出会ったから始まったのか、始まったから出会ったのか 3
騒動が終わり、すっかり元の静けさを取り戻した里山の周辺。
妖怪たちが暴れた地点から少し奥へと進んだところで、石に腰かけた男――歳の頃は二十代後半と言ったところか――が携帯ゲームにいそしんでいた。
あの時、猫の姿の威黒と共に現れた男だ。頭に無造作に巻きつけられた、緑色のバンダナがよく目立つ。
首から下はまるで、今から冬山を登るんだと言わんばかりの重装備であるが、バックパックの類は持っていない。ただ、大ぶりのショルダーバックが肩から下げられている。
また、手袋はない。だがやはり寒いのだろう。交互に両手へ息をはきかけて、暖を取っている。
それを、数えるのも馬鹿らしくなるほど繰り返した頃合い。彼は、かすかに風を切る音をとらえて顔を上げた。
「お待たせ―!」
すると彼は、空から降りてくる晶と正対することになる。
だが男は驚くそぶりなど欠片も見せず、携帯ゲーム機をスリープモードにしてバッグに仕舞い込むと、ひょいと立ち上がった。
「うぃーっす! わっりわり、色々あって遅れちまった!」
「まったくだよ。今夜の締切に間に合わなかったらどうしてくれるんだ」
「いや、しゃーなしだろ!? っていうか、毎度毎度なんで締切近づくまで絵描かねーんだよ!?」
あまりといえばあまりの言葉に、晶は男の正面に着地と同時に抗議する。
しかし、その声音は本当に非難する色で染まっているわけではない。どちらかといえば、仕方ない、またかといった調子だ。
男のほうもそれはわかっているようで、ひらひらと手を動かしながらもにやにやと笑っている。
「はいはい、お二人さんともその辺で。まずは仕事を終わらせまひょ」
まだ何か言い合おうとしていた二人に割って入ったのは、晶の肩につかまっていた威黒である。
先ほどとは異なり、今は元通り猫の姿をしている。全身は黒づくめで、瞳すら黒い。その尾は非常に長く、また四つに分かれていた。
そう、彼も妖怪である。妖怪・猫又。長い時間を生き、神仙にも通じる力を得た化け猫だ。先ほどの人の姿は、その力でもって変化したものである。
「わぁってるよ。さっさと鎮めねーと、とんでもないことになる」
「はいな、それでよろしおす」
晶の言葉に、威黒が目を細めて答える。
「……その前に、いっしー。さっき封印した連中は全部回収できたか?」
「ああ、ばっちりだ。そこは抜かりないさ」
晶にいっしーと呼ばれた男は肩をすくめながらも、得意げに笑みを浮かべた。
いっしー……当然だがあだ名だ。彼の名は鳥山石燕。その昔、妖怪絵で名をはせた絵師の名を継ぐ十代目である。
晶が彼と出会った当初、石燕の名を読めず「いしなんとかさん」と呼んだために、今のあだ名がある。そんな呼び方をするのは晶だけだが。
「さっすが。普段働かないくせに、一度仕事しだすと完璧だな」
「働かないとは失礼な、俺は毎日忙しいんだぞ?」
「よく言うよ、何かあればひたすらゲームしてるくせに」
「仕方ないだろ、どんな仕事でも息抜きは必要だ」
「いっしーの場合、抜く時間が長すぎるんだよなあ……」
「はいはい、後にする」
『ウィッス』
威黒の、妙に所帯じみた言葉に晶と石燕は同時に応えた。
それからやはり同時に、直前までの緩んでいた表情をキッと引き締める。
「いっしー、装備は?」
「おう、鑚心釘が予備を含めて全部で六十本。これだけあれば十分だろう。武器も防具も、自衛できる程度には揃えてあるから俺のことは気にするな」
「完璧だな。威黒も大丈夫だよな? いつも通り移動中の索敵と、それからもしあたしが撃ち漏らしたら頼むぜ」
「任しとってください。万が一の時は光よりも速く仕留めて見せますよって」
「……心強いんだが、お前の『仕留める』は言葉通りだからな。ガチで晶がヤバい時だけで頼むぞ? 殺人犯イコール死刑じゃないんだからよ」
「そらもちろんですわ。あてかて敵とはいえ、そんなほいほい殺しなんてしたくありまへんよってな」
「その分あたしが頑張ればいい話だろ? 大丈夫だって」
威黒の返答に頷く晶。そんな彼女に、石燕と威黒も頷きで応じる。
「そんじゃ、行くとするか! 目指すは妖怪が湧いてる場所だ!」
「あいよ、ちゃちゃっとやって今夜の締切に間に合わすぞー」
「はいな、今日もみんな無傷目指してがんばりまひょ」
そして彼女たちは、迷うことなく里山の中へと足を踏み入れていくのであった。
里山とは、人が様々な目的で手を加え維持してきた森林だ。木材を得たり、食料を得たり、あるいは災害を防いだりと、人間は多くの恩恵を里山から受け続けてきた。
そうやってしっかりと維持管理がなされている限りは、里山はさして危険な場所ではないし、中を行き来するのもそこまで苦になるものでもない。
しかしここ数十年、人が離れ放棄されてしまった里山は珍しくない。周辺地域の過疎化などが主な理由だが、そうなってしまった里山の多くは、制御から放たれた植物によって荒れ果てていった。
晶たちが踏み込んだこの里山も、そんな人の見放した場所の一つだ。頭上をツタや枝が埋め尽くし、足元を雑多な草が塞ぐ。満足に歩くこともままならない。
だが彼女たちは、明らかに人が通った形跡のある部分を歩いていた。
「あのいとはん……月神の会社が調査に来た時に通った跡ですやろなあ」
その痕跡を、威黒はそう見た。
彼の推測は正しい。この里山の権利等を買い取った際に、水奈は念入りに調査を行っている。
「月神? 今回の一件、あの家が絡んでたのか」
「その御令嬢が、現場責任者として出張ってはりましたわ。清晴総帥によう似た知的な感じの、別嬪さんどしたな」
「あの総帥に似た、ってことはインテリか。じゃあ相当言い募られただろ? それで戻ってくるのが遅れたのか」
「そういうことですな」
「毎度のことだけどさ、何も言わせないで問答無用にダメってのはちょっと悪い気がするよ。危険に巻き込まないための配慮ってのはわかってんだけどさ……」
「一般人にしてみりゃ、俺らは定期的にオカルト雑誌に載る謎の組織だから仕方ないだろ。対妖怪専門組織だから、掲載誌が間違いとは言えねえが……っと、分かれ道か。晶、威黒、どっちだと思う?」
「んーとですね……ええ、こちらどす。妖怪の気配を感じますわ」
「あたしもこっちから感じるな」
「お、一致か。じゃあ右に行くと言うことで」
「異議なーし」
軽い会話を交わしながら、三人は鬱蒼とした森の中を進んでいく。
道中、進む方向の選択はもっぱら晶と威黒が行い、石燕は道行きに口を挟まない。その代わり、彼は道しるべを残していたり、コンパスで方角を確認したりと、明確に異なる役割を担っていた。
そうして森の中を進むこと小一時間。三人は、遂に目的の場所へ辿り着いた。
「……どうやら、ここみたいだな」
「ああ、違ぇねー」
「うーん……かなりの数の妖怪がおりますなあ」
木の影に身をひそめる彼女らの視線は、朽ちた山小屋に向けられていた。
元々は、木々などの収集に来た人間が休んだりするための場所だったのだろう。随分と小ぢんまりとしていて、周辺に他の建物はない。代わりにあるのは大量の植物だけだ。
その小屋の傍らには、井戸らしき石の枠組み。だがこちらも草木に飲み込まれてしまっていて、使い物にならないだろう。
そしてその周辺に、何十もの妖怪がたむろしていた。そのほとんどは先ほど晶が蹴散らしたのと同じ小鬼だったが、犬の姿をした狗賓のような、下級天狗の姿も見える。
ただし彼らにはいずれも半透明だ。そして周囲ものに気をつけているそぶりはなく、あらゆるものをすり抜けてうろついている。
「全員魂魄妖怪で間違いねーな。見たところ、強いのはいないみてーだけど……多くね? 一応、全部戌種っぽいけど……」
「ですな……顕現した肉体持ちの気配も感じまへん。あれで全部やとええんですが」
「それを祈るだけだな。……しかしだ、今回の結界用意は手分けするより、全部威黒に任せたほうがよさそうだな」
ドラマの探偵のように顎に手を当てて、石燕が言う。
そんな彼に、晶と威黒が首をかしげながらも顔を向けた。
「なんでだ、いっしー?」
「これだけ草木があるからな、俺たちじゃ全く音を立てずに動くのは無理だ。その点、威黒なら音を消して移動できるだろ? 姿もだ。光と音の操作は威黒の専門分野だからな。
威黒と一緒に行動すりゃぁ音も姿も隠せるが……三人まとまって結界を張っていくのは非効率的だ。だったら俺たちはここで動かないかどうかを監視するために残っておいたほうがいいと思ってな」
「なるほど。でもそれだと、威黒にかなり負担がかかることねーか?」
「問題あらしまへん。というより、その程度が負担になるようやったら何百年も生きてませんわ」
「だろうな。ということだ、晶。そう心配しなくていい」
「……わーってるっての」
石燕の言葉に、晶は唇を尖らせた。
そんな彼女にうっすらと笑みを浮かべながら、石燕はバッグから小さい杭がまとめられたベルトを取り出す。
杭は長さ十センチほど、直径およそ一センチ程度。そして表面は鈍色である。それらが、弾丸ベルトのような状態で十本、まとめられている。
「いつもは一人で二束くらいは鑚心釘を持っていくが……威黒、お前一人でどれくらい持てた?」
「この状態だと、三つが限界ですな。けど、それで十分とちゃいますか?」
「わかった、ほい」
石燕から手渡されるベルトを、威黒は器用に前脚で受け取り、それを身体に巻きつけていく。それを三度繰り返して、三つ全てを身体にまとった威黒は気負うことなくこの場を離れていった。
その際、彼の身体に当たった草や枝が揺れていくつもの植物がぶつかりあうが、音は一切立たない。それどころか、威黒の身体も景色に溶け込んで、見えなくなった。
「……いつ見てもすごいよな、あれ」
「無音化はともかく、透明化のほうは科学技術でもそろそろ実用化できそうだけどな」
消えた威黒から改めて妖怪たちに意識を移して、二人は小声で言い合った。
一方、一人行動を開始した威黒は、無音と透明を維持したまま歩く。そして、一定の間隔で地面に杭を打ち込んでいく。
これは、彼らが普段から扱う対妖怪用品の一つだ。複数の杭で囲まれた内部に、妖怪が行き来できなくなる結界を発生させるのである。今回のように退治を目的として行動する場合、これに相手を閉じ込めて逃走を防止することから始めるのだ。石燕が言った通り、名を鑚心釘という。
撃ち込まれた鑚心釘は、即座にぼんやりと光を放ち始める。道明かりとしてはまったく頼りにはならないほどの、目立たない光だ。
それが、上から見るとちょうど小屋跡を取り囲む形で設置されていく。最後に機能を起動させれば、妖怪を閉じ込める結界の完成というわけだ。
ただ、普段は全員で手分けするこの作業。今回は万全を期して威黒一人が担うことになったため、いつもより完成に時間がかかることになる。そのため、晶たちは必然待つことになっていた。
「……暇なのはわかるけど、この状況でゲームできるいっしーの神経には毎回呆れる通り越して尊敬するよ……」
「ははは、二十年も妖怪とこういうことをやってれば慣れるさ」
そして妖怪たちの監視を続ける晶の傍らで、石燕はゲームに戻っていた。画面の中では、彼の分身が率いる六人組のパーティが、迷宮を探索している。
「それより晶、お前どこまで進めた? 二つ目のダンジョンのボスが強すぎて勝てないんだけど」
「四つ目までだけど……え? 二つ目のボスってそこまで強くなかったぞ? どんなパーティ組んでんだよ」
「こうなんだけど」
とはいえ、そうやって見せられた画面を普通に覗きこむあたり、晶も十分図太い。
そんな彼女だが、すぐ問題点に気づいて呆れ顔を浮かべた。
「いっしー、このパーティでよくここまで来れたな? 前衛職一人もいねーじゃん」
「前衛職の女キャラ、みんな巨乳だったから……」
「いっしーはブレねーよな、ホント……」
「ノー幼女ノーライフ」
石燕とは、要するにそういう人種であった。そんな彼に、晶は容赦なく冷めた視線を突き刺すのである。
ちなみに、十五歳の晶は石燕にとって、既にストライクゾーンの範囲外らしい。業の深い男である。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
メインメンバー出揃いました。
某作品の石燕はポンコツかわいいメガネの美女なのに、うちのと来たらなぜこうなったのか・・・。