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退魔鑑ナルカミ  作者: ひさなぽぴー/天野緋真


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13/23

女郎蜘蛛 3

 その頃晶は、逃げ続ける女郎蜘蛛と不毛な追走劇を繰り広げていた。


 空を飛べる彼女が追いつけない理由は、ひとえに女郎蜘蛛の三次元的な立体機動による。

 相手はアメリカンコミックのヒーローさながらに糸を繰って縦横無尽に動き回り、追跡を巧みに回避し続けていたのだ。

 元々晶は、深い思考を苦手としている。敵の裏をかくといった戦い方は本分ではないのだ。

 その分一撃にかけた突破力には自信があるのだが……そんな性格であるからして、不規則に動く女郎蜘蛛の動きがなかなか読めず、捕まえることができないでいた。


 ただし、苦手だからと言って思考を放棄するほど愚かではない。愚直に追い続けているように見えるが、何も考えていないわけではないのだ。


(あーっ、腹立つ! やっぱ普段からこういう細かい制御の練習しなきゃだよなあ!)


 追いながら、とっさに浮かんだ作戦を自分なりにこっそりと進めつつ、晶は心中で毒づく。だが今後悔をしても仕方がないし、しようとも思わない。

 だから彼女は、捕まえきれないいらだちを乗せて、勢いよく火球を放った。それはほとんど直線軌道を描き、高速で女郎蜘蛛に着弾する。


 だが、まるでものともしないとばかりに、女郎蜘蛛が笑った。


「キャハハハハッ、効かないわねえ!」


 実際効いていないのだ。今の攻撃は、素早い相手に当てるために威力より速さに重きを置いていた。だから当たっても痛打にはならないのだ。先ほどからこの繰り返しである。

 とはいえ、ただ無意味なことを続けているわけでもない。


(へっ、せいぜい笑ってな。この火球はただ速いだけじゃねーんだぜ!)


 そんなことを考えながら、また内心を極力顔に出さないようにしながら、晶は再び火球を創る。今度は、両手にだ。


「うるせえ! いい加減諦めやがれ!」


 そして内心とは裏腹の声を上げながら、二発の炎を左右から発射した。


 女郎蜘蛛はそれらを、糸を伝って空中に舞い上がることであっさりと回避する。


「嫌よ、嫌よそんなこと! アタシはこっちの世界で自由に生きるのよ! 人間を食べて食べて食べまくってやるんだから!」


 そして嘲るような言葉と共に、晶を一瞥した。

 もちろん晶はそこに追撃をかけるが、女郎蜘蛛はさらに糸を駆って巧みに攻撃をかわしていく。


「絶対にさせねーぞ!」


 晶は叫ぶ。叫びながら、女郎蜘蛛に向けて鋭角で進行方向を変える。

 急な方向転換により相当数のGがかかっているが、それは彼女を抑えるには至らない。ほとんど速度を落とすことなく、彼女は勢いよく空を切った。


 だがその眼前に、突如として白い網が立ちはだかる。


「うおあっ!?」


 いきなりのことに、晶は無理に回避しようとして軌道を変えてしまう。当然速度もかなり落ち、バランスも崩れた。


 それだけに留まらない。晶が動いた方向には、さらに白い網が幾重にも張り巡らされていたのだ。

 万全ではない状態でそこに突入してしまった彼女には、もはやそれをすべて回避することはできなかった。かろうじて二、三の網は抜けたものの、その先で遂に網につっこみ絡めとられてしまう。


「ちっくしょ……っ、蜘蛛の巣かっ!」


 しかも晶の身体をとらえた網――蜘蛛の巣は、高い粘着性を持っていた。背中の火の翼以外がそれに絡み取られた晶は、もはやほとんど動くことができなくなってしまう。

 なんとか脱出を試みるが、もがけばもがくほど糸が絡みつく。まさに、蜘蛛の巣に捕まった虫のようであった。


 そんな彼女を見下ろす位置に、女郎蜘蛛が飛び上がった。いくつも張られた巣の一つを足場として、地面を頭上にして着地する。その妖しく光る視線が、すべて晶の身体に注がれた。


「キャハハハハッ! いい気味ねっ!」


 上から降ってくる甲高い声に、晶はたまらず頭上を睨みつける。


「アタシがただ逃げ回ってるわけないじゃなーい! アンタをここまでおびき寄せるための作戦よ、さ・く・せ・ん!」

「くっそー腹立つ……!」


 返ってきたのは、勝ち誇ったような、喜悦に満ちた声であった。


 それに歯噛みで応じながら、晶は背中の翼を動かす。と同時に、その全身に炎を這わせていく。

 すると彼女の身体を阻害していた糸は、大した抵抗もなく燃え尽きた。そのまま晶は空中に留まると、改めて女郎蜘蛛を睨む。しかし、全身の炎は早々と消えていた。


「ちっ、さすがに火を操るかんなぎね。あっさり焼き切ってくれちゃってぇ!」


 あっさりと罠から抜けた晶に、女郎蜘蛛がわめく。だがその声音が、すぐにあざ笑うような色に変わる。


「なーんてね! これだけたくさんの糸が周りにひしめいてるのよ! いくらかんなぎって言っても、その歳で常時炎で身体を覆い続けるなんてできないでしょ!?」

「…………」


 晶はそれに答えない。しかしその沈黙は、肯定も同然と言えた。


「っ!?」


 それでもなお、諦めずに打開策を考えていた晶の喉元めがけて、糸が高速で飛来する。

 すんでのところでかわしたものの、破砕音が後ろから聞こえた。見れば、糸が民家の壁を貫いていた。同時に、冷や汗が一筋、晶の額から滴る。


「ちえっ、外しちゃったわね。目いいんだからもう!」


 子供のように言う女郎蜘蛛は、そう言いながらも場所を変えていた。それまでとはまるで違う位置にいる。それでいて、晶との距離はさらに広がっていた。


 それを見て、晶は敵の意図を察する。接近戦を完全に放棄されたのだ、と。

 そして舌打ちする。今まさに、ダメージ覚悟のカウンターを狙うしかないか、と考えていたところだったのだ。


 しかし晶の心情などお構いなしに、女郎蜘蛛は移動しながら矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。


「く……っ、くそっ!」


 前後左右から、糸が飛んでくる。そのいずれもが、先ほどのものと同じく高い威力を有していた。かつ、速い。

 晶はそれを回避することに精いっぱいだ。大きく飛び回れればいいが、周囲の蜘蛛の巣によって派手な動きは封じられている。最低限の動きで攻撃をかわし続けることが、今の彼女に求められていた。


「ほらほら、もっと速く動かないと当たっちゃうわよー!?」


 女郎蜘蛛はどこか楽しげに言いながら、攻撃を続ける。

 反論もできぬまま、なんとかその全てをぎりぎりで回避していく晶。一部は炎で相殺し、被害を防ぎ続ける。


「く……ッ!」

「キャハッ! かすった? 今かすったわよねえ!?」


 だが、体力は無限ではない。集中力もだ。

 判断ミスは、瞬きを一度するほどの刹那。それでもしまったと晶が思った時にはもう遅く、彼女の太ももを糸がかすめ、赤い筋が走った。


 女郎蜘蛛が、けらけらと笑う。


「かすった? 今かすったわよね? キャハハハハッ、いいわ、いいわあ! もしかしてかんなぎを食べられるかも!? アンタの魂はとってもおいしそうだし、アタシ頑張っちゃおうかなー?」


 そしてそんなことをのたまう。攻撃の手は、一時止まっていた。


 血が流れ始めた傷口に白い火をかざしながら、晶は敵を睨み返す。


「キャハハハハッ! そうそうそういう顔よ! アタシ、そういう顔だぁーいすき!」

「そうかよ。……けどな、もう食った気でいるのは早すぎんだろ」

「あら? あらら? まだ勝てるとでも思ってるの? この状況で? キャハハハッ、うっけるー」

「やってみなきゃわかんねー……だろうが!」

「きゃッ!?」


 言葉と共に突き出された晶の両手から、炎が噴き出る。それは今までの火球とは異なり、火炎放射とでも言うべき攻撃であった。

 一直線に女郎蜘蛛を狙ったそれは、残念ながらあっさりとかわされてしまった。しかし、その線上にあった糸は一切合財が巻き込まれて炎上する。その火は消えることなく、見る見るうちに他の糸に燃え広がっていく。


 それを見てさすがに危険と判断したか、女郎蜘蛛は今までよりもさらに距離を取る。そして安全と見た位置を立つと同時に、けらけらと笑った。


「ちょー……っとびっくりしたけど、なぁんだ大したことないわね!」

「言ってろ!」


 女郎蜘蛛の言葉を切り捨てると、晶は勢いよく空を駆ける。全身と言わずとも、身体のあちこちに火をまといながら。


(お行儀よくヒットアンドアウェイなんて、やっぱ性に合わねー! 考えるのはもうやめる! 攻撃は最大の防御だ!)


 それはまさに、防御を考えない突撃であった。飛び散る火の粉が、振るわれる火の拳が、周囲の蜘蛛糸を容赦なく焼き払っていく。


 今までと違う晶の様子に、女郎蜘蛛は即座に逃げを選んだ。糸を繰って晶から距離を取りつつ、攻撃用の糸で迎撃しようと試みる。


 それらの大部分を、致命傷こそ避けてはいるが食らっていく晶。だがどれだけ攻撃を受けても、彼女はひるむどころか苛烈な反撃で応じ続けた。


 彼女の捨て身の攻撃に、威力に、女郎蜘蛛が盛大に舌打ちする。


「無駄よ! 根性は認めるけどさあ、この中でアタシに追いつこうなんてできるわけないのよ!」


 苛立ちを隠すことなく、女郎蜘蛛が声を張り上げる。それは挑発だったが、今までのような余裕の色は失せていた。


「知るかあぁーッ!!」


 その変化に手ごたえを感じながら、なおも晶は突き進む。血が滴る傷口など意にも介さず、攻撃の手は緩めない。いつの間にか、形成は逆転していた。


 そして遂に、敵を袋小路に追い詰めることに成功する。広くはない路上。女郎蜘蛛の背後には壁。逃げ場は上だけだ。

 しかしそれでも油断はできない。周囲には、無数の蜘蛛糸が張り巡らされており、晶もまた、後ろ以外に逃げる場所はないからだ。おまけに、無茶な猛攻で消耗は相応に進んでいる。かすかだが、それでも明らかに彼女の息は上がっていた。


 両者共に、判断を絶対に誤れない状況。そこで両者は、しばし攻防の手を休めて睨み合う。互いに互いの隙を見逃すまいと、鋭い視線を交わす。


 だがその状況を打破する切っ掛けを、晶が宿す神の力が掴み取る。

 鮮明ではなかったが、それでも確かに、彼女は感じたのである。妖怪を封じ込める存在、その力の拍動を。


(結界の気配……! 水奈たちがやってくれたんだな!)


 そう、結界が発動した。それに伴う空間の揺らぎを察知したのだ。

 ちらりと空を見上げれば、その感覚が正しいと証明するかのごとく、うっすらと周辺一帯が結界で覆われていた。


 直後、晶は地面を蹴っていた。その拳に特大の、そして青い灼熱の火炎をまとわせて、女郎蜘蛛めがけて神速で殴りかかる。


「……甘ァい!」


 その攻撃は、あと少しのところで回避される。女郎蜘蛛は糸を空へ放って虚空へ舞い上がると、さらに糸を連続して出して高く、より高い場所へ逃げていく。


「キャハハハハハッ、残念! 惜しかったわねー!」


 そして高笑いを地上に振りまきながら、一気に晶から離れていく。

 だがその様子を、晶は見上げるだけだ。翼を広げて追うそぶりは見せるが、ゆっくりと浮かび上がるだけである。


 女郎蜘蛛は、そんな晶に振り返ることなく逃げに徹する。このまま戦い続けても勝ち目は薄いと判断したのだろう。見事な撤退であった。


「これ以上あんたにつきあってらんないわよ! アタシ、いち抜ーけた!」


 そして女郎蜘蛛の捨て台詞が、夜の街並みに響き渡る。


 しかし。


「……ああ、終わりだ」


 晶はそれに、さらりと答えた。揺るぎのない断定でもって。


 彼女の言葉に、女郎蜘蛛は返事などしない。そもそも、聞こえていないだろう。

 けれども、だからこそ。次に起こったことに、女郎蜘蛛は心底驚きながら悲鳴を上げた。


「ぎ……ッ、ぎゃあああぁぁ!?」


 女郎蜘蛛の身体が、突然炎上したのである。その規模は大きく、彼女の全身の大半を飲み込むほどであった。


 いきなりのことに、パニックに陥ってもがく女郎蜘蛛。八本の脚を振り回すが、頼れる糸はその身を焦がす炎で先に燃え、焼け落ちていく。もちろん、その程度で炎が女郎蜘蛛から離れるわけもなかった。

 やがて手近な足場を失い、全身を炎にまかれた彼女は、ほとんど落ちるようにして地面に降り立った。それでも火は消えることなく、延々と彼女の身体を焼き続ける。


「い……いやあァァァ! あ、熱い……熱いのオォォ! あ、アタシ、アタシの身体があぁぁ!!」


 絹を切り裂くようなと言うには程遠い、おぞましい悲鳴。それと共に、地面を転がる音が醜く響き渡る。


 その様を見下ろしながら、炎の翼をはためかせて、晶は静かに地面に舞い降りた。そしてなおも燃え続ける炎とのた打ち回る女郎蜘蛛に、深く息を吐きながら声をかける。


「やっと追いついたぞ。鬼ごっこは終わりだ」

「な、……何が、起き、て……」


 指の間接を鳴らしながら近づく晶に、動きを止めた女郎蜘蛛が息も絶え絶え問いかける。その身体からは、少しずつだが火が消え始めていた。


「お前、爆弾って知ってっか?」

「ばく、だん……?」


 しかし晶の返答に、女郎蜘蛛は当惑した。その様子に、晶は特に感慨もなく首を振る。


「ああ、そういや妖怪の世界にそういうのはないんだっけ? じゃあ説明してもわかんねーだろうなあ」

「そん、な……」


 再度炎を手にまとわせた晶に、女郎蜘蛛が絶望的なかすれ声を漏らした。


 晶は当初、ただ闇雲に威力のない火球を繰り出していたわけではない。あの攻撃には仕掛けがあったのだ。中に能力を発動させるためのエネルギーを別に仕込んで、放っていたのである。火球という見た目は、その隠れ蓑にすぎない。

 それは度重なる攻撃により、女郎蜘蛛の中に少しずつ蓄積されていった。威力より速さを重視したのはそのため。あとはそれを燃料に、遠隔で発火能力を発動させたというわけだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


ちょっと区切りが悪いですが、ここで一旦切ります。

続きは明日にでも。

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