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第三話:パラドックスの逆説

パラドックス【Paradox】

・逆説

・矛盾

 今、中道と楽座の目の前にあるのは「望清大学」の何にも犯されていない処女(しょじょ)のような真っ白で汚れのない白い壁を身に(まと)う、清楚な大学の校舎と道化師のような嘲笑(ちょうしょう)が聞こえてくるような目には見えないタイムパラドックスの壁だった。

 中道と楽座は駐輪場に原付を置き、煉瓦(れんが)の敷き詰められた地面を踏みしめながら校舎の入り口の前に来ていた。入り口のドアは閉ざされており、(いぶ)したような暗い茶色とニスの照かりを持った、中道と楽座の背を軽く越す、二メートルはあろう大きな門のような観音開(かんのんびら)きのドアがある。中道と楽座の居る方――つまり、外側に開かれたドア。あけるのが大変そうなほどに重そうなずっしりとした雰囲気がある。何故、これほどまでに大きいのか。学生が何人かいないと開けられなさそうだ。

「大きなドア……開けるの大変そうですね」

「なぁに、あたしは片手で開けられるぜ」

 中道はおもむろに左側のドアのノブを左手で(つか)んだ。しかし、そのドアノブも異様に大きい。ドアノブは中道の手には収まりきれていないほどだ。中道の手は大きくもなく小さくもない。指は長いが手の全体的な大きさは一般成人女性と何ら変わりない。

 中道は足を肩幅ほどに開き、膝は少し曲げている。組体操の「サボテン」の土台役のそれに近い形。

「ふっ!!」

 と短く息を吐くように中道は気合を入れ、ドアノブをひねり、腕に力を入れて引っ張った。

 ゴゴゴゴゴと地響きの音がする。ドアの(きし)む音。馬鹿でかいドアは少しずつではあるが開き始めている。それを見て唖然としている楽座。もはや言葉は出ない。

 ゆっくりと開くドアの向こうに広い真っ白なエントランスが見えてきた。壁も床も白い。床はおそらく白い大理石だろう。常に磨かれているのか光沢が出ている。天井にはシャンデリアが掛かっているのが分かるくらいに、鏡同然となっているのだ。

 中道は楽座よりだいぶ後ろに居た。まだドアを引いているのだ。どうやら全開にしたいらしい。ドアは大人一人平気で通れるほどまで開いている。楽座は唖然としながら「遅れてきた奴は何処から入っているんだろう」と内心思っていた。その答えはすぐに出た。今回の事件もこれだけ早く出てしまうと、話が盛り上がらなくなるくらいに短い時間で。

 突然。

「おいおい……自動ドアを引っ張って何やってんだ?」

 と後ろから低い声が聞こえた。授業中にずっと聴いていたら眠くなりそうな重低音。楽座は吃驚(びっくり)して思わず後ろを振り向いた。中道もその声に反応して、ドアを引くのを止めてピタリと止まった。そして、後ろを振り向く。

 そこには背の高い――ドアとほぼ同じくらいの身長の三十代後半くらいで無精髭(ぶしょうひげ)を生やし、髪を後ろで縛り、白衣を着た男性が右脇に分厚い辞書のような本を抱えて立っていた。その顔は無表情であるが若干険しい。

「あれ? 中道か?」

 男性は中道の顔を見るなり、急に顔が明るくなった。声は依然として低いままだが……。

「おっ、誰かと思ったら式部(しきべ)じゃねぇか」

 中道も男性の顔を見てニヤリと笑う。式部と呼ばれた男性は左手で頭を掻いた。

「せめて、『先生』ぐらい付けてくれよ。一応、ここの先公なんだからよ」

 と中道に言う。そして、楽座を見て。

「これ、お前の彼氏か?」

 とニヤリと笑って言う。そのニヤリと笑う様はどこか中道に似ている。

「違ぇよ。こいつはあたしの奴隷(どれい)だ」

 とやはりニヤリと笑って答える中道。楽座の顔が俄かに愕然としている。「俺って奴隷だったんだ」という驚きとショックが混じった顔。

「あっはっはっはっはっは。奴隷か。そいつは面白ぇじゃねぇか」

 と爆笑して式部は楽座の頭をポンポンと叩く。

「君も大変だな。こんな奴の奴隷になっちまうなんて」

 と笑いながら式部は言った。楽座はその言葉に反論したかったが何も言えなかった。

「こんな奴たぁ、どういう意味だ。式部」

「お前、昔から変わってねぇな。ズボラっつーか、乱暴っつーか、野蛮っつーか」

「これはあたしの性分だ。今更変えられねぇもんでね」

「はっはっはっはっは。そいつは面白ぇな」

 笑い方が豪快(ごうかい)な式部はごそごそと白衣のポケットを(まさぐ)り、ポケットから一枚のカードを取り出した。

「お前が卒業した後にな、このドアは自動になったんだよ」

 と式部は青いカードをひらひらさせて言う。それは定期券ぐらいのサイズで、中央に「シキベハルカ」と書いてあり、その右隣に式部の顔写真が貼られている。カードの上側には細い黒い帯が左から右へ引かれている。

「自動ドアぁ?」

 中道はドアノブから手を離し、式部の持っているカードを食い入るように見た。

「どう使うんだよ?」

 と中道は式部に問う。式部は中道の言葉に顔をニヤリとさせ、中道の左側へと回った。そして、指を指して、

「あそこにカードリーダーがあるんだ」

 と言って、カードリーダーの方へと向かう。カードリーダーは何てことない灰色のただの箱のようであるが、箱の中心にカードの厚さと同じぐらいの細い穴が開いている。カードの横の長さと合致する。式部はそのカードリーダーに自分の持っているカードを差し込んだ。すると、

 ギギギギギ。

 とドアの軋む音がして、ゆっくりではあるがドアが開いていく。中道が中途半端に開けた左側のドアも、完全に閉まっていた右側のドアも開いていく。

「おぉ〜」

 と中道は開いていくドアを見て、感心した顔と声を表した。

「便利になったもんだな、この学校も」

 中道は笑いながら開いていくドアをバンバン叩いて言う。

「お前が卒業してからだから……二年か。二年で、自動化だぞ? お前が馬鹿力でドアを壊してから教員教授会議で提案が出されてたんだ」

 と式部はニヤリと笑って言う。

 その言葉に中道はギクッとしたあと、睨みながら式部を見た。それを見て、

「お前が悪い」

 と式部は中道の心情を読み取ったかのように制した。

 

 ドアが完全に開くと、中道、楽座、式部の三人はエントランスへと入った。入って初めて気づいたが、エントランスには下駄箱がずらりと整列されて置いてあった。と言うのも、床と壁が真っ白だったために気付かなかったのだ。そう、下駄箱までもが真っ白なのだ。何処まで白を基調とすれば気が済むのだろう。大学の創設者は余程の白好きであることが……中道も楽座も人の事を言えたものではない。中道は全身を真っ黒で決め、楽座は全身を黄色で決めているからだ。

 中に入ると、式部は左に折れる。左側には教員教授用の下駄箱と来賓用の下駄箱が置いてある。中道と楽座は靴を脱ぎ、真っ白い下駄箱の戸を開けた。縦四段、横十二列の結構大きめの下駄箱で、一つ一つの下足入れには蓋がちゃんと付いている。コインロッカーのように鍵まで付いている。靴を下駄箱に入れ、中に入っている金字で「来賓(らいひん)用」と書いてある茶色いスリッパを取り出し、履いた。

 式部は式部で自分の下駄箱に行き。革靴をいれ、使い古したボロボロのサンダルを取り出して履いた。

「んで、お前ら何しに来た?」

 式部がスリッパを履き終えた中道と楽座のほうを見て聞く。何故か、その顔は若干眠そうだ。いや、いかにもやる気のなさそうな顔だ。

「あ、いや。ちょっとな、ここの学生に用があってよ」

 と中道は多少苦笑いになって言う。

「うちの学生にお前の世話になるような奴はいねぇよ?」

 式部は頬をポリポリと書いて中道に返した。

「ところがどっこい。いるんだよなぁ、そういう変わったやつがよ……伺去ってやつなんだけどよ」

 返された中道はニコニコ笑いながら、それでいて歯を食いしばりながら言った。「あ、怒ってるな」と楽座は察した。

 だが、式部の顔は険しい表情を浮かべていた。

「伺去? 伺去祐依ならいねぇぞ」

 その式部の言葉に中道と楽座は「えっ?」と言ったような顔をした。驚きを隠せなかったらしい。

「いねぇ? どういうことだ?」

「いねぇもんはいねぇって事だ。それにな、その伺去って奴はお前がこの大学に入学する前に辞めてら……いや」

 式部は眉間に(しわ)を寄せて中道にこう言った。

「除籍扱いになったんだ」

 と。

 中道と楽座はいよいよ訳が分からなくなった。依頼人は確かにこの大学に通っていた。だが、中道がこの大学に入る前に既に除籍されている。一体、何がどうなっているのだ。

「中道さん。これは一体どういうことでしょう?」

 楽座は中道のほうを見て疑問を投げかけたが、

「あたしにも分かんねぇな」

 と投げかけに対する答えはなかった。

「その話、もっと詳しく教えてくんねぇか?」

 中道は式部にそう言ったが、式部は苦笑いになり、

「わりぃな、これから講義だ」

 とすまなそうに言った。

「今日の講義は何時に終わる?」

「次の講義で終わりだ」

「じゃあ、大学近くの喫茶店で待ってっからよ。終わって一段落着いたら来てくんねぇか?」

「いいぜ。伺去についてはそこで話してやるよ」

 式部は「じゃ」と言って、右手を上げて挨拶をした後、スタスタと歩いて行った。式部が去った後、中道は頭をバリバリと掻き毟った。

「ちっ。訳が分かんねぇな」

「伺去さん……一体何者なんでしょうかね?」

「それが分かったら苦労はしねぇよ。何だよ、この間の事件といい今回の事件といい、訳の分かんねぇ依頼ばかりじゃねぇか」

 中道と楽座はスリッパを下駄箱に戻し、自分のスニーカーを取り、履き替えた後校舎から出ようとした。だが。

 ドアは閉まっていた。

「『開けゴマ』っつって開くような代物じゃねぇよな」

 と中道は困ったような顔を浮かべて、頭をポリポリと掻いた。


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