遭遇
「俺の手、触ってみろ」
「馬鹿馬鹿しい」。そう呟きつつサイトのボタンをクリックした瞬間、煙のように現れたその男は。
そう言うと、ズボンのポケットに突っこんでいたなまっ白い手を差し出した。
「……」
あまりにも自然に男はそこにいて、驚くタイミングをはずしてしまったあたしは、座ったまましばらく無言で男の顔と刺しだされた手を交互に見ていたが、男はその状態のまま動かず。
独り暮らしの自分の部屋で。
男と自分しかいないのだから、相談する相手もおらず。
恐らく触るまでこの状態が続くのだろうと思ったら、なんだか馬鹿馬鹿しくなったので、言われた通り触ってみた。
指先を、だけれど。
「冷てぇだろ」
確かに。
触れた指先は、黄色みを帯びた肌の色。きちんと切りそろえられた爪はピンク。
テレビドラマ等で見かける「死人のような」青白いものでもないのに、体温をまったく感じさせない、冷たいものだった。
「いくらお前から俺らが『同じように』『見え』ても、ヒトと俺らはちがう『生きモノ』だ。身体は冷てぇし、匂いはねぇ。汗かかないからな」
あたしが手を引っ込めると、男も手を引っ込め、またポケットに突っ込んだ。
そしてどこか面倒くさそうに話を続ける。
「だからな~んか違和感を覚えるみたいで、構えられちゃうんだよな。しかも初対面だしな~、俺らが行くよりも、おなじ初対面でも生きた人間が行った方が、回収率があがんだよ。統計もでてるぜ。見るか?」
指に触れた以外、こちらは特に反応していないのに、一人で話し続ける男。
その統計とやらを出そうとでも言うのか、胸元に手を入れたので、あたしは手を前にかざして遮った。
「まず確認したいんだけど」
「ん? あぁどうぞ?」
「あなた、誰。それとも、『ナニ』って聞くべき?」
「へ? そっから? だってあんた、ウチのサイト見てて、いま問い合わせの送信ボタン押したじゃん」
胸元から手を出して、あたしの後ろ、机の上の開きっぱなしのノートパソコンを指した。
正確に言えば、そこに表示されたサイトを。
「『有限会社 死神商会』なんてふざけた名前のサイト、本気にするわけないじゃない。暇つぶしの冷やかしよ」
「いやいやいや。冷やかしってあんた……まぁいいや。とにかく、押したよな。送信ボタン。という訳で、この度はお問い合わせありがとうございます。お仕事内容を説明すべく、こうしてやってまいりました、私、有限会社 死神商会の死神でございます」
そう言うと男は突然威儀を正し、意外に綺麗な45度の礼をした。
「……死神」
「左様で」
「あの、死神」
「仰っておられるのが『魂を回収するモノ』という意味でしたら、その死神でございます」
「その今更なわざとらしい口調、やめない?」
「喜んで」
うながせば瞬時に口調と姿勢をだらけたものに戻した男を……今さらだけど、「男」でいいのよね? あたしは上から下まで、ついでに左右も見まわした。
「……じゃぁ。わたしが死ぬ時は、あなたが迎えにきてくれるってわけ?」
これが、死神?
このどこにでもいそうな、前の職場にもいたサラリーマンの代名詞の安そうなスーツ着た、中肉中背の男が?
部屋に潜んでた変質者、もしくは不審者じゃなくて?
「さてなぁ……。ここらは確かに俺の管轄だけど、俺の息子か娘が来んじゃね? あんた長生きしそうだし。俺一応、早期退職狙ってるんだよね」
わざとらしいほどじろじろ見ているのに、神経が太いのか、「死神」だから感性が違うのか、男は軽く肩をすくめて答える。
男の設定では、死神にも定年はあるらしい。息子や娘が来るということは、世襲制なのか。
「あ~……まぁ、こっちで言う資格試験? そんなのがある。職種別にな。適性検査って言ってもいいか。んで、それをとって、株を譲り受けるわけだ。死神の定員は決まってて、新規に株が付与されることはまずない。給料は高くねえけど、安定した需要がある仕事だから、みんな株を手放さない。で、自分の子供に喰いぶちのネタを渡したい親心もあって、世襲が多いわな。そりゃどの職種でもいっしょだろうけどよ」
突っ込んで聞けば、意外にきちんと答えてくれた。口調は相変わらずどこか面倒くさそうだったが。
なるほどね。
これからの人生で、まったく役に立ちそうにもない知識が増えたわ。ありがとう。
「このところ、大きな地震や洪水がたてつづけにあったろう。だから業界全体で人手が足りてないんだよ」
あたしの嫌みはさらりと無視され、男の独演は続く。
「それに最近結婚してね。奥さんも働いてるから、家事もやんなきゃでさ。俺自身も正直手が回ってない。でもサービス残業なんて嫌だし。俺達死神は基本給が安いけど、子供は3人くらい欲しいから、その分も稼がにゃ。ってことで、単純作業は外注することにしたのさ。ま、なんてーの? あんたたちが言う、アウトソーシングってやつだ」
基本めんどうくさそうに話していたくせに、「結婚してね」のくだりでドヤ顔をして見せたのが、ちょっとイラッときた。
ま、脳内嫁かもしれないけど。
「カネで雇える人間は安いもんだ。俺が直接払うわけでもないしな。あんた達がうみだした貨幣は、俺達は持ってないし、必要ない」
あぁまだ話しは続くのね。
相手からほとんど反応がないにもかかわらず、これだけ話ができるこの男は営業に向いているだろう。
相手の反応を呼んで戦法を変えていないから、成績は良くないだろうけど。
「俺達のカネは魂でね。その他イヌ、ネコ、バッタ。なんだろうと命が俺達にとってのカネになる。自分が回収したものが報酬になるから、できるだけ多く回収したい」
どうやらそれが話しの締めくくりだったようで。
男はうんと頷くと、いかにも胡散臭い笑顔を浮かべて、手を握手の形で伸ばしてきた。
「ま、そういうわけで。ひとつよろしく」
続きは明日。予約投稿済み。