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イレギュラーな新人 1

 二月の末。ここの所は寒さが和らぐ日が出始めているが、それでもやはり、まだ寒い。まして朝となればひとしお。春とは名ばかりの、風の冷たさである。


 しかしその寒さも、晶の住家――アトリエ船月堂の中には存在しない。文明の利器によって暖められた屋内は、快適な温度に保たれている。

 その一角、台所にて。セーラー服にエプロンと言ういでたちで、晶は料理をこなしていた。小ぢんまりとしてはいるが綺麗に整頓された台所には、コーヒーメイカーから漂うコーヒーの香りが漂っている。


「んーんー♪ んー♪」


 そんな豊かな香りに調子外れの鼻歌を乗せながら、晶はてきぱきと動く。

 手際よくとき卵を焼き、それをレタスやキュウリ、焼いたベーコンなどが乗せてある食パンへとさらに乗せる。軽くケチャップをかけ、もう一枚食パンを乗せて、最後に十字に包丁を入れて四等分すれば完成だ。

 そうして出来上がったサンドイッチの隣には、もう一つ別のサンドイッチが置かれている。こちらも四等分されているが中身は異なり、荒めに刻まれたキャベツと豚肉の生姜焼きが挟まれていた。


「っしゃ、これでよしっと」


 並んだ完成品に頷きながら、晶はにんまりと笑った。

 それから調理具を手早く一通り洗うと、棚からマグカップを二つ用意する。次いで冷蔵庫から牛乳を取り出し片方へ注ぎ、もう片方にはコーヒーを注ぐ。


「……今日は砂糖あったほうがよさそーだよな」


 そのコーヒーにグラニュー糖のスティックを一本添えると、彼女はエプロンを外してすべての料理をトレイに乗せた。ついでに市販のヨーグルトも一つ乗せ、慣れた手つきでトレイを持って台所を後にする。

 向かうのは、石燕の仕事場だ。


「いっしー朝飯持ってきた、入るぜー」

「おーう」


 ノックと共に入る晶。彼女を迎え入れたのはもちろん、鳥山石燕だ。

 複数のモニターに向き合っていた彼は、椅子をぐるりと回転させて後ろを向く。その表情は少し固かったが、晶が手にしていたトレイの上を見てふっと力を抜いた。


「すまんな、わざわざサンドイッチにしてくれたのか」

「おーよ。ついでにあたしもここで食うかんな、机の上かたすぜ?」

「ああ、好きにしてくれ」


 石燕が頷くより早く、晶は広い机の一角を占拠していた本や書類を片手でぽんぽんと重ねていく。

 そうやってできたスペースにトレイを置くと、コーヒーを石燕に、牛乳を自分に配膳し、トレイを二人の中間に置いた。


「サンドイッチは半分こな!」


 そして彼女は、遠慮なく石燕の隣に椅子を持ってきて座った。


 石燕は彼女に特に何か言うこともなく、自身のカップを手に取る。それから砂糖が添えられていることに気がつくと一旦カップを下ろし、小さく頷いてから砂糖をコーヒーに加えた。


 石燕の一連の動きを、晶は横目で伺っていた。しかし、石燕が満足そうにコーヒーを飲んだのを確認すると、こちらも満足げに笑みを浮かべた。

 それからようやく、彼女は自らが用意したサンドイッチに手を付ける。最初は、生姜焼きを入れたほうだ。


「……で、どうよ? なんかわかったか?」

「わかったって言っていいものかどうか……。とりあえず、これ」


 片手でサンドイッチをつまみつつ、石燕はもう片方の手でマウスを動かす。

 すると、モニターの一つに地図が表示された。先日彼らが訪れた里山周辺の地図だ。そこに、地図を埋め尽くすほど大量の赤い光点が点滅していた。


「光ってるのが、魂魄妖怪の痕跡が見られた地点だ。で、その各所で得られたデータがこいつ」


 もう一度石燕がマウスを動かせば、今度は別のモニターに、写真といくつかの数値が載せられた表がずらりと並んだ。


「ありすぎだろ……どんだけあそこから出てきてたんだ……」

「はっきり言ってわからん。一応、こないだ捕えたやつら含めて、ここ最近逮捕した悪党妖怪のデータと照合して、合致したやつを引くとこうなるんだが」


 さらに石燕はマウスを動かす。すると、大量の赤い光点が半分ほどになった。


「それでも半分くらいかよ……」

「ゾッとする話だろ? 途中で力尽きたらしい魂魄の形跡もあったから、それを抜くとここからもう少し減るんだが……」


 再び、画面から複数の光点が消える。それでもなお、百近い光点が残っていた。


「……これ、完全に機関全体総動員するレベルじゃね?」

「おうよ。おかげでしばらくは絵を描く時間がなさそうだよ……」

「それは自業自得だと思うけどな……」

「……で、とりあえず子組から巳組までの六組には、この中でもへい種以上の足取りを優先して追えって命令が出た。我が辰組の担当はこの地区だな」


 クリック音。今度は画面が完全に切り替わり、東京郊外のとある街が映し出される。


「丙種以上か……あたしじゃちょっときついぞ?」

「わかってるよ。だからうちの組は、戌、てい種が潜伏してるだろう地区の担当にしてもらった。安心しろ」

「そっか……すまねー、ありがとな。あたしも早く、もっと強くなんねーと」

「焦っても仕方ないさ……と、まあそういうわけで、とりあえず俺たちの最初のターゲットはこいつだ」


 三つ目のモニターに、複数の数値と記号が並ぶ映像が出る。その端には、最後に存在が確認された地点の写真が載っていた。


「位階は丁種。力の程度は恐らく上の下くらい。これくらいなら晶一人でも相手取れるだろう?」

「そうだな、それくらいならたぶん。……相手の種族は? 不明?」

「不明だ。とりあえず、エンラエンラやぬりかべみたいな物質系ではない、とは断言できるが……」

「……あいよ、つまりわからないも同然ってことな」


 ため息交じりにそう言うと、晶はヨーグルトに手を伸ばした。

 石燕も同じくため息で応じると、軽く首を縦に振る。


「……そういや、さ。あいつ、今日は来るかな?」

「さあ? 相手は大財閥の令嬢で、そのまま子会社で取締役もしてるんだ。そうそう時間はないだろう」

「……そりゃそーか」

「そうさ。……って、何回このやり取りするんだよ?」

「いや……だって、同年代の同僚って今までいなかったからさ。なんとなく気になるっつーか……」


 石燕の言葉に、晶は珍しく語気を弱めながら黙り込んだ。そのまま、ヨーグルトのカップにスプーンが当たる音が小さく連続する。


 彼女のそんな様に、石燕はくくくと笑った。


「素直に言えよ、来てほしいんだろ?」

「……うっせーなあ」


 口をとがらせ拗ねたようにスプーンをねぶる晶に、石燕はにやりと笑う。そしてそのまま、彼は晶の頭をぐしぐしとなでた。


 晶は別に、コミュニケーション能力に問題があるわけではない。異なる世代の人間ともやり取りに忌避感はないし、問題なくやっていける自信もあった。

 とはいえ、接していて一番気楽なのは、やはり同年代だ。だからこそ、一人くらい年齢の近い同僚がいても罰は当たらないだろうと、そんな風に思っていたのだった。もし水奈がそうなってくれるなら、それはそれで嬉しい、と。

 もちろん危険が伴う仕事であるから、一切訓練をしていない水奈を迎えることを素直に歓迎できない気持ちもあるのだが。それでも時間が経つにつれて、その気持ちは少しずつ薄らいでいた。


 それを自覚しているからこそ、彼女はしばらく石燕にされるがままに撫でられ続けていた。下手に反論したらいじられる未来しか来ないことは、長い付き合いの中で承知しているのだ。


 そんな調子で会話はしばらくなく、パソコンの駆動音だけが響いていた。けれどもそれは、あまり長くは続かなかった。


「……やっべ、そろそろ学校行かなきゃ!」

「もうそんな時間か。って言っても、受験シーズン真っ最中だろう? 今日も全部自習で、暇するだけなんじゃないか?」

「それはしゃーなしだろ。大体暇だなんてのはさ、受験が終わってるあたしだから言えるんだしよ」

「それもそうだ。……んじゃま、行ってこい。気をつけてな」

「ん、行ってくる!」


 そこで晶は立ち上がりながら残っていた牛乳をあおると、空になったマグカップとヨーグルトの空容器、それからスプーンを手にして入口へ向かう。


「あ、いっしー。食い終わったら食器、ちゃんとかたしといてくれよ! 洗うあたしの身にもなってくれよな!」

「いや、だって俺家事は」

「別にいっしーに家事なんて求めてねーって! でもせめて、シンクに持ってくくらいはしてくれよ。いっつも出しっぱじゃん!」

「……はい、わかりました」

「ん、わかればよろしー」


 扉を開けて外に出ながらそう言う晶は、もう先ほどまでの空気など欠片も残っていなかった。

 にぃっと笑う顔は快活そのもの。妖怪相手に啖呵を切れる、はつらつとした少女の顔であった。


 それを見た石燕は、おどけた調子でひらひらと手を振る。


「改めて、行ってら」

「うん、行ってきます!」


 それに応じてから、晶は台所へ駆け込み食器をシンクの中へ。それから慌ただしく玄関のほうへ走っていく。

 使い込まれた学校指定のスニーカーをはき、玄関先に放置されていた鞄を手に取れば、どこからどう見ても年頃の女子中学生である。


 彼女は扉を開けると、弾けるように走り出していった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


また短かったけど、区切りがいいので・・・。

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