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退魔鑑ナルカミ  作者: ひさなぽぴー/天野緋真


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23/23

新しい時間へ

 四月の初旬。東京は既に桜前線が通過し終わり、あちこちで満開の桜が咲き乱れる頃合い。

 まだまだ暖房が欲しくなる日もあるが、こと今日に関しては、まさに春の陽気が朝から満ちていた。


 いつの間にか、窓の向こう側に貼りついた桜の花びらがひとひら。それをちらりと見上げながら、晶はいつも通り台所に立っていた。エプロンの下はリボンつきのワイシャツとブレザー、そしてプリーツスカートである。


「んーんんんー♪ んー♪」


 調子の外れた鼻歌を奏でながら彼女が作っているのは、卵焼き。フライパンの中で見る見るうちに形作られていくその表面には、焦げ目一つ見当たらない。

 出来上がったものはすぐに皿の上へ移され、包丁が数回入る。


「おはようございます、晶さん」


 先に仕上げていた焼き魚の隣に卵焼きの皿を並べたところで、水奈が台所に入ってきた。その恰好は、エプロンがないだけで晶と同じ。腕にはブレザージャケットが抱えられている。


「おう、おはよう水奈! ちょうど今朝飯できたとこ!」

「まあ、今日は和食なのですね。いつもながら、どれもおいしそうですわ」

「あんがとさん。……あ、水奈。ちょいストップ、そのまま」

「はい?」


 首を傾げながらも、言われるまま動きを止める水奈。


 晶は彼女の前に立つと、その胸元のリボンを優しく整えなおした。


「……ほい、これでよしっと。リボン曲がってたぜ」

「あ……あ、ありがとうございます……制服にまだ慣れてないみたいですわね……」


 にい、と笑う晶に、水奈は頬を染めた。


「気にすんなよ、あたしもちょっと手間取ったしさ」


 対する晶はまるで気にしない体で炊飯器へと向かう。


 彼女の後ろ姿を眺めながら、水奈は少しだけぼうっとしていたが……やがて静かに席に着いた。そこにすぐ、白飯と味噌汁が並べられる。

 最後に、彼女の正面に晶が座った。


「うっし、そんじゃあいただきまーっす」

「はい、いただきますわ」


 かくして二人は手を合わせあい、箸を手に取った。しばらく、台所には静かに食事の音が響く。


 是害坊との戦いを終えて、およそ半月。この間に、水奈の生活環境はがらりと変わった。


 まず、長年住み慣れた家を離れ、晶と同じく石燕のアトリエ船月堂へ移り住むことになった。事が起きた時、できる限り迅速に動けるようにという水奈たっての希望である。

 幸い船月堂には空き部屋があり、引っ越しに滞りはなかった。


 また、それに伴って社会的な立場も激変している。月神財閥グループ企業の取締役という立場は返上、会社からは除籍された。

 こちらは単に、一般的な社会人の仕事と皇機関の業務が両立できないからだ。


 一方で、高校生にはなる予定でいる。行先は都内でも珍しくない、ごくごく一般的な普通科高校だ。

 しかし実際には普通の高校ではなく、関係者に皇機関のエージェントが紛れている高校である。


 そう、彼女が着ていたのはその制服だ。そして今日はその入学式。もちろん晶も一緒だ。


「……今日のお味噌汁、いつもと違いますわね?」

「お、わかる? 実は違う味噌が特売しててさ、いつものやつより安かったから変えてみたんだよ。味はどうだ?」

「なるほど。んー……私はこちらのほうが好み……ですかね」

「あ、そーなん? あたしは……正直あんまり違いわかんねーんだけど。水奈がそう言うなら、今度からこっち使おうかな?」


 そんな二人は、もはや完全に打ち解けていた。何気ない会話を楽しみながら、朝食が進む。


 ところが、半分ほどまで食べ終わった頃合いである。寝ぼけ眼も寝癖も隠そうともせず、大あくびをかましながら石燕が現れた。そのあまりの風体に、晶も水奈も呆れ顔を隠せない。

 晶に至ってはさらに、


「は? なんでこんな時間に起きてきてんの? さっきまで徹夜で仕事してたじゃん、朝飯作ってねーよ?」


 と追い打ちをかける始末である。


 だが、石燕もそれはわかっていたのだろう。ひらひらと手を振って、いらないと応じる。


「って、それどころじゃない……」


 そして彼は、やはり眠そうに後ろ頭をかきながらも、一転真顔になってそう言った。


 その様子に、水奈はなんとなく状況を察した。大して察するまでもなく、石燕が真顔になるタイミングなど、少女絡みか妖怪絡みの二つに一つしかないのだが。


「……もしかして石燕さん、妖怪事案発生ですの?」

「残念ながら、イグザクトリーだ。天下の往来で暴れてるやつがいるってよ!」

「マジかよ……あたしらこの後入学式なんだけど」

「俺だって寝たいよ! でも、今この辺で動けるエージェントが俺らだけなんだからっ、仕方ないだろッ?」


 誰も望んでいないタイミングでの召集に、一同は揃ってため息をついた。

 かといって、このまま放置するわけにはいかない。悪党妖怪を放置したらどうなるか、三人は知っているのだから。


「……とりあえず、情報はいつものアプリで共有な。確認しておいてくれ。それから水奈……お前どうする? 現場行くか?」

「もちろん。私は現場主義者でしてよ」

「あはは、前から水奈そう言ってたもんな」


 石燕の問いに、水奈は即答する。その顔と声に怯えはなかった。


「……お前ほどビビんねえ新人は初めてだよ。養成所を出たわけでもないのに」

「元から少なかったですけれど、是害坊の一件以来、どうも妖怪に恐怖を感じないのですよね……」

「感覚がマヒったのか、それとも本気で妖怪に耐性がついたのか……いやお前は本当、俺らの常識の斜め上を行くやつだよ」

「どういたしまして。……そんなことより急ぎしょう? 敵は待ってくれませんわ」

「褒めてねえんだけどな……まあいいや。それじゃあ、現場での晶のサポートは水奈に任せよう。俺は組長としての仕事に専念する」


 水奈の切った啖呵を受け取った石燕は、いまだ寝ぼけ眼ながらもにっと笑った。


 水奈も、そして晶も、彼に応じる形で頷くと、食事もそこそこに行動を開始する。

 そんな二人の前に、威黒が音もなく現れた。


「お二人とも、準備のほうはどないです?」

「ああ、オッケーだぜ」

「はい、私も」

「はいな。ほな、早速参りまひょか。足になりますえ」

「おう! やっぱ入学式はブッチしたくねーし、初っ端から全力で行くぜ!」

「ふふ、そうですね。いきなり遅刻なんて、いくらなんでもごめんですわ」


 かくして二人と一匹は、慌ただしく船月堂を飛び出していく。けれども、その顔に悲壮感や恐怖はなかった。


 そんな彼女たちの背中を、ふわりと桜の花びらが押していく。

 晶と水奈の新しい日々が、春風と共に始まった瞬間であった――。


―完―


ここまで読んでいただきありがとうございます。


これにて退魔鑑ナルカミは完結でございます。最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございます。

本作は割烹などでも話していた通り、ラノベの公募で見事一次選考で落とされたものなのです。

書き上げたのはもう二年ほど前になりますか。今見返すと、もう少し何かできたのではないかなと思います。

しかし三人称って難しい。昔は一人称のほうが難しいと思ってたんですけどね。どっちもどっちだなって思うし、小説を書くってすごく難しいなとも思います。

もちろん落選は素直に悔しいので、今後とも精進していく次第です。

よろしければ、これからもお付き合いいただければ、幸いでございます。

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