彼女たちの日常 3
晶の案内で辿り着いたゲームセンターは、ビルとビルの間に挟まれた四階建てのビルだった。そのすべてのフロアがゲームセンターになっているようだ。
外観自体はさほど珍しくもない、やや古ぼけたビルだ。しかし外壁に取りつけられた看板は鮮やかな原色で店名が描かれている上、防音が完璧ではないのだろう。漏れ聞こえてくる電子音もあって、ゲームセンターの華やかな雰囲気は外でもはっきりとうかがえた。
それは中に入れば否が応にも膨らみ、水奈を包む。彼女はそこで思わず足を止め、耳を塞いだ。
「……ロケーションテストの時も思いましたけど、ゲームセンターというのはどこもこれくらい音が大きいのですか?」
「うん、ゲーセンん中はうっせーぞ。この階は特に音ゲーメインだから余計だな」
声を張り上げながら、晶が店内に居並ぶ筐体に親指を向けた。
それぞれがどういうゲームかは、あいにくと水奈にはわからない。ただ、バチを両手に持った男女連れが太鼓をたたいている様子から、「音ゲー」という単語の意味を察することはできた。
「なるほど。……けれどこれだけの大音量だと、音楽が聞こえないのでは?」
「定位置にいれば結構ちゃんと聞こえるんだ。あとは人によっちゃ、イヤホン持ち込んでる人もいるかな」
「……なるほど」
そこでようやく音に慣れてきた水奈は、耳から手を話した。
彼女が納得したように頷いたのを見て、晶が声をかける。
「……で? 水奈んとこが開発に関わってるってのはどーいうゲームなんだ?」
「あ、はい。クレーンゲームです」
「プライズか。じゃあ四階だな」
「プライズ……ですか?」
「ああ、ゲームのジャンルって言うのかな。クレーンはその一種なんだ。他にも……えーっと、こう、並んでる小さい穴に棒を突っ込むやつとかあって……」
エレベーターに移動しながら、晶は説明する。しかしそれが終わるより早く、エレベーターは速やかに移動を完了した。
直後にエレベーターの扉が開き、数々の筐体が二人の視界に飛び込んでくる。それらを見て、すぐに水奈はプライズゲームというジャンルを把握した。
「なるほど、名前の通り景品を手に入れることが目的のゲームなのですね」
「そう、そうそう!」
「ぬいぐるみやキーホルダーだけではないのですね……へえ、時計なんてのもありますのね。あちらはお菓子、ですか? ……って、アイスクリーム!?」
「あはは、それくらいは別に珍しくねーよ。あたしが知ってる中で一番びっくりしたのはハリセンボンかな」
「……はあ!?」
まさか生き物が景品にされているとは思っても見なかったのだろう。さすがの水奈も、表情を崩して晶に顔を向ける。
少々珍しい彼女の顔に、晶は思わずくくくと笑みを漏らした。
そんな調子で二人は一通りそのフロアを見て回り、いくつかの筐体で遊んだ。
とはいえ、プライズゲームとは基本的にシビアなものである。クレーンゲームに至っては、アームの力が弱すぎて景品をつかめないことのほうが多い。それをどうにかするのも、ゲーマーの腕の見せどころではあるが……。
「……これ、景品を取らせるつもりがありますの?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ。一発で取られちゃったら店が困るだろ」
「それはそうでしょうけど……なんだか釈然としませんわ」
「うん……言いたいことはなんとなくわかるよ……」
景品はいまだに取れない二人だった。
まあ今回は普通の筐体が目的ではないので、取れなくても目的は違えていないだが。それはそれである。
「そんじゃそろそろ本命行こうぜ。水奈の会社が関わったのってはどれだ?」
「ええ、奥の方にありましたわ。あの黒い外装のやつです」
「黒い……え、あれか!?」
「ご存知ですか?」
「もちろん、っていうか有名だぞ。とんでもない新作が来た、って。だってよ、このレバーなんだ? 普通に体感型ゲームじゃん、思い切りすぎだろ」
そうして件の筐体の前に立った二人。晶はそのレバーに軽く手を置いた。
彼女が言う通り、それは一般的なクレーンゲームのものとはまるで別物だった。さながら航空機の操縦桿のようにごつく、いくつかのボタンまでついている。
だが水奈は、晶の言葉ににっこりと笑みを浮かべるだけ。自社の関連製品が話題ということは、取締役である彼女にとっては朗報なのだ。
「ただ、一クレが高いんだよなあ。普通のプライズはせいぜい二百円だぜ?」
「そうなのですか? これは……なるほど、一回五百円と。確かに高いですわね」
「まあ普通とは違ってこいつ、三十秒で一クレだけど……」
晶が言う通り、この筐体は値段も普通とは違った。
通常のクレーンゲームはアームの開閉を一回として、その一回に対して値段が決まっている。しかしこのゲームでは、三十秒間自由にアームを自由に動かせる。
ちなみに一度五百円を入れた後は、百円で十秒だけプラスできる。最初に多めに入れておけば、時間にゆとりを持ってプレイできる仕組みになっていた。
「あと、操作が複雑すぎんだよな。こいつが出たのって、確か年明けくらいだったはずだけど……あたしこれで獲れたこと一回もないぜ?」
「それはまあ、最先端の手術支援ロボットの技術が使われていますので……」
「道理でむずいわけだよ! そんでもって道理で高いわけだよ!」
思わず声を上げる晶。それから改めて、筐体の中にたたずむアームに顔を向ける。
静かに命令を待つそれは確かに、言われてみれば医療器具と似ていた。これがかなり細かく、縦横自在に動かせることを、経験者の晶は知っている。納得の暴露話だった。
だからだろう。このクレーンゲーム、景品の配置も従来とは異なる。いかにアームの動きを阻害できるかに重点が置かれた配置になっていて、ガラスの向こうはさながらアスレチックだ。
「まあでも……要するに、今までのと違って、ものが取れるかどうかは純粋に腕次第ってことだよな?」
「そうでしょうね。これで腕を磨いたら、手術もできるようになりそうではありますけど」
「あはは、いいなそれ。面白いじゃん。こういう『腕次第』はあたし、歓迎するぜ」
そう言いながら、晶は五百円玉を筐体に投入した。賑やかな効果音と共に、アームが操作可能になる。その直後にレバーに手が置かれ、ゲームが始まった。
立ちふさがる障害物を避けながら、アームが奥へと進んでいく。その先にある獲物は、各地で根強い人気を誇るご当地キャラのぬいぐるみだ。
やがてアームは障害物を通り抜けて、ぬいぐるみの一つをがっしとつかむ。あとは元来た道を戻るだけ……だったはずだが、そこからが難しかった。
抜けてきた道の幅が狭く、ぬいぐるみが引っかかってしまったのだ。晶は向きを変えるなどして突破を試みるが、結局立ち往生したまま持ち時間はなくなった。
「……歓迎するのとできるのは、別ってことで?」
時間切れを迎え、最初の位置に強制送還されるアームを見送りながら晶が言った。
そのどこか拗ねたような口ぶりに、水奈は思わずくすくすと笑う。それから、財布から五百円玉を取り出した。
「仇は取りますわ」
「死んでねーよ!? ……いや、死んでるのか?」
ツッコミながらも、晶が場所を譲った。
入れ替わりで位置に着いた水奈は、五百円玉を投入。ゲームが始まる。
するとすぐに、晶との違いが目に見えて現れた。アームのスピードが、明らかに晶の時よりも速いのだ。動作には滑らかさがあり、まるで人の手のようにしなやかに動いている。
この段階で晶は既に目を見張っていたが、アームが一直線に景品に向かわなかったことで、彼女は目を丸くした。
「なんで遠回りすんの?」
「隣で見ていて気づいたのですが……最短距離で通るよりも、こちらのほうが幅が広かったのです」
「マジで? あ……ホントだ」
目から鱗、とばかりに晶が声を上げる。確かに、レバーのある正面から視点を変えなければ見えない場所に、道があった。
そのルートで障害物を抜けたアームは、先ほど晶が取れずに障害物の手前に残っていたぬいぐるみをつかむ。そしてするすると、元の道を戻り始めた。
今度はぬいぐるみも障害物に引っかからない。あとはいかに素早く戻ってくるかであった。
そこでちゃりん、とコインの音が鳴る。残り時間を見た晶が、百円玉を一枚筐体に入れたのだ。効果音が鳴って、残り時間が十秒増える。
そして……。
「……よしっ」
「あはは、やったな!」
ぬいぐるみが取り出し口に落ちたのを見るや否や、二人は音を響かせながらハイタッチを交わした。そしてファンファーレが流れる中で、二人は笑いあう。
筐体に表示されている時間の残数は五秒。晶の咄嗟の判断は、正解であった。
「あのタイミングで追加をしてくださってありがとうございますわ。あれがなければ間に合いませんでした」
「いやいや、水奈がスムーズに動かせたからだって」
「いえそんな……それは単に、こういうロボットを触ったことがあったからで……」
「それはそれですげーよ!? ……何はともあれおめでとうだぜ。ほら、景品取り出さないと」
「あ、はい、そうですわね」
促されて水奈は、取り出し口から景品のぬいぐるみを取り出した。彼女の両手のひらに乗るくらいの大きさの、ぬいぐるみである。
そのプラスチックの眼と視線を合わせてみると、水奈の口元が自然と上がった。
「……うふふ、なんでしょう。こういう『楽しさ』は、初めてのような気がします」
「ははは、そうかもな。水奈って、ゲームとかはやりそうにないもんなあ」
「そうですわねえ、普段は縁がありませんわ。……ところで、これは私がいただいてもいいものなのでしょうか?」
「そりゃあ、取ったのは水奈だから当然だろ」
「でも、最初に晶さんがあそこまで引き寄せてくれましたし、最後の一押しをしてくれたのも晶さんですわよ?」
「んー、それを言われたら確かにそうなんだけど……」
頬をかく晶の顔は、少し困ったように笑っていた。
「……なんつーか、やっぱ最後に操作してた人が取るべきだと思うんだよな、あたし。一番決定的なことしたわけだし」
「そう……ですか? では、その……いただきますわね?」
「ああ、そうしてくれよ」
「はい……」
晶に頷かれて、水奈はぬいぐるみを仕舞おうとして……その動きを止めた。その拍子に、ぬいぐるみが床に落ちる。
突然のことに晶は戸惑い、ぬいぐるみを拾い上げる。そうしながら、水奈の視線の先にいる人物を見た。
そこにいたのは、涼しげな美形と断じて差支えないだろう壮年の男。知性が宿った瞳は生き生きとしており、ぱりっとしたスーツと相まって、やり手のサラリーマンという雰囲気が漂っている。
そしてその男の後ろには、晶にも見覚えのあるいぶし銀の中年が控えていた。松田である。
それじゃあこの男の人は、と晶が疑問に思ったその時。
「……お父様」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今夜もう一度投稿します。




