第十話:コネクションの直結
コネクション【Connection】
・つながり
・関係
・結合
実際、喪失感と言うものはヒトのみならず、ありとあらゆる動植物に不安を植えつける物である。この先何が起こるのか、この先何を見るのか、この先何を感じるのか。
ある日突然、存在と言うものが消える。その場所から居なくなる。消えてなくなる。本当に突然であり、偶然であり、必然である、自然でもある。時間の中で事細かに、かつ大胆。早くもあり、晩くもあり、速くもあり、遅くもある。心の準備はTPOなのでそこについては無視してもいいだろう。だが、少なからず故意があることには間違いない。そのもの自体が消えようと――居なくなろうとして。あるいはそのもの自体が消された――居なくなるようにさせられた。自身から――他人が、あるいは第三者が。
喪失感と言うものを突然目の前に突きつけられた瞬間、動植物の反応は二極化される。探すか探さないか――見つけようとするか見つけようとしないか。それは関心――無関心、親類、友人――他人。そういう要素が大きく関わってくる。
関心があったり、親類や友人の場合は血眼になって探す。無くてはならない存在、消えては困る存在。利害得失、減益増損、有意味。
無関心だったり、他人だった場合はそのうち出てくるだろうという感覚、あるいは別に無くても困らない、消えたところで自分には損失も何も無い。無害無失。無益無損。無意味。
但し――例外。
突然であろうが、偶然だろうが、必然だろうが、自然だろうが、早かろうが、晩かろうが、速かろうが、遅かろうが、関心があっても、無関心であっても、親類でも、友人でも、他人でも、無くてはならない存在であっても、消えては困る存在であっても、無くても困らない、消えたところで自分には損失が無いものであっても――。
中道凛は動じない。
絶対と言うほど動じない。
絶対値は動かない。
何が何でも動じない。
冷静沈着自由主義。
■ ■ ■
「よう――“道化師”」
中道は嘲る様にニヤリと笑いながら、相手――公衆電話から掛けてきている何者か――との通話をスタートしていた。
「フフフ……ドウヤラ、楽座ノ居場所ガ分カラナクテ、オ困リノヨウデスナ」
さぞかし慌てているかと思い、妙に明るい声で話す“道化師”。明らかにほくそ笑んでいるのがその口調から想像は容易だった。
中道が嘲笑しているのも、その相手の様子を想像してのことだった。
――だが、その刹那。中道は一変して笑うのを止めた。
「……お前」
静かな口調で言う中道。無表情。
「毀して、壊して、乞わしてあげるわ」
妙に優しい口調。異様に優しい雰囲気、異常ともとれるまでに優しい中道の微笑み。中道は微笑んでいた。彼女の微笑みは何かを確信したときやこれからの状況が楽しくなりそうなときだけに発動する――だが、この状況は違う。確信もしていなければ楽しくなりそうも無い。
その口調、雰囲気、微笑み。港南の顔には少々焦りの色が見えていた。それは壬生も同じだった。二人の背筋には悪寒が走り、頭の天辺から足のつま先までを電気が走り抜けたような感覚だった。
そして、中道は電話を切って携帯の電源を切った。
完全なる強制通話終了。
完全なる強制通話拒否。
「な……中道さん……?」
港南の顔は青ざめていた。
「……スイッチ入っちゃいましたか……」
壬生の顔も青ざめていた。
今までになかった中道の口調と雰囲気と微笑み。これが何を意味するのか港南も壬生もよく分かっている――だからこそ、ここで直面したくなかった。いや、「ここで」ではなく永遠に直面したくなかったと言う方が完璧な答えだった。
「木葉ちゃん? スイッチって何のことかな?」
中道は壬生のほうに顔だけ向き、優しく問いかける。
だが、それと同時に、
「港南警部! 港南警部はいらっしゃいますでしょうか?」
と制服姿の男性警官がひょこっと休憩室に顔を覗かせた。いかにも警察学校をつい最近卒業しましたといわんばかりに、はきはきとして丁寧な口調で尋ねる。
俄かに港南がほっとしたのは言うまでもない。
「茅原巡査。いかがなさいました?」
余談だが、港南は琴原署に配属されている警察官の名前を全て覚えている。
茅原巡査は困った顔をしていた。まるで警察署に勝手に子供が入ってきてしまったような、その子供の対処に困っているような。
「あの……赤いツナギを着た女の子が……」
と歯切れが悪い。言葉を選んでいるのに苦労しているようだ。頑張れ新米警官。
その言葉を聞いて、港南と壬生は顔を見合わせる。
「赤いツナギ?」
「女の子?」
「来たね」
中道は振りかえり、休憩室の入り口のほうを見た。
「「え?」」
港南と壬生も休憩室の入り口のほうを見る。
茅原巡査が休憩室に入ると、手を連れられて、それでいてふて腐れたような顔をしている赤いツナギの女の子も一緒に休憩室へと入った。
ふて腐れたような顔をした赤いツナギの女の子――榛葉慧だった。
「入り口をさーっと入ってきまして……事情を聴こうと……捉まえましたら、『恋春ちゃんは何処?』……と聴かれまして、迷子になったら大変だと思い……一緒に探しておりました……あ、申し訳ありません」
茅原巡査はたどたどしく説明をした。そして、最後に何故か謝った。おそらく、説明の中での「恋春ちゃん」という部分らしい。そこは気にしなくてもいいのではないだろうか? 情報を正確に伝えることは非常に重要である。頑張れ新米警官。
「ご心配ありがとうございます、茅原巡査。その方は私の同級生ですわ。ご苦労様でした。通常の勤務に戻ってください」
微笑んで茅原巡査に言う港南。
「同級生……し、失礼しましたっっ!」
制帽をとり、榛葉と港南に深々と頭を下げる茅原巡査。
「いいよ……別に……」
何故か顔を赤らめている榛葉。
「それでは、し、失礼いたします」
ビシッと敬礼をきめて、休憩室から出て行く茅原巡査。榛葉はその後姿を何故か見送っていた。
「惚れちゃったのかな? 慧ちゃん」
と少々意地悪っぽく言う中道――もはや、本当に中道であるかも怪しくなり始めている。
「……《速攻解決》じゃなくて《特攻壊滅》にスイッチ入ったの? 凛ちゃん」
意地悪をされたことよりも、中道の変貌のほうに気を向けた榛葉。港南や壬生とは違って、非常に冷静である。
「慧ちゃん、よく私がここに居るって分かったね」
「なんとなくだよ。凛ちゃんの行動は読めるし」
普段の中道に話しかけているのと同じようにやり取りをしている。港南と壬生は、「これは『《隠密機動》の秘密能力』であると無理矢理頭に叩き込んでいる状態だ。
榛葉はツナギのポケットから紙を取り出した。それは、折られてはいるが、B5サイズほどの紙。そこに調査結果が書いてあるようだ。
「まず、元『望清大学』文学部哲学科の津村由貴子さん。元々『久佐木駅』の二駅下りの『墟名駅』前のマンションに住んでいたんだけど、引越しをしてる」
「引越し? どこへ?」
「『白波荘の一〇三号室』」
「白波荘……一〇三号室……」
中道は何かを思い出そうとして目を瞑った。
「白波荘……あっ!」
港南は何かを思い出したらしく目を開けた。
「『開地瑶子』さんの免許証ですわね」
「ピンポ〜ン。恋春ちゃんセイカ〜イ!」
と楽しそうにパチパチと拍手をして言う榛葉。
「でね、引越しをした一週間後に殺されてるんだよ」
と榛葉は調査結果の続きを読んだ。中道は顎に手を当て考え始める。
「津村さんが殺害されたのは六月七日。一週間前と言うと……六月一日。時系列的な関係はなさそうね」
「うん。無いみたいだね――ただ津村さんが式部准教授に相談したことと何か関係があるのかなって」
「……式部ね…………」
中道の中では何かが引っかかっていた。何故、津村が式部に相談をしたのか。それも伺去がすでに除籍されているのにも関わらず。
「あ、もうひとつ」
と榛葉は思い出したかのように言った。
「この津村さんの殺害に関して、警察は、物取りの犯行じゃないとしてたんだけど、津村さんの持ち物から財布と部屋の鍵が盗まれてたよ」
「財布?」
「……免許証だね」
「はい、今度は凛ちゃんセイカ〜イ!」
榛葉は手をパチパチ叩いて言う。何故だ。この娘は非常にこの状態を楽しんでいるようにしか思えないのだが?
「よく、免許証を財布に入れてる人いるでしょ? 犯人は津村さんの財布を奪い取り、免許証を取り出した」
「それは、免許証を偽造するためですわね?」
「そ。んで、話は違うんだけど『王地美術大学』の話。『王美大』の学長が前に話していたことで、一つ気になることがあって、調べてみたんだよ」
榛葉は楽しそうに周りを見渡す。
「『王美大』の学長が話していたこと?」
「『美術には哲学に似るものは山とある』。だから『王美大』には哲学の講義があるんだって。でも、さ。『王美大』には哲学の先生はいないんだよね」
「ポイントは『望清大』と『王美大』の距離に有りって?」
榛葉の言葉にすぐさま返答する中道。榛葉は少し驚いた様子で、
「さすが、《特攻壊滅》。鋭いね『望清大』と『王美大』は目と鼻の先。哲学の講義は一週間に一回だけ。だから講師を雇うことをしなかった『王美大』側は『望清大』に講師の出張を願い出た」
「そして、『望清大』は快諾。一人の講師が『王美大』の哲学講師になった」
「その講師が……」
「「式部武人准教授」」
中道と榛葉のコラボレーションだった。うまい具合にハモっている。
中道、港南、壬生、榛葉。全員の思考は一直線になった。確実に犯人を見据えていた。
ただ、一つだけ分からないことがある。
「伺去さんって、一体何者なんですの?」
「そこらへんも泥濘無しだよ。恋春ちゃん。伺去さんは伺去さんじゃないんだよ」
その言葉に港南と壬生の頭上には「?」がいくつか浮遊していたが、中道はニヤリと笑んだ。
「実は、式部准教授のことを調べているときに一人気になる人を見つけたんだよ。こっそり見つけて写真撮ってきたよ。そしたら、また調べているうちに凄いの見つけたよ。こっちも写真あるからねぇ。そして、プラスアルファだっっ!」
榛葉はリズミカルに3枚の写真を横一列にテーブルへとたたきつけた。まるで取調べをしている熱血刑事よろしく、バシバコバスンっとたたきつけた。
「3人ともよく似てますね」
写真を見た壬生がポツリと呟くように言った。
「ちょっと古い写真だけどさ、左から副戸明衣子さん、副戸美和さん、伺去祐依さんだよ」
「!?」
港南と壬生は驚いたように写真を覗きこむ。確かに、明衣子と美和、そして伺去は3人ともよく似ていた。輪郭や目、鼻、口。髪形さえも似ていた。
「姉妹といわれても、皆信じてしまいそうですわ」
「ところで、伺去さんの写真はどこで手に入れたんです?」
「中学校の卒業アルバムだよ。伺去さんの出身中学校さえ分かれば、同級生の家に行って借りることだって出来るよ」
「……」
そこは盲点だった。とばかりに港南と壬生は顔を手で覆った。
「ただ、副戸美和さんは既に死んでる。自殺したんだよ」
「な……どうして?」
「さぁ、私も調べたんだけど、そこまでは分からなかったよ」
突如としてガタッと音がした。中道が立ち上がったのだ。
「ふぅ……《特攻壊滅》一時解除……と。慧。分かったぜ。副戸美和、伺去祐依、津村由貴子が何で死んだのかがな」
「速いね、凛ちゃん」
「なに、そこまでヒントが出たら分かって当然だと思うけどな」
といいながら、中道は港南と壬生を見る。港南と壬生は中道を見たまま動じない。どうやら、呆気にとられているようだ。
「あと、陽ちゃんの居場所もなんとなく分かったぜ」
「なんとなくかよぅっ!」
榛葉に突っ込みを入れられた中道は、
「確信は出来ねぇけど、多分あそこだな。んで、陽ちゃんはまだ生きてんぞ。多分だけどな」
「多分かよぅ!」
再び榛葉に突っ込まれた中道だったが、その顔は相変わらずニヤリと笑っている顔だった。