表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

潜むもの

 深夜のとある住宅街。ほとんどの人が眠りに落ちた時間帯に、一室だけ煌々と明かりのともった家があった。

 その室内はおおむね静かだが、キーボードのタイプ音とマウスのクリック音が、不規則ながらほぼ断続的に響いている。


 音の主は、まだ年端もいかぬ少女だ。おおよそ十代の前半……中学生か、下手をすると小学生かと言ったところ。

 そんな少女が、目元にうっすらとくまを浮かべた状態で、黙々とパソコンでオンラインゲームに興じていた。

 表情は薄く、淡々とゲームを進める少女。画面の中では、彼女の分身が数人の仲間と共に巨大な敵と戦っている。


 それがしばらく続いたころ。戦いの場に、突如として他のプレイヤーが入り込んできた。その後ろからは、大量のモンスターがついてきている。

 俗に、トレインと呼ばれる行為だ。モンスターを引き連れている理由は逃げるためとか、まとめて一気に倒すためとかさまざまあるが、周囲で他のプレイヤーが活動しているオンラインゲームにおいては、理由はどうあれ嫌われる行為である。

 ましてや、その引き連れていたモンスターを他のプレイヤーに押し付けて逃げるなど、もってのほかだ。


「……チッ」


 だから少女も、穏やかではいられない。それまでうすぼんやりとしていた顔が、一瞬にして怒りに染まる。

 そして、


「ふざけないで!!」


 そう叫ぶと同時に、彼女の身体から黒いもやのようなものが噴出した。

 それは彼女をそのまま包み込むと、今度は背中から節足動物のものと思われる、細い脚のがせり出てきた。その数は瞬く間に増えていき、遂には左右四対となる。

 次いで少女の身体……両手へその脚が伸びて、今度はそこに溶け込んでいく。


 そして次の瞬間。


「ふざけないでよォォォー!!」


 再度少女は叫び、憤怒の表情をそのままに、猛烈な勢いで操作を始めた。それまでとは異なり、人の動きとは到底思えぬ速さで。


 画面の中ではそれを受けて、少女の分身が反則じみた動きをし始める。モンスターが、すさまじい勢いで減っていく。

 それでもなお、少女の勢いは止まらない。ますます動きは速くなっていき、タイピングやクリックの力強さが跳ね上がっていく。


 ぴしり、とマウスがかすかな悲鳴を上げた。


「これでッ! これで終わりよ!!」


 そして数分後。遂に、画面の中では決着がついた。押し付けられたモンスターだけでなく、最初から戦っていたモンスターをも討伐したのである。

 画面の中では、少女の奮闘をたたえるメッセージと、反則を疑うメッセージが続々届く。


 だが肝心の少女は、勝利を決めた体勢のまま硬直していた。

 その状態のまま、彼女の身体に溶け込んでいた不気味な脚が再び外へ出てくると、元あった場所へ戻る形で、彼女の背中越しに、体内へ沈み込んで消える。

 同時に、少女を包み込んでいた黒いもやのようなものも一緒に引っ込んでいき、やがては完全に少女の中へ納まって消えた。直後に少女の顔からは表情が抜け落ち、何事もなかったかのようにぽすりと椅子の背に預けさせる。


 しばらく呆けていた彼女は、やがてはっとなって身体を起こした。それから慌てた様子で自分の手足を順繰りに眺めやり、次いでマウスへ目を向けて、愕然とする。


 マウスには、ひびが入っていた。奇妙なことなど何もなかったように見えるが、それだけは確かに痕跡となって、異常の気配と共に佇んでいる。


「……っ!」


 少女は己の身体をかき抱く。

 全身が小刻みに震えていて、顔は恐怖の色で染まっていた。その様子は、先ほどとはまるで逆だ。


「ま……また、……まただ……」


 絞り出すような声が、彼女の口からこぼれた。


「また……壊しちゃった……」


 また。

 そう言って、少女はさらに身体を縮める。椅子に両脚を乗せ、今度はその脚ごと身体を抱きしめる。


「なんで……どうなってるの……? わたしの身体、どうしちゃったの……!?」


 ぶつぶつとこぼしながら、なおも震える少女。

 だが、返事などあるわけがない。この部屋には、彼女一人しかいないのだから。


 ――しかし。


『アハハハッ、いい感じ! この調子で、死にたいとか思ってくれたら最高よね! うふふ、もっともっと怯えてもらわなきゃ!』


 少女の身体の奥底で、そんな声が響き渡った。甲高い、耳障りな音色だ。だがその声に反応する者も、ここにはいなかった。

 当事者の少女すらも無反応である。彼女はただただ怯えたまま、しばらく椅子の上で目の前の現実から逃げようとしていた。しかし現実は無情である。


 なぜなら――彼女の背後には、大きくひびの入った壁とへし折れた携帯ゲーム機、それに破裂したクッションが並んでいるのだから。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


思ったより短かった。

今日中にもう一話更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし面白いと思っていただけましたら、下記をクリックしていただけると幸いです。
小説家になろう 勝手にランキング>

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ