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第五話:ポッシビリティの獲得

ポッシビリティ【Possibility】

・可能性

 中道と楽座は式部から伺去のことを聞いた。伺去は八年前に大学に入学し、僅か一年で除籍扱いになった。その理由は行方不明になったからだ。

 伺去が除籍になったのは七年前の四月二十二日金曜日。その七年前と言うのは、伺去が「道楽遊戯」宛に送った手紙の中に記されていた「四月二十二日火曜日」という文に信憑性(しんぴょうせい)が生まれることとなった。今年の四月十二日は木曜日。丁度、七年前と四年後の四月十二日が火曜日なのだ。妙な一致が重なり、伺去が行方不明になり除籍されたことと、伺去が「道楽遊戯」に送った手紙の関連性が非常に高いことから、手紙の内容はほぼ事実と言って良いと思える。

 伺去が誘拐されたであろう七年前の四月十二日から除籍扱いになる四月二十二日まで十日間ある。しかし、この事について中道と楽座には、腑に落ちない点が二つあった。一つは伺去が行方不明になってから除籍されるまでの日数が僅か十日しかないこと。少々気が早いような気がする。警察には親が捜索願を出しているだろう。何年もの間、行方不明になっていれば除籍になることもある。しかし、十日経った時点で既に除籍になっていると言うことは、その間に何かあったと言うことだろう。そのことも中道は式部に聞き出そうとしたのだが、式部は口を閉ざしたまま何も答えなかったのだ。

 もう一つの腑に落ちない点。伺去の元へ手紙が届いたとき、先生の誰一人として相談を受けていなかったこと。突然、「誘拐します」という手紙が来たのだから、担当教科の教員、教授には相談をすると思う。だが、式部を始め、大学の教員教授全員が伺去からの相談を受けていないと言う。当時、伺去が行方不明になったことについて式部は独自で調べてみたらしい。そのときに、伺去が教員教授には相談をしていなかったことが判明したのだと言う。

 中道と楽座は原付を取りに行くため、式部と並んで大学の方へ歩いていた。中道は腕を組み、上を向いて考えながら。楽座はメモ帳に書かれている文字を見ながら。式部は煙草を咥えながら遠くを見ながら歩いていた。柔らかな風が三人の間をすり抜けようとも、青々とした木々の葉がその風に揺れようとも、太陽の光がその木々の葉でやんわりとされようとも、心地よい気分にはならず、強く付きまとっている謎がねちっこく、しつこい気分にさせるだけだった。

「あ、そうだ。式部」

 と突然思い出したかのように中道が言う。

「なんだ?」

 少々ぼんやりしながら煙草の煙をモワッと吐いて反応する式部。

「伺去の実家の住所とかってわかんねぇか?」

「実家の住所?」

「伺去の個人情報が書いてある紙かなんかねぇのか?」

「何時、警察が来て尋ねられてもいいように一応、とって置いてあるけどよ。そんな簡単に個人情報を流せるかっつの。今、個人情報保護法とかってのがうるせぇからよ」

「いや、こっちとしても一応、役所で「探偵」として認められているからよ。依頼遂行時の個人情報収得については聞き出せるとは思うんだけどよ」

「なんだ、お前探偵だったのか」

「正確にはお助け屋だけどな」

「まぁ、良い。分かった。伺去の住所と実家の住所を教えてやるよ。でも、伺去が住んでたアパートは今、別の人に渡ってっけどな」

 そんなことを話しながら歩いていると、すぐに大学に着いた。三人は大学の敷地内を歩いていき、校舎へと入って行った。

 式部を先頭にし、中道と楽座がその後を付いて行く。式部が向かった先は大学の昇降口を上がり、右に折れた突き当りにある事務室だった。生徒の個人情報等の書類は事務所で厳重に保管されている。

「ちょっとここで待ってろ」

 と式部は中道と楽座に言うと事務室に入って行った。

「中道さん?」

 と式部が事務室に入った後、久しぶりに口を開いた。

「どうした? 陽ちゃん」

「なんか、調べが足らないと思いません?」

「どうしてそう思う?」

「質問の数が少ないと思ったんです」

「式部に聞いたのは除籍のことと交友関係……ぐらいか。それだけで十分じゃねぇの?」

「俺が知りたいのは伺去さんの容姿についてです」

「容姿?」

 中道は楽座の言うことがよく分からなかった。今回の一件と容姿と何が関係あるのか。

「どういうことだ?」

「『道楽遊戯』に来たのが本当に伺去さんなのかどうかですよ」

「つまり、『道楽遊戯』に来た伺去さんは偽物かもしんねぇって事か?」

「ええ。俺達は相談をしに伺去さん来た時に初めてその容姿を見たんですよ? それ以前に会った事すらないわけですから。あの伺去さんが本人かどうかは分からないですよね? 実際に本人かどうかは口頭でしか確認していませんし」

「確かにそうだな……まぁ、大学に出す個人情報書類には写真を貼る決まりになってっから、それを見りゃわかんだろ」

 さすが【増分値(インクリメンタル)】。楽座の疑問が依頼遂行中で生じる盲点を確実に回収している。中道は逆に一回決めたら絶対に遂行したり、予想を予想とせず絶対にそうであると言い切れる【絶対値(アブソリュート)】。一見すると、楽座の方が優秀に思えるが、楽座にはまだまだ未熟な点が多い。楽座は依頼遂行中に生じる盲点を回収するが、依頼遂行中に生じる障害を越えられない。つまり、いざ誰かに襲われたときにどう回避したり、どう攻撃していいかが分かっていない。中道が【絶対値】を貫いているのは楽座の【増分値】を十分信頼してのことなのだ。

 仮に楽座が居なくなったとしても、中道は一人でもやっていけるだけのスキルは確実にある。実際、一時期一人でやっていたときもあった。もちろん、一人で複数の依頼をこなしていた。今、一件を集中的にこなしているのは楽座に問題解決の手順を叩き込ませるためである。楽座がある程度のスキルを持ったら、中道が一人でやっていたときのように、複数の依頼を同時に遂行するつもりでいる。

 しばらくすると、事務室から式部が茶色いA4サイズの封筒を片手に出てきた。しかし、その顔は納得のいかない顔をしている。式部はその封筒を中道に手渡した。

「おお、サンキュー……ってどうした? 式部」

「ん? ああ。おかしいんだよな……その書類」

「何が?」

 そう言って中道は封筒を開け中に入っている書類を開く。そこには伺去の個人情報が書いてある。生年月日、血液型、現住所、実家の住所、学歴などが書かれている。

「おいおい……マジかよ」

 中道は苦笑いをして現住所欄を見た。楽座が横からその住所欄を見る。

「あ…………」

 楽座の顔が固まった。見てはいけないものを見た。そんな感じだった。

 そこには「某県某市灯宿町臨天あかすくちょうりんてん▲▲白波荘二〇三号室」と書かれていた。

 灯宿町と言うのは広く、その灯宿町で細かく地区を分けている。臨天というのはその地区の一つである。

 と、また絡んできたのが「白波荘」。あのアパートには何か因縁があるとしか思えない。必ず、あのアパートに結びついてしまうという運命と言うか悪戯(いたずら)と言うか……。

「お? 白波荘って知ってんのか?」

 と式部が書類を覗き込んで聞く。

「まぁ、ちょっとな……にしても……ん?」

 現住所欄から目を上に走らせる。「伺去祐依」と書かれた氏名欄の横に、証明写真を貼るスペースがある。本来ならここに本人の顔写真が貼ってあるはずなのだが――剥がした様な痕が残っている。接着剤とともに紙の表面がはがれたのだろう。穴は開いていないものの、破れた痕がある。

「式部、ここ……」

 中道はその破れた痕を指差して、式部に聞く。式部はアメリカ人が「わからない」と言うときにするようなジェスチャーをし、首を横に振り。

「さぁ、事務員の人にも聞いてみたんだが、全員心当たりがねぇとよ」

 と溜息混じりに言う。

「誰かが剥がしたんか? もともとは貼ってあったみてぇだな…………誰かが剥がしたんなら何かしらの理由があるはずだ」

「何か困るようなことでもあったんでしょうか?」

 中道は楽座の方を見る。そして、

「ま、大方、『道楽遊戯』に来た伺去さんが偽者の可能性が馬鹿でかくなったわけだな」

 と言った。

「式部。これ、コピー取ってくんねぇか?」

 中道は書類を式部に渡そうと差し出した。

「いや、持ってっちまえよ」

 しかし、式部はそう言う。

「いいのかよ? 重要書類じゃねえのか?」

「顔写真が貼ってねぇと、警察も信用しなくなっからな。ま、何かあったら俺が責任取るからよ。心配すんな」

 と式部はニヤリと笑って言う。

「へぇ、随分と太っ腹な事言ってくれるじゃねぇの」

 と中道もニヤリと笑って、書類を封筒に仕舞いながら感心したように言う。

「それに、お前らならこの件について解決してくれると思ってからよ。信頼はしてんだぜ」

「そりゃあ、ありがてぇな。じゃ、遠慮なく持ってくぜ。さてと……一旦帰るか、陽ちゃん」

 中道が言うと、楽座はコクリと頷いた。

「じゃ、ありがとな。式部」

中道がそういうと、傍らの楽座がぺこりとお辞儀をした。中道と楽座がが踵を返し、昇降口の方へ向かおうとしたその時、

「あぁそうだ。中道」

 と後ろで式部が声をかけた。

「あ? なんだ?」

 中道は首を後ろに向ける。

「気ぃ付けろよ。この一件、臭うぞ」

 と式部は真面目な顔で言う。だが、中道は

「大丈夫だって。あたしらは『道楽遊戯』。ちょっとやそっとのことじゃ、くたばる様なオンボロじゃねぇよ」

 とニヤリと笑って言った。


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