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第十二話:イクスポージャーの回想

イクスポージャー【Exposure】

・露見

 中道は楽座を副戸の座っている長椅子と対面している長椅子に横たわらせたあと、副戸のそばに立った。腕は前で組まれている。

「お前は、誘拐犯から誘拐予告の手紙を貰った『伺去祐依』として、ここに依頼に来た。そして、四月十二日火曜日、午後五時十一分に誘拐されると、だからその誘拐犯をつきとめて欲しい。そう言って、自分の顔を覚られたくなかったんだろうな、あたしが住所とかを聞く前に、軽い記憶障害を起こすほどに強い催眠スプレーを使って、あたし達を気絶させた。お前は事務所の鍵を盗み、その場から立ち去った。厳密に言えば“死体を取りに行った”んだ」

「……」

 副戸は中道の言葉に一切の反応も見せず、黙りこくっている。

「あたし達が『伺去祐依』にことの詳細を聞きに『望清大学』へ行くだろうということまで計算していたお前は、あたし達が出かけた後に、どっからか持って来た死体を洗面所に遺棄(いき)した」

「中道さん?」

 中道の話の一区切りを見切り、楽座が聞く。中道は顔だけを楽座に向けた。

「お前、起きてたのか。無理すんな」

「いえ、一つ気になることがありましたので。あの、バラバラ死体は『開地瑶子(かいちようこ)』さんのだったんですよね?」

「いや、違う」

「え?」

 中道のはっきりとした否定に、楽座は素頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。

「あの死体は『開地瑶子』の物じゃあねぇよ。あの死体は今までに名前の()がっていなかった、今回の事件に関係ある人物の死体だよ。本物の開地瑶子はご健在だ」

 中道はニヤリと笑って、楽座に言う。

「じゃあ、何で『開地瑶子』さんの死体だと偽装する必要があったんです?」

「ここは、こいつらの計算ミスが関わってくるんよ。『開地瑶子』という全く事件に関係ない人物を――殺す――ことで、事件を錯乱(さくらん)させ真相を(あば)かせないようにしたんだ」

「なるほど……では、計算ミスというのは?」

「予想以上に早く『開地瑶子』ではないことが分かっちまったことだ」

 その中道の言葉に副戸は若干ビクッと反応した。だが無言のまま。

「身元不明死体の照合というのはDNA鑑定、歯の治療痕(ちりょうこん)、骨格、各部位の手術痕などを見るらしい。今回は頭がねぇ死体だったから『歯の治療痕』の照合とはいかなかった。だが、たくさんある照合方法で『開地瑶子』ではないことが分かった。あの死体は『伺去祐依』『津村由貴子』と同じ大学に通っていた『日野杏奈(ひのあんな)』という女性だということが分かった」

「津村……由貴子、日野……杏奈」

 聞いた事のない名前を二つ出された楽座は少々混乱していた。

「ああ、めんどくせぇなぁ! 『津村』ってのは『伺去』が誘拐犯から手紙来たことを相談された奴。『日野』は『伺去』『津村』とつるんで、悪巧(わるだく)みをしていた奴だ」

「悪巧み?」

「ああ、それは副戸と『もう一人の人物』、そして死んだ『副戸の妹』も絡んでくる話だ」

 この関係は「かなり」とは言わないものの、複雑な関係がある。『伺去』、『津村』、『日野』が被害者になったというのは『副戸美和』が死んだことと大きな関係がある。『美和』も『伺去』達三人と同い年、同じ学年である。

 中道は顔を副戸の方へと向きなおした。

「お前と『もう一人の人物』は『伺去』『津村』『日野』の三人から脅されてたんだろ?」

 やはり、副戸は何も反応せず、(うつむ)いたままだ。

「『津村』は七年前の六月に殺されている。『日野』が殺されたのはつい最近のことだ。おそらく、『日野』は『津村』が殺されたことで途轍(とてつ)もない恐怖心を感じだはずだ。『自分も殺されるんじゃないか』ってな。んで、脅しから一旦身を引いた」

「その……脅された種って言うのは何なんですか?」

「――そこらへん、お前が一番よく知ってるんじゃねぇの? 副戸」

 中道は副戸に話をふる。依然として沈黙を保ち続けている。(にわ)かに反応はするものの、絶対に口を開こうとはしない。

「いい加減にしろ!!」

 堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れたのか、中道はとうとう怒鳴った。右手を素早く殴るかのようにして副戸の被っていた帽子を払いのけた。そして、左手でガシッと副戸の頭を(つか)むと、強引に顔を前に向くようにして上げた。そして、中道は自分の顔を副戸の目の前まで持っていった。

「沈んで黙んな! 黙って沈むな! てめぇのやったことはてめぇでハッキリと喋りやがれ! てめぇは腹話術の人形か! フィンガードールか! あたしはそこまで多芸に飛んだ人間じゃねぇよ! 物語の大半をあたしの喋りで終わらす気か! 全てはてめぇの勝手な行動の所為(せい)だろうが馬鹿(ばか)! あたしはてめぇに世話を焼くっつー役目を(にな)う気は全くねぇよ! てめぇの世話ぐらいてめぇでしやがれ! てめぇの罪はてめぇで(つぐな)え!」

 そう散々怒鳴ったあと、中道は右手で思いっきり副戸の左(ほほ)を叩いた。パシーンと大きな音が事務所内に響いた。副戸は一瞬何が起こったかわからないようだった。

「――――」

 驚きのあまりの無言。

「てめぇが一番よく知ってるだろうが。何でお前の妹が自殺しちまったのか。何でお前が三人に脅されたのか」

 と中道は言って、副戸の頭を掴んでいた左手を離す。副戸は驚いた表情をしていたが、次第に冷静な顔に戻った。だが、目は虚ろだ。

「全ては――」

 と副戸は静かに話し始めた。


 ■ ■ ■

「美和ちゃん。貴方はお姉ちゃんと同じ大学に行って、私の会社に入ればいいの」

 そう言っているのは、明衣子と妹、美和の母親だった。

 毎日のように、口癖(くちぐせ)のように言っている。ただ、これだけで済めばまだ可愛いほうなのかもしれない。そのいつも言っていることの後には、必ず。

「もし、入れなかったら――殺すから」

 という言葉が入れられていた。美和にとって、それが一番のプレッシャーであった。プレッシャーでもあり、恐怖でもあった。何故、大学に入れなかっただけで殺されなければならないのだろう。美和は必死に勉強をしていた。だが、美和の成績は学校内ではトップクラスで簡単に明衣子の通っていた「望清大学(ぼうせいだいがく)」に合格できるだけの学力はあった。

 「望清大学」は全国の大学の中で、五本の指に入るほどの名門校で三本の指でもいいほどだ。当然、そんなトップクラスの大学に入学志願するのは全国の高校生の中でもやはりトップクラスの成績を収めている、いわば「天才」級の生徒でなければ、ほぼ門前払いと言っていいほど話にならないのだ。

「『望清大学』にも入れないなんて、うちの子じゃないわ。そんな子はいらないわ」

 母親はそんなことも時折、(こぼ)していた。

 明衣子と美和の母親はとてもプライドが高く、自分の思い通りにならないとすぐに機嫌が悪くなる。すぐに手を上げる――いうなれば「短気」な性格。自分勝手、自意識過剰(じいしきかじょう)。それが(たた)ってか、父親は耐えかねてしまい、離婚してしまったのだ。父親は逃げるかのように海外へと去って行った。おそらくはもう顔も見る事は無いだろう。権力は全て母親にあった。母親が起業をして家庭内の全権を握ってしまったのだ。父親は一般企業の社員に過ぎず、母親とは学力や収入面でも大きな差があり、母親には頭が上がらない存在になってしまった。母親はそんな父親をヘッドハンティングもせず、常に上から見下ろしていた。ヘッドハンティングしなかったのは、父親も大学に通っていたという経歴はあるものの、母親の通っていた大学とは雲泥(うんでい)の差といえるほどに学力の差があり、そんな父親を自分の会社に入れる訳には行かないと母親が判断したからだった。父親はほぼ「乞食(こじき)」のような存在になってしまっていた。

 母親からのプレッシャーは美和にとって勉学の支障となっていた。

 見る見るうちに美和の学力は下がり、当然、成績も下がっていった。

 ――このままでは、母親に殺されてしまう。

 そう思った美和は、明衣子に相談した。

「このままじゃ、私……お母様に殺されてしまうわ」

 ある日の夜のこと。美和は明衣子の部屋を訪ねるなり、泣きながらそう言った。

「私……お母様が恐くて……とてもじゃないけど、私『望清大学』に入れる自信が出ないわ」

「美和。落ち着いて。大丈夫よ。お母様の言うことは気にしては駄目。気にすればするほど、どんどん勉強が身に入らなくなるわよ」

「でも……」

 泣きじゃくる美和を見て、

 ――この子は「望清大学」に入学できないかもしれない。

 と明衣子は思った。美和の様子と実際の学力、どれをとって見ても不十分で不満足だった。それの原因は全て母親にあると思ったのだ。母親と美和を離す事が一番の改善策だが、それには美和に一人暮らしをさせるということしか思いつかなかった。しかし、あの母親が簡単に一人暮らしを認めるとは到底思えない。認めるどころかもっとプレッシャーを与えかねない状況になってしまうかもしれない。母親は本気だ。「望清大学」に入学できなかったら、例え実の子でも絶対に殺すだろう。口癖のようにあんなことを平然と言うのだから間違いない。

 そして、明衣子は間違った判断をしてしまう。

 ――この子を守るためには私が何とかしなければならない。

 と判断したまでは正解だった。ただ、

 ――この子の代わりに私が受験を受けよう。

 と判断したところが大きな間違いだった。

 明衣子もかなり(あせ)っていた。この時点で大学の受験までは日にちがなく、既に万策は尽き後戻りは出来ない状況だった。その焦りがこんな間違いをさせてしまったのだろう。

 「この子の代わりに私が受験を受けよう」――所謂(いわゆる)替玉(かえだま)受験というやつだ。誰かの代わりに別の人物が受験をするという、違法的な手段。

「美和。よく聞いて。私が貴方の代わりに受験をするわ」

 その言葉を聞いて、困った顔をして明衣子にすがりつく美和。眼からは止め処もなく涙が(あふ)れ、零れている。

「駄目よ。お姉様がそんなことをして、もしバレたりしたら……お姉様まで殺されてしまうわ」

「大丈夫。絶対にばれないようにする方法があるのよ。私に任せておいて。貴方は何食わぬ顔で受験当日、普通に家を出ればいい」

「でも、お姉様。受験当日はお姉様だってお仕事でしょう? 私の代わりをするなんて出来っこないわ」

「私、貴方の受験当日。計画的な休暇(きゅうか)を取ってあるのよ。そこは心配要らないわ」

 美和はとても不安そうな顔をしていた。それは当然だろう。本当にうまくいくという保障はどこにも無いのだから。

 明衣子と美和の顔は(うり)二つ。まるで双子のようであった。それに背格好もよく似ており、母親の会社の社員もよく間違えるほどであった。だから、明衣子はこの話を美和に持ち出したのだ。

 そして、受験日当日。試験場には美和はおらず、代わりに明衣子がいた。しっかりと、美和の制服を着て、何食わぬ顔をしてそこにいた。

 一方の美和は私服姿で「望清大学」に居た。だが、もちろん試験場には居ない。美和は大学の見学と称して学校内を普通に歩いていた。上空から見ればH型の「望清大学」。その「望清大学」の三階。Hで言うところの右側の縦棒の下側。そこに一人の准教授(じゅんきょうじゅ)の部屋――教員準備室があった。美和は準備室のドアをノックする。すると、中から一人の男性教員が出てきた。

「やぁ、君が副戸の妹か。話は聞いてるよ。早く入った入った」

 そう言って、室内に招き入れる哲学科の准教授。

「ありがとうございます。式部准教授(・・・・・)

 美和はそう言って、部屋の中へと入っていった。

 試験は滞りなく進み、明衣子は思う存分、自分の力を発揮した。そのおかげで無事に合格し、美和は「望清大学」に入学した。その結果に母親も大喜びだった。これで殺されなくて済む。美和は明衣子に感謝した。

 ただ、全てがうまくいくわけではなかった。

 そこから、美和は大きく崩れることになってしまうのだった。


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