在がいることを彼らは、まだ知らない。




