ターゲット・ロック・オン
前回は短かったですが、今回は長めです。
「で?」
「………で?」
「あれが、最初のターゲットだけど?」
「『ターゲット』ねぇ」
あたしは、初めて会った時とまったく同じ(ものに見える)スーツ姿で隣にたつ死神をちらりとみあげ、そのセリフを繰り返した。
死神が指した指の先、10メートルくらい先にいるのは、ベンチに座った老人。
「なんだよ? 依頼人、じゃないだろう? あちらさんに回収してくれって頼まれてるわけじゃないんだから。対象者じゃちょっと意味分かんないし、獲物じゃさすがにあからさま過ぎる。だから、『ターゲット』」
あたしの口調で馬鹿にされているとでも思ったのか、説明をしながらもどうよ? と言わんばかりに顎をつきだしたそのドヤ顔がうっとうしい。
自分で考えたわけでもなかろうに。
「まぁ、呼び名なんてどうでもいいけど」
「いやいやそりゃ大事だろうよ。アレとかソレとか呼ぶのもまずいだろう? 俺達の間で今後支障がでるかもしれないし」
なにが俺達よ。大体「今後」があるかどうかなんて、まだ決まってもいない。
さらに言えば、ない確率の方が、今現在のあたしの心づもりとしてはかなり高い。
「あんた達の間でも、そう呼んでんの?」
あたしたちは今、とある公園の入り口付近にいる。
死神のようにぱっと消えて、ぱぱっと現れるような便利な能力は持ち合わせていないので、あたしは電車で奴が指定した最寄り駅まで移動し、改札で待ち合わせた。
どうやら死神には、お気に入りの海外ドラマで登場人物がやるような、触れた相手を好きな場所に運べる便利な能力はないらしい。
「いや。タマとか。コンとか。うちの嫁さんとの間では。同業者同士でやり取りする場合も……相手によるな。そういや結構アレとかヒトとか適当に言ってるわ」
先日のやり取りで、うすうす気づいていたことだけど。
こいつは相当、やる気がない。そして、いい加減な性格らしい。
それが死神という種の気質なのか、こいつだけの特性なのかはわからないけど、よくそんなんで今まで仕事ができて……。
「あんた前に、『爺さん』の死神の話ししてたじゃない」
「あぁ、それが?」
「ってことは、あんた達の寿命がどのくらいか解らないけれど、年取るまで長く仕事している死神の、先輩がいるわけよね」
「まぁいるね。で?」
「で。あたし達がヒトになってから大体二万年くらいの歴史があるんだけど、あんた達死神がその頃からいたとして、いたの? その頃からず~っと、そんな適当な呼び方してるわけ?」
「さぁ?」
初仕事の前の肩慣らし。雑談代わりにと軽い気持ちで聞いてはみたものの、ここまで軽い答えが返ってくるとは思わなかった。
「知らね。もしかしたらスクールで言ってたかもだけど、俺、講習中は実技以外寝たおしてたからな~。座学ってさ、めんどくね? つまんないし。食後じゃなくても5秒で即寝だな」
ここに、あたし以外の「ヒト」がいたら。
いやいるにはいるけれど、犬の散歩中のおばさんとか。
そうじゃなくて、この話を一緒に聞いている、あたしと同じ立場の、ようはこんないい加減な死神にいずれは魂を狩られるかもしれない、さらには売られるかもしれない立場の人間がいたら。
「そんないい加減な……魂って、死神って……」
この、何ともしょっぱい、黄昏気分を分かち合って、もしかしたらこいつを一緒に張り倒してくれるかもしれない。
「そこにこだわったところで、回収率があがるわけじゃなし。もうけにならんことはしない主義でね」
でもそんな仲間はいないから、あたしは一人でこの気分に耐えるしかない。
OK、わかった。こいつにそんな事を聞いた、あたしが馬鹿だった。
あたしは心のメモ帳の、「死神と契約をすべきでない理由」の欄に今の事を書きくわえて気を取り直し。死神から視線をはずすと、ターゲット様をじっくり観察することにした。
年齢。70代……半ば?
あのターゲット様を「老人」と判断したのは、後ろ髪が襟足にかかるくらいの長さの真っ白な、少々薄くなった髪と、目尻・口元の皺、そして目の下のいわゆる涙袋のふくらみからから。
ひと昔前だったら、70代は腰が曲がり、枯れ枝のような手で杖にすがりついてようやく歩く。そんな年齢だったと思うけど、最近の「老人」は人によって大きく外見年齢が変わる。80過ぎでも肌に張りがあって、背筋もピンと伸びた人は沢山いる。
だからもしかしたら、あの仕立ての良いジャケットを着たあの男の人は、60そこそこかもしれないし、80を軽く超えているのかもしれない。
ともかくも、自分で人生を泳ぎ切り、初対面の、自分の半分の年齢にもならない「小娘」の話しを、黙って聞いてくれるとは思えない。
5分だ。せめて3分。それだけあれば、あたしのペースにはめることができる。あくまで、今までの経験で言えば、だけど。
自社の社長相手ならば、何度となくプレゼンをして勝ってきた。社外の部長クラスにも。ただしそれは、懇意にしていたつなぎ役がすでにいたり、会社のネームバリューや実績を使えたり、取引相手もしくは仕事相手という関係性がすでにあったから。
今回は、それがない。
まぁ正確にいえば、「取引」相手と言えなくもないが、彼があたしの、あたしと死神の話をきくメリットは、たぶんない。
少なくともこのいいかげんな死神の話を信じるならば、ない。
まず。
回収しそこなったとしても魂は、しばらくの間そこらへんをふよふよと漂って、よほど強い執着、心残り、その人を引っ張るナニモノかがない限り、消えてしまうらしい。つまり、彼があたし達の話に乗らなかったといって、永劫の闇に囚われる………なんて事はないということ。
あたし―――あたしと死神ができるのは、促すことだけ。
死神の大鎌をぶんと振れば命を狩れるなんてのは、やっぱり人が創りだしたおとぎ話にすぎないそうだ。残念。
彼ら死神は、異世界人、別の次元の住人、まぁ名前はなんでも良いが、彼らは、わたし達ヒトだけでなく植物、動物、昆虫の魂が見えるのだそうな。で。それをエネルギーとして使うことができる、と。身体の中にはいっているうちは手をだせないが、持ち主の身体の機能が停止し、魂が「するっと」離れれば、つかむことができる。
もちろん素手ではなさそうだが。
ならば死人、というより死亡予定の人間が、比較的多く集まる病院につめとけばよいではないかと思うんだけど、そこは対策済み。回収器―――最初ヤツは罠と言いやがりましたが―――を設置している。のだとさ。
で、それを定期的に見回ればよい、と。
一瞬、ゴ○ブリ○イホイと思ってしまったのは、しょうがないと思う。
「だいたいなんで、あの男性がターゲットだってわかるのよ?」
相変わらず10メートルほど離れたところにあるベンチにひとりぽつねんと座る「ターゲット」を見ながら、どうも納得いかなかった。
昼の日中の公園で、ジャケットの背をまるめ気味にして、すこし先の地面をみつめている姿は怪しいとは言えるけど、あの「老人」は死にそうには見えない。
もちろんあたしは医者ではないし、占い師でも霊媒でもない。
死神の手伝いを仮ではじめようとしているからといって、便利なアイテムや能力をもらったわけでもない。
だから、死相なんてわからないけど。
でも死にそうな人間て、なんかあるじゃない。
影が薄いとか、咳き込んでいるとかふらふらしているとか。血を吐いているとか。
世界にはヒトだけで70億はいて、日本だけでも1億以上いて。この死神の担当区域にどれだけいるか知らないけど、その中で目をつける以上、なにか死神にしかわからない目印があるはず。でしょう?
そう思って、ほぼ頭ひとつ分上にある顔をみあげて返答を待っていると。
死神は首をかしげてこちらを見返した後、拳ににぎった右手をぽんっとひらいた左手に打ちつけた。
「あ~っと。そっか、あんた人間だから見えないんだった。そうだそうだ」
あ、やっぱり駄目だコイツ。
最初から感じてはいたけど、あたしはいま、確信した。
「あ~なんて言やいんだろ。ほら、アレだあれ」
どれよ。
「あの~~電球ってあるじゃん? あんたの世界の。まぁオレの世界にも似たようなものはあるけどさ。うん、ソレ。ソレみたいなもん」
意味がわからない。そして、理解しようと努力する気にもならない。
あたしはすっかりそれで説明した気になっているらしい死神に対して、昔後輩や上司にすら恐れられた方法をとることにした。
「………なんだよ」
すこし眉を寄せて死神が問うてくるけど、無視。
出来ない人間(死神だけど)に差しのべる手など、あたしは持っていない。
「………」
見つめる。
「…………」
ただひたすら、無言でみつめる。
「………………」
とことん見つめ―――
「あ”――もうだから、電球って寿命がちかくなると、光が弱くなるんだろ? たしか。それと同じで、こっちの世界の生きモンも、死ぬ間際には光が弱くなんだよ。あんたの世界で言うオーラ? っての? 身体のまわりに漏れてる光がさ」
あたしの目線攻撃に耐えきれなくなのだろう。ワタワタと手をふりまわして死神が喚いた。
すこしは意味の通る説明だったので、無言のまま左の眉だけあげてみせた。
「で、で。いよいよ寿命ってなったら、チカチカまたたきだして」
駄目でも勘ははたらくらしい。
あたしの無言のうながしに力を得たように、説明を続ける。
「いよいよ最後って時には、ぱっと一瞬あかるくなって……スルッとぬける」
死神はご丁寧にも「ぱっと」のところで右手を上向きにしてひらき、「スルッと」のところでそれをひっくり返して波打つように動かした。
うざい。
そのどことなく得意げな表情をうかべた顔を、はたきたくなった。
ただまぁ、仕組みはこれでわかった。
昔話かなにかで、死神をだましたせいで自分の命の蝋燭を取り替えなきゃいけなくなる男のはなしをきいたことがあるけど、あれも真実(こっちは電球だけど)がふくまれていたのか。
やっぱり、昔話はためになる。今度じっくり読み返す事にしよう。「おむすびころりん」とか。
でもまぁ、昔話もそうだけど。
こうしてみると、ニューエイジ系のひとびとの世迷言と笑ってたオーラが見えるってのも、本当かもしれない。そう言ってる皆が皆ってわけではもちろんないだろうけど、中にはなにかの拍子に、この死神と同じ目?能力?を得た人もいるかもしれない。
頭っから否定するばかりが能じゃないわね。世の中には知らないことの方が多いんだから。
あたしはちょっとだけ反省することにして、頭をたれて誰だかに向かってご免なさいと呟く。
うん、これでよし。
ひとり頷いて区切りをつけたあと、そろそろ仕事にかかることにした。
まずは戦略。というか方向性。
対象――ターゲットであるあのおじ様に対する対応策を見つけるべく、手持ちの駒と、いま死神からきいた情報を並べて、すり合わせてみる。
なんだかさっきから、隣でうるさくつついてくる死神は、もちろん無視するとして。
死神達は、あたし達の魂をエネルギーとして、使っている。
さらに得た情報として、その魂はまるで電球のように光って見え、寿命が切れるときは、電球とおなじくチカチカとまたたき、切れて、最後には肉体―――容れ物とでもいえば良いのか―――から出てくる。
そこを捕まえる。
指を折りながらそうやって確認していると、ふと、ある映画を思い出した。
十年は、たってないと思う。映画が放映されていた当時、毎日のように番組宣伝されていて、あたしは主役を演じる俳優のノーブルな顔が好きだった。
SF映画で、機械との闘いにやぶれた人間は、機械に電力を供給するため、培養液につけられ、その中で一生さめない夢を見づける。
そんな物語。
……あら?
それじゃ、人間の魂を狩ってエネルギーに利用する死神の手伝いをしようとしているあたしは、人類の裏切り者ってこと?
魂を悪用―――二次利用するのは悪いこと?
え、敵の手先?
…………まぁ、いいか。
あたしはいつもの魔法の言葉で、その迷路に踏み込むのをやめた。
なぜって、あたしがここで手伝わなかったとしても、死神達はあたし達の魂を狩り、利用しつづけるわけで。死神の「スクール」とやらがあるくらいずっと昔から営々と続けてきたその作業を、やめることはない。
さらに言えば。
ここでもしあたしが、そんなもの自分にあるわけないけれど、「義憤」やら「正義感」やらにかられ、なんらかの方法で、死神達を止められたとする。
その後彼らがどうするかなんぞは、知ったこっちゃないが、狩られなくなった魂は、たぶん……消えてなくなる。それだけ。
だったら、リサイクルの手助けをした方が、有益なんじゃないだろうか。
そりゃ最初にやりあったように、死神達が、それがエネルギー体だろうがなんだろうが、魂を売買することには今でもひっかかりを感じるのだけど、手伝えば、あたしには報酬が入るのよ。
そしてあたしには、金が必要なのよ。
生き残る為に。
ババアにこれ以上、影響されないために。
これは仕事で、続けるかどうかは別にして、当座を生き延びるだけの報酬を得るのだ。
よし、腹は決まった。
あたしは、再度うんと頷くと、さっきからずっと横顔にささっている死神の視線はもちろん無視したまま、獲物に向かって一歩足をふみだした。