プロローグ
世界は楽しいことで満ちている!そんな風に思えなくなったのは、いつからだろう……人生で楽しいのは大学まで。
そんな感じのことを就活中に大学の先輩が、ぼやいていたのを今になって思い出す。
就職してからは日々の仕事に追われ趣味に割ける時間も少なくなり、疲労困憊で帰っては食事を済ませベッドに倒れ込む毎日が日常になってた。
28歳 男性 独身 彼女なし、平凡で平均的な日本人。それが吉田 剛(よしだ つよし)という人間であった。
「あぁ……気が付けば明日で29歳か……」
一人暮らしの部屋でビールを飲みながら、そんなことを考えていた。
「まぁ、ここ何年か自分の誕生日なんて気が付けば過ぎてたから今更だよなぁ……明日も仕事あるし早く寝ないと」
疲れに逆らえずベッドへ身をあずけ意識を手放して、まどろみの中へ落ちていく。
〜数時間後〜
カタカタ……カタカタカタ……
「うっ、なんだ……地震?……」
意識が、はっきりしないまま少しだけ身を固くする。
(地震が更に大きくなるようなら……起きた方がいいかな?)
ドン!ドドドドォ!!!
「!? 地震でかっ!!」
慌ててベッドから飛び起きようとするが、気付いた時には何故か自分の寝ている姿を俯瞰してしていた。
「え、えっと……これ……夢?けど、すごく感覚がリアルだし……」
自分の部屋は地震の影響で荒れていることもなく普段と変わった様子もない。
自身の考えが纏まらないうちに、今度は激しい目眩がした次の瞬間。
彼は、真っ白な空間へと1人立っていた。
「……はっ!ここ何処だっ!!」
慌てて周りを確認するが何もないし誰もいない……というかこの空間が広過ぎて良く分からない。
唖然としながらも落ち着く為に自身の状況を整理して考えてみる。
(今さっきまで一人暮らしの部屋で寝ていたけど大きな揺れで目が覚め……気付いたら何故か俯瞰して自身を見てた)
そしてその事に考えが至った瞬間、口から言葉が漏れていた。
「幽体離脱?ってことなのか?これは……嘘?死んだの?俺 ??」
次の瞬間、その呟きを待っていたかのように頭の中で少年とも少女とも言えない凛とした声が響き渡った。
『ようこそ、人の子よ。理解が早く、喜ばしいことじゃ……其方の考えた通り、其方は死を迎えたのじゃ』
俺は声の主を探そうと周りを見渡すが、それらしい人影は見つけられない。
『おっと、ワシの姿を探しても無駄だからの う。ワシは今、直接其方の精神に語りかけておるからな』
そんな馬鹿な……と思いながらも現実に起こっていることを渋々、受け入れつつ語りかけてくる者に質問する。
「えっと……失礼ですが、貴方のお名前を伺っても よろしいでしょうか?私は吉田 剛と申します」
社会人の癖で、ついつい業務的な口調になってしまう。
『そういえば、まだ名乗っておらんかったのう…ワシは其方らで言うところの神じゃよ。名を呼びたければ神様とでも呼べば良かろう』
まさかの答えに何処の宗教の神なのか真剣に考えそうになる。
(現実逃避してる場合じゃないぞ。しっかりしろ!俺!)
混乱状態の精神を必死に落ち着かせながら質問を続ける。
「か、神様でしたか……先ほど私が死んだと仰っていましたが……死因がなにか聞いても よろしいですか?」
自身の人生が突然、終わったのもショックだったが訳も分からないまま死んだという事実にモヤモヤしたものがあったので思わず質問してしまう。
『死因?一番に聞きたいことが死因とは其方は変わっておるな…まぁ、よいか其方の死因は心筋梗塞じゃな』
(あれ?心筋梗塞って高齢になってからなる事が多いんじゃないの?でも、思い返してみれば前兆もあった気がする。背中が痛くなったり胃が痛くなったり……あれは胃じゃなくて心臓が痛かったか)
体を酷使して働き過ぎる悲しい日本人の性に後悔を覚えたが質問を続ける。
「あ……お答え頂いて ありがとうございます。少しスッキリしました。それで何故 私は神様と話しているのでしょうか?人は死ぬと神様と面会できるのですか?」
徐々に明かされていく事実に冷静さが戻り始めた俺は新たな質問をする。
『よい、疑問に思う事も多かろうゆっくり答えるとしよう』
そうして俺と神様の質疑応答が繰り返えされた。
聞いた情報をまとめると、人は死ぬと神様達に輪廻転生させられる。(普通は神様と接することはない)人によって神様は違うらしい。
今話している神様は割と新しい神様で自分の世界への転生希望者を募集している。
誰でも自分の世界に転生させられるわけではなく
1、元の世界で他の神を信仰していない者
2、状況の変化に耐えられる精神を持つ者
3、穢れた魂でない者
(罪を犯していない者)
という条件で死んだ場合に限られるらい。
ちなみに神様の声が若々しいのにお年寄り口調なのは新しい神様だからだそうだ。
新しく生まれた神様なのは異世界で暮したい!異世界に憧れる!という多くの信仰が高まった結果であり純粋な信仰ほど神様の力も強くなるらしい。
これについては何故か納得できた。
自分のいた日本ではゲーム・アニメ・小説と様々なコンテンツで人気があったし会社の後輩もネット小説が面白いと熱弁していた。
最近のアニメも異世界ブームだとかネット記事で読んだ気がする。
海外でも日本のアニメ、漫画が有名なくらいだし世界中に信仰している人々がいてもおかしくないだろう。
そう思う一方で、恐ろしい気持ちが湧き上がってくる。
(これって、世界5分前仮説じゃ……これ以上、考えるのは不味い気がする。神様や異世界とか、そういう話をしている時点で自分の常識は通用しない。むしろ今までの常識に囚われない方が……)
『色々と話したが他には何かあるかのう?なければ転生の準備に入りないだがのう』神様は優しい口調で話を進める。
「とりあえずは、大丈夫です。続きをお願いします!」
『うむ、其方に これから向かってもらう世界の名は〈ティエーメ〉というスキルや魔法が存在する其方のいた世界とは異なる理に支配された所じゃ。
そこで其方には自由に過ごしてもらうことになる!』
(あれ?何もしなくてもいいの?)
「特に何もしなくてもいいのですか?魔王を倒すとか、世界を救うとか面倒事を押し付けられるのでは?」
思わずゲーム脳に染まった発言をしてしまう。
『む?そのような重責を担いたいのか?其方が希望するなら、そのように「いえ!!なんでもありません!世迷言を申しました!」
(あ、危なかった……不用意な発言で人生ハードモードに突入するところだった)
『うむ、自由に過ごしてもらえれば良い。何か問題が発生した場合は協力してもらうかもしれんが、それもあくまで強制ではないしのう』
「かなりの高待遇ですね」
高待遇過ぎて逆に裏があるんじゃないかと疑ってしまいそうになる。
『旅立つ前に、ワシから恩恵を与えよう。其方が使う事になる職業やユニークスキルを自身で決めるが良い。余程のものでない限りは希望通りに、出来るから遠慮するでないぞ』
思わず声色から神様のドヤ顔を幻視してしまうが。
同時に俺の、これから返そうとしている言葉を考えると申し訳ない気持ちになってくる。
(でも、ここは はっきりと言うべき場面……神様すみません!)
内心ハラハラしながら言葉を紡ぐ。
「か、神様……申し訳ないのですが職業もユニークスキルも結構です……いりません」
少しの沈黙が、えらく長く感じる。神様も、恩恵を断られるとは考えていなかったらしく俺の言葉の意味を理解するまでに時間を要したようだった。
『ぬ?職業もユニークスキルも
いらぬと申すか……それには何か理由があるのかのう?』
釈然としない感じが、こちらまで伝わってくる。
(ここは素直に答えないと失礼に当たるな)
「はい、私は この手の展開というか……似た状況のゲームの展開になった時に決めているルールがあるのです。それは主義に近いものなのですが……」
俺は緊張しながらも言葉を続ける。
「それは、できるだけ受ける事ができる恩恵を少なくすることなのです」
しばらくの沈黙の後、神様は疑問に思ったことを口にする。
「それに何の意味があるのじゃ?」
多くの人に理解されないように神様もまた理解ができなかった故に当然の問いが返ってくる。
「それは……楽しむ為です」
俺は静かに、けれど力強く答える。
『続けよ……』
その神様の言葉に後押しされるように俺は言葉を発する。
「はい、優れた力を有して人生を楽しむ……それも楽しみ方の1つだと思います。しかし私は恩恵などは あえてゼロに近い状態でスタートすることで己に試練を課し、その苦難を工夫と努力で乗り越えることに喜びや楽しみを感じるのです」
(いわゆる、ドMプレイヤーです。本当すみません!)
『むぅ、なるほど。そのような考え方をする者もおるのかぁ……人の子は本当に不思議なことを考えるものじゃな』
心から不思議そうな神様からはマイナスな感情は感じとれない。
「我ながら少数派の意見だと思います。けれど、もう1つ理由があります」
躊躇しながら言葉を続ける。
『それは?』
神様が興味深そうに問いかける。
「それは……逆境から這い上がるヒーローが…好きなんです」
子供っぽい理由で思わず自身で苦笑いを浮かべる。
(神様……呆れたかな?)
そんなことを考えていると神様の大きな笑い声が聞こえてきた。
『はっはははぁーシンプルで いい理由じゃないかのう。予想外ではあったが愉快な話じゃ』
神様には笑われたが不愉快になるよりは
大分、ましなので一安心である。
『それでは、其方の希望通り職業(ジョブもユニークスキルもなしにしておくぞ。ちなみに両方とも努力と才能次第で、あちらの世界で得られるので安心するのじゃ。代わりに優れた武器を与えようかとも思ったが其方のことを考えれば これもなしにした方が良さそうじゃな』
そこまで話すと神様は少し困ったように声のトーンを落とした。
『しかし、そうなると其方だけに差をつける
ようで決まりが悪いのう……どうするべきか』
そんな呟きを漏らしている。
俺の事で悩んでいる神様に申し訳なく思い何か解決の糸口になればと問いかける。
「あの〜神様、他に決める事とかあるんでしょうか?」
『他には、ステータスを決めたり容姿を決めたりできるのじゃが……其方は優れたステータスなどもいらんのじゃろ?』
自分の顎に手を当てながら少し考え答える。
「そうですね……ステータスは最低限、容姿も普通で、というか容姿に関しては神様に決めて頂ければと思います」
『よいのか?容姿をワシが決めてしまって?』
心配そうに問いかけてくる神様。
「はい!お願いします!」
(キャラメイクは、時間を掛けても後から納得できない気持ちになってしまうので神様に丸投げしてしまおう!)
神様なら大丈夫なはず!と根拠のない自信で問題を先送りしておく作戦をとる。
『あとは、転生する者にはデフォルトでアイテムボックスと言葉や文字の翻訳機能が付いておる。それは勘弁してほしいのじゃ』
(デフォルトなら仕方ない。というか神様に気を遣わせまくっている!さすがにどこかで妥協案を出さないと……いや、デフォルトなら そこが妥協案に相応しいのでは?)
そこで思ったことを、そのまま口にしてる。
「神様!神様!アイテムボックスの機能拡大とか出来たりしますか?デフォルトなら、あまり問題にならないと思うのですが?」
神様は、少し考えた様子の後に。
『うーん、そんなことで良いのかのう?恩恵らしい恩恵ではないと思うのじゃが?』
「いえいえ、十分過ぎる恩恵ですよ!」
(何だか納得できていない様子の神様だが、ここはゴリ押しで納得してもらう!)
『其方が、それで良いなら そうしょうかのう。では、アイテムボックスの機能を拡張しておくぞ。あとは生まれは どうするのじゃ?年齢を決めて転生も出来れば どこかの家庭に赤子として転生も出来るのじゃが?』
(そんなとこまで決められるのか?う〜む、かなりのギャンブルになりそうだけど……)
「赤子からでお願いします。ゼロから始めたいので!」
やはり、異世界を楽しむのであれば小さな頃から精神を慣れさせた方が無理なく過ごせるのでは?という打算もあったり、なかったり。
その後、異世界についての簡単なレクチャーを受け、あっという間に準備が終わった。
『最終確認も終わったところで、そろそろ
出発じゃな!其方の新たなる旅立ちに幸、
多からんことを』
神様は清々しい声で旅の無事を祈ってくれた。
それに応えるように元気に挨拶を済ませる。
「はい!ありがとうございます!行ってまいります!!」
そうして俺は暖かな光の中に包まれると眠るように意識が遠ざかっていった。
〜転生の儀 終了後の神様の独り言〜
『問題なく、転生の儀は終了したのう珍しいやつだったのでワシも久しぶりに笑ってしまったわい。人の子は本当に不思議な者が多いのじゃな』
先程のやり取りを思い出し、神は遠い目をしていた。
何百人と様々な異世界に転生を行なってきた神だからこそ今回のように自分の予想もしない行動にでる人の子は貴重であり楽しみでもある。
『あの人の子が、無事に異世界を楽しむことができればいいのう……』
神が、そのような呟きをするのは異世界が命の危険と隣り合わせであることが当たり前の世界だからである。
異世界には、スキルや魔法を使うべき敵魔物や大型の獣それに盗賊など命が狙われる可能性が多くある。
レクチャーの際に、転生者に了承は得るが……命のやり取りは、綺麗事ではない。
それで精神を病み、自らの命を絶った者も過去にはいたのだから……。
転生者の条件を3つ説明したが……実は内2つはあまり重要ではない。
1.元の世界で他の神を信仰していない者。これは最低限の条件なので重要ではない。
3.穢れた魂でない者。
これも元の世界で悪人でなかったとしても異世界は悪人にならない根拠にはならないので、あくまで審査基準の1つでしかない。
最も重要なのは
2.状況の変化に耐えられる精神を持つ者。これは大まかに誤魔化しているが圧倒的に精神力の強い者を指している。
良くも悪くも、精神力の強い者の生存率は高いものであった。
神は詳しくは説明しなかったが元の世界では死亡すると輪廻転生が行われた。
しかし異世界で転生者が死亡すると、どうなるのか?
答えは……輪廻転生は異世界で行われるが特殊な生まれの為、死亡した際の記憶が残ることになる。
それは死亡した際の恐怖や後悔、恨みなども残るということである。
そうしたマイナスな感情に耐えられなくなった者は輪廻転生の輪を外れ いずれは強力な魔物となり人々を襲うようになる。
そうした悲劇を起こさない為、精神力の強い者を神は重要視するようになっていた。
その条件に該当する者が少ないこともあり最近は転生者の数もかぎられている。
『ワシは、其方に1つだけ嘘を吐いた…』
誰もいない場所を眺めながら神は呟く。
『ステータスは基本、最低限だが…隠されたステータスは弄らせてもらったのじゃ』
神は自分を楽しませてくれた事への、お礼と苦難へ挑む者への激励のつもりで1つのステータスを上げて設定した。
これが彼の運命に何をもたらすのか神にすら分からない。
そして ここから物語は始まる。