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ご利用は計画的に

「そう言えばさ、あんたの会社……『会社』でいいのよね? 商会なんてついてるし。そうそのネーミング。なんで『商会』? なにか売り買いしてるわけじゃなし、魂回収が仕事なら、廃品、リサイクル業者っぽい名前じゃないの?」

 


 取りあえずお試しとはいえ、契約を結ぶわけだし。

 契約書をもう一度隅から隅まで確認し、サインする前に気になることはすべて聞いてしまえと、まずはサイトを見かけたときから気になっていたことを質問したわけだけれど。


 死神は一瞬、ほうけたような表情をうかべてあたしをみた。

 それはまるで、30過ぎの、それなりに「常識」ってやつを身につけたはずのあたしが、「空はなんで青いの?」なんて無邪気な質問でもしたみたいに思わせる、虚を突かれたような表情で。

 


「なによ……」


 

 受け身を取らされそうになったら一歩前へ。攻撃は最大の防御です。

 座右の銘を心でとなえつつ、椅子の上で引きそうになった身体を前に勧め、あたしは顎をつきあげた。


 

「あぁ……、そうか。あんた人間だもんな。知るわきゃないわ」

 


 喧嘩腰のあたしの態度なんて、どこ吹く風で、死神はひとり腕なんか組んで頷いている。

 やつはこの部屋に現われた時と同じく、突っ立ったままだから、椅子に座ったあたしはその体勢で見下ろされている形になるわけで。

 ひっじょーに、面白くない。


 

「言いたいことがあるんなら」

「売ってるよ。魂」

 


 投げつけようとした言葉は、あまりにも予想外なセリフに止められてしまった。


 

「は?」

「うん。俺たちの会社………死神商会は、魂を売ってる。まぁ買い手は色々だし、守秘義務もあるから言えないけど、そもそも商売じゃなきゃ、わざわざココにきて、回収しやすいようにワナはったり、あんたみたいな人間やとって回収率あげようとしたりしないだろ?」

 


 出来の悪い生徒か部下かにするようなその口調に、一年と三か月前に辞めた会社のイヤミ上司を思い出した………。

 じゃなくって。

 


「え? は? 売るの? はぁ? 魂を? えっ、ちょっ、魂って売り物?」


 

 死神の言葉がじわじわと脳にしみ込んで、ついでに怒りがわいてきた。

 思わず拳を握りしめる程度には。

 ただのコピー用紙にしか見えないにしても、皺が入らないように、仮契約書を机の上に置くだけの冷静さはあったけれど。

 


「はぁ? 自分のものでもないのに、なんでそんなこと出来るわけ? 魂よ? ものじゃないのよ?」

「あ~人間って、なんでか必ず、そこで怒りだすんだよな~。もう慣れたけどさ」

 


 鬼の形相を浮かべているはずのあたしを前にして、死神はあくまでマイペース。

 肩をすくめてため息まで吐いてやがる。



「とにかく俺らは、魂の売り買いをしています。っていうかさ、魂俺らにとってのカネだってさっき言ったじゃん? そんで、カネ=交換できる物じゃん。だから『商会』」



 そうやって一人(?)で話しをしめると、「他にご質問は?」なんて言いながら顔を覗き込んでくるものだから、殴ってやりたくなった。



「……あたしへの報酬は?」



 殴るのは、後からでも出来る。まずは仕事よ。

 そう気を取り直して、一番気になるところを聞いたってのに。



「さぁ? そりゃあんたの交渉力によるな。なにせこうやってヒトを使うの俺もはじめてでね。どれだけふんだくれるのか相場がわからん」



 随分いいかげんな回答が返ってきた。

 あたしの呆れた表情に気づいているだろうに、死神ヤツは肩をすくめて続ける。



「言っただろう? 安月給とサービス残業に嫌気がさして、外注しようと思いついたって。まぁ正確に言えば、同業者の爺さんから奢るかわりに教えてもらったんだ。あのジジイ、妙~に回収率がいいなと思ってたら、そんなことしてやがった。

 んで、アフィリエイトだのwebページだのの使い方を爺さんに教わって、こっちでネットカフェに2、3日入り浸って、訪問者の多いサイトをまんままねして作った」

「…で、それにひっかかったのがあたし、と」

「そう言うこと」

「あんたさっき、『この画期的なシステムを思いついたのは俺だけ』とか言ってたじゃない」

「そこは、ほら。物はいいよう? あんたみたいな人間にはそう言った方がいいと思ったし? この地域でやってるのは俺だけだから、嘘ってわけじゃないし?」



 あぁ馬鹿馬鹿しい。

 何故か得意げな死神の説明(言い訳ともいう)を聞きながら、自分がとんでもなく間抜けに思えてきた。


 そりゃね。

 営業として配属された新人のころ、こっちは右も左もわからないのに、いままで手をつけてなかったからって、手持ちのデータは顧客とは名ばかりの、連絡先リストだけだったわよ。

 門前払いこそされないものの、「誰だっけこいつ?」って顔をする相手にまめに通って顔を覚えて覚えられて。顧客データを一から探りだして自分でまとめて、効率の良いルート考えて、営業計画たてて、さらには横のつながりでエリアとネットワーク増やして……。


 そうやって自分だけで一から、ほぼ新規開拓と同じことをやっていたけどね?

 後になって、後輩に笑い話として教えたら、「良くやりましたね」って真顔で返されちゃったけどね?


 あの頃あたしは若かった。

 思わず遠い目をしてしまったあたしに気づかず、あいつは呑気にほざいている。



「爺さんはケチだから、自分がどのくらいの人間使ってるとか、どういうトーク? で相手と折衝してるのかまでは教えてくれない。まぁ俺の死神としての経験からいえば、死ぬ寸前の奴は妙に達観してるか、あがく為になんでもするか、やたら寂しがるかだな。そこら辺をついたら、結構とれんじゃないの?」



 まだまだ続きそうな死神の話を、あたしは手をあげることで遮った。



「ちょっと整理させて」



 なんだかこいつの前ではこればっかりをしている気がする。

 営業根性を先輩・上司から骨の髄までたたき込まれたあたしとしては、ひとの話を遮るなぞしたくない。

 が。

 この死神はこうでもしないと、延々とくだらない話をしゃべっていそうな気がするから。



「つまり、あたしはあんたに雇われると言っても、回収する魂―――あ~~ようは死にかけの人間を指定されるだけで、接触して、説得して、ここが一番重要だけど、報酬となる金品を自分でその人から巻あげなきゃならない、ということ?」



 ひとつひとつ、指を立てて数え上げる。



「まさか魂を実際回収―――ようは狩るのまでやらせるんじゃないでしょうね」



 思いっきり睨んでやると、胸の前でわざとらしく両手を振りやがった。



「そんな! まさかっ。君にやってもらうのは説得と報酬の交渉だけだよ。俺だって死神の端くれなんだから、そこは任せてくれ」



 いやそれは胸をはって言うことじゃないし。

 なんだか、死神相手に殺意がわいてきた。


 そりゃ所詮ね。

 大きな鎌もって陰から音もなくあらわれ、あっと言う間に魂を狩って去っていく。そんな「死神」、人間がうみだした幻想なんだと分かってるわよ?

 ヒトとは違うにしても、死神だってなにかから産み出された(子供がいるってことはそういうことでしょ?)ものなんだから、出来ることと出来ないことがあるでしょうよ。


 でもここまでグダグダだとは思わないじゃない!



「いやグダグダなんじゃなくて無能? いやいや単なるさぼり魔なだけかも……」



 ヤツの顔を睨んだまま、黒い想いが口からこぼれていた。

 ま、どうせ堪えるわけないだろうし。

 だって死神なんだから。



「え~~そんな言い方、酷くね? 繊細な俺のハートが砕けそうだ。才能と時間を有効活用しようとしてるだけじゃないか」



 やっぱりいつか殺そう。

 胸に手をあてて泣き真似をする死神に、そう決意したあたしだった。

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