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退魔鑑ナルカミ  作者: ひさなぽぴー/天野緋真


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19/23

転変

 水奈の言葉が聞こえて、晶の口から思わず「えっ」という声が漏れた。それから、水奈にお父様と呼ばれた男――清晴と水奈の顔を交互に見詰める晶。そして彼女は、一人で納得する。


 しかし一方で、水奈と清晴の間に漂う空気は、決して穏やかなものとは言えなかった。宿敵に突然出会ったような空気を醸し出す二人に、晶は口をはさむことができず、一応の面識がある松田に目を向ける。

 だが松田は、肩をすくめながら緩やかに首を振った。それを見た晶は「ダメなのかよ」と心の中で突っ込む。


「……どうして、こちらに?」


 嫌な沈黙を先に破ったのは、水奈だった。


「そのクレーンゲームの視察に、だよ。評判の良し悪しが店によって極端に違うようだからね」

「そう、ですか……」

「そういう水奈は、どうしてかな?」

「……友人と遊びに来てはいけませんか?」


 そこで清晴の視線が、晶に向けられた。ものすごく居心地が悪いのを我慢しながらも、彼女は「どうも」と頭を下げる。


「……そうか、君が最近水奈にできたという友達か」

「ええと、はい……その、はい。成神晶と言います……」


 なぜか萎縮してしまった晶は、もう一度頭を下げる。「高貴なオーラってのはこういうものか」と思いながら。

 しかし、晶が考える高貴なオーラをまとうところの清晴は、相好を崩すと気さくに歩み寄ってきた。


「話は水奈から聞いているよ。水奈の父で、清晴という。娘が世話になっているようだね」

「え!? あ、いえ。そんな。むしろあたしのほうがお世話になってるっていうか……」


 清晴の対応をまったく予想していなかった晶は、しどろもどろになりながらも握手を交わす。


 対する清晴の顔は穏やかで、その所作は優雅で洗練されている。

 その状態でしばらく清晴と会話を交わしたが、晶は清晴が水奈と同じく、思慮深く聡明な人なんだろうと確信して内心で頷く。

 と同時に、「この人なら機関入りを許可しないだろうなあ」とも思って、人知れずため息をついた。


(こんないい人が親父さんなんだから、水奈にはケンカしてほしくねーなあ……)


 そんなことを考えながら、晶はちらりと水奈に目を向ける。そしてそこで、彼女は己の目を疑った。


 水奈が、普段の彼女からはとても考えられないほど恐ろしい顔で、父親の背をにらんでいたのだ。元々美しいが、どこか涼しげな雰囲気を持った彼女がするその表情は、視線だけで人を殺せそうなものになっていた。

 そしてその様子に、晶は見覚えがあった。妖怪に取り憑かれた人間のそれとそっくりだったのだ。


 同時に、彼女のかんなぎとしての感覚が、感じたくないものを感じ取る。


「水奈……お前、え? 嘘だろ……?」


 水奈からかすかに漏れ出る、黒いそれ。知る者なら妖気と呼ぶそれを見て、晶は上ずった声で、絞り出すようにして問いかけた。


 けれど水奈はそれには反応しない。が、彼女の身体からわずかに出ていた妖気が、ピクリと動いて彼女の中へと滑り込んだ。それはまるで、犯行を見咎められた犯罪者のようで……。


「水奈! 嘘だろ!? いつだ、いつ取り憑かれたんだ!?」


 晶はいてもたってもいられず、清晴の前であることも忘れて飛び出すと、水奈の両肩をつかんだ。そしてがくがくと彼女の身体を揺さぶる。


 そこでようやく水奈がはっとして、いつもの顔に戻ったが……次の瞬間、その身体から妖気が噴き出した。

 同時にそれは衝撃波へと姿を変え、周囲一帯に襲い掛かる。周りに居並ぶ各種筐体が一斉に破壊され、複数の破砕音がフロア全体に響き渡る。悲鳴がそれに続いた。


 晶はと言えば、咄嗟に清晴をかばおうとして弾き飛ばされていた。その身体に、一文字の傷が開いて血がにじみ出る。


「晶ちゃん!?」

「……くっ! 水奈!」

「……あ、きら……さん……、わ、私は……ぐ、く、ククク……儂と、した、ことが……顕現が近く、なって……制御が難しく、なっ……う、うう……わ、私から、離、れ……!」


 白い火と共に体勢をすぐに立て直した晶に返ってきたのは、二つの意識が混在した言葉だった。

 その意味を、晶は即座に理解する。取り憑いた妖怪が顕現寸前まで力を蓄えている、と。


「うう……あ、晶……、……さ、ええい、小娘の、割に……やけに、抵抗する……!」


 今や水奈の身体からは、妖気が吹き出し続けていた。彼女に取り憑いた妖怪には、もはや隠すつもりがないのだろう。

 しかしそれを正確に理解できているのは、この場では晶しかいない。他の人間には、水奈が突然奇妙な一人芝居を始めたように見えているだろう。

 それでおかしなやつだと思われるのはまだいい。晶としてはそれも避けたかったが、皇機関のかんなぎとしては、操られた水奈を不用意に取り押さえようとする人間が、逆に被害に遭わないようにするほうが先決だった。


(でも……でもどうする? こんな人の多いところじゃ、あたしの力は下手したら逆効果になっちまう!)


 晶の能力は、火を操るものだ。高い威力を持ち、敵と戦う時は非常に有用な能力ではあるが、その攻撃力はもろ刃の剣でもある。

 おまけに彼女が生み出す火は、一般人にも見える。仮に火災にならなくても、視覚効果だけで人々に与える影響は相当なものだろう。


 だから、どうすべきか考えていた晶は、水奈の身体に起きた変化に気づくのが遅れた。そしてその遅れは、彼女にとっては致命的なものとなる。


「やべ……っ! おいやめろ!」

「むんっ!」


 水奈が、フロアの壁に手のひらを向けた。瞬間、そこから猛烈な波動が放たれ壁に大穴が開く。轟音と衝撃がビル全体を揺るがし、他のフロアからも悲鳴が聞こえてきた。

 それから水奈……いや、妖怪は、水奈が絶対しない底意地の悪い笑みで晶を一瞥すると同時に、その背中に妖気でできた黒い翼を生じさせた。


 そして。


「さらばぞ!」

「待て……っ!」


 妖怪は水奈の身体を駆って、自らが開けた壁の穴から空へと飛んで行ってしまった。

 慌てて追いすがった晶だったが、その姿はあっという間に彼方へ遠ざかっていく。


「……くそっ!」


 穴の断面に拳を叩きつけて、晶は怒声を口にした。ぎり、と歯噛みする音が、自身の耳朶を打つ。それでも、闇雲に飛び出さないだけの理性はかろうじて残っていた。


 だから彼女はスマホを取り出すと、怒りで震える手で操作する。その背後では、そして階下でも、ざわめきがどんどん大きくなっていた。


『うぃ、どうしたよ?』

「いっしー、緊急事態だ! 水奈に妖怪が取り憑いてた!」

『は!? な、なんだどうした? どういうことだ!?』


 ほとんど間を置かず電話口に出た石燕は、晶の言葉に困惑の声を上げる。

 だがその後も畳み掛けるように説明を続ける晶に、非常事態と見て取った。すぐに我に返ると、晶の説明を噛み砕き始める。


 そうして二人の認識の差が埋まった頃、晶もひとまずは落ち着いて穴の縁に座っていた。


「……どう、すればいい? あたしはどうしたらいいんだ、なあ?」

『まずは集まろう。他のエージェントにも召集をかける。お前は俺たちが合流するまで人目のつかないところ……そうだな、そこの屋上にでも移動しておいてくれ』

「わ、わかった」

『よし。すぐに行くから、早まるなよ』

「ん、わかった。……いっしー、なるべく早くだぞ、頼むから……」

『わかってるよ、俺だってせっかくの大型新人を殺されるなんてごめんだからな!』


 そこで通話は切れた。ため込んでいたものを吐き出すような深いため息をついて、晶はスマホを下ろす。この頃にはもう、彼女の傷はふさがっていた。


「……晶ちゃん」

「え。あ、おじさん……」


 それを見計らっていたかのように、彼女に声がかけられた。そちらに顔を向ければ、清晴が片膝をついて座っていた。その後ろで、松田が控えている。

 彼らのさらに後ろには、店員と警備員、それから大勢の野次馬。深く考えるまでもなく、目立っている。


 しかしそれについて考えるよりも早く、清晴が口を開いた。


「これは、その……一体どういう……」

「あ……あー、その……」

「水奈は一体、どうしてしまったんだ……?」

「えーと、ですね……」


 どう説明したものかと、晶は悩んだ。説明しないという選択肢は、もう彼女にはない。既に清晴は当事者だ。

 しかし、この場所に長居するのもよろしくない。あれやこれやと周りから質問攻めにされたりしたら、身動きが取れなくなってしまう。


 だから晶は、思い切った行動に出た。


「その、ちょっと事情があってここにはいられないんで……もしよかったら、あたしに着いてきてくれませんか? できれば、おじさん一人で」

「……ああ、わかったよ。松田、お前は一度社に戻って状況の説明を」

「畏まりました」


 背を向けて駆け出した松田が、野次馬の中に紛れたのを見て、晶は清晴に手を差し出す。

 見れば清晴は、それまでと違って悲壮な顔をしていた。それでも彼は、ためらうことなく晶の手を取る。


 その思い切りのよさに晶は、水奈との確かな繋がりを見た気がした。それから清晴に対して一つ頷くと、彼女は周囲の視線など一切気にせず、ふわりと空中に浮かび上がる。


 それだけでも大きなどよめきが起きたが、彼女がさらに空へと舞い上がるに至って、どよめきを通り越して周囲は静まり返った。

 もちろん、そんなことで辞めるつもりは晶にはない。振り返ることもなく上へ上へと飛んでいく。春の空を見上げながら、心の中で吼えた。


(待ってろよ水奈、すぐ助けに行くからな!)


 一方、空を引きずられることになった清晴は、最初こそ驚いたものの、悲鳴を上げることはなかった。それどころか、


「……なるほど、これが水奈の言っていたことか……」


 晶とビルの屋上に下りた時、そうつぶやくほど落ち着きを取り戻していた。


「……こんなところに来て、どうするんだい? このビルは屋上に通じる階段はなかったはずだけど……」


 あまつさえ、そう問いかけられるほどには余裕があった。

 人間不思議なもので、そんな清晴を見ていると晶の気持ちも落ち着いていく。


 それからはしばらく、質疑応答のような形で妖怪事案の説明が続けられた。その内容はかつて、水奈に説明したことと大体同じだ。

 同時にそれは、水奈が清晴に説明したことと大体同じでもある。


 だからだろう。清晴はさほど時間をかけることなく、ほとんどのところをすっかり理解してしまった。もちろん、彼がそれだけ明晰な頭脳の持ち主と言うこともあるだろうが。


「……では、このままでは水奈は死んでしまう、のか」

「……うん……」


 だがさすがに、間に合わなかった場合の最悪の結末を聞いた清晴は、沈痛な面持ちで空を仰いだ。既に太陽は暮れ始めていた。


 だがその空に、虎……いや、猫の姿がふっと浮かび上がった。居並ぶビルの屋上を、曲芸にも似た軽やかな足取りで伝ってくるその顔は――。


「威黒! こっちだ!」

「はいなー! お待っとさんどした!」


 すぐ間近に着地した猫と、そこにまたがっていた男の姿に清晴はさすがに目を丸くしていた。しかしすぐにこれも妖怪の類だろうと察したのか、真顔に戻る。


 逆に晶は、石燕と威黒を迎え入れると同時に彼らに詰め寄った。おかげで威黒から降りかかっていた石燕は、危うく転倒しそうになる。


「いっしー、それでこの後どうすりゃいいんだ!?」

「わ、わかった、わかったから落ち着け! ステイ! ステイだ晶!」

「よくわかんねー言葉使わなくていいから!」

「わかったから、とりあえず離れてくれ!

 ……ふう。いいか晶、お前は探知アプリで水奈……いや、敵を追え。知っての通り、機関のスマホには全部発信器が入ってるからな。俺もさっき確認したがまだ生きてるみたいだから、それで追えるはずだ。あっちこっち動いてるみたいだから、少し面倒かもしれないが……」

「そうか、そういやそんなアプリあったな……よし、行ってくるっ!」

「行くの早ぇよ! 待て、ちょっと待て!」


 話を聞くや否や飛び出そうとした晶の肩を慌てて掴み、石燕が待ったをかける。それから晶の両肩を掴むと、彼女を身体ごと自身に向き直らせた。


「取り憑いた妖怪を顕現開始前に追い出す手段は? 言ってみろ」

「……神様の力を注ぎ込む。それで身体から押し出す」

「イエス。そのために必要な前提条件は?」

「……身体に触ってること」

「オーケー、わかってるならいい。その上でアドバイスだ。晶、どうしようもなくなったら細かいことは気にすんな。自分の心に従え。いいな?」


 石燕のその言葉に、晶は何か言おうと口を開いた。しかし言葉は出てこず、視線が泳ぐ。


 一方石燕は、晶の反論を封じるように言葉を重ねた。


「そもそも、お前にあれこれ考えるのは似合わないし、向いてないんだよ。むしろお前の強みは、鋭い直感に従うからこそ発揮される行動の読めなさだ」

「…………」

「だからいざって時は、お前の心に従え。やりたいと思うことを、やりたいと思うやり方でやれ。そうすりゃ、お前の中の神様が導いてくれるさ」


 沈黙する晶に、石燕はそう言ってにやっと笑う。普段の彼らしからぬ、ニヒルな笑みだった。


 それを見た晶は数瞬硬直する。だがやがて、深く息を吐き出しながら、静かに一度頷いた。


「……わかったよ。あれだよな、下手な考え休むに……えっと……」

「休むに似たり、な」

「そう、それだ! ……わかった、わかったよ。そうしてみる。ありがとな、いっしー」

「いいんだよ。……よし、落ち着いたな? それじゃあ行って来い! お前が敵に追いついたら、俺は辰組総動員でその周辺を結界で封鎖する。それまで無茶はするなよ? その場で釘付けにできれば構わん。いいな?」

「おう!」


 そして握り拳を見せつけると、すぐさま晶は空に飛びだした。

 一気に小さくなるその背中を見送りつつ、石燕も遅れるわけにはいかないと威黒に乗りなお……そうとして、清晴のことにようやく気がついた。


「……あー、と……もしかなくても、月神清晴総帥ですよね……」

「あ、ああ……そうです。あなたは……?」

「俺は鳥山石燕……娘さんが入ろうとしている組織で、直属上司になる予定の妖怪絵師です。こいつは同僚の妖怪猫又、威黒です」

「そう、ですか……あなたが水奈に妖怪のことを……」


 その言葉に、石燕は思わずげ、とうめいた。この後ぶん殴られるかも、と警戒したのだ。

 娘を想う父親特有の強情さは、水奈本人から聞いている。その上で言えば、石燕は水奈を危険な職場に引き抜こうとしている人間と言える。殴られる理由は十分にあった。


 しかし清晴は、そのような暴挙には出ず、深々と頭を下げてきた。


「この場でこんなことを言うのは、差し出がましいと思うのだが……それでも、あなたに頼みがある。わたしもどうか、連れて行ってはくれないだろうか?」

「は……!? い、いや……危ないですぜ!? 妖怪ってのは……」

「わかっています、水奈や晶ちゃんから聞きました。一般人が対抗できるものではないのでしょう。しかし、水奈はわたしの娘だ。わたしはそこにいたい」


 その申し出に、石燕はため息交じりに頬をかいた。娘の座りすぎた度胸はこの父親譲りだと、晶と似たような感想を抱きながら。


 石燕にしてみれば、妖怪事案の現場に一般人を連れて行くなど面倒でしかない。護衛に手を割かなければならないし、妖怪相手に何かできるわけでもない。はっきり言って足手まといだ。いっそのこと、ぶん殴られたほうが後腐れなくて楽だったかもしれない、と思うほどには。

 しかし、ここで押し問答をしている時間はない。だから石燕は、一瞬の躊躇の後で威黒に告げた。


「……威黒、すまんがバスに」

「やと思うてましたわ」


 そして応じた威黒は、どこか嬉しそうに言うと猫又バスへと変身した。その顔には、「そうこなくっちゃ」と書いてあるようである。


 威黒の姿が変わったことで、背にまたがっていた石燕はバスで言う運転席にいる状態となった。彼はそこから、清晴に乗るように促す。

 既に開いていた昇降口から清晴が中に入れば、次の瞬間威黒は早くも空に向けて駆け出していた。


「お、おお……こ、これは……」

「旦那はん、全速力で行きますよって、席に着いてシートベルトお願いしますー」


 車内にそう告げながらも、威黒は猛然と空に駆け出した。黄昏は、もう間もなくだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回からラストバトルです。

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